Review

2022.11.09 19:00

【ネタバレなしレビュー】『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』

  • ISO

2020年8月28日、チャドウィック・ボーズマンが癌により43歳の若さでこの世を去った。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)初のアフリカ系ヒーローを主役に据えた『ブラックパンサー』(18年)を歴史的な成功に導いた“新たなヒーロー”の突然の訃報は全世界に衝撃を与え、各界から哀悼の意が捧げられた。

あれから2年あまり、11月11日(金)についに待望の続編『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』が公開を迎える。本作は、前作でボーズマンが演じたワカンダの王、ティ・チャラの死と、哀しみに暮れる人々の様子から幕を開ける。国王とヒーローを同時に失った国民が白装束に身を包み盛大に葬儀を執り行う圧巻のオープニングシークエンスにより、本作がブラックパンサー/ティ・チャラと共にそのヒーロー像を作り上げたボーズマンの功績を讃え、追悼し、そのレガシーを繋いでいく為の作品であることが提示される。

そしてティ・チャラの死を起点に、作品全体を“喪失と再生”というテーマが覆う。兄の死を哀しむと同時に、自らの科学力で救えなかったことを悔やむシュリは、新たな悲劇をもたらす敵に憎しみを燃やしたりと、暗い感情に支配される。そんな彼女が一体どのように希望を抱き、前に進むことができるのか。ティ・チャラ/ブラックパンサーのレガシーを称えながら、残された人々の心の旅が繊細かつ感動的に語られていく。

注目は、ティ・チャラ亡き後、誰が“ブラックパンサー”の座を引き継ぐかという点だ。前作でキルモンガーにより神秘のハーブが燃やされ、ブラックパンサーの継承は絶たれたかのようにも見えた。だが予告映像でも明かされている通り、本作では新たなブラックパンサーが登場する。一体誰が、誰から、どのようにその名を引き継いだのか。そこにも予想外のドラマが待ち受けている。ティ・チャラの意思、ブラックパンサーの座、人種や血筋等々を“引き継ぐこと”も本作の大きなテーマとして挙げられる。

国王/ヒーローを喪い、ティ・チャラの母親であるラモンダが女王となったワカンダに今回脅威として迫るのが、海底王国タロカンの国王ネイモアだ。ヴィブラニウムの取引をめぐりワカンダが国際的孤立を深める一方で、ワカンダ同様豊富なヴィブラニウムを所有するタロカンは、ティ・チャラが世界にヴィブラニウムの存在を明かしたことで、地上の国から狙われるようになったという。タロカンを守るため地上の国々へ戦いを仕掛けることを決断したネイモアは、ワカンダに協力を要請。拒めば敵とみなし、国を滅ぼすと脅しかける。

ネイモアは原作コミックでは1939年に発刊された第1号に登場する最古参キャラクターの一人だが、MCUでは本作で満を持しての登場となる。前作に続き本作の監督・脚本を務めるライアン・クーグラーは「ネイモアはソーやハルクに匹敵する強さを誇る」と述べているが、それほどの強敵にワカンダは、ティ・チャラ抜きで挑まなければならない。そんな“ヒーロー不在で困難に立ち向かう”というプロットには、チャドウィック・ボーズマンというスターを失いながらも『ブラックパンサー』の続編に挑んだスタッフやキャストの姿がリンクする。ライアン・クーグラー監督はボーズマンの訃報を受けて、「本当に辛くて、次の『ブラックパンサー』はおろか、映画というものを作れるかすらわからなかった。もうこの仕事からは離れよう、と。でも、チャドウィックとの会話を思い出す中でこのまま続けることに意味があると考えを改めた」と語っている。そんな経験を経た監督が、盟友の死に心を痛めたキャスト・スタッフと共に作り上げた“ヒーローの喪失と残された人々の闘い”。フィクションではあるが、そこには確かに真の感情が宿っている。

興味深いのは、シリーズを通して敵対する相手が単純な悪ではない点だ。前作のヴィラン、キルモンガーは世界中にヴィブラニウムを流通させようと企んだが、その背景にあったのはアフリカ系の人々に対する差別と抑圧だった。彼は差別が生んだ怒りや憎しみの体現者とも言えるだろう。そこに至るまでの心情を思うと、その残虐性以外は共感を生むキャラクターであった。そして今作のヴィラン、ネイモアに関してもそれは共通する。ネイモアの目的はただ一つ、タロカンの国民を守ることである。そのためには如何なる犠牲も厭わない。それ故に、高度な文明を持ち、自国の脅威となりうるワカンダと対立してしまう。タロカンの国民の目線を借りれば、ネイモアは間違いなくヒーローであろう。そんな善悪だけでは語れない複雑なドラマがあるからこそ、物語に奥行きと説得力が生まれる。

