Column

2026.07.09 8:00

【単独インタビュー】ユニクロ・柳井康治が語る映画の力と難民支援

  • Atsuko Tatsuta

世界で1億人以上が故郷を追われる時代に、映画は何ができるのか。今年5月の第79回カンヌ国際映画祭では、俳優のケイト・ブランシェットらが先導する「難民映画基金(Displacement Film Fund)」のトークセッションが行われ、第1弾として基金の支援を受けて製作された5本の短編作品の報告と、第2弾の助成対象となる監督5名が発表されました。

Photo: Greg Williams

第1弾で製作されたのは、ハサン・カッタン監督『Allies in Exile』、マリナ・エル・ゴルバチ監督『Rotation』、モハマド・ラスロフ監督『Sense of Water』、シャフルバヌ・サダト監督『Super Afghan Gym』、モ・ハラウェ監督『Whispers of a Burning Scent』。第2弾では、モハメド・アメル、アンマリー・ジャシル、アクオル・デ・マビオル、バオ・グエン、リティ・パンの5名の監督が新たに選ばれました。

俳優・プロデューサーであり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使でもあるケイト・ブランシェットが発表したこの基金は、故郷を追われた経験を持つ映画作家、あるいは難民や避難民の経験を真摯に描いてきた映画作家を支援するために設立されたもの。各監督には短編映画製作のための10万ユーロの助成金が提供され、UNHCRは戦略パートナーとして参画、ユニクロは創設パートナーとして毎年10万ユーロを寄付し、活動を支援しています。

難民、国内避難民、庇護希望者などを含む「強制移動を強いられた人々」の数は現在1億人を超えると言われており、そうした状況の中でこの基金によるサポートで製作された短編は、ロッテルダム国際映画祭での上映を経て、日本でも秋に開催される東京国際映画祭で上映が予定されています。

ケイト・ブランシェットとの縁をきっかけに、本プロジェクトを支援する株式会社ファーストリテイリングの柳井康治取締役に、難民支援と映画を結びつけた理由、そして映画への思いについて、カンヌで伺いました。

──まず、ユニクロが25年間にわたり続けてきた難民支援について教えてください。
最初は本当にシンプルに、世界中の難民・避難民の方たちに「服を届ける」ということがメインでした。でも、服だけを届けていても、難民の方の状況はなかなか良くならないということが分かってきました。紛争や戦争が起きた瞬間には、まず緊急支援が必要になる。その後に服を届け、さらに教育や自立支援が進んでいく。難民の方は、ずっと難民でいたいわけではないですから。

祖国に戻れるならそれが一番ですが、戻れない場合は第三国定住のような形になる。その時に、何か職業に就けるような就業支援がすごく大事だと分かってきました。さらに、雇用支援。僕たちの店は世界中にあるので、条件が整えばユニクロで働いていただく。そういう支援もしています。緊急支援、衣料支援、自立支援、雇用支援。この4つの柱が、25年の中で少しずつ形作られていきました。

ただ、その間にも世界中で紛争は続き、難民や避難民など、故郷を追われた人々の数は増え続けている。2006年は3,400万人くらいでしたが、今は1億2000万人ほど。だから、もっと難民の方のことを知ってもらう必要があると思いました。

でも、「難民」と聞いても、どういう状態なのか説明できる人はなかなかいませんよね。しかも、語られるのは辛い話や怖い話が中心です。でも本当は、難民の方の中にも面白い話や心温まる話があるはず。もっと身近に感じてもらえる方法がないか。そう考えていた時に、映画という方向につながっていきました。

──ケイト・ブランシェットとの出会いはどのようなものだったのですか?
2023年のグローバル難民フォーラムで、偶然同じテーブルになりました。その少し前、僕はニューヨークで『PERFECT DAYS』(23年)の上映を行っていて、ヴィム・ヴェンダース監督と一緒でした。その時に監督から「この後どこへ行くんだ?」と聞かれて、「スイスでの難民フォーラムです。もしかしたらケイト・ブランシェットさんがいるかもしれないから、会えたらサインをもらおうと思っています」と話したら、ヴィムから『PERFECT DAYS』のDVDを1枚渡されました。「ケイトに渡してくれ」と。

