Column

2026.09.04 12:00

映画『オデュッセイア』をIMAXで観るべき理由

  • Joshua Connolly

9月11日(金)、クリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』がいよいよ日本公開となる。日本での上映は2D(字幕/吹替)、IMAX、Dolby Cinema、4DX(字幕/吹替)、MX4D(字幕/吹替)、35mmフィルムと、実に6種9バージョンが用意されている。豪華な話だが、初見の1回に選べるのは当然ひとつだけだ。さて、貴方はどれを選ぶだろうか?

先に本稿のお勧めを書いてしまうと、答えはIMAXである。そしてもし、グランドシネマサンシャイン 池袋か、109シネマズ大阪エキスポシティまで足を延ばせる環境にあるのなら、この2館では別格の体験が待っている。おまけにIMAXでは9月4日(金)から10日(木)まで先行上映が行われるため、全国公開より1週間早く観られることになる。

もっとも、大作はIMAXで観ろというだけなら誰にでも言える。本作が特別なのは、IMAXで観るべき理由を割り算ひとつで説明できてしまうところだ。ノーランの気合いとかこだわりとか、そういうふわっとした話の前に、まず数字の話をしよう。

簡単な割り算

本作は、全編がIMAXフィルムカメラで撮影された史上最初の長編劇映画である。IMAXフィルムは1コマの面積が通常の映画用35mmフィルムの10倍近くもあり、その情報量はしばしばデジタル換算で18K相当と紹介される(多分に宣伝の入った数字だが、デジタル上映の2Kや4Kを大きく超えることは確かだ)。ただ、今回の主役はこの画質の桁ではない。画角(アスペクト比)である。

日本の通常の劇場で上映される映画の画角は、スコープと呼ばれる横2.39:縦1の横長で、35mmフィルム版も同じく2.39:1。一方、フルサイズのIMAXフィルムの画角は1.43:1と、縦方向に大きく拡がり、正方形に近い形となる。

正方形に近い画角で撮られた絵を、横長の窓に映すとどうなるか?上下を切るしかない。ではどれだけ切れてしまうのかというと、これは簡単な割り算で算出できる。1.43を2.39で割ると、答えはおよそ0.6になる。つまり通常の劇場に映るのは、カメラが焼き付けた画のおよそ6割で、残りの4割は貴方の座る席に届く前に切り落とされているのだ。

この場面写真のアスペクト比がおよそ1.43:1である

日本の大半のIMAXシアターは1.90:1で、同じ計算をするとおよそ75%、4分の3が残る。そして1.43:1をそのまま映せるのが、IMAXレーザー/GTテクノロジーという方式を備えた最大級のシアターで、これが日本には2館しかない。それが先ほど名前を挙げた池袋と大阪エキスポシティである。まとめると、通常の2D上映で6割、一般的なIMAXで7.5割、フルサイズのGTテクノロジーで10割という具合だ。IMAXの追加料金を高いと見るかどうかは貴方の財布と相談してもらうしかないが、切り落とされる4割を買い戻す代金だと考えると、私はかなり安い買い物だと思っている。

ここで、過去のノーラン作品をIMAXで追いかけてきた貴方は思うかもしれない。画角の話は今までの作品にもあったじゃないか、と。その通りなのだが、今回は事情が異なる。『ダンケルク』も『オッペンハイマー』も、IMAXフィルムで撮られていたのは一部のシーンで、会話シーンの多くは別の、より駆動音の小さいカメラで撮られていた。上下が切れて惜しいのは、絶景とアクションの数十分だったとも言える。ところが本作は、172分の全カットが1.43:1で設計されている。通常スクリーンを選ぶということは、上映時間の最初から最後まで、ずっと4割引きの画面を観続けるということだ。劇場選びで観られる画がここまで変わる映画は、過去に無かったのである。

念のため公平を期しておくと、通常版が欠陥品というわけでもない。ノーラン組は昔から複数の画角での上映を想定して画面を設計していて、物語を追うのに必要なものは、どの版でもきちんとフレームに収まるよう撮られている。2.39:1で観ても映画は成立するし、傑作は傑作のままだろう。ただ、成立することと、撮られた画を全部浴びることは別の話である。せっかくの史上初なのだから、初見は全部浴びる方に賭けたい。

芝刈り機からミシンへ

ところで、全編IMAXが史上初ということは、あのノーランですら今までやっていなかったということだ。なぜだろうか?

