Review

2022.11.04 19:00

【レビュー】『アフター・ヤン』テクノの眼差しから再考する“家族”という繋がり

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一眼レフのファインダーが萌黄に染まる自然の中で佇む家族の姿を捉える。セルフタイマーを設定する青年に向かって「早く来い」と急かす父親らしき男性。青年は急いで駆け寄り、撮られた幸せそうな四人の家族写真。この冒頭で本作は“’家族”を描く作品だと提示される。

コゴナダ監督の長編デビュー作『コロンバス』は世界中で賞賛を浴び、同監督が信奉する小津安二郎監督にオマージュを捧げた作品として日本でも話題となった。そんなコゴナダ監督の長編2作目である本作『アフター・ヤン』は、人型ロボットが普及した未来を舞台にしたSF作品だ。その内容から一作目とは全く違うアプローチで描かれると思いきや、本作では『コロンバス』で見せたコゴナダ監督の作家性をさらに突き詰めており、より色濃い小津安二郎イズムを感じ取ることが出来る。

舞台は“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク(コリン・ファレル)の家庭にもヤン(ジャスティン・H・ミン)と名付けられたテクノがいた。妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)、中国系の養女ミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)と共に大切な家族の一員として過ごしていたヤンであったが、ある日異常をきたし、突然動かなくなってしまう。ヤンを兄のように慕っていたミカは塞ぎ込んでしまい、ジェイクは何とかヤンを修理しようと奔走するが中々解決策が見つからない。

そんな中、ヤンの中に毎日数秒だけ映像を記録する特殊なパーツが組み込まれていることが判明。その記録の中には、日常の何気ない瞬間を眺める温かな眼差しと、ジェイクが知らない女性(ヘイリー・ルー・リチャードソン)の姿が映し出されていた。果たして彼女の正体は何者なのか。ジェイクが知らないヤンの秘密とは──。

一貫して“家族”を描き続けた小津安二郎と同様、本作でコゴナダ監督が主題に据えたのも、上述の通り“家族”である。テクノのヤンは一見、人間とは区別がつかない外見や性格の持ち主だ。白人のジェイクと黒人のカイラは、中国系の養女ミカに自分のルーツに触れて貰いたいという想いから、中国の知識が多くプログラムされたヤンを購入した。ある時「自分と両親は本当の親子ではない」と語る養女のミカに対し、ヤンは中国の古い植木技術である接ぎ木について語り聞かせる。違う種類の木を接ぎ合わせることでやがて一体化し新たな個体に変化していく接ぎ木の話を通じ、血の繋がりがなくとも本当の家族になり得ると優しくミカに諭すこの序盤のシーンは、その後も本作全体に温かく寄り添い続ける。

小津安二郎の代表作『東京物語』(53年)は家族の崩壊を描いた作品だ。尾道に住む老夫婦が子どもらを訪ねて上京するが、子どもたちは皆自分の生活に追われ両親の相手をするどころではない。そんな中で誰よりも彼らを温かく迎え入れてくれたのは、戦死した次男の妻だった…。そんな物語を通じ『東京物語』は家族の崩壊を冷徹に見据えながらも、義理の娘との温かな絆を映し出した。『アフター・ヤン』が描くのも血縁関係、さらに言えば人種や生物/無生物の隔たりすらも超える家族の絆である。当初ジェイクはヤンが動かなくなったことを、ある種家電の故障のように考えていた。落ち込むミカの為にヤンを修理しないとと半ば義務的に奔走していたジェイクであったが、ヤンの記憶を眺め見ることで自身の中にある感情に気付き始める。彼のそんな心の機微はその表情や些細な台詞からしみじみと窺い知ることができる。本作はテクノの眼差しを通して血縁関係を超えた家族の繋がりを描き、テクノの故障を通して家族との死別を映し出しているのだ。

前作『コロンバス』に続き本作も殆どがフィックス(固定)ショットで撮られているが、それも小津安二郎の影響を深く感じる要因の一つだろう。非常に動きの少ない映像で、カメラは家族の営みを客観的に眺めるように映し続ける。そんな中、幾度かにわたり微細にカメラが振れるシーンが印象的に挟まれる。それはヤンの記録と、ジェイクとカイラの記憶を映し出すシーンだ。家族に向けるヤンの柔らかな眼差しを覗き見て、ジェイクとカイラはヤンとの温かな記憶を噛み締める様に思い出す。全編に渡りじっと俯瞰的に眺める映像が殆どを占める中で、主観的な目線は温かな家族の繋がりを鮮明に強調する。そんなカメラの動き以外にも、色彩や照明・小道具やその配置など、画面の隅々からコゴナダ監督の映像作りに対するこだわりが感じられる。

撮影風景

本作のオリジナルテーマ「Memory Bank」を担当した坂本龍一は、「小津安二郎 大全」(朝日新聞出版)のインタビューで、映画にとって音楽は必ずしも必要ではないと述べている。曰く、昨今のアメリカ映画は音楽が入りすぎており、映像で既に表されていることを音楽がさらに上塗りしていると。その一方、本作では坂本のオリジナルテーマだけでなく、Aska Matsumiyaが手掛ける音楽もその存在感を示しながらも、決して大袈裟に主張しない。むしろ映像や物語が過度に物語ることがない分、音楽がそれを補足しているようにも伺える。意味を上塗りするのではなく、映像と音楽が合わさり一つの意味を形作っているのだ。その中で異質に映るのがオープニングクレジットのファミリーダンスだが、これについてコゴナダ監督は米国版VOGUEのインタビューで、小津安二郎の『麦秋』(51年)で描かれる家族が息のあった様子で朝食をとるシーンからインスパイアされたと述べている。一見浮いている様にも思える映像と音楽だが、そこにも実は小津リスペクトが込められていたのだ。

『コロンバス』に続き、『アフター・ヤン』でも監督として並外れた手腕を発揮し、長編2作目にして早くも世界から一目置かれる存在となったコゴナダ監督。そこにこれ程までに色濃く日本の巨匠の影を感じられるとは何とも誇らしい限りだ。

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『アフター・ヤン』(原題:After Yang)

“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭にまで普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。しかしロボットのヤンが突然の故障で動かなくなり、ヤンを本当の兄のように慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に一日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なパーツが組み込まれていることを発見。そのメモリバンクに保存された映像には、ジェイクの家族に向けられたヤンの温かな眼差し、そしてヤンがめぐり合った素性不明の若い女性の姿が記録されていた……。

監督・脚本・編集/コゴナダ
原作/アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
撮影監督/ベンジャミン・ローブ
音楽/Aska Matsumiya
オリジナル・テーマ/坂本龍一
フィーチャリング・ソング/「グライド」Performed by Mitski、Written by 小林武史
出演/コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリー・ルー・リチャードソン
2021年/アメリカ/英語/カラー/ビスタサイズ/5.1ch/96分/字幕翻訳:稲田嵯裕里/映倫:G

日本公開/2022年10月21日(金)TOHOシネマズ シャンテほかロードショー
配給/キノフィルムズ
提供/木下グループ
公式サイト
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