第79回カンヌ国際映画祭での会見 Photo by Hoda Davaine/Getty Images for The Displacement Film Fund

──かなり映画的な偶然ですね。
本当に。しかも本当に偶然、同じテーブルになりました。「初めまして」とご挨拶してDVDをお渡ししたら、「なんでヴィムのこと知ってるの?」と(笑)。そこから映画の話で盛り上がりました。ケイトさんは役所広司さんと『バベル』(06年)で共演していますから、「役所広司がすごい演技をしているって聞いて観たいと思ってた」と話してくれました。キー・ホイ・クァンさんも同じテーブルにいたので、ケイトが「クァンも映画の人、私も映画の人、あなたも映画の人だから、このテーブルは映画テーブルですね」と言い出しました。その後、「難民支援のために何ができるか」というセッションで、ケイトが急に「私たち、ステージ行くわよ」と言って、みんなでステージに上がった。そこで「私たちは映画の力で難民をサポートします。See you in Cannes!」と宣言しました。

──そこから現在の「難民映画基金」が動き始めたのですね。
はい。「言ってしまったからにはやらなきゃね」ということで、そこからZoomミーティングが始まりました。最初は「難民映画祭」というアイディアもありました。でも、既存の難民映画祭もあるので、だったら自分たちで映画を作った方が良い、短編から始めたらどうか?と話が展開していきました。

──このプロジェクトは「難民を描く」のではなく、「難民が表現者になる」ことも重要なのですね。
(監督を選ぶ際に)難民だけに限定しようとは思いませんでした。難民のバックグラウンドがある人はもちろん歓迎だけれど、難民をテーマにした作品や、スタッフとして難民の方が参加している作品でも良い。あまり厳しく縛らず、柔軟に考えよう、と。

現在は推薦委員会(ノミネーションコミッティ)と選考委員会(セレクションコミッティ)があり、「この人たちにお願いしたらやってくれるんじゃないか」という監督にこちらから声をかけています。第1弾の5作品は、今年のロッテルダム国際映画祭で上映され、秋に開催される東京国際映画祭でも上映される予定です。この1回目、2回目で本当に良い作品を届けられれば、「自分も参加したい」と思う監督がもっと出てくるのではないかと思っています。

──短編プロジェクトは自由度が高い一方で、作品のクオリティを担保するのが難しい側面もあります。
そこは、ケイトを中心とした選考委員会の存在がすごく大きいと思っています。「この人たちなら大丈夫だろう」という監督を、本当に丁寧に選んでいる。(制作に関しては)委員会側は、求められればアドバイスもしますが、基本的にはかなり監督に任せています。

ただ、第1弾に参加したモハマド・ラスロフ監督は、制作途中でご家族の事情やイランの情勢悪化もあって映画を撮っている場合ではなくなり、一時は「降りてもいいですか」という話にもなりました。本人の意思を尊重し、無理に「締切までに完成させてください」と言うべきではないという話にもなりましたが、結果的には完成しました。本当に良かったです。

第2弾の助成対象となる監督5名

──難民問題を扱う以上、政治的な問題とも隣り合わせです。映画界では近年、“どちら側につくのか”といった選択を求める空気が強くなっているように感じます。
「過度に政治的な主張をする場にはしない」ということは委員会の中で共有しています。もちろん、それぞれに強い信念がありますし、こちら側が完全にコントロールできるものでもない。ケイトさんも、「私は誰かの味方をしているわけではなく、自分が目撃したことを語っている」と話していました。彼女は、ロヒンギャの人たちにも実際に会っているし、現場で見聞きしたことを語る、という姿勢です。

ユニクロも、政治的な立場を取るというより、「現場で見てきたこと」に基づいて支援を続けてきました。ただ本当に難しいのは、どの角度から見るかで、評価がまったく変わることです。サステナビリティ活動でも同じで、CO2削減を優先すると、「その前に人権問題だろう」と言われる。工場での労働環境や人権の改善 を重視すれば、「いや、水問題のほうが大事では」と言われる。僕はよく、「じゃんけんみたいだな」と思うんです。こっちでは正しくても、別の角度から見ると違って見える。でも、それぞれみんな正しい。

