【単独インタビュー】ポン・ジュノ監督がネタバレ解説する『パラサイト 半地下の家族』の真意
- Atsuko Tatsuta
※本記事は、ポン・ジュノ監督自身からの『パラサイト 半地下の家族』および『母なる証明』に関する重大なネタバレが含まれます。本編観賞後にお読みください。ジョーダン・ピール監督『アス』のネタバレも含まれます。
韓国の気鋭監督ポン・ジュノの長編第7作目となる『パラサイト 半地下の家族』。
2019年5月に開催されたカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを韓国映画として初受賞という快挙を成し遂げ、ゴールデングローブ賞でも韓国映画として初の外国語映画賞を受賞する他、数々の映画賞に輝いています。来る第92回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、美術賞、国際長編映画賞の計6部門にノミネートされており、受賞が期待されています。
物語の舞台は現代の韓国・ソウル。ひなびた半地下の住宅で暮らすキム一家は、事業に何度も失敗している父親のギテク、元ハンマー投げの選手ながらも今は内職に精を出す妻チュンスク、大学入試に失敗し続けている長男のギウ、予備校へも通えない美大志望のギジョンの4人家族。誰も定職がないその日暮らしの一家ですが、ある日、友人の紹介でギウがIT企業の社長パク氏の娘ダヘの家庭教師の職を得ます。低所得者層の一家と新興富裕層の一家。普段の生活では決して交わることのないふたつの階級の家族が出会ったとき、物語は思いもかけない方向へ転がり始めます……。
カンヌ映画祭のワールドプレミア前に、異例ともいえる「ネタバレ禁止のお願い」のステートメントを監督自身が出すなど、“物語の展開”が肝であるこの作品は、観る前に何も情報を得ないことが重要であることは間違いありません。ポン・ジュノ監督自らがこの傑作の生まれた背景や意図などを解説するこのインタビュー記事は、本編観賞後にお読みください。
──改めてカンヌ国際映画祭パルムドール受賞、おめでとうございます。韓国映画では初の快挙でしたね。カンヌで授賞式の少し前にお会いした時には、下馬評では確実と言われていたにも関わらず、「まったく確信はもっていない」と謙遜されていましたね。
ありがとうございます。本当に確信がなかったんです。でも、嬉しい驚きでした。
──貧富の差のある家族が対照的に描かれる『パラサイト』への評価が高い理由のひとつは、脚本の素晴らしさがあると思います。日本から見ても、韓国は階級社会が厳しいという印象を受けますが、この作品を作る際、なにかきっかけとなったアイディアやニュースなどはあったのでしょうか。
2013年頃から書き始めたのですが、なにが具体的な出発点だったのかは覚えていないんです。当時は、『スノーピアサー』のポストプロダクションをしていた頃ですが、ご存知のように、『スノーピアサー』も富裕層と貧困層がひとつの列車に乗っているというSF映画です。貧困層の車両に押し込めらていた主人公たちが、富裕層の頂点である先頭車両を目指すという物語ですね。“格差”についてはいろいろ考えていた頃だと思います。
映画史においても、これまで貧富の格差は頻繁に取り上げられてきたテーマです。アイディアという以前に、私たちの周りを見渡しても、お金持ちと、お金がない人ではすぐに見分けがつきますよね。友達や親戚を見ても、お金持ちとそうでない人たちがいます。しかも、身なりや乗っている車などでそれが一目瞭然でわかってしまう。なので、現代に生きる私たちが、“貧富の格差”について考えるのはとても自然なことなのではないかと思います。
──ご自身の経験も反映されているのですか?
私の父はグラフィック・デザインの教師で、私は極めて伝統的な中流家庭に育ちました。何不自由なく育ったといえるでしょう。まさに富裕層でもなく貧困層でもない、この映画の登場人物の真ん中くらいの生活水準でした。
──貧富の格差を描いた作品は世界的にも多くみられますが、今、多くの映画監督がこのテーマを取り上げるのはやはり社会情勢が大きく影響していると思いますか。
ショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト』や是枝裕和監督の『万引き家族』など、貧困層を描いた作品は確かに多いと思います。資本主義における二極化の不平等は、日常的に感じることです。今日の映画監督にとっては無視できないテーマであり、大事なことです。
もちろん、先程も言ったように、貧富の格差は100年以上前から描かれている普遍的なテーマです。では何が違うかといえば、“恐怖心”なのです。韓国、日本、世界においても、こうした不安や恐怖心はどこにでも見られます。未来もこのまま良くならないかもしれない。悲観的な話になりますが、そういったシンプルな不安や恐怖が、多くの作品に現れていると思います。
──ホラー、スリラー、サスペンスなど、ジャンル映画と社会問題のテーマを見事にブレンドした作品を撮り続けていらっしゃいますが、『パラサイト』でもダークコメディ的なアプローチを取り入れています。あなたにとってジャンル映画という手法はどれほど重要なことなのでしょうか?
