Column

2020.07.17 21:00

【単独インタビュー】行定勲監督が『劇場』で描く愛のかたち「夢は美しいけれど一番残酷」

  • Atsuko Tatsuta

※本記事には映画『劇場』のネタバレが含まれます。

「花火」で芥川賞を受賞し、気鋭作家として注目される又吉直樹のベストセラー恋愛小説を原作とする『劇場』。

高校時代からの友人と立ち上げた劇団の脚本家兼演出家の永田(山﨑賢人)は、街で服飾の学校に通っている学生、沙希(松岡茉優)と出会い、付き合い始める。前衛的な作風が上演ごとに酷評され、劇団員にも見放された永田を、献身的に支える沙希だが、夢と現実の間で苦しみ、荒む永田の態度に沙希は孤独をつのらせていく──。

監督を手掛けたのは、『GO』(01年)、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04年)、『ナラタージュ』(17年)などで日本映画界の新時代を切り拓いてきた行定勲。小説に惚れ込み、自ら監督候補に名乗りを上げたという渾身の一作に込めた思いを、Fan’s Voiceの単独インタビューで語っていただきました。

──たいへん衝撃的な作品で、面白く拝観しました。
本当ですか、ありがとうございます。

──又吉さんの小説にはどのように出会ったのか、その辺りからお話を伺えますか?
「火花」を読んで面白いと思い、又吉さんっていい作家だなあ、とファンになりました。次の作品が発表されると騒がれていたのですが、まず「新潮」で全文が掲載されたんですね。それを発売日に買って、翌日の夕方くらいに読み終わって、すぐにプロデューサーに電話をしました。昔から知り合いのプロデューサーが、この小説を映画化しようとしていたのを知っていたので、“僕にやらせて欲しい”と。そうしたら、“考えるよ”という返事で。しばらく連絡がなかったから、“僕、できるのかな”と思いながらしばらく待っていたんですよね。自分から立候補したんです。

──この小説のどこに惹かれて映画にしたいと思ったのでしょうか?
僕は演劇にも携わって何十年か経つのですが、小劇場の知り合いもたくさんいて、いろんな人たちのいろんな苦渋の決断を見てきました。だからこの小説に描かれていることは、どこもかしこも知っていると共感したんです。痛みも、どうしようもなさも。でも一方で、まぎれもないラブストーリーだと思ったんですね。言い方は変ですけど、こういう“最下層”の人間の恋愛ってなかなか描けない。だって映画って、普通はときめきとか憧れとか、そういうものがいい。“最下層”って言っちゃいましたけど、実は、日本には最下層ってない。でもあえて言うならば、僕たちのような人間こそ“最下層”かもしれない。なぜならば、娯楽と芸術に携わっている人間は、社会から最初に葬られるってどこかで覚悟している。されど、もしかしたら(社会に)影響も与えられると思っている人たちですよね。で、そういう世界の中で認められていない永田という男が、自分の目の前にいる、一番自分を認めてくれる人間すら傷つけてしまう。そういう恋愛って、人間の愚かさのすべてなんじゃないかな、と。たとえば永田が、自分より格上だと思っている人間から握手を求められて握手して、相手の劇団名も知っているにもかかわらず、劇団名ってなんでしたっけ?って聞いてしまうところとか。そういう自意識が本当に見事に描かれている。

──又吉さんの小説が原作ということも大きいかもしれませんが、今の物語なのに、昭和の匂いというか、前時代的な雰囲気がありますね。
確かに、前時代的な雰囲気があると思うんですよ。今泉(力哉)君が『街の上で』という映画(下北沢を舞台にした恋愛映画)を、ちょうどこの作品の撮影が終わった頃に撮っていて、僕も観せてもらったんですが、ああ、これが今なんだな、と思いました。僕は、下北沢という街を──下北沢という街を知らない人もいるかもしれないけど──青春の残照の吹き溜まりだな、と思うんです。下北沢を成功した人の場所という人もいます。高円寺や阿佐ヶ谷で(演劇を)やっていた人は、下北沢の劇場でやれたら成功だと思うかも知れないけど、もっと上を目指している人間にとっては、そうではない。なんとか下北沢で名をあげようとして、その先に行けなくて、辞めていった人たちもたくさん知っています。なるべく傷つかないように生きている人たちが現代の若者たちだとすると、もっと違った若者も下北沢にはいる。この『劇場』は、もしかすると今の10代、20代にどう響くかわからないんだけれど、おっしゃるとおり、70年代から2000年代くらいまでに青春を生きた人たちにはたぶん全部わかる話であり、下北沢の風景だと思います。