──映画の“国籍”という問題も、近年大きく変化しています。国際共同制作も増えていますが、ロシアやイランなど政治的問題を抱えている国から亡命した監督たちもいます。
去年、アカデミー賞のルール改定で、難民の方も国際長編映画賞に応募できるようになりました。「難民代表チーム」がオリンピックにあるなら、映画でもできるはずだよね、と話していました。

──さらに今年はアカデミー賞のルールが改定され、カンヌ、ベネチア、ベルリン、サンダンス、トロント、釜山という6つの映画祭の最高賞を受賞した作品は、国際長編映画賞に応募できるようになりました。祖国を出て活動する難民の監督たちにとってもチャンスが増えたといえます。
映画の国籍ということでいえば、『PERFECT DAYS』も日本映画なのかドイツ映画なのか簡単には言えないですね。今回参加しているシャフルバヌ・サダト監督も、ご両親はアフガニスタン出身で、本人はイラン生まれ。イランでは「アフガン人の子どもだ」と言われ、アフガニスタンでは「イラン人だ」と言われる。さらに今はドイツに住んでいる。彼女はロッテルダムで、「私は難民というステータスに誇りを持っている」とスピーチしていました。「自分の国がどこかより、今の自分が幸せかどうかが大事だ」と。あの話は、とても印象的でした。

──柳井さん自身は、日本人としてのアイデンティティを意識していますか。
はい。「洋服」という言葉自体、西洋由来のものですよね。でもユニクロは、それを日本人なりに解釈して「服」として提案している。だから僕たちは、あえて「洋服」という言葉を使わず、「ユニクロの服」と言うようにしています。西洋で生まれたものを、日本のフィルターを通して編集する。その感覚がユニクロの根本にはあります。ロゴをカタカナにしているのも同じ理由です。西洋のものを日本語化する、その感覚ですね。

2026年6月には第1弾作品のうち2作品を都内で特別上映

──『PERFECT DAYS』ではプロデューサーとして携わられたわけですが、この映画は、東京のトイレプロジェクト(THE TOKYO TOILET)から始まった短編企画でしたね。
そうです。「清掃員を主人公にした作品があったら面白いんじゃないか」と思いました。役所広司さんにお願いしたい、でもそれだけでは驚きがない、だったら海外の監督に頼もう、と。そこで高崎卓馬さんと、「ヴィム・ヴェンダースに頼んでみようか」と話しました。もちろん、最初は短編の予定でした。でも、エピソードを集めていくうちに、ヴィムさんが「これは長編になる」と言い始めました。

──どのような過程で長編映画になったのでしょうか?
高崎さんが「長編映画になるかもしれないということですが、大丈夫ですか?」と尋ねたら、ヴィムさんが「大丈夫だ、俺は長編作ったことあるから」って(笑)。役所さんも、まだ脚本が1文字もない段階で、「美しい物語になると思います」とおっしゃっていて。なんだかその言葉に導かれるように作品ができていった感覚がありました。

ヴィムさんは、「映画は生まれるまではすごく壊れやすいものだ」と言っていました。「ひな鳥が飛び立つまで、親鳥は静かに温めて待たなきゃいけない」と。だから、周りがごちゃごちゃ言わず、“一番分かっている人”に任せようとみんなで決めました。

第76回カンヌ国際映画祭『PERFECT DAYS』レッドカーペット(2023年5月)Photo by Olivier Vigerie / Universal

──結果的に『PERFECT DAYS』はカンヌ国際映画祭で役所広司さんが男優賞を受賞し、アカデミー国際長編映画賞にもノミネートされましたね。
本当に幸運だったと思います。でも、あそこまで行けたのは、みんなの気持ちが一つになっていたからだと思います。あの作品を通して関わった人たちが新しい場所へ進んでいく姿を見るのは、とても嬉しかったです。

──今後も映画に携わっていただき、素晴らしい作品を作っていただきたいです。
ありがとうございます。がんばります(笑)。