Column

2025.05.10 8:00

【単独インタビュー】『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』エレン・クラス監督が20世紀で最も重要な女性写真家の視点に共鳴する理由

  • Atsuko Tatsuta

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の主人公のモデルにもなった報道写真家の情熱的で数奇な運命を映画化した『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』が5月9日(金)に日本公開されます。

モデルとして成功し、やがて写真家マン・レイの助手となったリー・ミラー(ケイト・ウィンスレット)。“写真を撮られる側ではなく、撮る側でありたい”、“真実で中身のある記事を書きたい”という強い信念のもと写真家として唯一無二の才能を開花させるも、1940年、世界は一変。第二次世界大戦の真実を伝えるべくリーは立ち上がるも、圧倒的な男性社会の中で女性が戦地を取材することは許されず、多くの困難に直面。なんとか従軍記者の権利を勝ち取り、数々のスクープ写真を撮影したリーは、その写真が掲載されないことを知り──。

20世紀で最も重要な女性写真家の一人とされるリー・ミラーの、戦場カメラマンとしての時期にフォーカスした『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』は、アカデミー賞受賞の名優ケイト・ウィンスレットが主演・製作総指揮を務め、8年の歳月をかけて映画化を実現した渾身の一作。

監督は、本作が長編デビューとなるエレン・クラス。撮影監督としてキャリアを築いてきたクラスが、『エターナル・サンシャイン』(04年)以降親交のあったウィンスレットからのラブコールに応え、監督としての一歩を踏み出しました。日本公開に際して、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

エレン・クラス監督 Photo: Mark Von Holden / The Academy ©A.M.P.A.S.

──どのような経緯でリー・ミラーについての映画を撮ることになったのですか?
ケイト・ウィンスレットが主演した『エターナル・サンシャイン』で撮影を担当していたこともあり、彼女は長年の友人です。リー・ミラーには以前からケイトが非常に興味を持っており、長い間この映画の構想を温めていました。私自身は学生時代、写真を勉強していた頃にリー・ミラーのことを知り、非常に興味深い人物だと思っていました。当時は彼女をシュールレアリストの写真家として認識していました。

2018年にケイトから脚本を渡され、「この映画、監督してみない?」と誘われました。「もちろん、リー・ミラーについての映画だったらぜひやりたい」と即座に答えました。映画化にあたっては、リー・ミラーを対象化するのではなく、彼女と共に過ごすように、彼女の視点で描きたいと思いました。彼女が人生においてどのように変化していったのか、その視点こそが重要でした。いわゆる伝記映画ではなく、彼女自身が自分を語るようなスタイルにしようと考えました。

──リー・ミラーは20世紀を代表する女性写真家の一人とも言われますが、なぜ今、リー・ミラーなのでしょうか?
リー・ミラーは第二次世界大戦を経験しています。つまり、彼女が活躍したのはかなり前の時代。それにもかかわらず、彼女は非常に現代的な人物でした。今の女性のロールモデルにもなり得る存在だと思います。自分が正しいと信じることを実行するためには、決して怯まない人。真実を探求し、人々に訴えかける力を持っていました。

この映画の舞台である1930年代後半は、今日と非常に似ていると感じています。当時はヒトラーがヨーロッパを席巻し始め、ナチスの台頭がすでに進行していたにもかかわらず、多くの人々はその危機に気づいていなかった。現在のアメリカやヨーロッパでも、大きな政治的変化が起こり、ファシズムの再興が懸念されています。そういった意味で、彼女の存在とその時代背景は非常に示唆的です。この映画には多層的な意味が込められており、それぞれのレイヤーに大きな意義があると感じています。

──ケイト・ウィンスレットは8年以上前からこの映画を模索していたそうですが、なぜそこまでリー・ミラーに惹かれたのでしょうか?
ケイト自身も非常に複雑で魅力的な人物ですが、リー・ミラーもまた、複雑でありながら魅惑的な女性でした。一つの枠に収まらない、強い意志を持った人物であり、中年になってからも、「自分のすべきことをする」という決意で戦場へ赴きました。彼女は多才ながらも、非常に執念深く、諦めない人でもあります。そうした点が、キャラクターとしても人間としても非常に魅力的なのだと思います。

彼女はもともとモデルとしてキャリアをスタートしましたが、今回の映画では敢えてその部分を描いていません。被写体や外部からイメージを与えられる存在としてではなく、自らのイメージをコントロールし、カメラを握る側として描いています。

──この映画ではリー・ミラーの戦場カメラマンとしての時期が中心ですが、彼女の語りが実はとある人物に向けられていたことが終盤で明かされます。この構成にした意図は?
最初にケイトから渡された脚本にはもっと多くの要素が含まれていましたが、その後、私たちは物語が一つの円環を描くような構成にしようというアイディアに至りました。脚本は何度も改稿を重ね、最終的に現在の形になりました。

リーに自らの言葉で自身を語らせるにはどうすれば良いかと考えた時、誰かにインタビューされるという形式が良いのではと考えました。彼女はジャーナリストでしたから、自分自身について語るのを躊躇う傾向がありました。けれども、インタビューという装置を使うことで、自らの物語を語らせるきっかけになったと思います。最後にインタビュアーが誰であったかが明かされることで、観客の視点がガラリと変わるはずです。