私はポリティカルな映画を撮るつもりはありません。強いメッセージを提唱する社会派の作品を撮る監督もいらっしゃって、それはそれで尊敬しますが、私自身は、ジャンル映画の監督だと思っています。観客に映画を楽しんでもらいたい、というのが作り手として最大の目的なんです。その中で社会問題を描くことで、ひねりのある作品を作りたいと思っています。
──ジャンル映画といえば、『パラサイト』を観て、ジョーダン・ピールの『アス』というアメリカのホラー映画との類似を感じました。“地下に押し込められた人々”、つまり、あたかもいないかのように忘れ去られた人々の反撃です。
『アス』は観ましたよ。『パラサイト』以上に強烈な作品だと思いました。監督のジョーダン・ピールは、野心的であるとともに視覚的な表現に優れている監督です。地下にクローンが閉じ込められているという設定は、とてもラディカルなものですが、それも視覚的にセンス良く見せてくれました。ホラーというジャンル映画としても、説得力をもって作られていると思います。『アス』の予告編を最初に観たとき驚いたのは、デカルコマニーの描写があったことです。実は、2013年に私が(本作の)脚本を書いていたときのワーキングタイトル(仮タイトル)は、『デカルコマニー』だったんです。『パラサイト』とつけたのは、それからずっと後でした。デカルコマニーとは、紙に絵の具とかインクを垂らして左右対処になる表現方法ですが、『アス』では、地下と地上のクローンの対比を象徴しているのでしょう。私のこの作品とも通じるものがあると思いますよ。
──日本語のタイトルには、“半地下の家族”という副題がついていますが、映画を観た後では“半地下”の意味が増してきます。
ええ。韓国では半地下というのは、ありふれた住居スタイルですが、この映画においては、リアルで象徴的なものになっています。そして半地下とは、別の言葉で言い換えると、半地上でもある。半地上ですから、一日のうち何分か、あるいは何時間かは日が差し、“自分たちは地上で暮らしているんだ”、つまり“私たちは忘れ去られていない、大丈夫だ”とも思えるのです。でももし一歩間違えば、地下に落ちてしまうという恐怖にさいなまれるのです。半地下というのは、あいまいな境界線にいるようなものです。
ネタバレになりますが、この作品には“第三の家族”が登場します。地下室に夫婦がいたわけですね。これまでの映画、例えば私の撮った『スノーピアサー』でも貧しい者と富める者の対比が描かれますが、『パラサイト』が新しいのは、第三の家族の存在があるからです。映画のプロモーションの段階では、第三の家族の存在は明かせませんでしたが、第三の家族の存在は、この作品を差別化する最も重要な要素です。
最初、観客はキム一家を貧しい家族と思っていますが、実は、もっと貧しい家族がいたんだと気がつくんです。悲しいことに、富裕層の家族とではなく、その貧しい家族同士が闘いを始めるのです。それは2時間の映画の大部分を占めると言ってもいいでしょう。第三の家族の男性の存在は、ソン・ガンホ演じるキム家の父親にとって恐怖でしかありません。未来は自分もああなるかもしれないという可能性を孕んでいるからです。彼は、半地下ではなく、“完地下”にいます。実際に、完地下に住んでいる男と比べると、ソン・ガンホは恐怖も感じるけれど、まるで自分は中産階級にいるような錯覚に陥ったんですね。第三の家族の男は、「地下に住んでいるのは、僕だけじゃないよ。半地下までみんな合わせたら、相当な数だよ」と言いますが、父親は“一緒にしてくれるな”と思うわけです。恐怖を覚えたと思います。
──素晴らしいアイディアでしたね。それによって私たちは、キム一家を自分とは関係ない家族だと思って見ていたにも関わらず、自分たちも実は“半地下の家族”であることを認識するようになり、心の中に眠っていた恐怖心や不安感も芽生えます。この作品に多くの観客が感情移入するのは、それが原因ではないでしょうか。このアイディアは最初からあったのですか?
“半地下”に関して的確に表現していただき、ありがとうございます。2013年に構想を練り始めたましたが、3年半から4年間は、頭の中で考えを熟成させていました。途中、2015年に14ページくらいのトリートメント(あらすじ)を書いて、製作会社に提出しました。その時には、ある貧しい家族がひとりづつ、金持ちの家に潜入していくという骨格はありましが、結末どころか(最終的なストーリーの)後半部分はまったくありませんでした。元家政婦が“ピンポン!”と戻ってきたことから、後半の大混乱が始まるわけですが、そのあたりからは2017 年の最後の3ヶ月で書きました。
──その最後の3ヶ月では、どんな風に脚本を書き進めていったのですか?
