【単独インタビュー】『ルックバック』是枝裕和監督 × K2 Pictures小出大樹プロデューサーが語る「映画を作り続けるための仕組み」
- Atsuko Tatsuta
藤本タツキの同名漫画を実写映画化した是枝裕和監督作『ルックバック』が、第83回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に選出され、2026年9月にワールドプレミアされました。

製作したK2 Picturesは、映画製作ファンドを通じて作品に投資し、製作・配給からクリエイターへの利益還元までを見据えた、新たな映画製作の仕組みづくりに取り組む会社。是枝裕和監督率いる映像制作集団・分福のクリエイターとも、作品づくりを進めています。
分福は映像作品の企画・制作・演出・プロデュースを手掛ける一方、若手の監督や脚本家が経験を積む場にもなっており、分福企画、K2 Pictures製作による孫明雅監督の長編デビュー作『トロフィー』は7月に公開。西川美和監督の最新作『わたしの知らない子どもたち』は第51回トロント国際映画祭プラットフォーム部門のオープニング作品として9月にワールドプレミアを迎え、さらに、分福に所属する広瀬奈々子監督の長編第2作『このごにおよんで愛など』も完成し、11月27日(金)に公開を控えています。
作品が相次いで完成するなか、K2 Picturesが掲げる仕組みは、実際の映画製作にどのような可能性をもたらしているのか。『ルックバック』のベネチアでの上映を一つの節目として、是枝監督とK2 Picturesの小出大樹プロデューサーに、今回の座組が生まれた経緯から、ファンドの考え方、若手映画作家の育成、そしてK2 Picturesが目指す次の段階までを、ベネチア現地にて伺いました。

小出大樹プロデューサー、是枝裕和監督
──今回、小出さんがプロデューサーとして是枝監督と組むことになったのは、どのような経緯からだったのでしょうか?
是枝裕和監督 話は、小出さんが東映を辞める前からありましたね。
小出大樹プロデューサー 当初は東映を辞める予定はありませんでした。ただ、『ルックバック』を映画にしたいと考えた時に、監督は是枝さんだなと、ふと思いました。是枝監督はお忙しいので、どうすれば時間をいただけるかと考えました。早稲田大学の制作実習の発表会なら必ずいらっしゃると思い、大隈講堂へ行って、「今度、この話を聞いてもらう時間をください」とお願いしました。4年ほど前のことです。
──是枝監督はすでに原作を読まれていたのですか?
是枝 読んでいました。とにかく感動して、知り合いに薦めていました。

──早稲田大学での“教え子”でもある小出さんと組むことについて、どう考えましたか?
是枝 チャレンジでした(笑)。当時は僕自身、映画会社や業界のあり方を考えていた時期でもありました。一方で、K2 Picturesの代表である紀伊宗之さんは、新しいお金の集め方を試そうとしていた。作品の企画と、新しい仕組みを作ろうとする動き、その両方のタイミングがうまく重なったのだと思います。
──是枝監督はK2 Picturesのどこに関心を持ったのでしょうか?
是枝 配給手数料を下げ、利益を作り手に還元する新しい仕組みを作りたいという話を聞いたことです。
──action4cinema(日本版CNC設立を求める会)などでこれまで監督が取り組んできた制作現場への成功報酬などの問題とも通じますか?
是枝 そうですね。僕自身は、たとえば『怪物』でも理解あるパートナーと成功報酬の契約を結び、企画開発費についても交渉してきました。ただ、それは一つひとつ闘って得てきたもので、同じような交渉ができず、何も受け取れていない作り手の方が圧倒的に多い。僕個人がどうかということではなく、業界全体の問題です。今まで当たり前だと考えられてきたことが、世界的に見れば決して常識ではないと、多くの人が気づかなければ変わりません。個人として交渉するだけでなく、大きな流れにしていく。そのためにK2 Picturesと共闘することには意味があると思いました。