──最初に衝撃的と言ったのは、この作品を見たときに、思い浮かべたのは『浮雲』(55年)だったからです。先ほど行定さんが「どうしようもなさ」という言葉を使われましたが、惹かれ合ったにも関わらず、一番大切な人を傷つけずにはいられないどうしようもなさ。設定や時代背景はまったく違いますが、どうしようもないところでの男女の繋がりが、『浮雲』的だなと。もしかすると行定監督は、令和における『浮雲』を描きたかったのではないかと思ったんです。
僕にとっての最大の賛辞ですよ。日本映画の歴史の中で、僕のオールタイム・ベスト1は『浮雲』ですから。あれにかなう作品はないですよ。『浮雲』で描かれる男女の感情は、まさに「どうしようもなさ」です。森雅之演じる主人公の男はもちろん最低だけど、あのヒロインは彼を切ることができないわけですよね。そこに愛があるわけだから。戦争ですべてを失った中で、男と女がどうしようもなく、どこへも行けず、ふらふらしているだけ。落ち着こうとしたときには、もう時間がない。そう思うと、確かに(『劇場』は)『浮雲』みたいなところがあるな、と。まあ、ちょっと太宰的だとも思うんですけどね。ある種の告白劇的な意味では。又吉さん自身が太宰的でもあるから。

──かつて永田のようにもがいた時期があったとしても、行定さんはもう成功されています。永田のようなまだ光が見えない芸術を目指す若者との間に、距離感はありませんか?
まったく無いですね。僕は自分が成功したと言えない。未だに葛藤だらけだし、未だに映画1本撮るたびに、今後はどうしようか、どうやって生きていこうか、貯えはあったっけ?って、毎回繰り返している。映画を撮ったら評価も期待したいんだけど、一方で、なんか評価されることによって、本来持っていた自分の自信を減退させたくないという思いもある。もっと言うと、作品ごとにスタート地点に戻される感覚もあるんです。この仕事にゴールはないし。

それから、嫉妬心。やがて若い監督たちが、自分には作れないようなものを作ってくる。でも自分には興味がないものなんだから進化するはずはないのだけれど、そうはいっても進化するポイントはあるはずで、じゃあやってみればいいんだけど、なかなか自分のスタイルから抜け出せない。そこがジレンマ。だから永田の心情は非常にわかるし、かつてもがいていた時代も未だに昨日のことのように思い出しますよ。

──先ほど、この話は若い人たちにわからないかもしれないとおっしゃいましたが。
たぶん今はわからなくても、やがてわかるから。男女関係に関しては、この作品で描かれていることは普遍的だしね。最初はいいんですよね。夢をもって、お互い期待もしてる。でも期待って、裏切られると一番傷つくやっかいなもの。期待しないことは、いちばんの自己防衛なんですよね。それでも、この商売は期待をしないとやってられないんですよね。

絶対にいつか評価される、絶対にいつか喜んでもらえる。期待をすればするほど、落胆も大きい。男女の間では、支えている側の人間がいちばん傷つくんですけどね。

──どうやって若い観客にアプローチするかとか、考えますか?
最近はしなくなりましたね。ちょっと前は、若い人たちに向けてとか、ヒットさせるためにターゲットを考えることは大事だと思っていた。でも今の時代は、わからないことも面白がれる時代だと思うんです。だから、わからなくていい。映画だけでなく演劇を見ていても思うんですけど、観客にわからせようとする作品ほどつまらないものはない。説明が多くなったりしてね。だから、もし若い人がわからなかったら、わからなくていいのかなと。

