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2021.06.08 22:00

【単独インタビュー】「るろうに剣心」アクション監督・谷垣健治が語る10年の進化と”るろ剣らしさ”

  • Atsuko Tatsuta

2021年、日本映画界の歴史を変えた大ヒットシリーズが、2部作『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』により、ついにフィナーレを迎えます。

6月4日(金)に公開された『るろうに剣心 最終章 The Beginning』は週末興行収入ランキング初登場1位、さらに『The Final』が第2位を獲得し、史上初となる2部作ワンツーランクインでランキングを独占する快挙を達成。「るろうに剣心」シリーズ累計動員1,200万人突破し、いま日本中に“るろ剣”現象が巻き起こっています。

『るろうに剣心 最終章 The Final』の舞台は、1879年。神谷活心流師範代の薫(武井咲)らとともに平穏に暮らしていた剣心でしたが、ある日突然、何者かによって東京が襲撃され、その目的が自分への復讐であることに気づきます。かくして、剣心は愛する人々を守るために、過去の因縁を巡り黒幕である雪代縁(新田真剣佑)と対峙します──。

時を遡って、『るろうに剣心 最終章 The Beginning』の舞台は幕末。“人斬り抜刀斎”と恐れられた剣心が、なぜ「不殺の誓い」を立てたのか、なぜ妻である巴に刃を向けたのか。剣心の頬にある十字傷の真実に迫ります。

日本のアクション・エンターテイメントの歴史を塗り替えた「るろ剣」シリーズの、衝撃的なスピードで繰り広げられる圧倒的なアクションを演出したのは、アクション監督・谷垣健治。90年代に単身香港へ渡り、スタントマン、スタントコーディネーターを経てアクション監督としてキャリアを積み、現在では香港、中国、日本を中心に世界的に活躍。「谷垣のアクション部なくして、『るろうに剣心』は語れない」とまでいわれるほどの、本シリーズ成功の立役者のひとりです。

シリーズ史上、最も感動的なドラマとなった最終章の公開に際し、谷垣アクション監督がインタビューに応じてくれました。

手前左:谷垣健治(アクション監督)

──前作から5年、シリーズの最期を飾る2部作を制作するという話は、いつ頃お聞きになったのですか?
3作目の『るろうに剣心 伝説の最期編』(14年)の時も、「さらば、剣心」っていうキャッチコピーだったような気はしますけどね(笑)。でも実は、前の作品のビジュアルコメンタリーを収録した頃からそういう話が出ていました。剣心の十字傷についての話が描かれていないから、それを描かなければならない、と。なので、いつかはやるんだろうなと漠然と思っていました。そしてそろそろやりそうだと、2017年の夏、秋くらいからなんとなく聞いていました。風の便りに(笑)。

──『The Final』は前作の延長となる1879年を舞台に、剣心と彼に恨みをもつ縁の宿命の対決を描く一方、『The Beginning』では、1864年という幕末の動乱期を舞台に、剣心がなぜ“不殺の誓い”を立てたのか、その原点が描かれます。2部作といっても、時代もまったく違いますが、アクションのプランはどのように立てたのでしょう?
『The Final』は第4作目です。今見直すと、シリーズの第1作目、2作目、3作目でも剣心の闘い方は少しづつ変わっているのですが、逆刃刀(さかばとう)という斬れない刀を使ったアクションという意味では、基本は出来ていました。ですから、それを拡大発展させていけばいい。

一方、『The Beginning』では日本刀、つまり真剣で戦います。切れる刀と切れない刀では、まったく闘い方が違います。逆刃刀だとヒッティングが基本になりますが、日本刀だとスライスのような斬り方になります。「打撃」と「斬撃」の差ですね。前3作で逆刃刀でのアクションが確立されていたので、そこと違うベクトルのものを目指せばいい。日本刀でのアクションは作っていても楽しかったですね。

それと、普段から従来の時代劇に対して“なんでこうなるの?”と僕が疑問に思うことをやらなければいいんだ、と。例えば、お腹を斬るとすると、表面を斬ったところで肝心な部分までは届かない。肋骨に食い込むように斬り込まないと、死なないんじゃないかと思うんですよ。それに殺したいのなら、わざわざ服で覆われているところを斬らないで、首筋や手首・足首など肌の露出しているところを狙えばいい。そこを強調したら面白くなるはず。それから、日本刀で斬ったら血は吹き出るし、体も欠損するし、即死します。その当たり前のことをちゃんと描くことが観客にとっても、より恐怖や痛みを感じることにつながるんじゃないかと。別にスプラッター表現をやりたいわけではないですが、そういうことをきちんと突き詰めようと思いました。