──小出さんは、是枝監督がK2 Picturesに期待していることをどのように受け止めていましたか?
小出 是枝監督であれば、日本に限らず、さまざまな会社が企画の話を聞くと思います。その中でなぜ僕たちと組むのかと考えれば、作品作りだけでなく、業界の仕組みを変えることに期待があるのは明らかでした。当時は会社も資金の仕組みもゼロから作る段階で、何も見えていませんでした。作品を作ると同時に、その作品を通して会社や仕組みを作っていく。是枝監督の期待にどう応えられるかということは、最初から強く意識していました。
──ちなみに、小出さん自身が東映を離れK2 Picturesに参加した理由は何だったのでしょうか?
小出 東映にいた頃から、ファンドの仕組みや、韓国に拠点を設けて直接配給することなどを紀伊と話していました。当時、すぐに実現するのは難しくなっていった一方で、僕には分福と組みたい企画があり、それが当時の東映のラインナップには収まりにくいことも分かっていました。紀伊が会社を立ち上げようとした時、僕も必要とされていると感じました。それなら、きちんと会社とファンドを作り、どこまでできるか付き合おうと決め、東映を辞めて立ち上げに参加しました。
──K2 Picturesは2年前のカンヌ国際映画祭で立ち上げの記者会見を行いましたが、当初から海外市場や国際映画祭を意識していたのでしょうか?
小出 国際映画祭だけでなく、日本以外の市場を意識していました。ファンドへの投資を集める上でも、映画祭とマーケットが同時に開かれるカンヌで発表することには意味がありました。ただ、発表した当時は「そんな仕組みはうまくいかない」という否定的な反応の方が圧倒的に多かったです。
是枝 作品については世界に出せるものを作れると思っていましたが、ファンドという形態に対しては、僕の近くからも「うまくいくはずがない」と言われました。それでも、従来とは違う興行や配給の形が生まれなければ、業界は変わらないと思っていました。

カンヌで行われたK2 Pictures記者会見での紀伊宗之(左)(2024年5月)©Kazuko Wakayama
──『ルックバック』がベネチア国際映画祭のコンペティション部門に選ばれたことで、まず一つ結果が出たと言えますか?
是枝 まだですね。映画祭に入っただけではなく、作品が国内外の興行でも結果を出し、次につながらなければ、「やはりファンドは駄目だった」となってしまう。継続できる形にしなければいけません。
──K2 Picturesの作品には、一般的な映画会社では実現が難しかった企画も含まれます。プロデューサーとして、事業リスクをどう考えていますか?
小出 公開後には当然、数字が問われます。だからこそ、作品ごとに協賛金や助成金を獲得したり、国際共同製作の道を模索したりと、事業リスクを下げる努力をしています。その上で、挑戦的な題材に取り組む。回収は劇場興行だけではなく、作品に関わる事業全体で考えます。
──作品ごとに採算を見るだけでなく、ファンド全体で配分を考えるのでしょうか?
小出 全体を見ながらです。一つの作品で赤字が出たとしても、別の作品で利益を生むという考え方です。今、多くの会社では、それぞれの作品での赤字をできる限り小さくすることが優先され、冒険しづらくなっています。K2 Picturesでは、複数作品を一つのポートフォリオとして捉え、その中でバランスを取る。作品ごとの出っ張りや引っ込みを許容できることが、ファンドの大きな特徴です。

Photo: Aleksander Kalka – Courtesy Archivio Storico La Biennale di Venezia
──挑戦的な作品と、資金回収が見込める作品を組み合わせるということですね?
小出 そうです。ただしそれを実現するためには、一人のプロデューサーが複数の作品を見渡す必要があります。僕の場合、今年は4本に関わっています。作品単体ではなく、複数の企画の中でバランスを取れるよう任されています。
──K2 Picturesと組むことには、分福に所属する若い作り手へ機会を作るという意味もありますか?
是枝 あります。ただ、待っているだけでは機会は来ません。若い監督たちには、もっと積極的になって欲しいとも思っています。一度長編を撮れば、意識も変わるだろうと期待しています。
──小出さんは、若手監督のキャリアをどう考えていますか?
小出 東映を辞めてから国際共同製作のプロデューサー向けプログラムやベルリンのEFM(European Film Market)などに参加し、若い監督にとって1本目、2本目がどれほど重要かを改めて感じました。日本の若い監督が考えている以上に、その2本はキャリアを大きく左右します。
1本目だからこそ十分に企画を練り、適切な予算と制作環境を整え、力のある俳優やスタッフと強い作品を作るべきです。国内で公開して賞を取るところまでで終わらず、国際映画祭へつなげ、その後の監督のキャリアまで見据えることもプロデュースの仕事だと思っています。
K2 Picturesのファンドのように、複数作品の中で予算の幅を持たせられる仕組みでなければ、若い才能の1本目や2本目に十分な制作環境を用意するのは難しいのが現実です。最初の作品が強ければ、国内外で次の出会いが増えていく。その段階に関わることは、すでに実績のある監督と仕事をするのとは別の重要なプロデュースワークです。

