【全文レポート】『密輸 1970』の魅力を徹底解説!最速試写会トークイベント
- Fan's Voice Staff
※本記事には映画『密輸 1970』のネタバレが含まれます。
『モガディシュ 脱出までの14日間』『ベテラン』のリュ・スンワン監督が実話から着想を得て作り上げた海洋クライムアクション『密輸 1970』の日本公開に先立ち、最速試写会が渋谷・ユーロライブで6月25日(火)に開催され、韓国映画やドラマに詳しいフリーライターの西森路代さんが上映後に登壇しました。
『密輸 1970』の舞台は、1970年代半ば、韓国の漁村クンチョン。海が化学工場の廃棄物で汚され、地元の海女チームが失職の危機に直面。リーダーのジンスク(ヨム・ジョンア)は仲間の生活を守るため、海底から密輸品を引き上げる仕事を請け負うことに。ところが作業中に税関の摘発に遭い、ジンスクは刑務所送りとなった一方、親友のチュンジャ(キム・ヘス)は現場から逃亡。2年後、ソウルからクンチョンに舞い戻ってきたチュンジャは、出所したジンスクに新たな密輸の儲け話を持ちかけますが、ジンスクはチュンジャへの不信感を拭えない様子。密輸王クォン、チンピラのドリ、税関のジャンチュンの思惑が絡むなか、苦境に陥った海女チームは人生の再起を懸けた大勝負に身を投じていき──。
ダブル主演を務めるのは、キム・ヘス、ヨム・ジョンアというふたりのベテランスター俳優。キム・ヘス演じる奔放で頭が切れるチュンジャと、ヨム・ジョンア演じる責任感の強いジンスクが、互いへの猜疑心に揺らぎながらも共闘し、海女としての意地とプライド、女性同士の連帯感を爆発させるクライマックスが熱い興奮を呼び起こします。さらに、密輸王クォン役チョ・インソン、チンピラのドリ役パク・ジョンミン、税関のジャンチュン役キム・ジョンス、注目の若手コ・ミンシまで、新旧の実力派俳優が勢揃いしています。
海に密輸品を投げ入れて税関の目をごまかし、密かに引き上げて大金を稼ぐという、1970年代に実際に行われていた海洋密輸の史実に魅了されたというリュ・スンワン監督。アクション&サスペンス演出に定評のある監督ならではの外連味はそのままに、その奇想天外な設定を爽快なカタルシスへと結実させ、自らが選んだ70年代の大衆歌謡曲とファンキーな音楽、カラフルなファッションでレトロポップな映像世界を創出しました。
以下、トークイベントの全文レポートです。
──この作品は『ベテラン』『モガディシュ 脱出までの14日間』などで知られる韓国のヒットメーカー、リュ・スンワン監督の最新作です。彼は興行・批評の両面で確かな成功を収めてきた今日の韓国映画界を代表する監督で、5月に開催されたカンヌ国際映画祭では『ベテラン』の続編が上映され話題となりました。そんなリュ・スンワン監督の『密輸 1970』は韓国で大ヒットして、韓国の権威ある映画賞である青龍映画賞では作品賞、助演男優賞、新人女優賞、音楽賞の4冠に輝き、大鐘賞映画祭では監督賞を受賞、そして百想芸術大賞映画賞ではキム・ジョンスが助演男優賞を受賞するという、本当に去年の韓国映画を代表する作品となりました。1970年代に実際に行われていた海洋密輸に着想を得た本作ですが、西森さんはどのようにご覧になりましたか?
