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2022.11.12 9:00

是枝裕和 × 松岡茉優「ウーマン・イン・モーション」トークレポート

  • Mizuki Kodama

第35回東京国際映画祭公式プログラムであるケリング「ウーマン・イン・モーション」が東京・TOHOシネマズ 日比谷にて10月31日(月)に開催され、映画監督の是枝裕和と役者の松岡茉優が登壇した。

「ウーマン・イン・モーション」は2015 年にカンヌ国際映画祭で、映画界で活動する女性たちに光を当てることを目的として、ケリングによって発足された。『万引き家族』(18年)からの関係である是枝監督と松岡が、映画界の女性の権利と地位を巡って語り合った。

日本と海外の労働環境の違い

是枝監督は『真実』(19年)でフランス、『ベイビー・ブローカー』(22年)で韓国での撮影現場を経験している。「働き方改革が進んでいる国なので、フランスは8時間労働が原則で土日は基本的に休み、韓国は週の労働時間の上限が52時間。なので、現場で働く人たちの環境は整えられている。まずそれが日本との一番大きな違い」とし、この一年は日本での撮影現場をどう改善できるかが課題だったと振り返る。例えば、主演の女性俳優が現場に子どもを連れて来たときには、「保育士資格を持っているスタッフに面倒を見てもらって撮休の日は二人で過ごすとか、そういう形をプロデューサーが試みてくれた」と話す。

フランスや韓国に対して、そもそも日本では労働時間が極めて長い現状がある。松岡は実際に短期間で集中して映画を撮影した自らの経験を引き合いに出し、余裕のあるスケジュール感が理想的ではあると前置きしつつ、それでも「全員が走り抜けた」という一体感を得たため、そういった撮影スタイルがすべてなくなっていくべきなのか是枝監督に問いかける。

それを受けて是枝監督は「寝食を共にして、一体感で祭りを執り行った感じというんですか。文化祭のノリでやったことによって、仕事を一緒にした以上の繋がりを持つことがある」と共感するが、「それは財産にはなっていくのだけど、そのことで何かが犠牲になっているのがもう看過できない状況」と捉える。さらに「じゃあ韓国できちんと休みをとって一体感が無かったかと言われると、そんなことはないから。そこは決して、寝ないでやったから生まれているものではないはず。ある種の精神論みたいなものが、まだ残っている(のが自分たちの)世代」と続ける。次世代が働きやすい環境で働けるようにしなければいけない責任のある年齢になったと是枝監督が自戒を込めると、松岡は「年齢を問わず、私にも背負わせてください」と上の世代と下の世代の共闘を望んだ。

「女優」か?「俳優」か?

2021年、ベルリン国際映画祭が世界三大映画祭のうち初めて性別による賞を廃止し、「男優賞」「女優賞」を「主演俳優賞」「助演俳優賞」へと変更した。昨今では女性の役者を「女優」ではなく「俳優」と呼ぶべきではないかという向きもあるが、松岡はそこで自身の役者人生と絡めて「女優」への思いを語る。「日本で“女優”というと清楚かもしくは色っぽいかのイメージがあって、そのどちらかではないと『女優さんらしくない』と言われてしまう。私にはそのイメージがどちらも当てはまらないので、自分で名乗るときは“俳優”と言いたかった。ですが樹木希林さんや安藤サクラさんとお芝居をして、女性として生きてきた肉体がそこにあったのを目の当たりにしたとき、『私、女優さんになりたい』と思ったんです」。そんな松岡のように、あくまで自分で名乗るにあたっては、「女優」という呼び名に特別な思いを持つ役者もいる。

是枝監督はカトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イザベル・ユペールらの名前を挙げつつ、「自分が社会的な存在であるということを意識して影響を与えていく、ちゃんと社会と関係を持っていくことに自覚的」と形容し、フランスと日本の「女優」の違いを指摘。「フランスの撮影現場では週末にデモに行く人が多いので、月曜日の朝の会話が政治の話題だったりする。女優が政治的な発言や行動をしたりすることを、“女優なんだからお芝居だけしていればいいんだ”とする目線が日本にはまだある。その辺が一番遅れているところなのでは」と疑問を呈する。

女優に限らず、フランスを代表する女性の映画作家セリーヌ・シアマの存在もまた、フランスでは確かにそうした土壌が培われているのだろうと感じさせる。シアマ監督は社会的存在であることへの意識が極めて強く、レズビアンを公言することは単なるセクシュアリティの表明のみならず、社会的アイデンティティの表明であり、自分に与えられた社会的使命や責任を果たしているのだとする。是枝監督が肌で感じ取ったこうしたフランスと日本における政治への意識的な違いは、映画が政治と切り離せない産業であるがゆえに、日本映画界の抱え込む困難とも繋がっているのではないか。

