【全文掲載】『aftersun/アフターサン』シャーロット・ウェルズ監督がネタバレ解説!来日Q&Aレポート
- Fan's Voice Staff
※本記事には映画『aftersun/アフターサン』のネタバレが含まれます。
A24注目の新星シャーロット・ウェルズの長編監督デビュー作『aftersun/アフターサン』が5月26日(金)に日本公開されました。
11歳の夏休み、トルコのひなびたリゾート地にやってきた思春期のソフィ(フランキー・コリオ)と、離れて暮らす父カラム(ポール・メスカル)。まぶしい太陽の下、二人はビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間を過ごします。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィは、懐かしい映像のなかに大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出していき──。
第75回カンヌ国際映画祭批評家週間でのワールドプレミアを皮切りに、「五感に訴えてくる、感動的なデビュー作」(Variety)、「なんて愛おしい作品だろう」(The Guardian)、「近年のイギリス映画界において、もっとも注目すべき新人監督のひとりであることは間違いない」(Screen Daily)と評判を呼んだ本作。A24が北米配給権を獲得し、昨年末には複数の海外メディアやオバマ元大統領が年間ベストの1本に選出。
脚本・監督を手掛け、その瑞々しい感性で長編デビューを果たしたスコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズは、本作で全米監督協会(DGA)賞では新人監督賞、英国アカデミー賞では英国新人賞をそれぞれ受賞。脚本に惚れこんだ『ムーンライト』のバリー・ジェンキンスは自らプロデューサーに名乗りを上げ、映画祭での上映時には、既に何度も鑑賞しているにもかかわらず感極まり号泣したといいます。
ソフィ役には、半年にわたるオーディションで800人の中から選ばれた新人フランキー・コリオ。カラム役を、ドラマ『ノーマル・ピープル』でブレイクしたアイルランド出身のポール・メスカルが愛情深くも繊細に演じあげ、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。メスカルは名匠リドリー・スコットがメガホンをとる『グラディエーター』続編の主演にも抜擢され、注目を集めています。
公開に先立ち、初来日を果たしたシャーロット・ウェルズ監督は、4月10日(月)に東京・渋谷で開催されたFan’s Voice独占プレミア試写会に登壇。上映後に来場者からの質問に答えました。本記事ではQ&Aの内容全文をレポートします。
──先ほどの上映前舞台挨拶で、この作品はシャンタル・アケルマンから影響を受けているというお話がありました。まずはその話を詳しく教えていただけますでしょうか。
具体的なシーンというよりも、全体的な音の使い方ですね。画像、映像とシンクロしているところもあれば、シンクロしていないところもある。どんなところで音が前面に来るのか。それから、物語の表現をより高めるために、どういう風に音を使ったらいいのか。そうした点で、アケルマンからすごくインスピレーションを受けました。特に今回は、呼吸の音を使うことに興味がありました。生きることに非常に紐づいた音だと思いますので。時には視点を強調するために使ったり、結局カットしたシーンでも使っていたり、その音が前面に出ているシーンもあります。特に、ベッドから画面が下の方へパンしていき、レイヴでのカラムの激しい呼吸音が初めて聞こえるところ。これはずっと前のシーンでのソフィの落ち着いた呼吸と対照的なものですね。
──質問①:親子を演じる二人の俳優の関係性が親密で、とても自然でした。監督の演出プランについてお伺いしたいのですが、ポール・メスカルとフランキー・コリオは、どう見ても本当の親子にしか見えないくらいで、例えば日焼け止めを塗り合ったりとか、程よくスキンシップをしていたりとか、あらゆるシーンでとても自然でした。その関係性を築くのは大変だったのではないかなと思ったのですが、どういう風に演出されたのか。あと、会話がものすごく自然ですが、それは脚本からすでに細かく入れ込んでいたのか、それとも彼らのアドリブというか、自然に出てきた言葉をそのまま撮られたのでしょうか?
