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2022.08.27 21:00

【ネタバレ解説】『NOPE/ノープ』ジョーダン・ピールのハリウッド大作への憧れと復讐

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※本記事には映画『NOPE/ノープ』のネタバレが含まれます。

2011年頃からだろうか。『アーティスト』(11年)『ラ・ラ・ランド』(12年)『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19年)のような、ハリウッド映画に対するラブレターのような映画を度々目にするようになったのは。最近だと『Mank/マンク』(20年)『リコリス・ピザ』(21年)も記憶に新しい。往年の名作に対する並々ならぬ愛と敬意が込められていて、シネフィルにとっては思わず笑みが溢れてしまうような作品群だ。いずれの作品も観客・批評家共々からも支持が厚いという点で共通している。

ジョーダン・ピール監督最新作『NOPE/ノープ』は、まさにそんな作品群に肩を並べる一作であった。本作に関してピールはEMPIREでのインタビューで「スペクタクル(壮大な景色や出来事)を作りたかったんだ」と述べている。その言葉通り、本作はハリウッドで作られてきた様々なスペクタクルへのオマージュに溢れたブロックバスター映画だ。クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』(20年)や『ダンケルク』(17年)の撮影監督として知られるホイテ・ヴァン・ホイテマを起用したホラー映画初のIMAX映像による“画の力”も相まって、『NOPE/ノープ』は過去のハリウッド大作を踏襲しつつも、観客を誰も見たことのない新境地に誘うホラー・エンターテインメントに仕上がっている。

本作はそのエンターテインメント性ゆえに、『ゲット・アウト』や『アス』のような社会風刺性は影を潜めているようにも一見思えるが、よくよく目を凝らすと随所にピールの痛烈な主張が隠されている。一体それがどのようなものか、ストーリーや背景の解説を交えながら少しずつ紐解いていこう。

舞台はロサンゼルス郊外。映画やテレビ用の訓練馬を飼育する牧場を営む親子に、ある日突然悲劇が訪れる。空から落ちてきた5セント硬貨が頭に刺さり、経営主の父親が亡くなるのだ。
半年後、寡黙で真面目な青年OJ(ダニエル・カルーヤ)と目立ちたがりで野心家の妹エメラルド(キキ・パーマー)は父親の牧場を引き継ぐが、OJは未だに父の命を奪った「最悪の奇跡」を受け入れられずにいた。そんな中、兄妹は牧場で起こる様々な怪奇現象を機に、謎の飛行物体が牧場の上に潜んでいることに気付く。一攫千金を目指し、二人は飛行物体を映像に収めようと企むが、それは後に起こる本当の「最悪の奇跡」の始まりだった──。

「わたしはあなたに汚物をかけ、あなたを辱め、あなたを見せ物にする」

映画『NOPE/ノープ』はそんな旧約聖書の一節、ナホム書3章6節のエピグラフから始まる。

ナホム書は、残虐の限りを尽くしたアッシリア帝国に神が裁きを下すことを告げる予言の書。上記の一節は“傲慢な人間に神はこのように罰を下されるぞ”という意味であり、つまり“これは傲慢な人間に罰が下される映画だ”と、冒頭で提示されるのだ。この「見せ物」という単語も、本作全体を指し示す重要なキーワードだ。

では、その“傲慢な人々”とは一体誰のことなのか。
それは“何でも意のままに操れると勘違いしている人類”に他ならない。

ピールは本作に影響を与えた作品の中に、『ジュラシック・パーク』(93年)と『キング・コング』(33年)を挙げている。この2作品に共通するのが、人類が強大な生物を飼い慣らそうとして返り討ちに遭うというプロットだが、それは『NOPE/ノープ』にも当てはまる。

本作では現在の出来事と並行して、1998年のある事件が描かれる。それはOJたちの牧場近くにあるテーマパーク「ジュピター・パーク」の経営者ジュープ(スティーヴン・ユァン)が子役として活躍していた頃の話。ジュープは当時人気を博していたシットコム『ゴーディ 家に帰る』に出演していた(下記動画)。チンパンジーのゴーディと人々の交流を描くそのドラマの撮影をしていたある日、飼い慣らされたはずのチンパンジーが風船の爆発音に驚き、突如人間を襲い始めたのだ。放り出された靴が垂直立ちするという小さな“最悪の奇跡”が起きる中、机の下に隠れ難を逃れたジュープだが、落ち着きを見せたチンパンジーに手を差し伸べようとした瞬間にチンパンジーは目の前で射殺されてしまう。

