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2022.11.05 22:00

【レポート】第70回サン・セバスティアン国際映画祭 ─ 日本映画にも注力するスペイン最大の映画の祭典

  • Yuko Tanaka

フランスとの国境に近いスペイン北部に位置するバスク自治州は、「海バスク」「山バスク」と呼ばれるほど恵まれた自然の美しさと、世界中の美食ファンを唸らせる料理で知られている。そのバスク自治州に位置するサン・セバスティアン(バスク語ではドノスティア)で開催される国際映画祭は1953年にスタートし、今年9月に70回目を迎えた。スペインとラテンアメリカの映画のショーケース的な役割を担い、完成作品の上映だけではなく、企画を支援するイベントも充実。また独自の文化と言語を持つバスク地方で製作された作品の紹介にも力を入れている。

オープニングセレモニーの様子 Photo: Pablo Gómez

多数の部門を擁する同映画祭にはほぼ毎年日本映画が選出されることでも知られているが、今年はオフィシャル・セレクション部門に選ばれた川村元気監督の『百花』をはじめ、古川原壮志監督の『なぎさ』と企画事務所「5月」の『宮松と山下』、深田隆之監督の中編『ナナメのろうか』、津村将子&白井エリック監督の短編『行き止まりのむこう側』、中江裕司監督の『土を喰らう十二ヵ月』、ベルリン在住の永井愛華監督の『MOON NIGHT』の計7本の新作が公式上映された。

この記念すべき年に、2011年からジェネラル・ディレクターを務め、日本映画に造詣の深いホセ=ルイス・レボルディノスにインタビューを行った。

ホセ=ルイス・レボルディノス Photo: Pablo Gómez

──今回、サン・セバスティアン映画祭に初めて参加しましたが、観客の素晴らしさに驚きました。
サン・セバスティアン映画祭の観客はとても熱狂的です。私たちの映画祭にとって一般の観客はとても重要です。上映される作品の関係者が、プロフェッショナルだけでなく一般観客の反応も見ることができるからです。世界中の製作会社や配給会社は、この観客の反応を見るために私たちの映画祭に出品するのです。この映画祭の観客は映画をとてもよく知っており、情熱を持っていますからね。

実はサン・セバスティアンではほかに、人権映画祭(4月)、ファンタスティック映画祭(10月末〜11月初旬)、音楽映画祭(5月)も開催され、1年に計4つの映画祭があります。近代文化センターのタバカレラでは毎週4日間、商業映画を上映しています。また昔から続いているシネクラブも毎週上映会を開いています。年間を通して、サン・セバスティアンの市民は映画に触れることができるのです。これらの多くは市のイニシアティブによるものですが、地方行政とバスク自治政府によるものもあります。またシネクラブは市民団体による活動です。

サン・セバスティアン映画祭には市、地方、バスク自治州、スペイン政府と4つの公的機関が関与しており、総予算の半分以上を公的資金に依るものとなっており、残りの45〜48%を民間企業とチケット販売が補っています。

Photo: Pablo Gómez

──この映画祭はスペイン映画と南米映画のショーケース的な役割を果たしており、スペイン語圏の若手監督にとって登竜門となっていますね。

サン・セバスティアン映画祭にとって南米映画は非常に重要です。私たちは共にスペイン語を話し、その人口は5億人以上になります。社会的、政治的、そして経済的にも共通するものありますが、何と言っても言語的に同じ市場を持っているのです。英語と中国語に続く、世界で3番目に大きな市場なのです。この映画祭は南米映画にとってヨーロッパへの扉となり、またヨーロッパ映画にとっては南米への扉となっています。

サン・セバスティアン映画祭では、製作前の企画が参加する共同製作フォーラム、製作中で資金調達を模索している作品が参加する“WIP”(=ワーク・イン・プログレス)も開催しています。完成後は私たちの映画祭への出品に向けて応募してもらうことになりますが、公開前の南米映画から最優秀作品を選ぶ賞もあります。私たちは常に南米映画の製作に寄り添っているのです。(※サン・セバスティアン映画祭はアーティスト・イン・レジデンスプログラムも実施している)

