『シラート』ドルビーアトモスを“使い切る”圧巻の音響体験を、音響のプロ・野村みきが紐解く
- Fan's Voice Staff
第78回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、第98回アカデミー賞で音響賞と国際長編映画賞にノミネートされたスペイン映画『シラート』のFan’s Voice独占Dolby Atmos(ドルビーアトモス)試写会が5月7日(木)に都内で開催され、上映後にリレコーディングミキサーの野村みきを迎えたトークイベントが実施されました。

モロッコで、レイヴパーティに出かけるといって家を出たまま失踪した娘を探す、父ルイス(セルジ・ロペス)と息子エステバン(ブルーノ・ヌニェス・アルホナ)。行き着いたのは、現実と幻覚が混濁するような野外レイヴのカオス。耳をつんざく重低音、赤い照明の海、沈黙を貫く父親の背中。だがそこにはすでに娘の姿はなく、父と息子は、レイヴの参加者グループを追って、娘が向かったと思われる次のレイヴ会場を目指すが──。
ドルビーアトモスで制作され、音が主役といっても過言ではないほど、リアルで綿密に組み立てられた音響設計の『シラート』。ドルビーアトモスでしか実現できない立体的なサウンドデザインと映像演出によって、砂漠の巨大レイブ会場に迷い込んだかのような感覚を生み出し、轟く重低音、熱気までも体感させる圧巻の没入体験に誘います。
リレコーディングミキサーの野村みきは、『ドライブ・マイ・カー』『ナミビアの砂漠』など数々の話題作の音作りを手がけてきた音響のプロ。トークイベントでは、本作の最大の魅力のひとつである“音響体験”について、専門家ならではの視点から語りました。
以下、トークの全文レポートです。聞き手は映画ジャーナリストの立田敦子。

──本作は、去年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、今年3月のアカデミー賞では国際長編映画賞のみならず、音響賞にもノミネートされた作品です。音が非常に重要な作品ということで、本日はドルビーアトモス環境で『シラート』をご覧いただいたわけですが、野村さんも今日、皆さんと一緒にご覧になったそうですね。まずは率直なご感想からお聞かせいただけますでしょうか。
私も先ほど、後ろの席で観ていました。その前にオンライン試写で予習をしていたのですが、やはり「映画館で観ることがこれほどエキサイティングなのか」と、自分でも改めて再確認しました。ドルビーアトモスという技術は10年ほど前から出てきたものですが、それを本当に存分に使っている作品だと強く思いました。
──ドルビーアトモスでの試写はマスコミ向けでもほとんど行われておらず、私は先日この会場で1度だけ行われたドルビーアトモス試写で、皆さんと同じように拝観しました。本当に、カンヌで観た時の衝撃が蘇りました。去年のカンヌの、それも前半に上映された作品なのですが、映画祭期間中ずっと話題になり続けていた稀有な作品です。音の面からも深く掘り下げたいのですが、まずは冒頭ですよね。映画は砂漠でのレイヴシーンから始まります。人々が集まり、巨大なスピーカーがどんどん積み上げられて、レイヴパーティーが始まる様子をほとんどセリフなしで映し出しています。監督のオリベル・ラシェはフランス生まれのスペイン人で、モロッコにも10年ほど住んでいた経歴があります。去年の東京国際映画祭で来日された際にお話を伺いましたが、やはりレイヴ文化への知見が深い方です。この冒頭のレイヴシーン、音響的にはどのようにご覧になりましたか?
宣伝でも「レイヴ」が結構フィーチャーされているので、それを期待して観に来られる方も多いと思います。ただ、冒頭の印象としては、音楽好きの方なら分かるかもしれませんが、「シネマスピーカー」は「PAスピーカー」と違い、PAスピーカーのような大音量を期待して来ると、「あれ、そこまででもないかも」と思うかもしれません。PAスピーカーの方が圧倒的にパワーが強く、スピーカーの限界を出し尽くして大音量を出しますが、シネマスピーカーはそこまで音を出せませんし、無理をさせると音が飛んでしまいます。音量のコントロールがすごく難しく、冒頭はあえてすごく静かに入ったなという印象でした。