ほとんどの会話は脚本通りと言えると思います。ただ、キャストの実際の喋り方や抑揚に合わせて、なるべく自然な話し方になるよう、準備段階で脚本を調整しました。実際の撮影で、脚本から多少逸脱しても気にしませんでした。編集の時にはそのことが常に頭痛のタネでしたが、なるべく自然な会話になっていた方が良いですからね。フランキーには、(ト書きのない)セリフだけの脚本を渡していました。オーディションで会話のシーンをいくつも演じてもらっていたのですが、なるべくフレッシュな状態でいてほしかったので、脚本は覚えずに来てもらい、各シーンの撮影の直前に説明するようにしました。時にはセリフを忘れてしまったりもしましたが、その時は私から助けを出すようにしました。
キャスティングは本当に慎重に行い、大事にしながら見つけた二人でした。撮影に入る前に、キャスト同士が一緒に過ごす時間を2週間確保したいとお願いしていました。私は準備があるので、1日に1時間とか2時間くらいしか一緒に過ごすことはできませんでしたが、その2週間の間、ポールに、フランキーに対するある種の責任感を感じてもらうことが大切でした。別に二人きりだったというわけではありませんが、フランキーのお腹が空いたり、トイレに行きたいとなった時に、ポールが面倒を見るように。二人はとても仲良くなって、互いのことが大好きで、本物の絆が生まれました。ポールはフランキーと友だちになれたことに驚いていたように思います。本物の家族ではありませんが、その関係性はリアルに映し出せたと思います。
──質問②:先月、オンライン試写で1度拝観していて、その時は号泣して、今も泣きすぎて目が痛いのですが、1度目を観た後にオリヴァー・コーツのサントラも買いました。劇中で3曲、すごく明確にテーマ的に使われているのが、ブラーの「テンダー」、R.E.M.の「ルージング・マイ・レリジョン」、あとクイーン&デヴィッド・ボウイの「アンダー・プレッシャー」。これらは全てラブソングではなく、愛を求めたり、何かを喪失した人の歌です。元々から脚本に組み込まれていたのか、それとも後で付け加えられたのか。そして、別の選曲プランがあったのであれば教えてください。
泣かせてしまい申し訳ないですが、2回観ていただいてありがとうございます。「テンダー」と「ルージング・マイ・レリジョン」は、脚本が完成するまでには入っていました。映像よりも音楽の方が、人の感情をずっと正確に効率良く伝えられる時があると思っています。少なくとも、3分間といった尺ではね。私は脚本を書く時でも編集の時でも、曲をつける時は感情に合わせることを考えていて、歌詞のことはあまり意識していません。「テンダー」も「ルージング・マイ・レリジョン」も、さらには「アンダー・プレッシャー」も、歌詞についてはまったく考えておらず、編集で実際に映像と合わせてみて、その歌詞がそのシーンでどういう役割を持つものなのか、初めてはっきりと意識しました。時にはそれがあからさますぎないか、やりすぎになっていないかと心配もしましたが、どの曲もそのギリギリ手前のちょうど良いところで合ったのではないかと思っていました。
「ルージング・マイ・レリジョン」はおそらく私が最初に歌詞を全て覚えた曲でした…笑われるかもしれませんがね(笑)。とにかく美しい曲だと思います。話すと長くなるので簡潔に言いますが、もともとサンダンス(のプログラム)に向けて、他の映画のフッテージをつなぎ合わせてこの映画の15分のリールを作りました。その時のとあるシーンで「テンダー」を使っていて、今回の映画でもそのシーンを再構築して入れた経緯があります。その時に使った映画は、『都会のアリス』や『沼地という名の町』、『トムボーイ』、ほか数本ですね。
「アンダー・プレッシャー」を使うことは全くの想定外でしたが、フレディ・マーキュリーの声と無謀さ、デヴィッド・ボウイとロマンティシズムが、感情面で非常に響きました。もし誰かから“クレイジー”と言われたら即座にやめようと思っていたのですが、誰からもそんな意見はなく、結果的に歌詞が物語を語ることになり、上手くいったと思います。それからオリヴァーの劇伴が重なり、とても効果的に抑揚をつけていると思っています。
──質問③:とても素敵な映画をありがとうございました。最後の方で、子どもの時のストーリーから現在のソフィとパートナーの様子を少しずつ入れ込んで、また戻って、また現在を入れ込んでと重ねていったところがあると思います。どうしてそのような演出をしたのでしょうか?