劇中で少しずつ明かされるこの出来事は、現代のUFO騒ぎと連動する。事件後、役者として落ちぶれたジュープは大人になり、子役時代に出演した西部劇を再現したジュピター・パークを経営する。子役時代の栄光で食い繋いでいた彼は、未だに子役時代の名声を忘れられずにいた。ジュープもスペクタクルに取り憑かれた人間なのだ。UFOの存在に気付いたジュープは、それを見せ物にして注目を集めようとするが見事に失敗。その場にいた全員が拐かされてしまう。

ジュープは過去に人間が支配できず暴走した動物の姿を目の当たりにしたにも関わらず、大人になり同じことを繰り返す。一瞬ではあるがチンパンジーと心を通わせそうになったこと、そしてその惨劇を生き延びたことで、自分ならば大丈夫だと驕ってしまったのだろうか。どちらの出来事も、“何でも意のままに操れると勘違いした人間”に訪れる。スペクタクルの中毒となってしまった人間の末路だ。

余談ではあるが、このチンパンジー暴走には元ネタと思しき凄惨な出来事がある。2009年、テレビCMやドラマにも出演していたチンパンジーに飼い主の友人であったチャーラ・ナッシュという女性が襲われ、両手切断・顔面破損の大怪我を負った事件だ。チンパンジーはその場で射殺され、チャーラは後に顔にベールを纏った姿でテレビ出演している。その姿はジュープのUFOショーで観客として座っていたベールを纏っているメアリー・ジョー・エリオット(ソフィア・コト)と酷似している。

チンパンジーとUFOを支配できなかった人々と対比して描かれるのが、主人公のOJだ。一見すると彼は馬を手懐けているようにも思えるが、実際は馬の面倒を献身的に見つつ、明確なルール(目は合わせない等)に則り、生物として向き合った上で共存している。支配と共存は似て非なるものだ。CM撮影の際にルールに従わなかったスタッフの責任で馬が暴れてしまうシーンが序盤にあるが、それは馬を完全に支配している訳ではなく、ルールから逸脱すると痛い目を見るという後の展開を示唆している。OJは後にUFOに対しても生物として向き合い、“目を合わせない”というルールに則り、対峙する。『ゲット・アウト』や『アス』と比べ社会風刺色が薄いと言いつつも、本作は自然や生命への人類の向き合い方に対し警鐘を鳴らしている。このままでは罰が下るぞ、と。

ダニエル・カルーヤとジョーダン・ピール監督

『NOPE/ノープ』の大きな特徴として挙げられるのが、その自己言及的な構造だ。本作はIMAXカメラで撮られた初のホラーとして話題となったが、劇中でも登場人物らはIMAXカメラを使用してUFOを映像に収めようと奮闘する。これはピールが、本作の撮影監督であるホイテ・ヴァン・ホイテマに「実際にUFOを撮るならどんなカメラを使う?」と尋ねたところ「IMAXカメラだ」と言われたことに起因している。その場面に表される通り、この映画自体が映画作りのメタファーとして機能している。本作はスペクタクルに夢中になる人々を、観る者と撮る者の両側から描いているのだ。

その証拠に、本作では至る所に映画やテレビ撮影に関連する様々な要素が散りばめられている。舞台となる牧場では映画・テレビ撮影用の馬を飼育していて、エメラルドは自身を俳優・監督であるとも述べている。CMやシットコムの撮影現場も登場し、近接するテーマパークは映画をモデルにしている。OJやエメラルドだけでなくベテラン映画カメラマンのホルスト(マイケル・ウィンコット)や、(悪意たっぷりの)TMZの記者(デヴォン・グレイ)なども様々なカメラを持って登場し、皆がUFOを撮ろうと躍起になる。そうして映画作りに熱中する人々の姿が直喩的に描くところにも、ピールのハリウッド映画に対する愛を垣間見ることが出来るが、一方でそこに介在する危険性についてもピールは言及する。

OJとエメラルドは、家電量販店に勤める友人のエンジェル(ブランドン・ペレア)やホルストの協力のもと、UFOを撮るための作戦を実行するが、その中で様々なトラブルが発生。ホルストは撮影に夢中になるあまりUFOの餌食となり、横入りしたTMZの記者もまた、身勝手な言動の末に食い殺されてしまう。映画撮影、特に派手なアクションや演出を伴うスペクタクル作品には常に危険が介在する。最近ではアレック・ボールドウィン主演の『Rust』撮影中に誤射事件が発生し撮影監督が死亡した事件が記憶に新しいが、AP通信の2016年の調査では、1990年以降アメリカの映画やテレビの撮影現場で43件の死亡事故が発生したと発表されている。映画作りは偉大な作業であることは間違いないが、安全面を疎かにすると簡単に重大事故に繋がってしまう。ピールはそんな“スペクタクルを撮ること”に取り憑かれた映画業界をも揶揄している。