──このテクノサウンドが内臓に響くと言いますか、私は最初にその衝撃を感じたのですが、音の質としてはいかがですか?
技術者の視点から見ると、低音はもの凄く扱いが難しいんです。ここはIMAGICAさん(の試写室)なので、劇場で上映する作品を検定する場所であり、100%一番きちんとした音が出ている場所です。一方、一般の劇場はそれぞれ環境が異なります。技術者が望む音量感よりも、いろいろな操作が入っていることもありますし、低音はもともと調整がすごく難しいので、劇場によって聞こえ方が全く変わってしまいます。
おそらく監督と音響ミキサーの方々は、相当悩みながら低音をあれだけ突っ込んだのだと思います。「どこでどう出てもいいから、自分たちを信じよう」と思って出したレベルではないでしょうか。低音感は本当に難しいので、頑張ったなと思います。
──ストーリー的にいくつかの転換点がある作品ですが、「シラート」というタイトルが出てくるタイミングが結構遅いですよね。あそこで出す必要があったのだと感じますが、音的にはいかがでしょうか。
(映画全体が)おそらく5段階くらいの構成で緻密に作られていると感じました。タイトルが出たところが2段階目の始まりであることは確実だと思ったので、上手だなと。あそこから音の聞かせ方も変わってきています。レイヴパーティーのシーンでは、「ここは現実なのか、夢なのか」を上手に行ったり来たりしていますよね。あえて人々の声を入れないことで、あの親子の不安定さがものすごく表現されています。そしてタイトルが出たところで、「完全に彼らの物語だ」というところにバーンとシフトいく。そこで音量がグッと上がって、「本当に始まったんだな」という感覚になります。車の疾走や、移動するという感じも、すごく出ていました。

──この物語においてレイヴパーティーは、消息を絶った娘を探すための「入り口」に過ぎないということが結果的に分かってきます。冒頭はテクノのビートが空間を支配しているようなところから始まりますが、映画が進むうちに、このビートにもっと哲学的な要素が入ってきますよね。バックグラウンドにある、英語、フランス語、スペイン語といった様々な言語が飛び交う混じり合い方は、音としてどのようにご覧になりましたか。
自分がこの仕事をしているという視点で見入ってしまいました。「レイヴがよく分からない」ということではなく、私たちにとって身近なもので例えるなら、仏教の「護摩行(ごまぎょう)」の時に近いような。お経を連続して唱えることで、激しい高揚感が自然と生まれてくる感覚に似ているのではないかと思いました。テクノの面白いところは、音量をそこまで上げ下げしなくても高揚感が生まれる。この作品はすごくテクノの音楽に任せているなと感じました。映画音楽では普通、私みたいなミキサーの人が音量を細かく上げ下げするものですが、それをあまり感じさせなかったので、すごく音楽を信じている監督なのだと思いました。
──あまり音量をいじっていないということですか?
そうです。逆にドルビーアトモスの技術を使って、音量ではなく「楽器」(音が鳴る位置)を相当動かしているんです。前から後ろへ音を移動させることで、観客に高揚感や没入感を与えている。音量自体はほとんど触っていないと思います。楽器ごと音をアトモスの技術で動かしているので、観客も「おおっ」となるような感覚を味わえる。そこが良いなと思いました。
──レイヴ音楽に関してもう一つ伺いたいのですが、後半、再び砂漠にスピーカーを並べて音を流すシーンがありますよね。そこで流れる音は、冒頭のレイヴミュージックとは質が異なり、もう少しアンビエントな感じです。この音の使い方についてはどう思われましたか?
今日の私も含め、皆さんもアトモスの技術によって、物語に「第三者として放り込まれた感覚」を強く味わったのではないかと思います。誰かの物語を観ているというより、2時間そこにトリップして、映画の世界に入り込んでいるような感覚です。あの曲があのタイミング、あの音量で聞こえてくるのはなかなかすごいなと。私は少し安心したような気がしました。聞かせ方が結構安らかで、乱暴でも強くもない。低音も強く出ていないので、観客の皆さんも少し良い気持ちになれた場面だったのではないでしょうか。