日本映画界と「#MeTooムーブメント」

2017年にはハリウッドの有名プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインによる性加害が告発され、「#MeTooムーブメント」が世界的に巻き起こった。「#MeToo」は公民権運動家のタラナ・バークが、性暴行を打ち明けてきた13歳の少女に対して言いたかった言葉「MeToo」を使って、2006年に活動し始めたことに端を発する。日本における「#MeToo」の印象を聞かれた松岡は、その言葉が生まれた背景を理解しないままに言葉だけが一人歩きしてしまい、問題を話し合うきっかけとなるはずが対立してしまった側面もあるのではないかと問う。

是枝監督は「自分の現場も含めて捉え直そうという意識になったのは、少し時間が経ってからだった」と表情に自省を滲ませた。「日本は映画の現場を監督の名前で“○○組”と呼ぶ。なかなか外から見えにくいんですよね。だから外部の第三者機関を作って、そこが審査をするとか、そういう仕組みを作らないと無理なんじゃないかと考えるようになっています。やっぱりそういう外の目、批判に晒されたときにきちんと答えられるような体制をどうとっていけるかということが、問われてくる」と語る。

日本の映画界では長らく#MeTooムーブメントが起こっていないと言われてきたが、2022年に入ってから有名映画監督及び俳優らの性加害報道が相次ぎ、メディアでもたびたび取り上げられるようになった。そんな状況について是枝監督は、「声を上げること自体はもっと必要だと思うし、声を上げた方たちが孤立化しないようにするサポート体制が全然足りていない」と問題提起する。

実際、被害を告発した側への二次加害などは後を絶たない。そしてそれは、わかりやすい誹謗中傷の形をとるとは限らない。たとえば「作品に罪はない」という言葉が免罪符として機能し、作家と作品を単純に切り離して語るとき、そこでは声を上げた人たちの存在が蔑ろにされてはいないか。懸命に上げられた「声」をかき消してしまう言葉は、いたるところに転がっている。是枝監督は「声を上げた人が不利益を被らないようにするためにサポート体制をどう作っていくかが大切」と続け、声を上げやすい環境づくりをしていくことが重要だと述べた。

インティマシー・コーディネーターとの仕事

映画界における労働環境を是正する取り組みのひとつとして、ヌードや性行為のシーンで俳優と制作サイドを調整する専門スタッフである「インティマシー・コーディネーター」を導入する撮影現場も増えつつある。是枝監督も自身の現場で、インティマシー・コーティネーターである浅田智穂との撮影を経験したという。まずインティマシー・コーディネーターは、脚本上でどこが役者にとって身体的、精神的に負荷がかかるインティマシー・シーンにあたるかを精査し、それに応じて撮影の時間帯をずらしたり、セットをクローズドにしたりなどを提案する。是枝監督はインティマシー・コーディネーターを「一緒に話し合ってくれる相談相手」だと好意的に表現。

『万引き家族』が上映された第71回カンヌ国際映画祭にて Photo by Pascal Le Segretain/Getty Images

『万引き家族』の撮影現場では、例えば松岡演じる亜紀が働く風俗店のシーンは時間帯を夜遅くにしたり、なるべく人が周りにいないようにしたりなどの配慮がなされたというが、是枝監督は改めて浅田に脚本を見てもらい、当時どうするのがベストだったのかを確認したという。「そういう話を聞くだけでも、自分が次の現場に臨んだときに、女優さんがどこで負荷を感じるのか、僕が感じているものとまた違うところで感じられる。そこの調整役で入ってもらうというのは、必要だと思った」とインティマシー・コーディネーターの重要性を身をもって実感したと話す。

松岡自身はインティマシー・コーディネーターとの仕事の経験はまだないものの、「心を使うお芝居だから、心を壊して当然だから、放っておいてくれと思っていたんです。でもそうではなくて、俳優が心を壊さずにお芝居をし続けることができるなら、それはとても豊かだし、それこそ(若い世代から)『俳優になりたいんです』と言われて、『ぜひっ!』と言える日が来るのかもしれない」と期待を込めた。

日本映画界ではインティマシー・コーディネーターはまだ十分に認知されておらず、新しい取り組みだと言える。しかしインティマシー・コーディネーターを取り入れたくても予算が潤沢でないためにそれが叶わないケースや、一部のベテランの男性監督が否定的な見解を示すケースもあり、課題はいくつも存在する。不均衡を抱え込みやすい俳優と監督の力関係において、俳優自身の尊厳と身体が守られる現場作りの一環として、より広く是枝監督と松岡のような意識が波及していくべきではないだろうか。