先ほど奇しくもおっしゃった『浮雲』で描かれる感情も、本当を言えば、たぶんあの二人にしか理解できない。で、観ている側は愚かだなとか勝手に思うわけです。最近のSNSとかのリプと見ると、なんでも言えるわけじゃないですか。自分のことは棚に上げて。そういう時代だから、主人公の二人にしかわからないことを描く方が、真実味があるのではないかと思うんです。ツッコミどころもたくさんあるけど、自由にどうぞ、と。だけど確かな愛だけは二人なりにあった、ということだけは真摯に描かないといけない。そうすれば、きっと二人の愛に関しては、理解してくれるんじゃないかと思っていますね。

──脚本は、監督に決定してからとりかったのですか?
そうです。キャスティングより先に(脚本に)蓬莱竜太が決まったのですが、彼を待つのに約1年かかりました。8、9ヶ月だったかな。彼は前の作品が押してなかなか取りかかれなかったので、途中で「オレを切ってもいいですよ」と言われたんだけど、「お前じゃないとダメ」と。僕の頭の中では蓬莱竜太で決まっていると、プロデューサーにも無理を言いました。

──“最期のシーンが撮りたかった”ということですが、蓬莱さんにも最初からそれを伝えていたんですか?
蓬莱には、最初はそれは伝えていなかった。驚いていました。蓬莱は演劇の人間なので、僕が言っていることが最初はわからなかった。屋台崩しは、演劇の手法。映像で屋台崩しってできるの?と。僕の頭には明確な画があったので、完成稿の直前で彼には話しました。

──最期のシーンを思いついたのは、いつ頃だったのですか?
小説を読み終わった瞬間ですね。

──とても上手く機能しましたね。
相当恐ろしいことやっているねと同業者から言われましたけど。でも、誰もやっていないことをやりたかった。逆のことは寺山(修司)さんとかでも、『田園に死す』でやっていますけどね。家が崩れたら(新宿の)アルタ前だった、と。

──キャスティングについてもお聞きしたいと思います。主演には、山﨑賢人さん、松岡茉優さんという、とても今的な方を起用していますね。山﨑賢人さんは、メジャー作品に多く出演している人気俳優です。こういう作品を撮る場合、もっとアートシアターの匂いを感じさせる俳優をキャスティングするという選択もあったかと思いますが、あえて山﨑さんを選んだ理由は?
これを小さな映画にしてしまうのは、僕としてはむしろ楽なんですよね。低予算であればあるほどリクープしやすいし。低予算でやるときには、その手法がある。でもいかんせん、ラストシーンに、ああいうことを思いついちゃったから。映画と演劇をつなげる、という。屋台崩しから、舞台に彼が立っていて、かつて恋人だった人が客席にいるというあの距離感を出したかった。ウディ・アレンの『アニー・ホール』のようなね。それを低予算で自主映画的につくるという選択肢は、僕の中にはなかったですね。それなりに製作費がかかるから。

それに間口の広い映画にもしたかった。そういう中で、絶対に今までこういう役をやっていない人とやりたいと言ったら、「山﨑賢人って会ってみない?」とプロデューサーに言われたんですね。僕も、いいんじゃないかなって彼の顔写真にヒゲを描いてみたんです。そうしたら本当にそれがよかった(笑)。実際に本人に会ってみたら、ヒゲを生やしたことないって言ってましたけど。でも会ったときに、山﨑賢人の目がギラギラしていているというか、きれいな顔をしているんだけど、ちょっとなんか射るような目をして話すんですよ。これはなんなんだろう、と。ピュアさというか、それが面白いな思った。で、「ヒゲ」というお題を出したら、数ヶ月後に、「監督会いたいんですけど」って連絡が来て。「10日間スケジュールが空いたのでヒゲを生やしたんです」って見せに来て、驚いた。ヒゲがなかったら、特殊メイクか何かでやるという選択もあるわけだけど、僕はそれがいやだったから、彼自身にヒゲを生やしてもらいたかったんです。彼は毛生え薬を使ったり、毎日剃るとヒゲが濃くなるからと剃ったりと、クランクインまでの数ヶ月間、努力してくれた。そんな実直さがあるところも、素直でいいなあと。だから彼自身も、これまで想像したことがないような作品にしたいと思ったんです。