──個人的な感覚なのですが、映像における「サブリミナル効果」のように、この映画では意味があるのか分からない音をずっと聴かされているような、「サブリミナルサウンド」のようなものが仕込まれているのではないかという気がしました。そういったキーとなる音はあるのでしょうか。
それはおそらく、皆さんがずっと聴いていた「自然の音」だと思います。あれが結構きつくて、「こんなに頑張るかな」と思ったほどです。音量を。私は途中から、音楽よりも自然の音をすごくキツく入れてるんだなと思うようになりました。そこにテクノの曲をちょっと混ぜて、「自分はどこにいるんだろう」という感じを作り出していたと思います。
──舞台が砂漠なので、風や砂嵐といった自然の音がすごく入ってくるわけですが、さらに環境音としてエンジン音や時には軍隊の音、テレビやラジオの音。この音の構成について先ほど聞いたところによると、すべて(後から音をつける)アフレコで作られているとのことです。
そうですね。私も一生懸命聴いていたのですが、ほぼすべて(後から音をつける)アフレコだと思います。
──アフレコの使い方の違いについて、日本映画とヨーロッパやハリウッドでは全然違うそうですが、非常に興味深いお話なので、ぜひ詳しく伺いたいです。
日本映画は1970年代頃から少し貧しく、斜陽の時代に入ってきました。それまではハリウッドのようにほぼアフレコで作っていた時期もあったのですが、「少人数で現場の生の息遣いを録るんだ」という時代がやってきました。そこからあっという間に「シンクロ(同時録音)至上主義」になり、今ではどの監督も、どんな作品でも、現場のセリフを使いたいという傾向が強いです。

──野村さんはフランスで音響を学ばれたわけですが、やはりヨーロッパの音の使い方は日本とは全く違いますか?
考え方が根本的に違います。日本では「セリフが聞こえて、効果音で状況が分かって、音楽が聞こえて盛り上がればいい」という捉え方がされがちですが、ヨーロッパ、特にフランスでは「ここまで音に真摯に立ち向かうのか」とすごく感じました。一音一音を極限まで磨き上げて、聴かせる。「感動的な音楽が流れれば涙が流せるか」というとそれはまた違うもので、状況にぴったり合った効果音で涙を流させるような、そういう音作りを私はしたいと思っています。
音は目に見えないものなので、いくらでも何でもできる。画を飛び越えることもできるし、音をまったくつけなくてもいい。そのバランスの取り方を向こうで学びました。実は、音が鳴っていることを観客に意識させない、“聞こえない”状態が一番理想です。物語に没頭できればいいだけなので、音が邪魔をしてはいけない。やたらと大きかったり小さかったりしてはダメ、不自然な感じを聴かせてはいけない。最終的に観客が音の存在を忘れてくれるのが一番で、それが自然なことだと思っています。
ただ、この作品に関してはかなり強く音を入れています。「音を忘れないでくれ」という強い意志を感じます。最後、父親が“渡りきった”後に空気音がガクンと下がるのですが、あそこでやっと本当に安心できる。こんなに意識して音を入れるかなと思いました。
──「こんな音の工夫をしているんだ」と驚いたシーンはありますか?
エンジニア的にも嬉しいのは、ドルビーアトモスは従来の5.1chや7.1chに加えて、天井にスピーカーがあるのと、「オブジェクト」という118個の音を自由に配置できる技術があります。本作では車内のシーンでこのオブジェクトがもの凄く使われています。カメラの視点に合わせて、どこにタイヤがあり、どこにエンジンルームがあるのか、その配置の緻密さが凄いです。雨のシーンで砂利が「ザラザラザラ」と動く音も、座っている席の周りでリアルに動かしています。アフレコにすることでセリフがバシッとクリアに出るので、「セリフも効果音も音楽も、すべてを完璧に聴かせたい」という監督の強い意図が出ているなと感じました。

