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2023.04.27 21:00

『アダマン号に乗って』ニコラ・フィリベール監督来日!記者会見レポート

  • ichigoma

本年度ベルリン国際映画祭コンペティション部門で最高賞にあたる金熊賞を受賞した日仏共同製作『アダマン号に乗って』のニコラ・フィリベール監督と、プロジェクトアドバイザーを務める臨床心理士のリンダ・カリーヌ・ドゥ・ジテールが来日し、4月27日(木)に東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見を行いました。

パリ・セーヌ川に浮かぶ木造建築の船「アダマン号」は、精神疾患のある人々を無料で迎え入れ、絵画、音楽、ダンスなど創造的な活動を通じて社会と再びつながりを持てるようサポートしているユニークなデイケアセンター。今作では、患者もスタッフも区別なく、誰しもにとって生き生きと魅力的なこの場所にやって来る人々に寄り添い、優しい眼差しで捉え、見つめ続けます。

4月28日(金)の緊急公開に合わせて、前作『人生、ただいま修行中』以来4年ぶりとなる来日を果たしたニコラ・フィリベール監督。まず初めに会見に集まった記者たちに向けて「私の作品に関心を持っていただいて本当にありがとうございます。こうして皆さんにお届けすることができて、とても嬉しく思っています」と感謝を述べました。

本年度ベルリン国際映画祭で、ドキュメンタリー作品としては史上2作目となる金熊賞に輝いた『アダマン号に乗って』。「ドキュメンタリー映画がコンペティション部門に選出されること自体、なかなかないことです。そんな中で最高賞を受賞したことはまさかの驚きでしたが、私自身の喜びと同時に、ドキュメンタリーというジャンルそのものが認められたのだと、とても嬉しく思いました。また現在のフランスにおいて、精神科医療は非常に苦しんでいる状況です。そんな時期にこの金熊賞をいただけたということは、人間の健康をもっとケアしようという機会につながるのではと嬉しく思っています」と、受賞当時の思いを振り返りました。

世界35カ国で続々と公開が決定している本作は、フランスではつい先日一般公開され、初日に4万2,000人を動員するという異例の大ヒットを記録。「ドキュメンタリー映画にこれほどのお客さんが映画館に足を運んでくれているのはとても嬉しいことです。さらに精神科医療のような簡単には扱えないテーマということで、(映画興行的には)二重の難しさがある中で、この成績はとてもありがたいことです」と喜びを打ち明けました。

撮影スタイルについての質問には、「私の撮影スタイルは、映画学校で教えられるようなこととは真逆だと思います。私は、できるだけ事前に準備はせず、偶然に身を任せて対象への興味・欲望を大切にします。出会いの幸福感を享受しているのです。これまでドキュメンタリー映画の制作を通して本当にたくさんの出会いがありました。私がアダマン号に出会ったように、観客の人たちにも映画を通じていろんなことに出会い、感動を味わってほしい。そのことで彼らを知ることができますし、それが観客の皆さんが自分自身を知ることにつながると信じています」 と回答しました。

さらに、カメラを向けられることを良しとしない人々にはどう対応しているのか、という質問には「カメラは存在するだけで、人にプレッシャーを与えてしまうものです。なので、私は決して撮影を強要することはしません。むしろ、自由に『嫌だ』と言えるような環境づくりを心がけています。本作は精神医療の場でしたからなおさらですね」と、自身の信念を語りました。

©Jean-Michel Sicot

日本のテレビで精神疾患を持つ人が取り上げられるときには、モザイクなどで顔が隠されてしまうことが常態化しているという話を受けて、監督は「モザイクをかけるなんて、私は絶対しませんね。だったら最初から撮らない。そんなトリックで顔を隠してしまうのは、その人を人間として見ていないということにならないでしょうか。その人の言葉だけに興味があって、その人そのものを対象として見ていないということにならないでしょうか。私自身は、人間を撮影する時には、その人の眼差しであったりその人の顔こそが大事だと思います。“顔を撮らない映画は、その時点で映画でない”というほど、必要不可欠なものだと思っています」と力説。また、今作に登場する人たちには、「映画館で上映されるものであり、DVDにもなり、テレビでも放映されるということを事前に伝え、撮影する許可を私に与えてくれています。私にとって、映画を撮る前にそのことをしっかりと対象者に伝えるということは、非常に重要なことだと思っています」と添えました。

会見には、臨床心理士でアダマン号の創設にも携わり、現在もアダマン号で働くリンダ・カリーヌ・ドゥ・ジテールも参加。フィリベール監督にアダマン号の存在を伝えた当人であり、映画のプロジェクトが立ち上がる際や撮影中、そして編集に至るまで、二人は何度も意見を交換し合ったそう。

フランス国家の支援についてドゥ・ジテールは「アダマン号は公的医療機関なので国のお金で運営されているのですが、今の世界はだんだんと効率重視、数字重視になってきているので、精神医療の支援は低下傾向にあります。人間的な精神科医療を継続することが難しくなっているのです」と厳しい現実を訴えます。一方で、「撮影があったことで、アダマン号全体がとても生き生きとしました。スタッフはやりがいを感じながら協力してくれましたし、患者の方々にもとても良い影響があったのではないかと思っています。映画の完成後には上映会やティーチインも行いました」と、今回の映画を経た現場の様子を明かしました。

最後に、パリの中心地セーヌ川に“浮かぶ”「アダマン号」の存在について、フィリベール監督は「船に通う人たちも、船のようにふらふらと浮かぶ存在だと思っています。そして水の存在はとても重要です。セーヌ川は日によってその色を変えます。そんな水を見ているだけで、何か催眠術にかかったような夢見ごごちにさせてくれるのです。建築物としての美しさも相まって、人の気持ちを穏やかにさせてくれるんです」と笑顔で語りかけました。

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『アダマン号に乗って』(英題:On the Adamant)

監督:ニコラ・フィリベール
2022年/フランス・日本/フランス語/109分/アメリカンビスタ/カラー/原題:Sur l’Adamant/日本語字幕:原田りえ

日本公開:2023年4月28日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
共同製作・配給:ロングライド
協力:ユニフランス
公式サイト
© TS Productions, France 3 Cinéma, Longride – 2022