──そこまで気合を入れるほど、彼はこの永田という役に魅力を感じていたんですね。
他の人に演らせたくないと、初めて食い下がったと言ってましたね。たぶん、今までの自分にない役をやってみたかったんじゃないかな。いい役者ってみんな欲深いものなんです。彼にもそういう欲がある。

──撮影中、そんな彼の俳優としての欲深さを感じたことはありますか?
上手くできなくて、もう一回やろうかと思って顔を見ると、もう一回って顔をしている。何度も繰り返してもね。僕は、無自覚で出てくるものを信じろって本人に言ったんですね。僕が指示しているわけじゃないのに、なんかとんでもない目をしたりする。理屈じゃなく、掴めたという瞬間をものにしろ、と。僕が言う”今のよかったよ”という言葉だけを頼りにして、上手くやって欲しかった。

──山﨑賢人さんが最初に決めたキャストですか?
そうですね、その後、女優のキャスティングに入りました。何人か名前が挙がったけれど、僕は、松岡茉優に興味があった。彼女はとても巧みな女優だと思う。特徴的な顔というより、どちらかというと可愛らしい、一般的な雰囲気がある。特別に美しい沙希ちゃんというより、どこか手に届きそうな幸せがある沙希ちゃん。それがどんどん壊れていく。山﨑賢人が非常に美しい顔立ちだから、そのコントラストがバランス的にいいなと思いました。

彼女は芝居やらせると、計算がちゃんと成り立つ人で、テストの段階で自分なりのプランをみせてくれる。感銘を受けましたね。面食らった、というか。たいがい若い俳優は、僕が何か言うのを待って自分のプランが出てくることが多いけれど、彼女は僕が想像もつかないことをやってくるんです。それは素晴らしかったですよ。

──最後に、コロナ禍により世界恐慌的な世相も見せる今の時代を、どう捉えていますか?
そうですね。この永田という主人公もそうですけど、ガス代も払えず、どうやって生きているの?っていう人、いるんです。僕も実際にそういう時代あったしね。日銭もらえるようなバイトを4つくらい掛け持ちしたり。それでも生きていられたのは、夢があったから。どんな時代でも、そんな風に夢を糧に生き延びる人はいる。でも夢という言葉は、美しいけれど一番残酷ですよ。今、夢って言葉を使ってしまったけど、本当は僕は、夢という言葉使いたくないんですけどね。不況になれば、社会はエンターテインメントを一番最初に切り離すことも事実なんです。だからこそ、僕はやる気が起きるけど。こういう時代だからこそ、劇場が閉鎖されるなんてことが一番まずいと思いますね。

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『劇場』

高校からの友人と立ち上げた劇団「おろか」で脚本家兼演出家を担う永田(山﨑)。しかし、前衛的な作風は上演ごとに酷評され、客足も伸びず、劇団員も永田を見放してしまう。解散状態の劇団という現実と、演劇に対する理想。そのはざまで悩む永田は、言いようのない孤独を感じていた。そんなある日、永田は街で、自分と同じスニーカーを履いている沙希(松岡)を見かけ声をかける。女優になる夢を抱き上京し、服飾の学校に通っている学生・沙希と永田の恋はこうして始まった。お金のない永田は沙希の部屋に転がり込み、ふたりは一緒に住み始める。沙希は自分の夢を重ねるように永田を応援し続け、永田もまた自分を理解し支えてくれる沙希を大切に思いつつも、理想と現実と間を埋めるようにますます演劇に没頭していき―。  

出演/山﨑賢人、松岡茉優/寛 一 郎、伊藤沙莉、上川周作、大友 律/井口 理(King Gnu)、三浦誠己、浅香航大
原作/「劇場」又吉直樹 著(新潮文庫)
監督/行定勲
脚本/蓬莱竜太
音楽/曽我部恵一

日本公開/2020年7月17日全国公開/配信
配給/吉本興業
公式サイト
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©2020「劇場」製作委員会