Column

2021.04.09 11:00

【インタビュー】シアーシャ・ローナンが『アンモナイトの目覚め』で“時代の犠牲者”を演じた理由

  • Atsuko Tatsuta

『ゴッズ・オウン・カントリー』(17年)で鮮烈なデビューを果たした英国の秀英フランシス・リーの待望の最新作『アンモナイトの目覚め』は、深い孤独を持つ二人が、自らの本当の輝きを“発掘”していく姿を描いた女たちの目覚めの物語です。

1840年代、イギリス南西部の海辺の町ライム・レジス。母親と暮らすメアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)は、独学の古生物学者としてその業界では知られる存在ながらも、観光客用の土産物店で化石を売って生計を立てていました。ある日、ロンドンから化石収集家のロデリック・マーチソン(ジェームズ・マッカードル)が妻のシャーロット(シアーシャ・ローナン)を伴ってやって来ます。町を去る時、マーチソンから、流産のショックから立ち直れないシャーロットを数週間預かって欲しいと頼まれ、渋々引き受けるメアリー。別世界に住む二人は反発し合いますが、高熱を出したシャーロットをメアリーが看病したことがきっかけで、ふたりの間に親密な感情が芽生えます──。

実在の古生物学者メアリー・アニングにスポットライトを当てたオリジナル脚本を元に本作を映画化したフランシス・リー監督が主演を熱望したのは、アカデミー賞の常連である二人の演技派です。化石発掘という愛する仕事に人生を捧げるメアリー・アニング役にはケイト・ウィンスレット。また、運命の巡り合わせでメアリーと出会う、心に傷を追う化石収集家の妻シャーロット・マーチソン役には、26歳の若さで4度のアカデミー賞候補となった若手実力派のシアーシャ・ローナン。

シャーロットはリー監督が作り上げたキャラクターですが、プロデューサーのフォーラ・クローニン・オライリーは、「物語が進むにつれシャーロットは、男性が支配する世界で自分の声を見つけるだけではなく、自分の嘆きを表現する方法を見つけていく。この役にはとても繊細にアプローチできる俳優が必要だった」と、シアーシャの起用について語っています。

その架空の人物に見事に命を吹き込み、物語に真実味を与えたシアーシャ・ローナンに、日本公開に際してインタビューしました。

──本作への出演は何が決め手となったのですか?
ちょっと身勝手というか個人的な理由です。この作品の前に『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を撮影していたこともあり、大勢の人が関わる大きな映画とはまた違う作品をやりたいと、ちょうど考えていた時でした。そんなタイミングでこの映画の話をもらい、ぜひやってみたいと引き受けました。『アンモナイトの目覚め』の時代設定は『ストーリー・オブ・マイライフ』と同じ時代ですが、(『ストーリー・オブ・マイライフ』で演じた)ジョーは自分の好きなことをやり、言いたいことを言う自由な女性で、シャーロットは真逆の女性。そこが非常にチャレンジングだと思いました。

──役作りについてケイトは、メソッドアクティングで実際の資料を読み込んだり、時代背景を調べて準備したと言っていましたが、あなたはどのようにシャーロットの役を作り上げていったのでしょうか?
私はピアノを練習しました。 映画の中は確かハープシコード(チェンバロ)だったと思いますが。ピアノ曲を覚えるのは楽しかったです。あとは刺繍を習ったけれど、それはつまらなくて(笑)。でも、そう感じることができたのも重要です。シャーロットは時代の犠牲者で、実際にそういうつまらなさを感じていたのだろうから、私は彼女の生き方を身をもって学ぶことができました。それに私自身は、今まであまり女の子っぽい役柄を演じることがなかったから、非常にエキサイティングな体験でした。

──実際にメアリー・アニングが暮らしていたライム・レジスの町で撮影を行ったことは、演じる上で助けになりましたか?
人物が暮らしていた実際の場所で撮影することは、どんな作品においても助けになります。もちろんスタジオ内のセットでもいいのですが、ロケには特別なものがあります。特に実際の町だと、町との特別な関係性が出てきますよね。ライム・レジスの海辺を歩くと化石が落ちているし、崖では石ころが落ち続けています。荒廃していく様子が感じられ、そこから死と生のパラドックスも感じました。この場所にメアリーが生き、働き、この海岸を歩いたということを知るのは、特にケイトにとって役立ったことだと思います。でもメアリーを尊敬する人物を演じた私にとっても、実際の場所で撮影できたことはもちろん素晴らしかったです。