もちろん、MCU映画には欠かせないド派手なアクションも健在だ。喪失を描く非常に内省的な展開が序盤は続くが、その分、中盤以降にかけてスペクタクル面で大きなカタルシスが待ち受けている。前作がワカンダの広大な大地が闘いの舞台であったが、今作では海底王国が相手というだけあって、水上が主戦場となっている。新たなガジェットや武器も登場するほか、アイアンマンのようなバトルスーツで空中を駆け巡る新ヒーロー・アイアンハートも参戦し、国家同士が闘う手に汗握る一大決戦が繰り広げられる。

映像面では、緻密に構築された世界観にも注目だ。美術監督を務めたハナー・ビーチラーは、ライアン・クーグラー監督の全作品で美術を担当しており、前作『ブラックパンサー』でアフリカ系アメリカ人として初めてアカデミー賞美術賞を獲得した。ライアン・クーグラー監督とハナー・ビーチラーが語る『ブラックパンサー』の音声解説(Disney+で視聴可)では、ワカンダ王国の存在に説得力を持たせるためビーチラーが500ページを超すワカンダの歴史書を書いたことも明かされており、その世界を構築する徹底したこだわりを知ることができる。本作でもその手腕を発揮しており、中でもティ・チャラの葬儀と海底王国タロカンの光景は圧巻だ。ただ美しいだけでなく、そこで生活する人々の息遣いが聞こえるようなリアリティに思わず目を奪われる。

前作『ブラックパンサー』はアフリカ系コミュニティを表象するヒーロー映画としてアフリカ系の人々に自信と勇気を与えたが、それと同時に女性の活躍を大きく描く作品でもあった。王国一の科学者シュリ、スパイとして国外で暗躍するナキア、精鋭部隊ドーラ・ミラージュの隊長オコエ…と個性的でパワフルな女性たちが主要キャラクターとして並び、女性が第一線で活躍する社会こそが成熟した文明であると提示してみせた。そして本作ではティ・チャラの不在、19歳の天才発明家リリ・ウィリアムズ/アイアンハートの登場と共にその色がさらに濃く映し出されている。

その中でも圧倒的な存在感を放つのは、家族を喪った女王ラモンダとその娘シュリである。前作の物語の鍵となった“父と息子”の関係性が、本作では“母と娘”の関係性として呼応する。この二人を演じたアンジェラ・バセットとレティーシャ・ライトの鬼気迫るパフォーマンスは圧巻というより他ない。

『ワンダヴィジョン』(21年)から始まったMCUのフェーズ4は、本作を以って遂に幕を閉じる。『アベンジャーズ/エンドゲーム』(18年)でフェーズ1〜3の「インフィニティ・サーガ」に区切りをつけ、このフェーズ4はシャン・チーやエターナルズをはじめとした新ヒーローの台頭と共に、『ブラック・ウィドウ』(21年)、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(21年)、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(22年)、『ソー:ラブ&サンダー』(22年)といった作品で、様々な喪失を象徴的に描いた。そんなフェーズ4を締めくくる本作で、ライアン・クーグラー監督はチャドウィック・ボーズマンがどれだけ偉大な存在であったかを、その喪失を通して見事に描き、そしてその先にある再生と希望を携えて次なるフェーズへとバトンをつないだ。故人に敬愛の情を捧げた記念碑的な作品でありながら、作り手の眼差しは確かに未来を見据えている。

エンドロールで流れるリアーナの楽曲「Lift Me Up」を聴きながら、きっと誰もがボーズマンに思いを馳せるだろう。次なる展開に期待を膨らませながらも、まずは大きな困難を乗り越え本作を作り上げたキャスト・スタッフに最大の賛辞を贈りたい。

==

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(原題:Black Panther: Wakanda Forever)

国王とヒーロー、2つの顔を持つティ・チャラを失ったワカンダ国に海の帝国の脅威が迫る。ティ・チャラの妹であり天才科学者のシュリたちは、この危機にどう立ち向かうのか。そして、新たな希望となるブラックパンサーを受け継ぐ者は誰なのか…。未来を切りひらく者たちの熱き戦いを描いた、ドラマチック・アクション超大作が始まる。

監督/ライアン・クーグラー
製作/ケヴィン・ファイギ
出演/レティーシャ・ライト ほか
全米公開/11月11日

日本公開/​​2022年11月11日(金)映画館にて公開
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
©Marvel Studios 2022