また劇中では、史上初の映画作品として、予告編冒頭にも登場する2秒の映像作品『動く馬(The Horse in Motion)』について幾度も言及されている。それを撮影したエドワード・マイブリッジは“映画の父”として広く知られているが、そこに映る世界初の俳優でありスタントマンである黒人騎手の名は知られていないとエメラルドは主張する。そしてそれが彼女ら兄妹の先祖である、と。この言及は映画史において如何に黒人が蔑ろにされてきたかという負の部分を映し出している。そして最後には、これまで歴史から抹消されてきた黒人の血をひく兄妹が、二人の力でUFOを写真に収めることに成功する。困難の末に撮った世界初の偉大な写真だ。それは兄妹の勝利であると同時に、映画史で抑圧されてきた黒人たちの勝利をも意味している。『ゲット・アウト』で黒人史上初のアカデミー脚本賞を受賞し、長編3作目にして今最も期待を寄せられている監督の一人となったジョーダン・ピールだからこそ描ける、非常に力強く意義のあるシーンだ。

本作が様々なクリエイターや作品から影響を受けた作品であることは既に述べた通りだが、その中でも最も顕著なのがスティーブン・スピルバーグ監督の存在だろう。UFO/エイリアン映画の先駆けとなった『未知との遭遇』(77年)と同じく、本作のUFOも電子機器に影響を及ぼし、序盤から姿をチラつかせて不安を煽る。上述の通り『ジュラシック・パーク』のように人々はUFOを飼い慣らそうとして失敗し、スピルバーグが『ジョーズ』(75年)で人々に海の恐怖を植え付けたのと同様に、ピールは人々に空への恐怖を植え付ける。そしてチンパンジーとジュープが交流しようとお互い手を差し伸べる様は、『E.T.』(82年)さながらだ。いずれの引用も、ピール風味のダークな味付けになってはいるが。

スピルバーグ監督作以外にも様々な作品への目配せが伺える。例えば郊外の家を舞台にしたミニマムなUFO映画というのは、M・ナイト・シャマラン監督の『サイン』(02年)と重なる。OJの家には、南北戦争後に黒人が白人と争いながら安息の地を目指す西部劇『ブラック・ライダー(原題:Buck and the Preacher)』(72年)のポスターが貼ってあるが、寡黙で真面目な男とお調子者で口が巧い男という主人公の組合せは『NOPE/ノープ』と瓜二つだ。OJがUFOに追われている様子も『ブラック・ライダー』の荒野で追走劇を繰り広げる主人公たちの姿を彷彿とさせる。終盤でエメラルドが見せるバイク・スライドブレーキのシーンは言うまでもなく『AKIRA』(88年)のオマージュだ。ピール監督は以前から『AKIRA』を最も好きな映画の一つとして挙げており、実写版の監督オファーを受けるもアニメ版があまりに完璧すぎるという理由で断ったという過去を持つ。日本のアニメ作品関連だと、次々と姿を変えるUFOが『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)の使徒からインスパイアされたものだとDAZEDのインタビューで述べている。確かに不気味に浮かびこちらを見つめる巨大な姿は、第10使徒サハクィエルの影響を強く感じさせる。

このように『NOPE/ノープ』は過去の様々なブロックバスターに愛と敬意、そして少しの毒を込めて凝縮し、ピールらしいホラーとユーモアを練り込んだ新感覚のスペクタクル大作だ。非常に分かり易いエンターテイメント性と、噛めば噛むほど味が出る中毒性を併せ持つ、ピール流の“未知との遭遇”である。

作品を重ねる毎に新たな一面を見せてくれるジョーダン・ピール。次は我々にどんな驚きを与えてくれるのだろうか。期待は膨らむばかりだ。

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『NOPE/ノープ』(原題:Nope)

監督・脚本/ジョーダン・ピール
キャスト/ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーヴン・ユァン、マイケル・ウィンコット、ブランドン・ペレア 他
製作/イアン・クーパー、ジョーダン・ピール
アメリカ公開/2022年7月22日(金)

日本公開/2022年8月26日(金)より、全国ロードショー!
配給/東宝東和
©2021 UNIVERSAL STUDIOS