Column

2022.12.07 7:00

【単独インタビュー】『あのこと』主演アナマリア・ヴァルトロメイが追求した真実

  • Atsuko Tatsuta

第78回ベネチア国際映画祭にてポン・ジュノ率いる審査員の満場一致で金獅子賞を受賞した映画『あのこと』が12月2日(金)に日本公開されました。

1960年代、人工妊娠中絶が違法だったフランス。成績優秀な大学生のアンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は、教師になる夢を抱いていた。ところが、予期せぬ妊娠が発覚。労働者階級のアンヌにとって、未来を手にするためには学位は必要で、学業を中断することはすなわち夢を絶たれることに直結した。日に日に大きくなっていく不安と恐怖に押し潰されそうになりながらも、アンヌは未来を掴み取るために孤独な闘いを続けるが──。

本年度のノーベル文学賞に決定したフランスのアニー・エルノーが、自身の壮絶な体験を基に綴った短編小説「事件」を原作に、フランスの新鋭オードレイ・ディヴァン監督が映画化した『あのこと』。主人公アンヌの壮絶な旅路にカメラが寄り添い、圧倒的な臨場感と没入感に満ちた映画体験をもたらし、第78回ベネチア国際映画祭ではポン・ジュノ率いる審査員団の満場一致で金獅子賞(最高作品賞)を受賞。以降、数々の映画賞を総なめにしました。

長編第2作目にして大きな成功を収めたオードレイ・ディヴァン監督がアンヌ役に抜擢したのは、12歳のときに『ヴィオレッタ』(11年)でイザベル・ユペールの娘役でスクリーンデビューした若手実力派アナマリア・ヴァルトロメイ。本作でセザール賞最優秀新人女優賞を受賞し、若手俳優のトップに躍り出ました。

12月1日〜4日に横浜で開催されたフランス映画祭2022のため来日したヴァルトロメイが、Fan’s Voiceの単独インタビューで今作の意義や制作の裏側を語ってくれました。

──ベネチア国際映画祭で金獅子賞、そしてセザール賞では最優秀新人女優賞を受賞するなど、今作では大変大きな成功を収めましたね。おめでとうございます。
ありがとうございます。

──この作品に出演するにあたり、どの辺に興味をお持ちになったのですか?
まずは、アンヌという人物ですね。良い意味ですごく複雑な人物で、とても豊かだし、彼女のキャラクターに興味を持ちました。脚本がとてもよく描かれていて、非常にきちんと構築されており、すべてが的確で、完璧といって良いほどの“真実”がそこには存在していました。アンヌという人物が、完全な形で書かれていました。彼女の、こうと決めたら絶対に揺るがないという毅然とした態度と、自身の文化的、社会的あるいは身体的な欲望というものに対してまっすぐに突き進むという女性像が完璧に表現されていました。

アンヌは非常に困難な闘いに向き合うわけですが、「中絶する」「私は書く」という固い意志がありました。当時は「私は物書きになる」なんて女性が言っても誰も聞いてくれない時代。にもかかわらず彼女が自分の夢を諦めないで突き進んだことに私は「ブラボー!」という言葉を送りたいし、同時に、彼女のそういった姿勢が私に語りかけてくるものがありました。

──この作品は1960年代の話ですが、その現代性や、いま描かれる意味をどう考えていますか?
1975年に「ヴェイユ法」が成立し、フランスでは人工妊娠中絶が合法化されました。私は、妊娠したら中絶するのか産むのかの自由は女性に委ねられているのが当たり前の時代に育ってきました。でも今でも、アメリカやポーランドでは、中絶に関する法律が揺らいでいます。私たちはフランス人として、そういう状況にないことを幸運に思うと同時に、この法律は非常に脆弱なものなのだと改めて実感しています。中絶に関する法律は、女性の選択の自由に関わってくると思っています。だから、女性の選択の自由がまだ認められていない国々のことを思うと、今回のような作品を世に送り出すことは大切だと思いますし、ディヴァン監督がおっしゃっているように、中絶という問題は今後も問題であり続けるでしょう。

──ディヴァン監督はアニー・エルノーさんとも直接お会いして、小説に書かれていないような話もいろいろとお聞きになったと伺っています。あなた自身はエルノーさんとお会いしたのですか?
新型コロナの影響で、撮影前にはエルノーさんにお会いできませんでした。でも、彼女にとって2度目の上映会に来てくれた際に、直接お会いできました。この映画を観てどう思われるのか結構不安だったのですが、一方で、私自身はこの仕事を通してアニー・エルノーさんの作品を知り、彼女の他の作品もたくさん読みました。もしお会いすることがあれば、「あなたの作品が好きなんです」といった話をきちんとできるように準備をしていました。

それで実際にお会いして、「私自身もこういう素晴らしい女性作家が女性の問題を書いていることを知ることで、私自身にも今回の仕事はためになりました」というようなことをお話したら、彼女はとてもエレガントな言い方で、「この映画を私は誇りに思っています。まさに真実が描かれています」とおっしゃってくださいました。