一つの答えは騒音である。IMAXフィルムカメラは、大面積のコマを毎秒24枚も焼き付ける都合上、フィルムを秒速1.7メートルという猛速度で送り続ける機械で、稼働中は電車の通るガード下並みの騒音を出す。隣で俳優が台詞を言っても録音がかき消されるので、基本的に会話シーンには向かないのだ。『ダークナイト』から『オッペンハイマー』まで、ノーランとIMAXの蜜月が20年近く続いてもなお会話シーンが別カメラとの分業だったのは、これが理由である。

本作のために、IMAX社はコダック、パナビジョン、フォトケムと組んで新型フィルムカメラを開発した。ボディはカーボンファイバー製になり、ファインダーは明るくなり、背面には液晶モニタが付き、そして肝心の騒音は、公称で30%減という触れ込みである。もっとも撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマの体感では15から20%だそうで、公称値との開きに現場の本音が覗くのだが、新旧の差を語る本人の喩えを借りれば、「暴走していた芝刈り機が、よく油を差したミシンになった」。さらに、コダックが本作の撮影について公開した記事によれば、現場では新型カメラだけに頼ったわけではなく、従来型のIMAXカメラを防音ハウジングに収めるなどの工夫も併用されたという。カメラそのものの静音化と、既存機材を生かす防音技術。そうした積み重ねが、俳優の台詞を録りながらIMAXカメラを回すことを可能にし、全編IMAXという選択を初めて現実のものにしたのだ。

この新型カメラには、キーリーという名前が付いている。IMAX社に53年間勤めた品質管理の責任者デヴィッド・キーリーと、同じく品質部門を支えてきた妻パトリシアに由来する命名だ。デヴィッドは本作の撮影素材のチェックを最後まで続け、2025年8月に世を去った。映画は彼に捧げられている。半世紀にわたってIMAXの画質に目を光らせ続けた技術者の名を冠したカメラが、史上初の全編IMAX映画を撮った。エンドロールで献辞を見かけたら、この話を思い出してもらえると嬉しい。

ちなみにノーランの実物志向は今回も健在で、トロイの木馬は実物大のセットが組まれ、腹の中に俳優とIMAXカメラごと収容できる構造になっていたと報じられている。冒頭のプロローグはほぼ実写だそうだ。3,000年前の兵士たちと同じ気分で木馬に詰め込まれたカメラを想像すると、なんだか微笑ましいところだ。

どこで観るか?

理想を言えばIMAX 70mmフィルム上映、つまり撮影に使われたのと同じ規格のフィルムをそのまま映写する上映なのだが、対応できる商業劇場は世界に41館しかなく、日本を含むアジアには1館も無い。従って日本での最上位は、先ほどから名前の挙がっているGTテクノロジー方式の2館ということになる。

グランドシネマサンシャイン 池袋のスクリーンは、高さ18.9メートル、幅25.8メートルある。高さだけでビルの6階分に相当する。109シネマズ大阪エキスポシティも高さ18メートル超、幅26メートル超とほぼ同級だ。1.43:1の画はこの巨大な布をほぼ使い切るから、172分間、貴方の視界は上下の隅までノーランの画で満たされ続けることになる。

縦方向に拡がった視界が何に効くかは、舞台を考えれば察しがつくだろう。本作の主戦場は地中海である。水平線の上に積み上がる空も、マストの先端も、断崖の高みも、横長の画面では上下と一緒に切り捨てられてきた領分だ。予告編のあの荒れた海を上下ノーカットで“浴びられる”劇場が日本に2館ある、と言い換えてもいいだろう。

座席についてはノーラン本人のアドバイスが報じられていて、中央列よりやや後方、左右はど真ん中が良いそうだ。近すぎる席では縦横に広がる画面を視線が追い切れず、テニス観戦のように首を振るはめになる、というのが理由らしい。巨大画面を求めて前方に突撃したくなる気持ちは分かるが、この映画に関しては画面の方が視界より大きいのだから、欲張る必要はどこにも無い。

