サンドワームは如何に砂中を泳ぐか?形態学で迫る『DUNE/デューン 砂の惑星』
- Joshua Connolly
第94回アカデミー賞で音響賞、撮影賞、視覚効果賞、作曲賞、編集賞、美術賞の6部門で受賞したドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『DUNE/デューン 砂の惑星』。アカデミー賞最多冠の風の煽りを受けてIMAXでのリバイバル上映を期待したいところだが、ともかくも『DUNE/デューン 砂の惑星』はすでに2023年10月全米公開(予定)となる二作目の製作が決定している。実に待ち遠しい。
さて、私が今作を観た後、頭にへばりつくような強烈な印象を与えられたのがサンドワームである。あえてサンドワームに焦点を合わせることで、『DUNE/デューン 砂の惑星』の驚くまでの世界観構築力を刮目する旅に出よう。
辺境の惑星アラキス、見渡す限りそこにあるのは砂、砂、砂ばかりである。『DUNE/デューン 砂の惑星』が舞台にする時代は、現世から隔絶された空想の世界に身を置くものではなく、西暦にして10190年の遠未来だ。西暦10190年でありながら、便利なSFガジェットの数々が見られなかったのには訳がある。『DUNE/デューン 砂の惑星』で描かれた時代のはるか昔、加速の一途を辿っていた科学技術はそれまで人類が担っていた役割の多くを人工知能、「思考機械」に任せることを許した。「ターミネーター」よろしく「思考機械」とやらに意思決定の権力を握らせるのは、SFではタブーであることは言うまでもないであろう。『DUNE/デューン 砂の惑星』の原作、「砂の惑星」ではこの「思考機械」によって人類は一時奴隷として使役されていた歴史について言及がなされる。そして人類は懸命な反乱の末、「思考機械」の放伐に成功し、その苦難の歴史から、機械に一切の思考を預けることを禁じたわけである。
そのため、『DUNE/デューン 砂の惑星』の世界では、「思考機械」つまり意思を持ちうる可能性のある人工知能は生産されていない。あるのは、ただ一定の機能を忠実に遂行するようプログラムされた防具や重機といった制欲的な科学技術だけである。
それならポール(ティモシー・シャラメ)が母から教わっていた“操り声”は何だったのだろうか。あれは決して突飛なファンタジー設定だったわけではない。「思考機械」の生産が禁じられた世界でありながらも、同時に紀元1万年の世界が無数の星々を文明が交差する大宇宙帝国世界でいられたのには理由がある。それは惑星アラキスで産出されるスパイスの存在だ。唯一アラキスの地で産出されるこのスパイス「メランジ」は抗老化作用を持つばかりでなく、使用者の意識の拡張を促し、超常的な知性を与えることができるのだ。その知性は惑星間貿易の運行計算において必須であるというほどに、メランジは紀元1万年の宇宙文明を支えるのに枢要な位置を占める香料なのである。
そして元はといえば、“操り声”はこのメランジに特定の人類が誘起された力の1つである。ポールの母レディ・ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)は女子修道会「ベネ・ゲセリット」の一員なのだが、ベネ・ゲセリットの修道女はメランジに誘起された人間の真なる力を使うことに長けており、未来予知や“操り声”を使って隣人を命令に従わせることができる。何とも恐ろしい力を持った集団というだけあって、絶大な政治権力をベネ・ゲセリットは持っている。『DUNE/デューン 砂の惑星』において、いかにもワルなハルコンネン家の土地であっても、ベネ・ゲセリットの長が丁重に扱われていたのも納得がいっただろうか。
さて、こうして長々と原作の設定を掘り返しながら、如何に巧妙に『DUNE/デューン 砂の惑星』があの膨大な原作の物語を3時間の尺に収めたことを称賛していく文章を書いていってもいいのだが、その楽しみは読者各々に残しておくとしよう。そう、砂の惑星といえば、やはりあの巨大生物サンドワームだ。『DUNE/デューン 砂の惑星』のサンドワームはまさに圧巻としか言えない圧倒的な存在感をスクリーンに映し出していたが、もしも現実にあのような巨大生物がいたならば、『DUNE/デューン 砂の惑星』で表現されていた生態は現実的なものだったのだろうか。そんなことを私は上映後、しばしの間考えていた。
あれほど巨大なサンドワームの存在は、我々の惑星では残念ながら確認されていないが、スケールは違うものの近しい生物は存在する。世界には酔狂な学者も探せばいるもので、「砂の中を泳ぐ生物の形態学的考察」を行っていた実験生物学者が米・ジョージア工科大学にいるようだ。今回はジョージア工科大学のゴールドマン教授の研究論文「Locomotor benefits of being a slender and slick sand swimmer(細長かつ平滑に砂泳することの運動学的利点)」 に基づき、サンドワームの解剖を行っていきたい。
サンドワームは現実的な大きさか?