リュ・スンワン監督といえば男性のアクション映画のイメージが強いと思いますが、待ちに待った女性二人が中心の話ということで、それだけでもすごく期待が大きかったです。実際に観ても、グッとくるシーンとかもたくさんあり、やはり満足度がすごく高かったですね。
──西森さんは韓国映画についての著書もあります。おそらく、私たちがわからなかった色々な点にも気付いていらっしゃると思うので、詳しく伺っていければと思います。本作はクライムサスペンスというジャンル映画でもありますが、今、西森さんがおっしゃったように、シスターフッドの要素を打ち出したということでも話題になったと思います。去年、ペ・ドゥナさんという韓国を代表する女優さんにインタビューする機会があったのですが、その時に、とにかく去年インパクトを受けたのはこの『密輸 1970』だとおっしゃっていました。「ベテラン女優二人がアクション映画で主演するというのは韓国ではそれまで本当になかったし、しかもその作品がヒットした。女性が主人公のアート映画はこれまでも色々あったけれど、大作はやっぱり男性の独壇場で、女性は相手役だとかちょっとした色付けのような役でしか出てこなかった。それがちょっと悔しいと思っていたので、先輩方の大活躍するこの作品を見て大変感動した」というようなことをおっしゃっていました。そんな作品が日本でついに公開されるということで、私も本当に嬉しく思います。
そうですね。本当に、女性二人の、特に年齢的にも50歳前後の女性二人の話というのは日本でも待望されていて、誰か作ってくれないかなというような話がXなどでも定期的に上がりますね。(韓国では)ここ1、2年はそうした企画も増えていて、Netflixのドラマだと『クイーンメーカー』がキム・ヒエさんとムン・ソリさんの二人の話です。この世代の女性の俳優さんがどんどん前に出てきて企画が進んでいるのを嬉しく思いながら見ている中で、やはりこの『密輸 1970』が、コロナ禍を経て、なかなか映画館に人が来ないという状態が続いていた韓国で、観客500万人を動員するヒットとなり結果が出たことで、これからもこのような女性の企画が続いていくのではないかと思います。
──去年の夏、韓国では大作が多く公開されましたが、イ・ビョンホンさんが主演した『コンクリート・ユートピア』よりも『密輸 1970』の方がヒットしたんですよね。
そうなんですよね。その頃といえば、『THE MOON』や『ランサム 非公式作戦』といったすごく規模の大きな作品がたくさんありました。『密輸 1970』もスケールは大きいですが、人々のいろいろな面が出ている人間ドラマの部分もあって、それでいてアクションもあります。日本だと観客動員順で作品の評価はなかなかできないと思いますが、韓国の方は本当に見る目が厳しいので、観た人が良いと思えば口コミで広がって続々と人が映画館に行く。本作も、そういう結果が出た作品だと思います。
──アカデミー賞を受賞したポン・ジュノ監督も、「韓国の厳しい観客の目に育てられた」とおっしゃっていましたけれど、やっぱり、良い映画はヒットするし、面白くない映画はヒットしないというのは韓国では如実なのですね。
だと思いますね。ものすごく期待されていた作品でも、観た人の口コミ次第では足を運ばなくなったりというのも結構あることなので、どんな作品がヒットするか分からない日本とはちょっと違うな、という感じです。
──西森さんはこの作品に寄せられたコメントの中でリュ・スンワン監督の『血も涙もなく』について言及されています。日本では大きく公開された作品ではないかと思いますが、どういう作品なのでしょうか。
2002年の作品で、登場するのはチョン・ドヨンさんとイ・ヘヨンさんという、今も一緒に組んで映画を撮ってほしいというような二人ですね。日本で歌手デビューすることを夢見ながらもチンピラの男性に搾取される女性をチョン・ドヨンさんが演じていて、イ・ヘヨンさんは、借金を抱えて暴力団のようなところから常に追われているタクシードライバー役。追い詰められ暴力に晒されている二人が、最初は出会ってちょっと反発するも、やがて虐げられた者同士で共に戦うことになっていく。最後はこの『密輸 1970』のように、二人の間に確かな絆が生まれて、この先も一緒に生きていくんだろうな、というようなことが見えるすごく良い作品です。
──リュ・スンワン監督といえば『モガディシュ 脱出までの14日間』のような作品の方のインパクトがあったかと思いますが、もう20年前からそうしたシスターフッドの映画を撮るような素地があったということですね。
私も近年見返して驚いたぐらいです。リュ・スンワン監督ってこういう作品も撮る人なんだ、と思ったので、『密輸 1970』に対しても、絶対良いものを撮ってくれているという確信がありました。
──今回の作品ではキム・ヘスさんとヨム・ジョンアさんという二人の大物女優が対峙しています。奔放で頭が切れるチュンジャを演じたのがキム・ヘスさん、責任感の強いジンスクを演じたのがヨム・ジョンアさん。二人は映画の中で大変おもしろい演技バトルを繰り広げるわけですけれども、このお二人はどういう役者さんなのでしょうか。
キム・ヘスさんはわりとどの作品でもこう、気持ちの大きな感じというか、懐が深い感じが多いですね。でも、ちょっと怪しい謎めいたところもあり、色っぽい感じも十分にありつつ、嫌みなく自分の欲望そのままに生きている感じもあり、それが他の同年代の女性の俳優さんにはなかなかないところですね。「行き来する感じ」というか、犯罪にも関わっているような部分と、人間としての良心みたいな温かい部分を両方持ち合わせた、ついていきたい姐御のような感覚でいつも見ています。
──このチュンジャ役というのはまさにぴったりな感じですね。
はい。本当に、キム・ヘスさん以外では考えられない役ですね。
──ヨム・ジョンアさんは、私は『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』での印象が強いのですが、いかがでしょうか。
そうですね、私もやっぱり『SKYキャッスル』を一番に思い浮かべますが、結構前に、日本では『明日へ』(14年)というタイトルで公開された、実際に起こったスーパーマーケットでの労働問題についての映画があり、それがすごく良かったです。EXOのド・ギョンスさんとかも出演している作品ですが、本当にリアリティをベースにした話で、抑えた演技で、実際に生きている人の葛藤などを描いている感じでした。個人的には、今回のようなエンタメアクション作品に出るイメージはあまりなかったので、ちょっと新鮮な感じで観ました。
──この二人の対峙はどのようにご覧になりましたか?