──リアリティにこだわったということですね?
ある意味そうですね。「るろ剣」は、漫画原作のアクションエンターテインメントなので、今までの「るろ剣」なら、剣心や左之助が暴れるところに観客が”オレも、入りてえ!”ってなることが大事でした。でも『The Beginning』に関しては、“ちょっと、この場所にはいたくないな”というヤバい感じになればいいと思いました。社会が混乱した、厳しい時代の話ですから。僕だったら、池田屋の乱闘とかに絶対に巻き込まれたくないですよ(笑)。そういう不穏な空気を出したかった。これまで剣心が逆刃刀を取り出して”カッコいい”と思われていたものを、日本刀を抜いたときに“コワっ”て思って欲しい。それが『The Final』と『The Beginning』の違いになれば良いと思っていました。

──1作目の時、「アクション界の巨人軍」を作るとおっしゃっていたそうで、結果、日本でこんなにエキサイティングなアクションシーンができるんだと、映画ファンも感激しました。谷垣さんが率いるアクション部が、この10年で進化したところは?
言いましたっけ(笑)? でもこの10年で僕も含めてそれぞれが成長していると思いますよ。1〜3作目までのスタントコーディネーターだった大内貴仁くんなんかは、その後アクション監督として『HiGH&LOW』シリーズや『亜人』などを手がけていますし、僕が監督をした『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』でもアクション監督をしてもらっています。「るろ剣アクション部」としては、当時スタントマンとして現場に来てもらっていた川本耕史くんが今回はスタントコーディネーターです。従来のメンバーはベテランとなり、それに加えて若い世代もどんどん入ってきています。1作目の時に学生だったり、スタントマンになりたてだった人たちなんかが今回は中心になって動いてたりする、そういういろんなことが何層もの分厚いパワーになっているんだと思います。

具体的なアクションについてはこれまでと同じように、どうやったら観客が楽しめるのかを意識して作っていきました。役者とのコラボレーションにおいては、佐藤健さん、江口洋介さん、青木崇高さん、武井咲さんとかは第1作から一緒にやってきているので、ベースがあるのが強い。そこからどう新しいことをやるかを考えました。それが積み重ね、ということ。技も少しだけアップグレードする。例えば1作目の時に初めて「ドリフト走り」という、体を斜めに倒しながら大勢の敵を倒していくという技をやりましたが、3作目の蒼紫戦で「ダブルドリフト」、今回の『The Final』では「ドリフトしてから三角跳び」して屋根に登る、という感じで変化させてますね。既視感のあるものにちょっとだけプラスしてあげるとお客さんとしては、「おっ、そうきたか!」と思ってくれるんじゃないかと。

『The Final』メイキング写真

──剣心は“不殺の誓い”を立てているため常に受け身ですが、『The Final』での縁との最後の闘いの見せ場はどのように組み立てたのですか?
映像アクション的な作劇で言うと、ヒーローは敵役を“活かして殺す”ことが大事。敵役の良いところをたくさん出させて、最後にヒーローが倒す。つまり、ヒーローには「敵の攻撃を受けて見せる」ことが必要なんです。敵の技の凄さを引き出すために攻撃を受け、そしてその技を破って逆転するモーメントがあります。そこから主人公が一発逆転する。佐藤健さんはその「受け」においての表現がとても上手い。たぶんご本人も受けの芝居が好きなんでしょうね。

第1作目の時に彼が一番好きなアクションだと言っていのが、(剣心の十八番の技である)龍槌閃(りゅうついせん)でもドリフトでもなく、神谷道場でみんながかかってくるときに相手をスススっと連続で避けていく動きだったんですね。龍槌閃のような技はワイヤーを使ったりもするし、アングルも定番のものがあるので、こちらのコントロールによって形が作りやすいんです。でも、その「避け」の感じ、というのは誰にでも出来ることではなく、俳優の演技力によるところが大きい。ギリギリで見切って避けるのか、必死に避けるのか。こういうディテールが上手くいかないと、僕らアクションの演出チームとしてはやりようがなくなってしまう。