映画界が抱えるジェンダーギャップ

去年はカンヌ国際映画祭でジュリア・デュクルノー監督が『TITANE/チタン』で最高賞のパルム・ドールを受賞、今年はアカデミー賞でジェーン・カンピオン監督が『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で最多ノミネートを果たすなど、近年は女性映画作家の活躍が目覚ましい。作品を観る上で監督が女性であることがどう関係してくるかを問われた是枝監督は、悩みながら、「最近は作品を評するときに、女性らしい細やかで繊細な……といった表現がされなくなってきたけど、まだあるよね」と呟く。是枝監督の指摘のように、「女性監督ならでは」に「細やかな感受性」や「繊細な表現」と続く場合、それは「女性はこうあるべき」あるいは「女性はこうであるに違いない」といったジェンダーバイアスを無批判に再生産してしまいかねない。と同時に、女性差別が根強い社会の下で女性ジェンダーを割り振られて生きてきた作家が経てきた固有の経験や感情からしか生まれなかったであろう表現もまた、決して見逃すべきではない。現代における女性の映画作家たちの台頭は、間違いなく映画表現を豊かにしていくだろう。

しかしながら日本映画界におけるジェンダーギャップは、まだまだ深刻な状況にある。一方で、是枝監督の立ち上げた映像制作集団「分福」は、西川美和、砂田麻美ら女性が八割を占める。そのジェンダー比について是枝監督は「性別を意識せず、三年ごとに面接で優秀な人材を採っていったらそうなった」のだという。

役者として女性の監督との仕事について聞かれた松岡は、「女性監督であればセンシティブなシーンであっても、リラックスしてできることもあるかもしれない」としつつも、同時に性別で区切ることへの違和感も禁じ得ない様子。

それに応じて是枝監督は松岡も出演している2023年配信予定のNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』の撮影現場でのエピソードを挙げる。銭湯のシーンにおいて湯船に浸からなくてはいけない役者が肌を露出する必要があるため、本番では男性スタッフ全員がその場から出てモニターでチェックする試みをしたという。是枝監督はそのことについて「これが常識になっていくべきだろうと思いながらも、そこで性別で線を引くことが本当に正しいのかというのは、まだ疑問が残る」と正直な気持ちを明らかにした。

ここから想起されるのは、今から6年前に制作された韓国の巨匠パク・チャヌク監督が手がけたレズビアン映画『お嬢さん』でのエピソードだろう。『お嬢さん』でのインティマシー・シーンで、パク・チャヌク監督は撮影監督含め男性スタッフ全員を外に出し、マイク担当にはその日のみ女性スタッフを起用、セットには女性俳優二人だけを残して撮影を行い、称賛を集めた。しかしながら、なぜそうした「配慮」がそもそも必要なのか、それがどういった効果を生むのかなど、関わる作り手たちがそれぞれに理解し、共通認識を擦り合わせなければ、安易なシステムばかりが先行して本質的には何も解決されないことにもなりかねない。映画界がこうして変わりゆく過渡期にあるなかで、より慎重で丁寧な議論の積み重ねが求められている。

よりよい映画界の未来へ向けて対話を続けていく

同日には、東京国際映画祭と国際交流基金(JF)の共催プログラムの一環である「交流ラウンジ」も開催され、映画祭の公式アンバサダーを務めた俳優の橋本愛と是枝監督がトークセッションが行われた。是枝監督は「こうして若い役者たちが自分の考えを表に出して、違和感も含めて話せるようになってきたのはとても素晴らしいこと。僕ぐらいの世代までの女優さんは、そういうことを口にすることすら憚られるような状況が長く続いていた」とこの日を総括。

深田晃司監督らと一緒に「日本版CNC設立を求める会」(通称:action4cinema)を創設するなど精力的に映画界で活動する是枝監督は、これからの映画界の展望を問いかけられると、「このままの状態では日本の映画界は続かないだろうと思っている。その危機感と課題と未来像をできるだけ広く──スタッフや監督だけではなく役者とも共有して、まずは意識を高めていく活動を来年以降もやっていきます」と締めくくった。

松岡はこのトークセッションに臨むにあたり、女優として現場で手厚い対応があるという自覚から、男性が多い役職の女性スタッフにヒアリングを行ったという。多くの女性スタッフは、長時間労働にもかかわらず産休や育休制度がないために、仕事と子育てのいずれかの選択をやむを得ず強いられる。女性スタッフからそうした不安や悔しさを直に耳にした松岡は、「スタッフさんや俳優が子どもを持ったときに、育てながら働ける環境作りをしていかないといけないから、それはどうやったらできるのか、一生懸命考えます」と決意を新たに。そして「お互いがお互いに耳を傾けられる世界でありたい、そして自分もそうでありたい。だから今日は聞いてもらう一方でしたけど、皆さんのお話も聞ける環境があったらいいなと思います。一緒に話し合いをしてください」と最後に呼びかけた。

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第35回東京国際映画祭

開催期間:2022年10月24日(月)~11月2日(水)
会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座エリアの各映画館やホールなど
主催:公益財団法人ユニジャパン
公式サイト