最初は一緒に仲間として仕事をしているけれど、袂を分かつというか別々になって、誰が密告したのかと疑いながら誤解が解けていくその過程がすごく良いですね。二人が対峙し、勘違いだったと分かるシーンは、観ていて泣きそうになりました。日本映画だと、そういうわだかまりが溶けてシンプルに和解するというのは難しいというか、もっと複雑でないといけないという感じがすると思うのですが、このシンプルさに救われるなと思いながら観ていました。
──脇役の方たちも大変個性的と言いますか、大物が揃っていますよね。
そうですね。ドリ役のパク・ジョンミンさんは、いろいろなところでチラチラと見かけていましたが、この映画でイメージが一つ出来上がり、次に見た時も、「あ、ドリがいる」みたいな感じで見ることでしょう。
──彼は『ただ悪より救いたまえ』や『地獄が呼んでいる』にも出演していらっしゃいますね。こうした韓国の名バイプレーヤーたちはいろいろな作品に出ているので、「あ、ここにも出てる、ここにも出てる」という方がたくさんいますが、パク・ジョンミンさんも本当にその一人ですよね。
そうですね。あとは、オップン役のコ・ミンシさんのキャラクターがすごく濃くて、ご本人の写真を見て意外性を感じました。キム・ヘスさんヨム・ジョンアさんだけではなく、女性のキーマンがもう一人いるというのがすごく面白いと思いました。ラ・ミランさんという女性の俳優さんが出演する『ガール・コップス』という、女性の盗撮事件や「n番部屋事件」を扱った、フェミニズムに基づいた『ベテラン』のような女性のコップものがあるのですが、それもやはり女性三人の関係でした。二人に見えて、実はその間を行き来するような人がもう一人いるという作り方はいいですね。
──クォン軍曹役のチョ・インソンさんも人気の俳優さんですね。
2000年代初め頃は、私も韓流スターの取材をずっとやっていて、その中でもチョ・インソンさんの人気がすごく、ファンミーティングをすると1,000人、2,000人ほどのホールを満杯にするような感じでした。その頃、ドラマ界で活躍していた人が、今の映画界のど真ん中を張る俳優になるのはすごく難しいことだと思うのですが、その中で、彼はリュ・スンワン監督との出会いなどにより、アクション大作で、真ん中に立てる存在になったんだという実感がすごくあります。今回は『モガディシュ』で組んだリュ・スンワン監督の、女性たちが主人公の映画の中で主演ではないけれど重要な役を引き受けるというところも、すごく良いなと思いました。
──本作は1970年代の海辺の町が舞台ですが、架空の町という設定だそうです。やはり、こうした事件が起こる作品で実在の町は使えないのかと思いますが、70年代の韓国の地方の町の雰囲気がすごくよく出ていたのではないかと思います。その雰囲気を牽引しているのが、大衆歌謡だと思います。音楽監督はチャン・ギハという方で、この映画における彼の功績はすごく高いと思います。
そうですね。チャン・ギハさんの音楽は『悪いやつら』という2012年の作品でも印象的だったのですが、ああいう韓国特有のロックでブルースも感じる音楽は、私たちはリアルタイムで聞いたことがないはずなのに、郷愁のようなものを感じるとすごく思います。
──あとは、美術やファッション。70年代のファッションは世界的に同じといえば同じですが、フォーセットっぽいヘアスタイルだとか、幾何学模様プリントのシャツやワンピースも出てきて、すごく楽しかったです。70年代は(米国や日本だけでなく)韓国もそうだったんだなと実感したのですが、この美術などに関してはどうでしょうか?