彼がこの「避け」のアクションを面白がってくれたのが良かったし、それによって剣心の強さが撮れました。S字の大鎌を使っている乙和との闘いでの剣心の「避け」と、縁と闘っている時の剣心の「避け」は、全く違いますので、そこも注目していただければと思います。演出的には縁の強さをまず見せて活かしてから、剣心の逆転があります。闘いの後半、剣心は縁の攻撃を受けながらもそのやられた勢いを利用して縁にやり返す。縁に蹴りをくらってバンっと叩きつけられも、その叩きつけられた勢いで起き上がる。その後、逆上した縁が回転して剣心を持ち上げるんですが、その持ち上げられたところを利用して剣心が足を叩き潰す。九頭龍閃(くずりゅうせん)からの天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)。なぜ足を叩きつけたというと、縁は大陸(中国)帰りで武術を習得しているせいもあって、蹴りが多い。縁が今までの敵と違うところは、蹴りとかトリッキーな剣の使い方。剣心はその動きを封じるために、縁の足を攻撃したんですね。

──「るろ剣」の場合、アクションがストーリーとより関連してくると思いますが、脚本の段階から、アクションプランを提案したりするのですか?
僕から提案することはないですね。原作があり、それを基にしっかりと脚本化されているので、そこから汲み取ります。アイディアということで言えば、ロケハンのときの雑談から生まれることもあります。そういったふわっとしたイメージを元に、アクションチームと一緒にアクションを組み立てて、具体的なものを提示するという流れです。

──美術部とはどのように打ち合わせをするのですか?例えば『The Final』では、縁がいる隠れ家には、いろんな装飾品が飾られていますが、予めセットにあるものを利用するのですか?アクションチームから依頼して、アクションが映えるような大道具を用意してもらったりするのですか?
両方のパターンがありますね。高さや広さなどのスペースは、ロケハンあるいはセットを見ればわかるので、だいたいの距離感は掴めますが、その中にどんな装飾物が置かれるのか、直前になってわかることもあります。剣心と縁との闘いで言えば、装飾部さんが灯籠のようなものを飾るというセットプランを聞きつけたので、「灯籠を縁が斬って、蹴って剣心に叩きつける」ということがやりたい、という案を出したら、じゃあ壊せる灯籠も用意しときますね、となるとか。乾(天門)が前川道場で暴れている時に飲んだ器を投げるのですが、「当たっても痛くはない作りにしてるけど、割れる用には作ってない。大丈夫?」と言われたので、割れないのならば頭をぶつけようと思ったんですね。頭をぶつけて割れないって、割れるよりむっちゃ痛そうじゃないですか。

──ハリウッドの大柄な俳優が演じるアクション、アクロバティックな動きのできる香港の俳優のアクション、しなやかな動きのできる日本人俳優が演じるアクションは、それぞれ違うように感じます。アクション監督としては、アクションの作り方、演出の違いはありますか?
基本的に日本だから香港だから、アメリカだからというよりは、題材によりますね。今回のようなアクションなのは、”「るろ剣」だから”。「るろ剣」のアクションは速いと言われますが、それは剣心が飛天御剣流の技を使うことが理由です。飛天御剣流は、読み切りの漫画では「飛天三剣流」とも書かれていて、あまりの速さで敵をやっつけるので同時に3つの剣を使っているように見えたということに由来しています。無茶苦茶速いのが特徴、というわけです。実際に俳優に速く刀を振ってもらうことは大前提として、それ以外にはシャッターアングルを調整したりはしました。通常は、カメラのシャッターアングルは180度ですが、90度にしてみたりね。黒が締まって動きがシャープに見える効果があります。『プライベート・ライアン』なんかはシャッターアングルを30度くらいにしているんですね。第1作のカメラテストのときにシャッターアングルを90度にしてみたらすごく良くて。そんな風に刀の見え方を工夫したりしました。でもそれは「るろ剣」だからで、日本映画でも違う作品だったら、違うアプローチをとるかもしれません。