『DUNE/デューン 砂の惑星』におけるサンドワームは、巨大なものになると全長で約450メートルにまでなるという(※原作「砂の惑星」では全長1 kmの個体の存在も示唆される。勘弁してほしいサイズだ)。我らが地球に目を向けると、サハラ砂漠などに生息しているクスリサンドスキンクと呼ばれるトカゲの一種や、アメリカやメキシコに生息しているシロヘビなど、砂の中を“泳ぐ”ことのできる生物は基本的に細長いことが知られている。
そうした生物の縦方向の長さ(もしくは厚さ)と横方向の長さの比率を調査すると、自然選択の結果獲得する細長さにも程度があることが確認され、大体横の長さに比べて縦の長さが5倍から55倍程度に収まっていることが分かったのだ。これ以上長くなったり短くなると、砂の中を効率的に泳げなくなってしまうのだろう。
ここでポールが背を向けて逃げていた巨大サンドワームの直径は、ポールの背丈からして10〜20メートルといったところだろうか。これで全長が450メートルあったとすると、その縦横比は22.5〜40程度と算出できる。これは先に地球で確認されている生物の比の範囲に見事収まる、極めて現実的な数値であるから驚きだ。いやいや別に、惑星アラキスの生物が地球で見られる生態系を真似ている必要なんかないじゃないかと思われるかもしれない。確かにそういう部分もあるわけだが、ここで言及している縦横比は、効率的に砂を泳ぐ上で──つまり砂との摩擦や圧力を常に受ける環境下にいる生物の形態を考えたときに、重要なファクターとなることが前提となっている。実は先に引用した研究は、砂の中を泳ぐ生物は、その泳法に特定の最適化された動きがあるし、許容される(もっといえば最適な)体型の細長さがある、ということを抵抗力理論から突き止めた研究なのである。従って、サンドワームが砂の中を泳ぐ以上、そこには地球で確認された形態学的制限が見て取れるはずなのである。
サンドワームはどうやって砂の中を泳ぐのか?
“ワーム”とはミミズなどの細長い虫のことを指すが、ミミズの動きを思い返してもらいたい。ミミズは進行方向と同じ向きに身体の伸縮を繰り返して、前に進む。サンドワームも砂の中を泳ぐ時、ミミズと同じように動くのだろうか。答えは否である。
ここで図を見てもらいたい。これは砂を泳ぐクスリサンドスキンク(以下、砂魚と呼ぶ)とシロヘビが砂の中でどのように身体を動かして、進行しているかを観察した結果である。シロヘビはAのC. occioitailsに対応し、砂魚はBのS. scincusに対応する。シロヘビは細長く、砂魚は縦横比が小さい生物として対比されている。つまりシロヘビがサンドワームに対応するものだとして考えてよいだろう。
この図を見れば分かるように、シロヘビも砂魚も砂中では、うねるように身体を動かすことが分かる。そしてそのうねりの強さ、つまり身体をどの程度まで湾曲させる必要があるかは、生体の細長さによって決まる。細長いシロヘビはその湾曲の度合い、図中では曲率kとして表現されているが、この実験結果によると、細長いシロヘビの方がより曲率の小さい動き、つまりよりコンパクトなうねりを利用した動きで進むということが示唆(C)されている。
『DUNE/デューン 砂の惑星』では砂中のサンドワームの動きを確認することはできなかったが、生態学的な立場から考察すると、サンドワームの動きはそんな具合であることがわかる。皆様のイメージとあっていただろうか。
ところで、いくら惑星アラキスの砂がサラサラしてるとはいえ、その抵抗は水よりも遥かに大きいはずである。サンドワームは一体どうやって、そんな砂の中を泳いでいるのだろうか?