大人になったソフィをどのように描くのかはとても興味深い問いで、脚本の初稿を書き終えて初めて、この物語が大人のソフィの視点で描かれていることに自分では気が付きました。そしてその問いは、いかにして明確に現在の時間軸を提示することなくその視点を表現するか、となりました。フラッシュバックで過去を描いたような映画にしたくはなく、過去を振り返る時もある現在形の物語にしたかった。バカンスのシーンが過去であるような感じにはしたくありませんでした。
夜中に起きるシーンはずっとあったのですが、バカンスのシーンとは大きくかけ離れたものとなるため、入れるべきか長い間悩んでいました。でも、残しておくようプロデューサーが説得してくれて、自分でもそれが正しいように感じました。観客が、それまで観ていた視点が誰のものであるが、気付かされる瞬間ですね。ただ、そこで登場する女性がソフィだと観客に理解してもらうことが挑戦となりました。脚本上では“ソフィ”と書いておけばいいわけですが、実際に映像として表現するのは容易ではありません。カーペットであったり、あるいは夜眠れないという姿からつながりを見出し、これが彼女の誕生日であり、今は子どもを持つ親であるというところから、彼女が過去を反芻しているんだという背景が見えてくる。そこから最後のシークエンスに向けて物語は展開し、その“現在”がもう少し入り込んできて、最終的には彼女のアパートの部屋に着地するというわけですね。この二つをブレンドしていくのに、特に音など様々な映画的ツールを使っていますが、大人のソフィの視点であったことをサプライズ的に提示するつもりはなく、そうであるだろうという感じを構築していき、あのソファに座った彼女を見た時には、あれは(大人の)ソフィであり、過去の記憶を見つめているのだとわかってもらえるように、と考えていました。
──質問④:とても素晴らしい映画でした。この映画での俳優や登場人物との距離感、鏡に写ったところ、消したテレビへの反射といった遠隔的な表現にエドワード・ヤンのような空気を感じました。そうしたアジア映画からの影響はありますでしょうか?
(ニヤリと笑みを浮かべて)はい、エドワード・ヤンは大好きです。実は撮影監督がエドワード・ヤンが大好きで、彼の作品を紹介してくれました。編集中に彼の映画のシーンを観て、あまりにも美しくて、もうその日の作業をやめてしまうこともありました。特に人のいない空間の画。部屋の中なんてただ撮れば良いのではと思われがちですが、そこには計り知れない技術が込められているし、時間もかけられています。小津(安二郎)にも同様のことが言えると思いますし、レファレンスとなっています。ウォン・カーウァイもしかり。他にもたくさんの名前が思いつきますが…ツァイ・ミンリャンといった台湾ニューウェイブの監督らも。どの方も映画作りの様々な段階で、特に終盤においてレファレンスとなりました。
──お時間となってしまいました。最後にウェルズ監督より一言いただけますでしょうか?
今日はお越しくださいまして本当にありがとうございました。3月以降は『aftersun/アフター・サン』の話はもう聞きたくない、お休みが欲しいという状態に入っていたのですが、ハピネットファントムさんから来日のお誘いを受けて、イエスと返事しました(笑)。日本で『aftersun/アフター・サン』をお見せできるのが本当に嬉しいです。今回、本当に幸運にもバリー・ジェンキンスがプロデューサーとして入ってくれているのですが、壇上で彼は、私よりもう少しエネルギッシュに話す方です。生まれながらの口達者というか、今この場にバリーがいたら、こう言うでしょう。「もしこの映画を気に入ってくださったならば友人に勧めて、さらにその友人にも勧めるよう勧めて。もしあまり好きでなければ、友人には話さないでください」。
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『aftersun/アフターサン』(原題:Aftersun)
監督・脚本:シャーロット・ウェルズ(初長編監督作品)
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール
プロデューサー:バリー・ジェンキンス ほか
2022年/イギリス・アメリカ/カラー/ビスタ/5.1ch/101分/字幕翻訳:松浦美奈/G
日本公開:2023年5月26日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
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