Column

2021.07.12 12:00

【単独インタビュー】ロバート・エガース監督が『ライトハウス』に影響を与えた音楽・絵画・文学を語る

  • Atsuko Tatsuta

ロバート・パティンソン&ウィレム・デフォー主演の『ライトハウス』は、19世紀アメリカの孤島を舞台に、二人の灯台守が繰り広げるサイコホラーです。

1890年代、ニューイングランド。灯台守として絶海の孤島へと赴任することになったベテランのトーマス・ウェイク(ウィリレム・デフォー)と未経験者の若手イーフレイム・ウィンズロー(ロバート・パティンソン)。ソリが合わない二人は険悪な雰囲気の中で職務をこなすが、4週間の任務が終わろうとする時に激しい嵐に見舞われ、島に閉じ込められてしまう。恐怖と不安、憎しみが募り、ふたりは極限状態に達するが──。

長編デビュー作『ウィッチ』がサンダンス映画祭で高評価を受けた新鋭ロバート・エガース。長編第2弾となる『ライトハウス』は、多くの話題作を送り出す気鋭の映画会社A24製作の注目作です。2019年のカンヌ国際映画祭「監督週間」でワールドプレミアされるや否や絶賛され、国際批評家連盟賞を受賞。神話や古典文学など重層的にモチーフにしたストーリー、モノクロ映像で撮られた美しい映像が築き上げたエガースならではの緊張感溢れる世界で、ロバート・パティンソン、ウィレム・デフォーというふたりの実力派スターが真っ向から対峙します。

待望の日本公開に際し、ロバート・エガース監督がオンラインインタビューに応じてくれました。

──この作品の脚本は、あなたが弟のマックスと一緒に書いたものですね。エドガー・アラン・ポーによる未完作「The Light-House」から着想を得た聞いていますが、翻案作業はどのように進めていったのでしょうか?
(前作の)『ウィッチ』は、資金集めに4年間かかったりとかなり停滞して、落ち込んだ時期がありました。僕はプロダクションデザインの仕事もしているので、オフィスのペンキ塗りのバイトをしたりしていました。その時期に弟のマックスから、灯台を舞台にしたゴーストストーリーを思いついたという話を聞いて、とても嫉妬しました。マックスが作ろうとしていたのは、現代もので、犬を連れた男がメイン州の灯台の修復をしているとそこに幽霊が出る、というものでした。それから数ヶ月後にマックスと話したら、そのプロジェクトは上手くいっていないということだったので、「じゃあそのアイディアを僕にくれないか」と言い、一緒に作業を始めることになりました。

それからいろいろリサーチしていく中で、19世紀ウェールズで起こったスモールズ・ライトハウスの悲劇を知りました。二人のトーマスという灯台守がいて、若い方の灯台守が、ひょんなことから年配の灯台守りを殺してしまうというものです。男たちは同じ名前でもあり、アイデンティティについての面白いストーリーになると思いました。実は、二人がひとつの灯台に閉じ込められる設定なので、当初は『ウィッチ』よりも安く作れると思っていました。でも、よくよく考えたら登場人物は少なくても、灯台を作るのにはお金がかかると気が付き、『ウィッチ』を先に作りました。『ウィッチ』の後も比較的大きい作品を進めようとしていましたが、自分ですべてコントロールできず、上手くいっていませんでした。それで弟に電話して、このプロジェクトを始め、リサーチに没頭しました。僕は作品をつくるときは徹底したリサーチを重視する派ですね。資料などを読み込んで、脚本を書き進めていましたが、ただ、他の企画も動いていたので、二人でのディスカッションをベースにまず弟が脚本を書いて、それを僕が確認する、といった感じで脚本を作っていきました。

──古典ホラーのダイナミズムを感じる作品ですね。どういう作品から影響を受けたのですか?
多重的な構造の作品にしようと思いました。さまざまな作品からの引用があります。上手くいっているものもあるし、上手くいっていないものもあるとは思いますが。とにかく、この作品はとても悲惨な話になることは確かでした。『ウィッチ』も悲惨な話ですが、今回はユーモアをもって描きたいと思いました。ドストエフスキーだって、ユーモアを取り入れて(小説を)書いていますからね、僕だって(ユーモアを入れて)良いんじゃないか、と。人物同士の力関係については、サム・シェパードやハロルド・ピンターを思い描いて書きました。二人の会話は、ピンター的なものからインスパイアされています。映画のジャンルでいえば、“奇妙なホラー”というジャンルになるかもしれません。(ハワード・フィリップス・)ラブクラフトやアーサー・マッケン、M・R・ジェイムズなどの怪奇小説や、映画的ということでいばスティーヴン・キングの『シャイニング』からのあからさまな引用もあります。ベルイマン映画からのインスピレーションも受けているけれど、ベルイマンだったらが絶対に使わないようなワイドレンズを僕は使っています。

ロバート・パティンソンが演じたキャラクターが混乱するように、観客が(映画を観ているうちに)混乱するような構造にしたいと思ったのですが、混乱しながらも、観客が道筋をちゃんと把握できるように、ガードレール的なものとしてわかりやすいホラー的な枠組みを使いました。スタイルを搾取していくような作品ともいえるかもしれません。デフォーが演じたキャラクターは、カートゥーンのようなパロディ的なところもありますが、メタ的でもあります。