今年のオフィシャル・セレクション部門には力強い作品が並びました。スペイン語圏の若手監督としては、コロンビアのラウラ・モラ監督による『Los reyes del mundo(The Kings of the World)』(最高賞にあたるゴールデン・シェルを受賞)、アルゼンチンのマヌエル・アブラモビッチ監督の『Pornomelancolía』、スペインのミケル・グレア監督の初長編フィクション『Suro』とピラール・パロメロ監督の長編2作目にあたる『La maternal』などが挙げられます。

ラウラ・モラ監督『Los reyes del mundo(The Kings of the World)』

──今年のオフィシャル・セレクション部門にはセバスティアン・レリオ、アルベルト・ロドリゲス、ディエゴ・レルマンなど、インディペンデント作品を経てより商業的な作品を作るようになった監督の作品も入っています。
この映画祭では全ての部門にスペイン映画や南米映画が入っています。ベネチア映画祭で上映された『アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~』の一般客を入れた上映は、大好評でした(観客賞受賞)。最近のスペイン映画はとても勢いがあります。商業的な大作だけではなく、特に新しい世代が素晴らしく、とても興味深い作品を作っています。これは南米でも言えることです。またバスク地方にも良い監督がいます。例えばニュー・ディレクター部門に選出されたドキュメンタリー『A los libros y a las mujeres canto(To Books and Women I Sing)』のマリア・エロルサ監督です。監督自身の家族と文学の関係を綴ったノンフィクションですが、とても素晴らしい作品です。

──最近では『Alcarràs』で今年のベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞したカルラ・シモン監督が高い評価を得ていますが、スペインにおける若手の女性監督はどうでしょうか?
新しい世代の女性監督が多く出てきています。先ほど挙げた作品の監督だけではなく、ベルリン映画祭のパノラマ部門に出品された『Cinco lobitos(Lullaby)』のアラウダ・ルイス・デ・アズア監督もそうです。政府や映画産業による動きもありますし、女性プロデューサーも増えており、女性が作品を監督するチャンスを与えています。

カルメン・ジャキエ監督『Foudre(Thunder)』

──それでは現在のスペインでは女性監督が映画を作ることはそれほど難しくなくなってきているのでしょうか?
難しくないとまでは言えませんが、他の国よりは容易くなっているでしょう。しかし20年前はとても難しい状態でした。今でも、男性よりも難しいかもしれませんが、(企画が)実現できるようになってきています。スペイン映画ではありませんが、今回の映画祭では、ニュー・ディレクター部門のスイスのカルメン・ジャキエ監督の『Foudre(Thunder)』やニカラグアのラウラ・バウマイスター監督の『La hija de todas las rabias(Daughter of Rage )』も、女性監督による女性をテーマにした秀作です。

──このニュー・ディレクター部門にはとても興味深い作品が並んでいますね。
オフィシャル・セレクションは商業的な作品や先鋭的な作品など、様々な点でバランスをとっていますが、ニュー・ディレクター部門ではそういった条件を課すことなく気に入った作品をより自由に選ぶことができ、素晴らしい作品が並びました。

Photo: Pablo Gómez

──日本映画の話もさせていただきたいと思いますが、今回は7本の新作が選出されていますね。
オフィシャル・セレクションの『百花』(川村元気監督)は、息子と母親の関係を描いた素晴らしい作品で、大衆に愛される作品だと思います。しかし同時にこの作品には繊細さがあり、映像的にも非常に美しく、とても良く出来ています。観客に気に入っていただけることは間違いないと思います。私たちから見ると、日本映画には特別な美的感性がありますが、この作品は非常に辛いテーマを扱いながらも、特別な繊細さ、温かさがあります。そして俳優陣が素晴らしく、特に母親役(原田美枝子)の演技には目を見張るものがあります。演出も知的で素晴らしいです。

川村元気監督『百花』

ニュー・ディレクター部門の『宮松と山下』は非常に好感の持てる作品です。冒頭の数分間は(作品が)どこに向かっているのか分からず、とても驚きましたが、次第に物語が始まります。この作品から発せられる驚きは、従来の良く出来た作品とは一線を画すものです。この作品はセレクションメンバー12人全員が気に入りました。

昨年の東京国際映画祭に出品されていた『なぎさ』(古川原壮志監督)は、家族の一員の喪失というテーマを幻想的な手法で語っている、亡霊の物語です。初長編作品としてはとても突出した驚くべき作品です。このテーマはもっと普通な手法で描けたはずですが、喪われた人が現れたり消え去ったりする、この幻想的な点が気に入りました。とても美しい作品です。