──本作がスペイン映画でありながら、米国アカデミー賞の音響賞にノミネートされたのも、それだけの高レベルな音響設計がされているからこそですね。
ハリウッドの、例えば『アベンジャーズ』シリーズとかはわかりやすくアトモスを使っていますが、ここまで“リアルなもの”をアトモスで表現している作品は、ハリウッド映画にもあまりないと思います。観客が2時間、強制的に彼らの世界に入り込んでしまったという本当の「イマーシブ(没入型)」な時間、逃れられない2時間を、音で作り出している。だからこそ、世界中の映画人が知らず知らずのうちに興奮して、この作品を語っているのだと思います。これは映画館でないと体験できないことですね。
──配信では無理ということですね。
無理ですね。ただ、映画館の上映側(映写技師)の方は大変だろうなと思いました。音量のコントロールが本当に微妙で、ちゃんと音を出そうとして音量を上げすぎると、スピーカーが飛んでしまう映画館もあるかもしれません。下げすぎると物足りないし、映画館にとっては音量の調整がかなりシビアで難しい作品だと思います。
──ロードムービーはカメラを移動させながら撮っているから、その場の音やセリフを録っているように思いがちですが、本作では全くそんなことはないということですね。
映画は“聞こえてなんぼ”です。何を言ったかわかってこそ、物語が進むので。ボソッとしたセリフで聞き取れないと、「あのセリフなんだっけ」としか思わなくなります。

──基本的なことですが、音響設計とはどのように進めていくのでしょうか?
まずは脚本を読んで、あとは監督の好みが結構大きいので、話し合いを重ねます。最終的に判断するのは監督なので。一方で、「現場で上手くいかなかったから音でなんとかして欲しい」と言われることはよくあります。やはり音は目に見えないものなので、撮りきれなかったものを“オフで”(画面外で)表現したい、と。
──この作品でも、現場にはなかった音をたくさん入れているということですね?
やっぱり、あの息子の車が落ちるシーンとか、現実にない音を作り上げるのもサウンドデザインなので。
──自然の音もそうですよね?風の音とかどこから拾ってくるのでしょうか?
だいたいは、サウンドライブラリという音ネタがあるのと、自分たちで録りに行く。複雑にするために、1音に対して20音くらいつける人もいます。普通の自然の音かと思ったら、シンセサイザーで作った低音を這わせていたりすることも。それがその人のサウンドデザインのセンスでもあります。この作品は、自分たちで相当録りに行っていますよね。
──本作は現地にかなり音を録りに行ったそうです。実際に砂漠へ行って風の音を拾ったり。
(音響チームは)女性だけと聞いていますが、「音ロケに何日かかりましたか?」と聞いてみたいです。

