Column

2026.06.22 8:00

【単独インタビュー】『急に具合が悪くなる』黒崎煌代が濱口竜介監督作品で挑んだ“声”から生まれる表現

  • Atsuko Tatsuta

第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映された濱口竜介監督最新作『急に具合が悪くなる』が6月19日(金)に公開されました。

フランスの介護施設の施設長マリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)は、人に寄り添うケア技法「ユマニチュード」を取り入れようと努めるが、効率化を余儀なくされる現場との軋轢にストレスを感じている。そんな折、俳優・清宮吾朗(長塚京三)とその孫・窪寺智樹(黒崎煌代)、そして演出家の森崎真理(岡本多緒)と出会う。末期がんを患いながら演劇に向き合う真理とマリー=ルーは、次第に友情を深めていくが──。

『ドライブ・マイ・カー』(21年)でカンヌの脚本賞を受賞し、その後米国アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した濱口竜介監督にとって3度目のカンヌのコンペ部門選出となった本作は、主演のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が女優賞を受賞するなど、本年度のカンヌで高く評価された1本です。

濱口作品らしく「偶然」の出会いから始まる物語で、黒崎煌代は、俳優・吾朗の孫で自閉スペクトラム症の青年・智樹を演じました。智樹はマリー=ルーと真理という二人の女性を結びつける“媒介”であり、また「弱さを抱えた身体とどう向き合うか」という主題を体現する重要な役柄です。

昨年のカンヌ国際映画祭監督週間に選出された『見はらし世代』(団塚唯我監督)に主演以来、注目を浴びる若手実力派が、日本公開を前にFan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

──黒崎さんは昨年のカンヌ映画祭「監督週間」に主演作『見はらし世代』が選出され注目を浴びましたが、今年は今作がコンペティション部門に選出され、2年連続でカンヌに参加となりますね。濱口組への参加は、どのような経緯だったのですか?
オーディションに参加しました。濱口監督とは、以前、一度お会いしたことがあって。『さよなら ほやマン』(23年)という作品を濱口さんが見に来てくださった時に、ご挨拶しただけだったのですが。

──この作品に関わる前は、濱口監督の作品をどうご覧になっていましたか?どのような興味から、オーディションを受けようと思われたのでしょうか?
濱口さんは、脚本、セリフ、お芝居、すべてにおいてレベルが高いという印象でした。まさか自分がそのチームに入れるとは思ってもいなかったので、合格と言われたときは本当に嬉しかったです。一方で、なんというか、身が引き締まる思いでした。

──普段受けるオーディションと比べて、特別な点はありましたか?
数日間に渡って行われたのですが、私が演じた智樹は、自閉スペクトラム症ですが、オーディションの過程にその施設の見学も含まれていました。見学した前と後では、どう(演技が)変わるのか。今回のオーディションは毎回「本読み」から始まったので、今までとは違うという意味では、特殊なオーディションでした。

──今回の映画の中に登場する施設ではなく、日本にある施設を訪れたのですか?
はい。さまざまな段階の自閉スペクトラム症の方がいらっしゃる施設でした。とても(演技の)助けになりました。演技とは、自分の中にある情報量によって、できることが変わってくる。豊かさや面白さに違いが出てくると思います。私は、自閉スペクトラム症についての知識があまりなかったので、施設を見学させていただいたことで、役者として“できること”が増えた気がします。

──そのようなリサーチは役作りの段階で行うことが多いですが、既にオーディションの段階で行ったということですね。
そうです。オーディションの段階からこのようなリサーチはなかなかできないですよね。やはりそれが、いろいろな場面でのレベルの高さに結びついている気がします。

──オーディション段階で脚本はすでに読んでいたのですか?
いいえ、読んでいませんでした。オーディション用の部分的なシーンが書かれたものをもとにしていました。

──出演が決まり脚本を読んだ際の感想は、どのようなものでしたか?
ひと言で言うと、圧倒されました。世界最高峰の脚本家が書いたものですから。こんな脚本に出会えるのは本当に一生で一度かもしれないと思ったくらい、完成度の高い脚本だと思いました。ただ、良い意味でプレッシャーも感じました。この世界に入ると、並大抵のことじゃ通用しないぞ、みたいな。

──脚本の完成度が高いというのを、もう少し具体的に言うと?
まず、セリフ。それと、「結果」を表現する言葉が書いてないところ。人に何かを伝えようとするときは、「結果」について話すことが多いと思います。脚本でいうとト書きで「◯◯が泣く」とか「◯◯が叫ぶ」とか。でも、「泣く」とか「叫ぶ」とかは「結果」であって、(今回の脚本は)その前の段階でどういうことが内面で起こっているのかについて書かれているような脚本でした。俳優としては、そういう脚本はとてもありがたい。ここで「泣く」とか「叫ぶ」と書かれているより、とても演じやすいです。