「流動層」というのがキーワードである。実は砂は適切な条件下であれば、水のように流体化させることが可能だ。砂に対して上向きに空気を噴射し、一定の力を加えると、砂粒1つ1つにかかる下向きの重力と釣り合い、砂粒各々を無重力状態とすることができる。砂粒1つ1つがふわふわ浮いているわけだから、砂全体はまるで水のように振る舞う。流動化した砂のことを流動層とか流動床と呼ぶのだが、ひとたび砂が流動層になってくれれば、泳ぐのは簡単である。
地球の生物を参考にすることで分かったサンドワームのクネクネとした動きの理由がここにある。サンドワームのクネクネとした動きは、砂中において自身が辿るチューブ状の領域を流動化させる働きがあるのだ。それに加え、香料が砂の下に存在する惑星アラキスでは、砂中に豊富な空気が含まれているはずだ。人間にとってはかなり歩きにくい砂漠かもしれないが、サンドワームにとっては理想的なプールのようなものだ。あそこまで大きな個体が生育されたのも、頷ける環境である。
ゴールドマン教授の研究はもう1つ興味深い解析結果を残している。どうやら、砂魚のような太短いコンパクトな生体よりも、それこそ細長いサンドワームのような形状の方がよりエネルギーを消費せずに砂中を泳げることが確認されたようだ。つまり惑星アラキスという荒廃した生態系の中で、サンドワームが多数存在するのも極めて妥当な世界記述なのである。
さて、ここまでで『DUNE/デューン 砂の惑星』におけるサンドワームという怪物が、実は科学的にはもっともらしい生物であるという意外な結論が得られた。観賞後、今回紹介した論文以外に多数の関連論文を読んでいく中で、フランク・ハーバートが持つとんでもない世界構築力に次第に恐れを覚えたことも付け加えておこう。特に私が引用した研究結果はフランク・ハーバートの時代にはなかったものであり、そう考えると恐ろしいほどの作家感覚である。
宿敵ハルコンネン家と皇帝が企てた策謀にやられ、全宇宙から命を狙われることになったポール・アトレイデス。彼がその目で見据える未来は明るいものか、暗いものか、それは次作で明らかになることだろう。いずれにせよ、惑星アラキスのサンドワームは砂漠という海で遊泳の限りを尽くすだけである。
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『DUNE/デューン 砂の惑星』(原題:Dune)
全宇宙から命を狙われる、たった一人の青年、ポール・アトレイデス。彼には“未来が視える”能力があった。宇宙帝国の皇帝からの命令で一族と共に、その惑星を制する者が全宇宙を制すると言われる、過酷な<砂の惑星デューン>へと移住するが、実はそれはワナだった!アトレイデス家と宇宙支配を狙う宿敵ハルコンネン家の壮絶な戦いが勃発。父を殺され、巨大なサンドワームが襲い来るその星で、ポールは全宇宙のために立ち上がるのだが…。
監督/ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本/エリック・ロス、ジョン・スペイツ、ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作/「デューン/砂の惑星」フランク・ハーバート著(ハヤカワ文庫刊)
出演/ティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン、オスカー・アイザック、ジョシュ・ブローリン、ステラン・スカルスガルド、ゼンデイヤ、シャーロット・ランプリング、ジェイソン・モモア、ハビエル・バルデム ほか
先行ダウンロード販売中
2022年2月2日(水)デジタルレンタル開始
2022年3月2日(水)4K ULTRA HD、ブルーレイ&DVD発売・レンタル開始
【初回仕様】 DUNE/デューン 砂の惑星 〈4K ULTRA HD&ブルーレイセット〉(2枚組/キャラクターカード全9種セット付)7,990円(税込)
DUNE/デューン 砂の惑星 ブルーレイ&DVDセット (2枚組)4,980円(税込)
発売・販売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
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