音響チーム
──作中では、テレビやラジオから戦争や紛争のニュースが流れるシーンがありましたが、あれも非常に効果的でしたね。
その人たちが「どこにいるのか」を的確に表現できるツールですので、日本映画でもよく使われる手法です。ラジオの背景に流すBGMによっても印象がガラッと変わるので、監督と細かく打ち合わせをしながら作っていきますね。ナレーターも、顔は映らなくても、どんな人が話すかは重要です。
──野村さんはセリフの整音も担当されますが、この作業のポイントはどこにあるのでしょうか。
現場の録音部さんが録ってきてくれた音を一度パソコンに取り込み、不要な音を全部削りつつ、セリフを浮き上がらせる作業を行います。滑舌があまり良くないところは、別のテイクの音とはめ替えたりすることもあります。観客が劇場で一度聴いただけで、すべてのセリフが完璧に聞き取れるようにしたい。非常に細かい、根気のいる仕事です。
──本作は全編アフレコとのことですが、そうした苦労がないわけではないですよね?
そんなことはなく、「いかに自然な音として聴かせるか」という難しさがあります。すべての音がベタッとしているわけではなく、しっかりと「距離感」が作られていて、非常に馴染ませ方が上手だなと感心しました。
──この作品を観ながらもう一つ気になったのが、聴こえていない音が聴こえているのではないかと思ってしまったところがあって、例えば映画の終盤、列車が登場するシーンがありますが、列車の音はどこかに紛れ込んでいましたか?
列車の音については、おそらく途中のシーンの終わりに3秒ほど入っているのではないかと思います。列車のライトが映ってたところの終わりの部分。
──映画での音は自由自在につけられるということで、地雷源を歩くシーンでの爆発音には本当に驚かされました。あの爆発のさせ方についてはどう感じられましたか?
自宅のパソコンで観ていた時と、劇場の環境で観た時とでは全く見解が違いました。一発目の爆発音は、やっぱり相当強烈に入っていました。思わず「おうっ」と声が出そうになるくらい驚きました。
──これは本当に劇場で観ないとわからないですよね。
そうですね。私みたいに音の専門をやっていても、やっぱりPCで観たのでは何もわからないんだなと思いました。
──一発目は凄かったですが、その後はどうですか?
慣れとかもあって、同じ音量で入れていても…ただ、監督が非常にお若い方なので、おそらくどの音に関しても「もっと強く出せないの?」とミキサーに聞いたと思います。爆発は最初にお話しした通り、シネマスピーカーに入れられる限界があるので、ギリギリまで攻めていると感じました。タイトなローが入っていて。

オリベル・ラシェ監督
──本日、ドルビーアトモスの環境で改めてご覧になって、音に関して一番記憶に残っていることは何でしょうか。
やっぱり「ここまでアトモスを使い切っている」という点です。アトモスというと、音楽を派手にできるとか、天井スピーカーを使って怪獣が上の方で鳴いているようにするような使い方が多いです。でもこの作品は、効果音にしても音楽にしても、アトモスを全部使い切っています。オブジェクトの使い方が本当に勉強になりました。
──これから音響を学ぶ方にとっても、良い教材になりそうな作品ですね。
そうですね。ミックスは本当に根気の要る疲れる作業なのですが、ここまで丁寧にしていて、この作品では1日に何分進められたのだろうと、すごく気になりました。
──日本映画の監督は、音に対する意識がそこまで高くないケースが時には見受けられる気がしますが…。
技術者の方たちがそこまで思っていなければ、監督がどんなに熱くても、難しいですよね。やっぱり目に見えないものなので。
──まだまだお話を伺いたいところですが、お時間となってしまいました。最後に一言お願いいたします。
私も映画の仕事を長く続けていて、映画館が好きでよく足を運びます。最近は配信が台頭して映画館へ行く人が減っているかもしれませんが、本作は私のような職業の人間から見ても、「映画館で観ることの素晴らしさ」を表現している作品だと思います。ぜひ周囲の方にも勧めていただけたら嬉しいです。
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『シラート』(原題:Sirāt)
監督:オリベル・ラシェ
製作総指揮:エステル・ガルシア
製作:ペドロ・アルモドバル
脚本:オリベル・ラシェ、サンティアゴ・フィジョル
撮影監督:マウロ・エルセ
編集:クリストバル・フェルナンデス
美術:ライア・アテカ
音楽:カンディング・レイ(デヴィッド・ルテリエ)
出演:セルジ・ロペス、ブルーノ・ヌニェス・アルホナ、ブルーノ・ヌニェス・アホナ ほか
2025年/スペイン・フランス合作/スペイン語・フランス語・英語・アラビア語/115分/ビスタ/カラー/5.1ch/日本語字幕:杉田洋子/PG12
日本公開:2026年6月5日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラスト有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにてロードショー
配給:トランスフォーマー
後援:セルバンテス文化センター
公式サイト
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