本当に夢中で書いていました。ある日、地下室の部屋に家政婦が夫を隠しているというアイディアが浮かびました。その日はよっぽど嬉しかったのか、今見返してみると、日記のようにiPadに書きなぐっています。アプリを使って書いていたのですが、車を運転しているときに、急にひらめいたアイディアでした。これを思いついてからというもの、それまでの構造などがすべてが回るような気がしました。
──この作品の特徴のひとつは、富裕層を悪、貧困層を善で描くことはせず、グレーゾーンで描いていることにもありますね。その象徴といえるのが、衝撃のラストです。ソン・ガンホ演じる父親は、一線を超えます。
パク社長を殺して、彼は自らを罰するように地下に潜ります。でも、これがラストだと旗を立てて、そこに向かっていくように書いたわけではありません。後半部分を書き進むうちに、出来上がっていきました。『母なる証明』の時の脚本の書き方とは正反対でした。『母なる証明』は撮影の5、6年前、1ぺージほどのシノプシスの段階で、すでにラストを決めていました。真犯人は息子であり、高速バスの中で母が踊るシーンで終わるというラストが明確に見えていたのです。結末ありきで、結末に向かって書いていきました。『パラサイト』に関しては、まったく逆のアプローチで生まれたラストです。
──キム一家が住む半地下の住宅、そしてパク一家が住む高台の豪邸の対比が素晴らしかったですね。このふたつの家の造形は、彼らの社会的な状況や心理的な状態さえも表しています。
キム一家が住んでいた家や路は、すべてセットです。ウォータータンクと呼んでいたプールのようなところに、家や街をつくりました。足場をつくって高さをとって、周辺の家もつくりました。それで、撮影の最後に水を入れて、洪水のシーンを撮影しました。お金持ちの家もすべてセットです。大きな庭園に2階建ての家を建て、木を植えて庭を作りました。2階はブルースクリーンのスタジオになっていました。外から見るシーンはCGです。1階のリビングや2階の内部、地下室、駐車場に降りる階段なども、別途セットを作りました。玄関や塀も別途作ったセットです。豪邸の前の坂道は実際のロケで、城北洞(ソンブクトン)という町です。富裕層の住宅のあるエリアですね。ロケは全体の10%くらいですね。
──パク家の豪邸はガラス張りが印象的ですが、なにを象徴しているのでしょうか?
映画の冒頭は、キム家の半地下の住宅の窓から外を見るところからスタートしており、両者の家も対比になっています。その窓の比率は2.35:1で、映画的です。
でも、窓は窓でも、両者の窓の概念は違います。パク家は、家も造形的で庭の手入れもされている。周りに木が植えられていてプライバシーが保たれ、城壁のように家を守っています。半地下の家は窓はあるけれど、見えるのは人の足や車のタイヤで、消毒ガスが入ってきたり、放尿する人さえいます。まるで外から中を覗かれているかのようで、プライバシーはまったくありません。洪水のときには汚水が入ってきてしまうくらいです。これらの家のセットはとても重要で、シナリオを書いたときに一緒にドローイングを描き、美術監督に渡しました。制作費の中でセットのコストはかなりの割合を占めていますね(笑)。
──この映画のスタイルを作るにあたり影響を受けた人、あるいは作品はありますか?
まず名前を挙げたいのは、師と仰いでいるキム・ギヨン監督ですね。彼の最高傑作のひとつ『下女』(60年※)には、大変インスパイアされました。またクライムムービーでいえば、クロード・シャブロル監督の『野獣死すべし』(69年)ですね。それからもちろん、ヒッチコック。彼らの系譜に連なる作品を残せたなら、本当に幸せだと思っています。
※注)『下女』(60年、キム・ギヨン監督)は、裕福な作曲家の家のメイドとなった若い女性が、一家を次第に支配し始める様を描いたサスペンス。窓や階段の使い方が特徴的で、キム・ギヨン監督の最高傑作ともいわれています。
──先ほど、ジャンル映画の監督とご自分を定義されましたが、これから撮ってみたいジャンルはありますか?
ミュージカル以外なら何でも。西部劇も私はそれほど詳しくなく、資質はないかもしれません。やってみたいのは、『流されて…』(74年、リナ・ウェルトミューラー監督)とか三船敏郎とリー・マーヴィンが共演したジョン・ブアマン監督の『太平洋の地獄』(68年)のような、孤島に漂流するものは撮ってみたいですね。スーパーヒーローものは、息子と一緒に観た『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』はものすごく面白く、才能のある監督だなと感心しましたが、私には向かないジャンルかもしれないですね。
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『パラサイト 半地下の家族』(英題:Parasite)
全員失業中で、その日暮らしの生活を送る貧しいキム一家。長男ギウは、ひょんなことからIT企業のCEOである超裕福なパク氏の家へ、家庭教師の面接を受けに行くことになる。そして、兄に続き、妹のギジョンも豪邸に足を踏み入れるが…この相反する2つの家族の出会いは、誰も観たことのない想像を超える悲喜劇へと猛烈に加速していく──。
出演/ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン
監督・共同脚本/ポン・ジュノ
撮影/ホン・ギョンピョ
音楽/チョン・ジェイル
2019年/韓国/132 分/2.35:1/原題:Gisaengchung/PG-12
日本公開/2019年12月27日(金)よりTOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ梅田にて先行公開|2020年1月10日(金)、TOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー!
配給/ビターズ・エンド
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