──実在の人物を描くにあたって、どのようなリサーチを行いましたか?
数年にわたり、非常に綿密なリサーチを行いました。私たちは幸運にも、彼女のアーカイブにアクセスすることができました。イングランドにあるファーリーズ・ハウス・ギャラリーには彼女の資料が保存されていますが、公開されていない個人的なものについても、息子のアントニー・ペンローズの許可を得て見ることができました。

彼女の私信、写真、着ていた服や住んでいた家の様子も調査しました。とりわけ興味深かったのは、彼女のコンタクトシートです。それを通して、何を撮影し、どれを選んだのか、彼女の視点や感情の動きを垣間見ることができました。彼女が書いた記事や私的な文章も、非常に貴重な資料でした。

同時に、第二次世界大戦そのものについても幅広く調査しました。フランス、ロンドン、ドイツ、イングランド……それぞれで何が起こっていたのか。事実だけでなく、当時の人々の認識や感情を知るために、多くのドキュメンタリーも観ました。可能な限り真実に近づくことを目指しました。

──コンタクトシートから見えてきた彼女の選択眼とは、どのようなものだったのでしょうか?
コンタクトシートを見て明確になったのは、彼女が“戦争”の枠の外にあるカットを意識的に選んでいたことです。戦闘シーンを撮っていたとしても、彼女の関心は兵士よりも、戦争の影響を受けた市民、特に女性たちに向けられていました。

瓦礫の中のタイプライターといった戦争の残骸と日常の断片を組み合わせるなど、対比による視覚的な批評性も感じられました。これは明らかにシュールレアリスト的な視点であり、文脈の衝突を通して写真に新たな意味を付加しているのです。

映画の中でも、ロンドンの空襲後にVOGUEのオフィスで居合わせたモデルに消防士のマスクを被せて撮るシーンがありますが、あれも、彼女が単なる記録者ではなく能動的な“イメージメーカー”であったことを象徴しています。

──映画では、リーミ・ラーがヒトラーのアパートメントで浴槽に入った有名な写真のバックストーリーも描かれますね。彼女が自分を被写体としてあの写真を撮った意図をどのようにお考えですか?
あの写真はまさに、彼女の写真術の核心を象徴していると思います。ダッハウの収容所を歩いた靴の泥をヒトラーのマットで拭い、彼のバスタブに浸かって体の汚れを落とす。これには多層的な意味が込められています。背後にはヒトラーの写真や彫像も配置されています。

彼女は写真に意味とインパクトを付与する方法を熟知しており、その場の要素を組み合わせてメッセージを構築していました。ちなみに、コンタクトシートを見たところ、のちに(リー・ミラーに同行していた)LIFE誌のデイヴィッド・シャーマンも同じようにバスタブに入っていたカットがありました。

──アレックス・ガーランドの『シビル・ウォー アメリカ最後の日』でキルスティン・ダンストが演じた主人公“リー”は、リー・ミラーをモデルにしているとも言われています。どう感じましたか?
とても面白いと思ったのが、キルスティン・ダンストも『エターナル・サンシャイン』で私たちと一緒に仕事をした一人だということ。ケイト、キルスティン、私という3人が、別の形でリー・ミラーという名前に関わっているのは興味深い偶然です。

『シビル・ウォー』を観ましたが、主人公の精神性にはリー・ミラーに通じる部分があると感じました。ただ、監督が明確にモデルにしたと公言しているわけではないと思います。それぞれが、リー・ミラーという存在に対して異なる解釈を持っているのでしょう。私の映画では、ケイト・ウィンスレットの素晴らしい演技を通して、リー・ミラーの複雑さをしっかり描いています。仮に同じ人物をモデルにしていたとしても、まったく異なるキャラクター像になるのだと思います。

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『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』(原題:Lee)

1938年フランス、リー・ミラー(ケイト・ウィンスレット)は、芸術家や詩人の親友たち──ソランジュ・ダヤン(マリオン・コティヤール)やヌーシュ・エリュアール(ノエミ・メルラン)らと休暇を過ごしている時に芸術家でアートディーラーのローランド・ペンローズ(アレクサンダー・スカルスガルド)と出会い、瞬く間に恋に落ちる。だが、ほどなく第二次世界大戦の脅威が迫り、一夜にして日常生活のすべてが一変する。写真家としての仕事を得たリーは、アメリカ「LIFE」誌のフォトジャーナリスト兼編集者のデイヴィッド・シャーマン(アンディ・サムバーグ)と出会い、チームを組む。そして1945年従軍記者兼写真家としてブーヘンヴァルト強制収容所やダッハウ強制収容所など次々とスクープを掴み、ヒトラーのアパートの浴室でポートレイトを撮り戦争の終わりを伝える。だが、それらの光景は、リー自身の心にも深く焼きつき、戦後も長きに渡り彼女を苦しめることとなる。

監督:エレン・クラス
製作:ケイト・ウィンスレット、ケイト・ソロモン
出演:ケイト・ウィンスレット、アンディ・サムバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、マリオン・コティヤール、ジョシュ・オコナー、アンドレア・ライズボロー、ノエミ・メルラン
イギリス/ 2023/116分/英語、フランス語/翻訳:松浦美奈

日本公開:2025年5月9日(金)ROADSHOW
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
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