──現場での演出にも、濱口監督ならではの特別なものがありましたか?
特別ですね。どちらかというと現場よりリハーサルですが。濱口監督の演出を受けるのは、撮影時よりリハーサル時が8割程度を占めるくらい比重が大きい。撮影現場の監督は、どうしてもカメラや照明と、いろいろやることが多くて、俳優だけに構っていられない。なので撮影現場よりも、リハーサルでの演出が印象深いです。今までに経験したことのないようなリハーサルでした。

──濱口監督のリハーサル時の「本読み」は定評がありますね。いわゆる、感情や抑揚を排して脚本を棒読みのように平坦に読ませる「イタリア式本読み」。しかしながら、今回の黒崎さんの役柄だと、セリフがほとんどないので、また違ったのでしょうか?
多分、濱口監督もやったことのないような演出をしていたのではないかと思います。あまりセリフはないけれど、それでも私はちゃんと「本読み」というのを実はしていて。このやり方は、監督とは秘密にしようと言っていたことなのであまり話せないのですが──リハーサル段階で、監督と一緒に(自閉スペクトラム症の方のいる)施設を何回か訪ねたのですが、その中で得た大きなヒントは、彼らの声でした。声が素敵でした。自由な、本当に心から出るような声を表現したい、と。その声にどう近づけていくかということで、監督と一緒にいろんな「本読み」をしました。上手く言えないのですが、言葉では喋らないけれど、心の中ではずっと喋っている、というような。智樹という人の“心の声”を監督が書いてくれて、その言葉で「本読み」をしました。

──濃密なワークショップをしたのですね。
本当にそうです。振付家の砂連尾理(じゃれお・おさむ)さんと一緒にしました。(劇中の)足揉みのワークショップも。

──言語としての身体的な表現も、これまで以上に本作では取り入れられているように思います。
そうだと思います。明確に。

──完成した作品を観た時のご感想を伺えますか?
率直に言って、とてもレベルの高い作品だと思いました。内容はもちろん、撮影や美術、演出、脚本など、すべてのクオリティが高い。それに俳優陣も。特にフランスの俳優たちの演技には圧倒されました。映画全体を通して完成度の高さを強く感じましたし、そのレベルの高さに圧倒された、というのが正直な感想です。

──本作はフランスをメインに、日本でも撮影されましたが、黒崎さんはフランスに長く滞在されたのですか?
自分の出演場面のみで、それほど長くはありませんでした。と言っても、フランスには1カ月半ほど滞在しました。とても貴重な経験になりました。日本でリハーサルを4〜5ヶ月ぐらいやって、フランスで直前にみんなで「本読み」をするぐらいでした。日本での撮影は、京都で数日でした。

──本当に特別な体験でしたね。智樹は長塚京三さん演じる俳優の孫という設定ですが、共演はどのようなものでしたか?
最初に長塚さんにお会いしたときは、本当に緊張しました。長塚さんがこれまで出演された映画を観ていたし、『敵』が上映された頃でもあったので、うわーって圧倒されました。長塚さんは本当に優しくて、撮影以外でも一緒にご飯を食べに連れて行ってくださったり。撮影中に80歳になられたので、現場でみんなでお祝いもしました。

監督があのような素敵な方なので、その組に参加する人たちはみんな素敵でした。落ち着いた、何かこう、凪(なぎ)のような穏やかな方々ばかりでした。とても心地良い撮影現場でした。

──本作は、マリー=ルーと真理という二人の女性の魂の触れ合いの物語です。お二人の絆については、どのように受け取りましたか?
姉妹のような関係だと思いました。国は違っても、運命的な出会いというものはあるのだろうな、と。二人を見ていると、別々の人間でありながらどこか同じ人が話しているようにも感じます。その中で「死」について考え、語り合っている。ある意味では、一人の人間が二つに分かれて議論しているようにも見えます。社会の構造についても自分自身についても考えさせられますし、本当にいろいろな受け取り方ができる関係だと思いました。

──濱口監督のほとんどの作品には「偶然性」が通底しています。本作も、さまざまな出会い、偶然が重なって物語が展開し、深みを増していきます。濱口作品における「偶然性」についてはどう考えますか?
偶然と必然は、どこか繋がっているものだと思います。この作品にもありますが、奇跡のような出来事は、起きたあとになって初めて「ああ、そうだったんだ」と気づくことがありますよね。まるで最初からそこにあったものを見つけるような感覚というか。だから偶然というものは不思議ですし、素敵だなと思います。濱口監督が描く偶然にはいつもそうした魅力があって、その度に心を動かされます。

Photography by Kisshomaru Shimamura
Styling by Takumi Noshiro (TRON)
Hair&Makeup by Kengo Kubota (aiutare)

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『急に具合が悪くなる』

監督・脚本:濱口竜介
原作:宮野真生子・磯野真穂著「急に具合が悪くなる」(晶文社)
出演:ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代
製作:Cinefrance Studios、オフィス・シロウズ、ビターズ・エンド、Heimat Film、Tarantula
フランス=日本=ドイツ=ベルギー合作/196分/カラー/1:1.5

日本公開:2026年6月19日(金)全国ロードショー
提供:Soudain JPN Partners
配給:ビターズ・エンド
公式サイト
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