ただ、闘うスタイルは変わるかもしれないけれど、アングルだとか編集上の“調子”──僕は編集もしますから──、僕がアクション監督をやる場合はそのアクションに独特の調子があるとは思います。黒澤明監督は、映画には作り手独自の調子が必要と言っていますし、ジョニー・トーも、「役者に自由に演じてもらったとしても、最後に監督は自分の“調子”で整えることが大事。自分の好きなトーンにすることだ」と言っていました。編集していると、結局は自分の好きな調子に整えていっていると感じます。その辺りのことも大友監督とは色々共有しているので、監督の思いとそんなにズレてはいないはずです。

──「るろ剣」のトーン、「るろ剣」らしさとはどんなものでしょうか?
剣心が持っている速さと力強さ、動きのクリーンさですかね。特に第1作から『The Final』までは、言ってみれば剣心が(暗殺者としての)現役を引退してからの話。若さで突っ走るというよりは、達人的な身のこなしが出来ると良いと思っていました。これが学園モノで剣道部の話ならば、多少荒削りでも構いませんが、今回は武士の時代を生き抜いてきた人だから。何千回、何万回と剣を振って、手の延長のように刀を扱う人の話だから。動きをいかに染み込ませるか。

──具体的にどう動きを染み込ませるか、佐藤健さんと話したりしたのですか?
話していませんが、そういう「らしさ」が身体に染み込んでないといけないと、役者さんはみんな思っています。ポーズは誰でも出来ますから。アクション映画を観ていると、「3分前にこのポーズ習ったでしょ」という俳優も見かけます。パンチって誰でもできるけど、何もわからずに打ち込んでいるパンチと、何千回も打ち込んでいるパンチは違います。シンプルなアクションこそ差が出てしまいます。そういう話を福山(雅治)さんとしたことがありますね。アクロバット的にクルクルっと回ることにはそんなに個性は出ないけれど、刀を打ち込むこととかには間違いなく個性が出る、と。

──かつてはアクション映画では、専門の“アクション俳優”が演じていました。今は佐藤健さんのように、もともとアクションが専門でない俳優も活躍していますが、上手くアクションを演じる秘訣をアクション監督が教えたりするのですか?
ちゃんとした役者は、アクションも上手くやりますよ。攻める芝居も受ける芝居も出来るから。セリフが自然に口から出てくるのと同じレベルで、手足が動けば良い。そういう身体性がある人は、アクションも上手。むしろ“アクション俳優”の方が、アクションに慣れてしまっている分、それが仇になって動きが流れてしまうことがありますね。

アクションの場合、上手い下手の問題というより、その役者が出来るギリギリのことをやっていくというのが大事だと思います。オリンピックのようなもので、そこに観客がハラハラできると思うんですよね。そういう意味では、大友(啓史)監督がよく使う長回しの撮影も良いですね。香港映画とかだとカット割りしていくのですが、1手から30手まであったら、1〜4までをまずは完璧にやり、次は5〜10までを撮ったり。そうすると、型としては完璧に出来るけれど、ちょっとメカニカルに見えてしまいます。「るろ剣」だと、1手から30手まで出来るかどうかわからないけど、とりあえず一気にやってみようとなって、みんなで必死にやります。役者だけでなく、カメラマンも必死に追いかける。その追い詰められたギリギリのところでやっているというのが、上手く観客に伝わっているのかなと思います。

──第1作目からこの最終章まで約10年。佐藤健さんはひとりの人間としても成熟していますが、人間の成長はアクションに作用しますか?
人によって違うとは思いますが、彼の10年はすごいと思いますよ。主役として生きてきた10年と、サイドキャストとして生きる10年は違うと思うんです。特に彼の場合は、殺陣だけじゃなく料理も習ったり、落語をやったり、ギターも弾く。映画の度にいろんな人間を演じ、いろんなことを学び、しかも身体に染み込ませて、”30年これやっています”というような顔をしてこなす。人として厚みが出てきますよね。

──谷垣さんはジャッキー・チェンに憧れてアクションの世界に入ったそうですね。ドニー・イェンさんとも親しく、彼は『ローグ・ワン』に出演するなど、この10年で大変メジャーになりました。アジアのアクションが、ハリウッドを始めグローバルで人気を集める理由は何だと思いますか?
ドニーも「イップ・マン(葉問)」シリーズで10年近く演じてきました。ちょうどそれも終わるわけですが、「イップ・マン」にしても「るろ剣」にしても、扱う題材はドメスティックですよね。「るろ剣」は日本特有の話。「イップ・マン」は、詠春拳(えいしゅんけん)というちょっと前までは、ブルース・リーがやっていたということで知る人ぞ知るくらいの中国の南方で派生した武術を通じて、その時代の中国人像を表現した。そういうドメスティックなものの方が、外国人には興味を持たれると思いますね。