──デフォーのキャラクターは、メルヴィルの「白鯨」からの影響も感じられますね。
デフォーが演じたトーマスというキャラクターに関しては、その通りです。(ハーマン・)メルヴィルからは間違いなく影響は受けています。他にもニューイングランドの民話(フォークロア)や古典的な物語、神話、象徴主義などからも影響を受けていると言えますね。

──35ミリモノクロで撮っていますが、クラシックな映像スタイルともいえますね。
僕は同じ映画を何度も何度も観るます。新しい作品を観るとがっかりすることの方が多くて。クラシックな良い映画からは、100回観たら100回新しいことを学ぶことができます。タルコフスキーやベルイマン、ブレッソン、カール・ドライヤーなどですね。キューブリックの『シャイニング』は観すぎたので、もう楽しめなくなってしまい、ここ数年は観ていません。そろそろまた観ても良いかなとは思っていますがね。なので、それらの作品からは映像的な影響は少なからず受けていますね。

とは言うものの、ドライヤーはともかく、タルコフスキーやブレッソンは絶対にこの作品が嫌いだと思います。彼らが映画に求めていたものとあまりに違いますから。でも僕は、彼らの作品から技術的に学ぼうとはいつも考えています。パラジャーノフとはフィルムメイキングのスタイルが全然違うので、関係があるようには一見思えないかもしれませんが、彼は僕と同じように民話に対する熱い情熱を持っている監督だと思います。『火の馬』は、ボタンやリボンひとつにも監督が興奮しているのがわかります。そういう民話的なところにワクワクしているのを感じます。どこか(自分と)同じ情熱を感じますね。今回の製作中は、ジョン・エプスタイン、タル・ベーラ、ベルイマン、ときどきキューブリックも頭をよぎりました。でも、いっときも風が止まないような場所で撮影していれば、自然とタル・ベーラ的なものを感んじてしまいますよね。

──リサーチはどのようなことをされたのですか?
まず、絵画でいえばベルギーの象徴主義の画家たちですね。今回のキャラクターたちは、画家について造詣が深いような人たちではありませんが、(ベルギーの象徴主義の画家たちと)同じ時代に生きていた人です。ユングのような表現になってしまいますが、ひとつの時代の集約的意識の一部であるという意味で、参考しました。具体的には、ジャン・デルヴィルとサシャ・シュナイダーが大きく、特にシュナイダーの「Hypnosis」(1904年)という作品は直接引用しています。盗んだと言っても良いくらいですね。

音楽は、シーシャンティと呼ばれる船乗りの歌にインスパイアされました。特にこの二人の男がどんな人間であるのかということも含めて、参考になしました。この映画の音楽自体は、20世紀の現代的な音楽から影響を受けていますが、シーシャンティは撮影中ホテルにいる時もずっと聞いていたほどです。

──『吸血鬼ノスフェラトゥ』のリメイクにずっと取り組んでいるというのは本当ですか?
子どもの頃、学校の図書館でヴァンパイアに関する本を借りたのですが、そこに(『吸血鬼ノスフェラトゥ』主演の)マックス・シュレックの写真が入っていて、それまで見たこともないほどクールだとひと目で魅了されました。その頃は、『ウィッチ』の舞台になっても良いほどの人里離れた場所に住んでいたので、『吸血鬼ノスフェラトゥ』を観たいと思っても、簡単には手に入りませんでした。アマゾンなどない時代でしたからね。遠くのビデオ店から、2ヶ月後にやっと届きました。チャップリンの作品などは観てハマっていたので、サイレント作品を観ることに抵抗はありませんでしたが、『吸血鬼ノスフェラトゥ』を観た時は、そのムードに完全にやられてしまい、何度も何度も繰り返し観ましたね。高校の時に、学校の演劇祭でサイレントのモノクロ映画(『吸血鬼ノスフェラトゥ』)をモチーフにした作品を演出しました。それを観た地元の劇団の人が、17歳の僕に『吸血鬼ノスフェラトゥ』を彼らのプロの舞台で演出してみないかと声をかけてくれました。それ以前から監督になりたいと考えたこともありましたが、それが人生を変えた瞬間でした。『吸血鬼ノスフェラトゥ』は色々な意味で僕と深く関わり合いのある作品です。

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『ライトハウス』(原題:The Lighthouse)

1890年代、ニューイングランドの孤島に二人の灯台守がやって来る。彼らにはこれから四週間に渡って、灯台と島の管理を行う仕事が任されていた。だが、年かさのベテラン、トーマス・ウェイク(ウィレム・デフォー)と未経験の若者イーフレイム・ウィンズロー(ロバート・パティンソン)は、そりが合わずに初日から衝突を繰り返す。険悪な雰囲気の中、やってきた嵐のせいで二人は島に閉じ込められてしまう……。

監督/ロバート・エガース
脚本/ロバート・エガース、マックス・エガース 
撮影/ジュリアン・ブラシュケ
製作/A24
出演/ウィレム・デフォー、ロバート・パティンソン
2019年/アメリカ/英語/スタンダード/モノクロ/109分/5.1ch/日本語字幕:松浦美奈

日本公開/2021年7月9日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー!
配給/トランスフォーマー
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