Report

2021.04.01 18:30

『サンドラの小さな家』フィリダ・ロイド監督と共に女性と社会を考えるスペシャル鼎談レポート

  • Fan's Voice Staff

アイルランドのダブリンを舞台に、夫から逃げてきた母娘が、隣人たちに助けられながら自らの手で小さな家を建てようとする『サンドラの小さな家』の公開に先立ち、フィリダ・ロイド監督と、日本の女性たちのエンパワーメントを牽引する企業2社からゲストを迎えた鼎談イベントが、3月30日(火)に実施されました。

 

『サンドラの小さな家』は、注目の女性クリエイター、クレア・ダンが脚本・主演を務め、『マンマ・ミーア!』、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』の名匠フィリダ・ロイド監督が10年ぶりにメガホンを取った待望の新作。暴力夫から離れたシングルマザーのサンドラ(クレア・ダン)が、2人の娘たちのために自力で家を建て、人生を再建しようと奮闘する感動作です。

今回のトークイベントに日本から参加したのは、日本ロレアル株式会社ヴァイスプレジデント楠田倫子さんと、株式会社arca CEO/クリエイティブディレクターの辻愛沙子さん。ロイド監督はロンドンからリモートで登壇しました。

左より:辻愛沙子(株式会社arca CEO/クリエイティブディレクター)、楠田倫子(日本ロレアル株式会社ヴァイスプレジデント)、フィリダ・ロイド監督

── 楠田さんは日本ロレアルでシングルマザーの方への様々な活動をされていると伺いました。本作をご覧になられたご感想をお聞かせください。

楠田 日本ロレアルでは特にシングルマザーの方たちの就職支援に力を入れており、ビジネスマナーやパソコンスキル、身だしなみ講座など約5か月間のプログラムを展開し、修了後は弊社の美容部員職として、またパートナー会社で事務職として働く機会を提供しています。シングルマザーとお会いする機会が多いのですが、この映画で描かれている状況と日本の状況が似通っていて驚きました。特に困窮した状況にあるシングルマザーはコミュニティから切り離され、孤立化してしまっていることが多いんです。時には家族、友人、職場からも。海を越えても普遍的な課題なのだなと痛感しました。とてもリアルでしたが、このリアル感をもたせるためにロイド監督はどのようなところを意識し、工夫されたのでしょうか?

ロイド監督 脚本・主演のクレア・ダンはサンドラのようなシングルマザーの状況をよく知っていました。彼女自身ダブリンの労働者階級出身で、彼女の友達がホームレスになりコミュニティから切り離された実際の出来事が脚本執筆のきっかけとなりました。私自身女性キャストのみのシェイクスピア劇を長年演出しており、刑務所でワークショップなども行いました。そこで服役している女性たちに会いましたが、DVを受けたことが原因で罪を犯すことになってしまった女性がとても多かったんです。長年舞台を一緒にやってきた役者たちとの信頼関係もありましたし、またクレアのお母さんはサンドラの母親と同じ掃除婦だったので、そういうリアリティもあったのではと思います。

──辻さん、クレア・ダンは親友に起こった出来事で「社会のシステムが崩壊しているんじゃないか」という思いが湧き上がり、この作品を作ることを決意したそうなのですが、映画を観ていかがでしたか?

やはりリアリティに尽きるなと思いました。劇中、裁判所でサンドラが「なぜもっと早く家を出なかったのか」と聞かれ、「その前に彼になぜ私のことを殴ったのか聞いてください」と言うシーンがありますよね。まさにそうだなと思いました。日本はルールや規律を守る国だと思いますが、ルールはそもそも人を守るためのものなのに、ルールを守ることで、目の前の人を傷つけていることがある。そのことを改めて考えました。もう一か所リアルだなと思ったのは、サンドラが暴力を振るう夫との昔の写真を見て「元の彼が恋しい」というところ。一度は好きになった人だし、だからこそ余計に苦しい…。忘れがたいシーンです。また、今日本では女性が一度退職すると復職率は50パーセントくらいなんです。やはり女性がなにかあった時に自分自身で生活を立て直す土台は必要だということも、ひしひしと感じました。