「るろ剣」がアジアで流行る前に中国人が好きだったのが、『クローズZERO』。日本の高校生のヤンキーアクションは中国にないので、その独自性が面白かったのだと思います。シラットというインドネシアの武術を使った『ザ・レイド』はハリウッドでリメイクされますし、トニー・ジャーの『マッハ!』というムエタイを扱った映画とか、結局はそういうドメスティックなものの方が世界には出ていきやすいと思いますね。

僕は、縁の中国武術とか、以前だと田中泯さんが演じた翁のトンファーとか、外国由来のもの(トンファーは沖縄のものですが、中国武術にも似た武器があるので)を取り入れるときには、カンフーっぽく見えたり武術っぽく見えたりしないよう気をつけました。中国人やアジア人の反応を見ていると、彼等がるろ剣を面白いと思うのは、日本刀といった日本オリジナルな要素を使っているからだと思うんです。これがちょっとでも中国武術要素を入れようものなら、「それならオレたちの方がうまい」ってなってしまうと思うんですよね(笑)。

──2000年の『グリーン・デスティニー』は、台湾出身のアン・リーがキン・フー(胡金銓)を研究し、アクション監督にユエン・ウーピンを迎えて撮った中国が舞台の武侠映画で、字幕映画にも関わらずアメリカで大ヒットしました。2002年にはチャン・イーモウが『HERO』を撮りました。『グリーン・デスティニー』と『HERO』のアクションは異質だと思いますが、欧米の人には同じように捉えられたようです。当時、ユエン・ウーピンがアクション監督した『マトリックス』もあり、アジア系のマーシャル・アーツアクションは一世を風靡しました。今、ハリウッドにおいて東洋アクションはどのように捉えらえていると思いますか。
『グリーン・ディスティニー』と『HERO』の差は、ハリウッドの人たちにはわからないでしょうね(笑)。ちなみに、もっと前からいうと、ブルース・リーがアメリカで流行って、その後ジャッキー・チェンもアメリカで成功しかけたけど、あまり上手くいかなかった。なぜ彼が上手くいかなかったかというと、手数が多かったから。手数が多いと弱く見える。アクションで肝心なのはラストパンチやラストキックだと当時は言われたんです。ジャッキーは、だったら香港で自分の撮りたいものを撮るよ、と戻った。そのうちにビデオマーケットが普及して、(クエンティン・)タランティーノみたいな人が(チェンの作品を)ビデオで観るようになって、ジャッキーのスタイルにみんな慣れていった。それから、日本の戦隊モノを原作とした『パワーレンジャー』もアメリカで大ヒットした。そういう流れの中で、ジャッキー・チェンが変わったんではなくて、アメリカ人の好みが変わったんですね。それらを上手くアメリカ映画の中に取り入れたのが、1999年の『マトリックス』だったんです。『マトリックス』がすごかったのは、キアヌ・リーブスやローレンス・フィッシュバーンといった、いわゆるアクション俳優ではない人たちにアクションをやらせたことです。それによって、アクション映画における俳優の裾野が広がったと感じています。

ほとんど同じタイミングで『グリーン・デスティニー』が作られたけれど、コロンビア映画の戦略も上手くてアカデミー賞にもかかった。おかげで、カンフーとかワイヤーアクションとかの認知度が高まったけれど、そこで終わらないのが、ハリウッドの人たちのすごいところ。『マトリックス』や『チャーリーズ・エンジェル』などの作品もあり、いろんなアクション監督やスタントマンがワイヤーマスターとして香港からハリウッドに呼ばれたけど、今、その人たちはほとんどいません。ハリウッドとしては、ノウハウを取り入れたから、もう用は無いんですね。そこで学んだものを発展させていって、今はマーベルやDCなどのヒーローものなんかで良い感じで使われているわけです。学んだ技術を活かせる場所があることが、発展に繋がっているんです。