深田隆之監督『ナナメのろうか』

上映時間に制限のないサバルテギ・タバカレラ部門には、異なるタイプの作品を選んでいますが、『ナナメのろうか』(深田隆之監督)は芸術的で、美的観点から言っても驚くべき作品です。短編でも長編でもない44分という長さですが、この作品に最適な時間で作られていると言えるでしょう。姉妹が実家を訪れる話ですが、特に何も起こらないと思いきや、最後にとても重要なことが訪れる、とても素晴らしい構成の作品です。

短編の『行き止まりのむこう側』(津村将子&白井エリック監督)は、津波で妻を失った方についての作品ですが、物語を語る手法がとてもオリジナルで、美しい作品でした。

ロジャー・ザヌイ監督『壬生 - 皿に浮かぶ月』のPhoto: Alex Abril

食にまつわる作品を集めたキュリナリーシネマ部門では、日本映画がほぼ毎年上映されています。私たちは日本料理が大好きなのですが、日本料理とバスク料理には魚を使った料理が多いなど共通するところがあると思っています。私自身も、来日の度に様々なレストランを訪れています。この部門のオープニング作品に選ばれた『壬生 - 皿に浮かぶ月』はスペイン人のロジャー・ザヌイ監督による作品ですが、京料理店「壬生」の皆さんがワールドプレミアに参加してくれました。『土を喰らう十二ヵ月』(中江裕司監督)はフィクションですが、料理を作るシーンなどノンフィクションと言える部分もあります。主人公が山に入り、その生活を熟考し、本を執筆するという美しい作品です。

このキュリナリーシネマ部門に毎年日本映画が入るということは、私たちが日本料理を好きだと言うだけでなく、日本には美食の文化があるからです。この部門では毎年、バスク・キュリナリーセンターで作品ごとにテーマを決めたディナーを開催しています。毎晩80席しか用意されないので、 80ユーロのチケットが販売から 15分〜20分で売切れてしまいます。サン・セバスティアン映画祭の観客は、ガストロノミーのファンでもあるのです。

中江裕司監督『土を喰らう十二ヵ月』© 2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会

──日本のベテラン監督と若手監督については、どのように見ていらっしゃいますか?
私たちは日本映画が大好きですが、ベテラン監督と若手監督の間に一種のバランスが取れていると思います。是枝裕和監督は私たちの敬愛する監督ですが、今年のカンヌ国際映画祭に出品された『ベイビー・ブローカー』は最高傑作です。しかし私たちの映画祭では毎年、独立系の小さな作品からオリジナリティのある素晴らしい作品を見つけることができています。

またサンダンス映画祭で上映されたオリヴァー・ハーマナス監督の『生きる LIVING』は、誰もが知る黒澤明監督の『生きる』(52年)のリメイクですが、カズオ・イシグロの脚本や俳優の演技などもとても素晴らしいので、上映することを決めました。舞台を日本からイギリスに移しても私たちの心を打つのは、黒澤作品が普遍的なテーマを持っているからです。私は成瀬巳喜男、新藤兼人、増村保造などクラシックな日本映画が大好きですし、今年は女優の田中絹代が監督として残した作品に出会うことができました。

──ありがとうございました!

以下、第70回サン・セバスティアン国際映画祭で上位賞を獲得した注目の4作品です。

オフィシャル・セレクション部門 ゴールデン・シェル賞(作品賞)


Los reyes del mundo(The Kings of the World)
ラウラ・モラ監督(コロンビア、ルクセンブルク、フランス、メキシコ、ノルウェー/110分)

麻薬王パブロ・エスコバルによる犯罪組織の本拠地であるコロンビア・メデジン。この街に住むストリートチルドレンの1人が、国の土地返還プログラムにより祖母が残した家を相続できると知り、新たな人生を切り開くために4人の仲間とその家を目指して出発する。大都市を離れ、コロンビアの深い森へと入っていく彼らは様々な出会いを繰り返す。しかし目的地と信じて辿り着いた場所は、彼らの想像していたものではなかった──。

1981年メデジン生まれのラウラ・モラ監督はカナダで映画を学び、短編やテレビドラマの現場で経験を積み、NetflixのTVシリーズ『グリーン・フロンティア』(19年)や『世紀の銀行強盗』(20々)のエピソード監督を担当。初長編作品『Matar a Jesús(Killing Jesus)』ではすでに2020年のサンセ・バスチャン映画祭のニュー・ディレクター部門に出品され、特別メンションを獲得している。長編第2作目にあたる今作は、チューリッヒ国際映画祭でも最高賞を受賞しており、今後の活躍が期待される南米の若手監督の一人と言えよう。