ロイド監督 日本の状況はわからないのですが、DVの環境に置かれている被害者たちにとって、このコロナ禍は非常に厳しいものだと思います。法廷のシーンの話が出ましたが、実際に虐待から逃れようとした瞬間に殺人だったり暴力がエスカレートすることが多いのだそうです。それにも関わらず、加害者の前で証言をしなければならない。そういうことに光を当てたかった。そして私はこの作品を通じて、決してサンドラは被害者ではない、女性たちに希望があるんだと伝えたかったんです。サンドラは非常に勇敢で不屈の精神がある。もちろんコミュニティの助けはありますが、彼女が自分自身で1歩前に踏み出すことができる。それが本作を見る多くの女性に伝えたいメッセージです。もし1歩踏み出せばサンドラのようになれるんだと。サンドラを通じてポジティブなメッセージを伝えたいと思いました。

楠田 監督がサンドラを被害者として描きたくなかったということにとても胸を打たれました。講座を通じて多くのシングルマザーの方たちと出会いましたが、非常に自己評価、自己肯定感の低い方が多いのです。まずそこを取り外す、自分を取り戻すのが大きなチャレンジなんです。この作品自体が女性たちへのエールだと思いますが、監督から今苦しい境遇にいる女性たちに応援メッセージを頂けると嬉しいです。

ロイド監督 最初の1歩を踏み出すということですね。そして自分が誰であったかを思い出すこと。DVの状況下にいるときは戦地にいるようなものなので、その場所から離れたところから考えてみる。自分の声で何が起きているのかを形にする、言葉にするだけでもいいんです。1歩踏み出せば2歩3歩と歩めるのではないでしょうか。

──辻さん、広告業界でのジェンダーギャップはどう感じていますか?

世界全体では今まさにロレアルさんが実践されているような「ブランドパーパス」が重要視されています。企業が社会になにができるのか、広告が社会になにができるのかというメッセージや実際の支援、そういうものが増えてきています。このコロナ禍で国に頼り切るのは不安だなと感じることも多く、広告も「みなさんのために自分たちが何ができるか」という企業ではなく、社会が主語のメッセージングのものが増えてきました。私たちクリエイターも企業も、学ぼう、変わろうとしています。私は映画に出てきた「メハル」の精神がとても良いなと思いました。サンドラが被害者だから助けようとしたのかもしれないけど、家づくりに参加した人たちも何かしら救われている。ハリエット・ウォルターが演じたペギーも最初は弱々しかったのに、法廷でのエンパワーメントが力強くかっこよかった。弱いから助けようではなく、弱さはめぐり得るもの。強者・弱者の関係じゃない「メハル」の考え方が素晴らしい。『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』も大好きな作品なのですが、ロイド監督は強い女性を描く天才だと感動しました!

ロイド監督 ありがとうございます。おっしゃるようにアイルランドの「メハル」、人を助けることが自分の助けになるということは、このパンデミックで皆さん強く感じられているんじゃないでしょうか。自分たちが大きなコミュニティの一員なんだと。良い隣人になろうと多くの人が感じている気がします。ちょっとおせっかいなくらいの隣人になることも大切なのかなと思います。

──日本の観客にメッセージをお願いします。

ロイド監督 『サンドラの小さな家』のスタッフ・キャスト全員が日本で公開されることを大変喜んでいて、とてもわくわくしています。”Feel Good”さがある、希望があって、可能性を信じさせてくれる作品です。日本の多くの方に楽しんで頂けると嬉しいです。
日本の皆さんはこれからオリンピックもありますね。皆さんにたくさんの素晴らしいことがありますように!

==

『サンドラの小さな家』(原題:Herself)

シングルマザーのサンドラ(クレア・ダン)は、2人の幼い子どもたちと共に、虐待をする夫のもとから逃げ出すが、公営住宅には長い順番待ち、ホテルでの仮住まいの生活から抜け出せない。ある日、娘との会話から小さな家を自分で建てるというアイデアを思いつく。サンドラはインターネットでセルフビルドの設計図を見つけ、清掃人として働いている家のペギー(ハリエット・ウォルター)、建設業者のエイド(コンリース・ヒル)など、思いがけない人々の協力を得て、家の建設に取り掛かる。しかし、束縛の強い元夫の妨害にあい…。サンドラは自分の人生を再建することができるのだろうか?

監督/フィリダ・ロイド
共同脚本/クレア・ダン、マルコム・キャンベル
出演/クレア・ダン、ハリエット・ウォルター、コンリース・ヒル
2020年/アイルランド・イギリス/英語/97分/スコープ/カラー/5.1ch/日本語字幕:高内朝子

日本公開/2021年4月2日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
提供/ニューセレクト、アスミック・エース、ロングライド
配給/ロングライド
公式サイト
©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020