かつては、アメリカのスタントマンやスタントウーマンは、単独でやる技はすごくても、相手と戦う立ち回りは全然ダメだと言われていました。でもアクション映画がたくさん作られて試す機会も多くなると、上手くなります。今マーベルとかやっている人たちは、すごいヤツばっかりですよ。僕がやった『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』でも彼らは日本刀のアクションを貪欲に練習して、すぐに上手くなった。それを思うと、日本では技術を試したり新しいことにチャレンジできるようなアクション作品がまだまだ少ないですね。だけど、ハリウッドにおける『マトリックス』のように、日本映画界においてアクション映画の躍進に多少なりとも貢献したのが「るろ剣」だったという自負はあります。それは、やっぱりアクション俳優じゃないメジャー俳優たちが死にものぐるいで演っているから、観客に響いているんだと確信しています。

──谷垣さんのアクション監督としての個性とは?
題材によって違うとは思いますが、僕の流れは、ユアン・ウーピンからドニー・イェンなんです。『HERO』とかのチン・シウトン(程小東)とは違いますね。立ち回りが早くてヒュンヒュンと飛ぶようなアクションではないです。

どちらかと言えば物理感を大事にしたいと言うか。正直、ビューンと飛ぶようなワイヤーアクションはあまり好きじゃないんです。人間にある力をちょっと足してあげるとか、そういうワイヤーの使い方はしますけど、リアリスティックと誇張の間くらいの橋を渡っているという感じかもしれないですね。エンタメなので本当の意味ではリアルじゃないけれど、あるところではリアルを求めるというか。

──師匠であるドニー・イェンから学んだこととは?
うーん、役者やスタッフのポテンシャルをグッと押し上げる力というかね、現場で言ってることだけ聞いてるとムチャクチャなんだけど、出来上がったもので納得させるというか。粘り勝ちですよね。それと、過去の経験則で仕事をしないというところかな。普通はこうやるでしょ、ということが分かっていながら、それとは違う方法を常に模索している点ですね。

──自分で監督する場合とアクション監督として参加するときの違いは?
監督の経験は少ないですが、自分で監督もやるならより客観性がないといけないと思いますね。

──アクション監督として参加するより、やりたいことが出来るわけではない?
ないですね。監督は現場以外のことでやることも多く、大変ですから。

──次は海外作品と聞いていますが、どんなプロジェクトですか?話せる範囲で教えていただけますか?
中国の作品です。まず上海に入って、その後北京に移動する予定です。そろそろ知らないところにまた飛び込んで、酷い目に遭いたいと思って(笑)。

──中国映画界の勢いは驚くべきものがありますね。
みんな若くて、チャンスがありますからね。彼らはバリバリ働いて、たくさん儲ける(笑)。健全だと思います。

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谷垣健治(たにがき・けんじ)
1970年生まれ、奈良県出身。単身香港へ渡り、香港スタントマン協会のメンバーとなる。スタントマン、アクション監督として活躍し、2018年、台湾の金馬奨で『邪不圧正』(監督:チアン・ウェン )が最優秀アクション監督賞を受賞。2019年、DGA(全米監督協会)のメンバーになる。主な作品は「るろうに剣心」シリーズ(12年、14年、21年)、『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(21年)、監督を務めた『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』(21年)など。

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『るろうに剣心 最終章 The Beginning』

動乱の幕末。緋村剣心は、倒幕派・長州藩のリーダー桂小五郎のもと暗殺者として暗躍。血も涙もない最強の人斬り・緋村抜刀斎(ひむらばっとうさい)と恐れられていた。ある夜、緋村は助けた若い女・雪代巴(ゆきしろともえ)に人斬りの現場を見られ、口封じのため側に置くことに。その後、幕府の追手から逃れるため巴とともに農村へと身を隠すが、次第に、人を斬ることの正義に迷い、本当の幸せを見出していく。しかし、ある日突然、巴は姿を消してしまう。彼女には、剣心に近づく別の目的があったのだ。後を追う剣心だったが、そこにはある陰謀と、数々の罠が仕掛けられていた──。<十字傷>に秘められた真実が、今、明らかになる。

キャスト/佐藤 健、有村架純、高橋一生、村上虹郎、安藤政信、北村一輝、江口洋介
原作/和月伸宏「るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-」(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督・脚本/大友啓史
音楽/佐藤直紀
主題歌/ONE OK ROCK “Broken Heart of Gold”

日本公開/2021年6月4日(金)全国ロードショー
配給/ワーナー・ブラザース映画
©和月伸宏/集英社 ©2020 映画「るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning」製作委員会