画の話ばかりしてきたが、音にも一言触れておきたい。本作の音楽を担当したルドウィグ・ゴランソンは、オーケストラを使わないという方針を選んだ。当時のギリシャにオーケストラは存在しなかったから、という理屈で、代わりに鳴るのはリラ(竪琴)にアウロス(古代ギリシャの2枚リード管楽器)、そして大小35個の青銅ゴングである(シンセサイザー等も重ねているので、純粋な古代仕様というわけではないのだが)。青銅の打音がどこまで腹に響くかは音響設備の勝負で、IMAXシアターの大出力は、その土俵として申し分ない。

GTテクノロジーの前述の2館に足を運べない場合の話もしておこう。通常のIMAXでも、撮影された画の4分の3は残るので、通常スクリーンとの差は歴然であり、近所のIMAXで観る価値は十分にある。ちなみに同じIMAXの看板で画角が違うのは、2008年以降、シネコンの一室に収まる小型のデジタルIMAXが世界中に展開された経緯があるためで、日本のIMAXシアターの大半はこちらの系譜にあたる。行きつけの劇場がどの方式なのかは、各劇場サイトのシアター紹介ページで確認できる。

Dolby Cinemaは黒の沈み込みと音響に定評のある方式で、本作は劇場のスクリーン仕様に応じて2.39:1のスコープ版または1.85:1のフラット版で上映される。2.39:1版では縦方向の画角でIMAXに及ばないが、1.85:1版なら一般的な1.90:1のIMAXとほぼ同等で、数字の上ではむしろわずかに縦が広い。もっとも、1.43:1を使い切るGTテクノロジーは別格である。それでも音と色を取るならDolby、という好みは大いに理解できるが。

4DXとMX4Dは、椅子が揺れて水しぶきが飛ぶあの方式である。荒れる地中海を全身で浴びる172分に耐える自信があるなら、止めはしない。そして35mmフィルム版という渋い選択肢もある。画角は2.39:1ながら、デジタルを介さずフィルムの質感のまま観るという楽しみ方で、これは2周目以降の遊びに取っておくのが良いように思う。

おわりに

米国では、IMAX 70mm上映のチケットが公開の1年も前から売り出された。世界興収はすでに15億ドルを超えてノーラン作品の歴代最高記録を更新し、IMAXスクリーンでの世界興収でも、史上最高記録をあっさりと塗り替えている。それだけ話題の作品だ。世界中の観客が、どの劇場のどのスクリーンで観るかにここまで本気になった映画は、ちょっと記憶に無い。日本でも、GTテクノロジー2館の席は先行上映から争奪戦になるだろうから、狙う方は相応の準備が必須だろう。

とはいえ、ここまで書いてきたことは、同じ傑作をどれだけ大きな画面で“浴びるか”という話に尽きる。近くにIMAXシアターが無い方も、遠征なんてとてもという方も、心配は要らない。ノーランは通常画角の上映まで含めて画面を設計する監督だし、3,000年間語り継がれてきた物語の強度が、スクリーンの寸法で目減りするはずもないのだ。通いやすい劇場で観るのも、立派に正しい選択である。

その上で、生活圏にIMAXがある方や、池袋や大阪に出る機会を作れそうな方には、本作は追加料金と電車賃に最も見合う1本になるはずだと言っておきたい。史上初の撮り方をされた映画が、1週間早く、視界いっぱいのスクリーンにかかるのだ。予定表と座席表を眺めながら、じっくり作戦を立てて欲しい。良い航海を!

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『オデュッセイア』(原題:The Odyssey)

監督・脚本:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン
エグゼクティブプロデューサー:トーマス・ヘイスリップ
出演:マット・デイモン、トム・ホランド、アン・ハサウェイ、ロバート・パティンソン、ルピタ・ニョンゴ、ゼンデイヤ、シャーリーズ・セロン
全米公開日:7月17日(金)

日本公開:2026年9月11日(金)日本公開
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
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