その「真実」という単語は、私や監督、スタッフがまさに探していたものでした。ストーリーやスタイルを始め、どういうリズムで編集するか、どういう美術セットにするか、どういう音楽にするか、そういったあらゆる面をできるだけ忠実に、的確に描くことを私たちは追求していたので、エルノーさんにそうおっしゃっていただけたことで、私はディヴァン監督と一緒に「私たちはきちんと仕事をしたんだ」と思うことができました。

──ディヴァン監督はまだ長編2作目の若手ですが、この作品の成功で大きな注目を集めています。あなたが思う彼女の監督としての素晴らしさとは?
自分が求めているものをよくわかっていて、はっきりとしたビジョンを持っている監督ですね。だからとても精密な形で指導が入ります。かと言って、こうしろああしろと言うわけではなく、リラックスした形で上手く誘ってくれます。俳優が提案することにも耳を傾けてくれますし、もし私が新たなやり方を提案したとしても、ちゃんと反応してくれます。本当の意味でのコラボレーションができました。なので、監督と俳優という間柄にも関わらず、プレッシャーのようなものは一切ありませんでした。

オードレイ・ディヴァン監督(第78回ベネチア国際映画祭にて) Photo by Giorgio Zucchiatti / ASAC

作品によっては、どんな撮影になるのか現場に入るまでよくわからないこともありますが、今回はパンデミックのおかげでもあって、かなり前から毎日のように電話で話し合いを行い、強い絆ができていました。それに、アンヌという人物に対して共通したビジョンを持てていました。私たちの間には監督と俳優というヒエラルキーはなく、ほとんど対等という感じでした。監督は、役者の序列も技術スタッフの序列も全くなく、この映画のテーマを擁護しようとしているコラボレーターなのだというような感覚を持っている人です。演技指導もとてもパワフルだと思うので、知り合いの若い俳優たちにはぜひ(ディヴァン監督と)会うことを勧めています。

 

──この作品はアンヌの視点で語られており、観ている人たちは本当に彼女の壮絶な旅路を追体験することができます。観客が没入するために、撮影現場ではどのような工夫がされていたのですか?
私自身は何か特に意識したことはなく、演技にひたすら集中していました。あとは、オードレイ(監督)やカメラマン、技術スタッフがその没入感というのを出してくれるのだろうと思っていました。私はアンヌを感じていることを、できるだけピュアな純粋な形で観客に伝達することに集中してました。

──あなたが注目された『ヴィオレッタ』ではイザベル・ユペールと共演し、今回の作品では『冬の旅』で素晴らしい演技を見せたサンドリーヌ・ボネールと共演しています。こうしたフランス映画界の伝説的な俳優との共演を通じて、得たことはありますか?
その二人のかなり違うタイプの女優です。私にとっては「二つの学校」という感じでした。モーリス・ピアラの作品に出演することほど、素晴らしい演技学校はないと思います。やはりピアラの“スクール”はすごい。ピアラに頻繁に起用されていたサンドリーヌ・ボネールは、本当に地に足がついた感じの自然な演技で、そこに真実性が現れてきています。真実味というのはイザベル・ユペールにも共通していますが、ユペールの方が非常に細かい要求があります。女優としての二人のスタイルは全く異なりますが、どちらかが良いとか悪いとかというのではないですね。

──あなたにとって女優とはどんなお仕事でしょうか?女優に必要なものとは?
サンドリーヌ・ボネールから「演じている時は忘我状態になりなさい」とアドバイスをもらいました。「自我、自意識というものを捨てなさい」「あなたがスクリーン上に現れるのではなく、あなたが演じているキャラクターがスクリーンに現れるのだ」と。まさに女優とはそうあるべきだと思います。

──そのためのテクニックなどはあったりしますか?
難しいといえば難しいですが、やはりセリフを信頼することが最も重要ですね。自分が言うセリフを信頼して、共演者のセリフも信用する。また、その映画が良いものになるのかどうか、そのシーンが良いかどうかを判断するのは俳優ではなく、監督であることを忘れてはいけないと思います。なので私たちがやるべきことは、演技に集中するということに尽きますね。

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『あのこと』(原題:L’événement)

1960年代、中絶が違法だったフランス。アンヌの毎日は輝いていた。貧しい労働者階級に生まれたが、飛びぬけた知性と努力で大学に進学し、未来を約束する学位にも手が届こうとしていた。ところが、大切な試験を前に妊娠が発覚し、狼狽する。中絶は違法の60年代フランスで、アンヌはあらゆる解決策に挑むのだが──。

監督/オードレイ・ディヴァン
出演/アナマリア・ヴァルトロメイ、サンドリーヌ・ボネール
原作/アニー・エルノー「事件」
2021/フランス映画/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/100分/翻訳:丸山垂穂/英題:Happening

日本公開/2022年12月2日(金)Bunkamuraル・シネマ他全国順次ロードショー
配給/ギャガ
公式サイト
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