ベネチア公式会見での小出プロデューサー Photo: Jacopo Salvi – Courtesy Archivio Storico La Biennale di Venezia
──海外でも、デビュー作が国際映画祭で評価されながら2本目の制作まで長い時間がかかる監督は少なくありません。
小出 2本目が一番難しいですね。1本目の二番煎じになってはいけないという葛藤もあります。企画開発の段階から、その監督が次に何を撮るべきかを一緒に考える必要があります。
是枝 若手の作品をこの新しい取り組みの中に入れていくこと自体が、一つのアクションになると思っています。
──是枝監督はK2 Picturesと組んで『ルックバック』を作ったことで、新たに発見したことはありましたか?
是枝 今回K2Picturesが準備してくれた制作部と演出部は、僕にとって全員が初めて一緒に仕事をする人たちでした。でも、素晴らしかった。とても良いチームワークで作品を作ることができました。普段と違うチームと組んで、これだけきちんと作品を作れたことは大きかったです。
──小出さんが、ご自身の知っているスタッフを集めたのですか?
小出 そうです。それぞれのスタッフの仕事を知っていたので、この作品の規模であれば誰が適切か、誰なら自分の意見を持って監督とコミュニケーションを取れるかを考え、一人ずつお願いしました。その人たちが是枝監督と良い関係を築き、動きを評価してもらえたことは、とても嬉しかったです。

Photo: Jacopo Salvi – Courtesy Archivio Storico La Biennale di Venezia
──制作費の面では、当初の想定から変化はありましたか?
小出 (アニメーション部分において)ロトスコープを使うなど、企画の当初は想定していなかった工程が加わったので、その分は増えました。もちろん、プロデューサーとして予算が増えるのは良いことではありませんが、作品に必要な範囲で、全体として管理できる増加でした。
──ファンドを立ち上げ、作品を完成させ、国際映画祭へ送り出すところまで来ました。K2 Picturesは今、どんな段階にあるのでしょうか?
小出 ファンドを発表してから、実際に資金を集め、複数の作品を同時に作るところまで来るのは本当に大変でした。制作に必要なお金が出ていくタイミングと、資金が集まるタイミングにはギャップがあります。現場では作品を予定通り進めながら、会社では数カ月、数年先までの資金をどう確保するかを考え続ける。まず作品を作りきれたこと自体が、一つの山を越えたということだと思います。
ただ、これからも作品を作り続けるには、ファンドという仕組みだけでなく、会社としての体制を整えなければなりません。インディペンデントなプロダクションとして組織化し、企画開発、製作、配給までを持続的に回せるようにする必要があります。
是枝 僕も、最初は資金がまだ十分に集まっていないことを知っていたので、綱渡りだと思っていました。まずは一つ山を越えた。次に自分の作品を預ける時に、どのような組み方ができるのかをこれから考えていく段階です。
この取り組みに参加したクリエイターが「組んで良かった」「また一緒にやりたい」と思い、その輪が広がるものにしなければいけません。K2 Picturesの試みが本当に語るに値するかどうかは、これからの結果にかかっています。

──ベネチアのようなトップクラスの国際映画祭に参加したことで、小出さんが得たものは何でしたか?
小出 実際に映画祭に作品を持って来なければ分からないことがたくさんありました。作品の制作だけでなく、海外の映画祭とどう向き合うかについても、是枝監督から得た知見は大きかったです。
是枝 船着場を降りた時、イ・チャンドン監督の作品の大きなポスターが貼ってあったでしょう。「次はあそこを取らないと」と小出さんに言いました(笑)。
小出 作品が映画祭に選ばれた後、現地でどのように見せていくかまで含めてプロデュースなのだと実感しました。それも次への宿題です。
是枝 映画祭への選出はゴールではありません。作品を観客に届け、作り手へ利益を還元し、次の作品を生み出す。そこまで循環して初めて、この仕組みが意味を持つのだと思います。
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『ルックバック』
出演:出口夏希、蒔田彩珠、七瀬ふうり、岡田六花、野呂佳代、池田良、佐々木みゆ、山田真歩、宮藤官九郎、菅田将暉
原作:藤本タツキ「ルックバック」(集英社ジャンプコミックス刊)
監督・脚本・編集:是枝裕和
音楽:坂東祐大
撮影:上野千蔵
企画・プロデューサー:小出大樹
後援:秋田県にかほ市
日本公開:2026年9月11日(金)公開
配給:K2 Pictures
公式サイト
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