K-POPの世界などでも何年かに一度、そうしたレトロな、韓国では復古主義という懐かしい感じの音楽やファッションが流行ることがあり、おそらくコンスタントにそういうことがあるのだと思います。映画の内容としてすごく良いと思ったのは、最初は海女の女性たちは生活的に苦しんでいたけれど、密輸に関わった時からものすごく華やかになるという、ダイナミックな感じ。日本とかだと、違法なことで羽振りが良くなったからといって急に派手になったりできない抑圧感みたいなものがあるので、良いのか悪いのかは分かりませんが、すごく解放的な感じをファッションから感じましたね。
──私は韓国映画、韓国ドラマ、K-POPとかも好きなのですが、韓国の友人から、実は韓国ではK-POPも流行っているけど、トロットと呼ばれる演歌、大衆歌謡がもっと人気なんだ、BTSより売れている曲もある、と聞きました。そう聞くと、今回の作品を観ても「なるほど、そういうことなのね」と腑に落ちるところがありました。
私も、ファン投票でトロット歌手の方がBTSより票が多いということを噂に聞いていました。『LUCK-KEY ラッキー』という日本の『鍵泥棒のメソッド』をリメイクした韓国映画でも、トロットだけでもないですが懐かしい感じの音楽がやはり印象的で、そういう視点はたくさんあると思います。
──リュ・スンワン監督の演出についてもぜひ伺いたいのですが、私がこの作品で一番印象的だったのは、水中のアクションシーンでした。韓国のノワール作品では、市街地戦や銃撃戦はよく目にしますが、水中というのはなかなかなかった。で、今回は水中バレエのチームと一緒にアクションシーンを構築して演出したそうで、美しいシーンが多いですよね。計算されて撮っているというシーンも多く、ビジュアル的にも美しく面白いと思いました。
私はアクション映画で、例えば殺し屋の女性が出てきた時に、韓国の男性のほとんどは兵役に行って実際に銃を使っていることをふまえ、それを上回る暗殺者であるには、どれほどの苦労があったのだろうか、訓練をしたのだろうかとか、「強さ」の説得力について考えてしまうんですね。この映画でも、陸の上での激闘のようなアクションシーンでは、キム・ヘスさん演じるチュンジャはそれほど活躍できなくて、チョ・インソンさん演じるクォン軍曹に守られるわけですけど、水中であれば、海女たちの方が当然強いんだというのが、上手い具合にできていて、自然に見られました。そうした戦いのシーンはすごく納得しながら観られました。
──しかも、海女さんたちのチームワークの良さというものが作品の中でも描かれていたと思います。男性が力で闘うところを、でも女性はチームワークで闘っていくんだというようなことも、水中のシーンで表現されていたのかと思いました。コンセプチュアルでもあり、事実にも裏付けされているというか、海女さんたちは実際にいつもチームワークでお仕事をされている。そういうところも出ていて、すごく良かったと思います。
そうですね。海の中でタッチするというか、コンビネーションを見せるところも良いですよね。
──韓国のフィルムノワールやクライムムービーといったアクション映画は世界でも大変評価されています。西森さんは韓国ノワールについての本も出版されていますが、そうした良作を韓国が多く排出できる理由についてはどうお考えですか?
この作品も含めリュ・スンワン監督にもよく見られることですが、実話をもとに考える映画がすごく多い。で、『生き残るための3つの取引』とか『ベテラン』という作品が世に出たときも、不思議と、着手した題材が映画が公開される頃には社会問題としてみんなに知られる問題になっていたということがありました。『ベテラン』だと、財閥の問題が明るみになった頃でした。そうした、現実の問題とリンクしているところは魅力ですよね。あと、私が好きなのは、労働者といった弱い人たちの問題を起点に描いている現代のノワールが多く、ここに描かれているのは「自分たちのことだ」と思って観る観客の視線がより熱くなっていく過程が、2015年頃からあったのかと思います。
──最後に、印象的だったシーンと、ぜひこの部分を観てほしいと思われるシーンをご紹介ください。
先ほども少し話しましたが、最後に、船の上で女性たちみんなが自分の手で確かなものを掴んで前に進むというところは良いなと思っていました。また、クォン軍曹のところにチュンジャが行って、一粒の宝石をちょんと置く時に、「あ、生きてたんだ、よかった」と思い、そこにもささやかな関係性が見られて良かったですね。後味悪く終わる作品も好きなのですが、最後にちょっといい気分になれるエピソードを持ってきてくれるところに、リュ・スンワン監督の温かさが見えて良かったと思います。
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『密輸 1970』(英題:Smugglers)
監督:リュ・スンワン
出演:キム・ヘス、ヨム・ジョンア、チョ・インソン、パク・ジョンミン、キム・ジョンス、コ・ミンシ
脚本:リュ・スンワン、キム・ジョンヨン、チェ・チャウォン
製作:外柔内剛
2023年/韓国/韓国語/129分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/字幕翻訳:根本理恵
日本公開:2024年7月12日(金)新宿ピカデリー他全国ロードショー!
配給:KADOKAWA、KADOKAWA Kプラス
提供:KADOKAWA Kプラス、MOVIEWALKER PRESS KOREA
公式サイト
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