オフィシャル・セレクション部門 審査員特別賞


Runner
マリアン・マティアス監督(アメリカ、ドイツ、フランス/76分)

1950年代後半、アメリカ中西部ミズーリ州。ドイツ系移民の家庭が多い孤立した町で18歳のハースはシングルファーザーに育てられた。その父親が急死してしまい、遺言に従って彼の生まれ故郷で埋葬するため、ハースはミシシッピー川に沿ってイリノイ州に辿り着き、同じように孤独な青年ウィルに出会う。惹かれ合う二人はその出会いの中で変化していく。

1988年シカゴ生まれのマリアン・マティアス監督は、ニューヨーク大学芸術学部の修士課程に在籍中に監督した短編第3作目『Give Up The Ghost』(17年)がカンヌ映画祭シネフォンダション部門に選出された過去がある。初長編にあたる今作では、孤独な二人の思春期の若者の心情を映し出しているような荒涼とした冬の風景は、今作に独特の世界観を与えている。マティアス監督同様にニューヨーク大学で芸術修士号を取得した撮影監督ジョモ・フレイも今後の活躍を注目したい逸材と言えるだろう。また音楽はセリーヌ・シアマ監督作品で知られるパラワン(ジャン=バティスト・ド・ラウビエ)が担当している。

ニュー・ディレクター部門 最優秀賞


Fifi(Spare Keys)
ジャンヌ・アスラン&ポール・サンティラン監督(フランス/109分)

フランスの地方都市に住むソフィーはネグレスト気味の両親のもと、若くして出産をした姉を手伝いながら、万引きも厭わない生活を送っている。バカンスに行ったことも海を見たこともない彼女は、夏休みに入ったある日、裕福な友人が家族とバカンスに出ることを知り、合鍵を盗んでその家に忍び込み、快適な時間を楽しむ。しかし友人の兄ステファンがパリから戻ってきてしまい、彼のアルバイトを手伝うことになったソフィーは、毎日、その家に通い始める。

公使にわたるパートナーである二人のフランス人監督による初長編フィクションは、近年の自然主義的なフランス映画の流れを汲む作品だ。貧富の差というフランスや世界で深刻になっている社会問題を根底に、思春期の主人公たちの感情とその変化を的確な脚本と演出で描く、成長物語の秀作であった。ソフィー役を演じたセレスト・ブランケルは2002年生まれ。日本での公開作品はまだないが、フランスではエリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュ監督によるTVシリーズ『En thérapie(In Treatment)』で注目を浴びた若手だ。ステファン役のカンタン・ドルメールは1994年生まれ。デビュー作にあたるアルノー・デプレシャン監督の『あの頃エッフェル塔の下』で監督のオルターエゴ的主人公を演じて話題になった。この二人の今後の活躍にも期待したい。

ニュー・ディレクター部門 特別メンション


Pokhar ke dunu paar(Either Sides of the Pond)
パース・ソーラブ監督(インド/105分)

ネパールとの国境に近い街ダルバンガから、より良い生活を求めてデリーに駆け落ちをしたスミットとプリヤンカーだったが、コロナ禍に見舞われて経済的な苦境に陥り、故郷に帰ることを余儀なくされる。スミットは仕事を見つけることができず、友人たちと過ごしながら時間を浪費し、プリヤンカーは離婚して保守的な父親のもとへ戻ることを悩む。

1993年に生まれ、脚本や映画編集、制作管理などで経験を積んだパース・ソーラブ監督の初長編作品。古くからの習慣とコロナ禍という二重の息苦しさの中で生きる若者たちの姿が、荒れ果てた街で彼らを遮断するかのように降り続く雨の中、緩やかに少しずつ描かれていく。延々に続くような会話の中から主人公たちの置かれた状況が浮き彫りになっていくという、ドキュメンタリータッチを装いながら緻密に計算された構成の作品であった。

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第70回サン・セバスティアン国際映画祭

会期:2022年9月16日(金)〜24日(土)
開催地:スペイン・バスク州
ディレクター:ホセ=ルイス・レボルディノス