──この映画は時代劇ですが、映画を通して現代の女性の生き方についても考えさせられました。あなたがメアリーの生き方に共感する部分はどこですか?
19世紀は女性にとって生きづらい時代。そんな中で奮闘したメアリーからはインスピレーションをもらいました。とても刺激になります。彼女が発掘した化石は男性の名前で発表されたし、偉大な功績を残したにも関わらず彼女の名前が記された記録はあまり残っていません。メアリーは男性にも時代にも虐げられた人です。でも彼女は仕事をやめることなく続けました。踏みつけられ踏みにじられながらも、愛する仕事をずっと続けていたことは、どの時代の女性にもインスピレーションを与えてくれると思います。そして彼女に最も共感したのは、仕事との関わり方。メアリーは化石発掘を両親から教わりましたが、私も女優の仕事は両親から教えられました。幼い頃から今までずっと続けているし、この仕事以外を知りません。そうした点は、メアリーと私の共通点といえますね。彼女の仕事に対する姿勢に共感できます。

メイキング写真より

──おっしゃるように、この映画は女性の偉大な学者が歴史から葬り去られていることも描いています。メアリー・アニング以外にもこの時代の女性アーティストや科学者などはほとんど名前を残せなかったという事実について、どう思われますか?
この映画の話をもらうまで、私はメアリー・アニングについて知りませんでした。知り合いの古生物学が大好きな10歳の男の子が教えてくれました。メアリーはイギリスでは教科書にも載っていない人物だけれど化石発掘のパイオニアで、彼女が成し遂げた業績は古生物学にとって重要なものなのだと。崖によじ登って化石を掘ったりするのは肉体労働で、男性の仕事と思われがちですが、その時代に女性が実際に崖を登り、掘り出した化石を持ち帰ってデリケートな作業を施し美しいものを見出すというのは、美しいパラドックスになっていると思います。またシャーロットとの関係についても非常にデリケートで、優しさをもってお互いを癒しあう姿が美しいと思います。今では彼女の存在を知らなかったことについて、罪悪感を感じるくらい立派な女性ですよね。またこの映画を観た人には、彼女のこと、あるいは彼女のように重要な仕事をしていながらも歴史に名を残せなかった女性たちについて、興味を持ってもらえたらと思います。インターネットや図書館で調べて、彼女らがしたことを発見してもらえたら嬉しいです。

──この作品におけるメアリーとシャーロットのセックスシーンはとても重要ですが、どのように作っていったのですか?現場にはインティマシー・コーディネーターのような方はいたのでしょうか?
コーディネーターはいませんでした。セックスシーンの動き関して、脚本にほとんど記載はなく、フランシスは私とケイトに任せてくれました。なので自分たちで何をしたいか話し合い、動きをメモしたりして準備しました。これまで異性なり同性なりのセックスシーンを演じた時は、動きもある程度決められていたので、こんなに自由に演じられたのは初めてだったし、すべて自分たちで決めて演じることができて、自信を持てました。今回がケイトとの初共演となりましたが、今までにも映画祭やプレスジャンケット(取材)などで会ったり、一緒に対談したこともりました。そうして少しでも関係があったのはとてもプラスになったと思うし、「ケイトがいる」というのがこの映画を引き受けた理由でもあったので、最初から安心して撮影に挑むことができました。とても居心地の良い撮影現場で、その居心地の良さからクリエイティビティが生まれ、イマジネーションがどんどん広がっていった。本当にケイトと私と監督の3人でコラボレートして作り上げていったシーンと言えると思います。

──「自由に作った」というのは?
女性が相手のベッドシーンは今回が初めてだったのですが、ケイトと話をしながら、動きを決めていきました。自分が好きなことや相手に求め期待すること、またタイミングや気分、相手によってどう変わるかといった話ですね。非常にプライベートな体験でしたが、それこそがこの映画で描いていることですから。フランシスも交えたリハーサルでは、ステップ毎の動きををメモに記録していきました。もはやテクニックの要るダンスのようなもので、その動きを身体が覚えた後に、エモーショナルな肉付けをしました。ですから、本番で即興したわけではありません。こうして作り上げたのは初めてだったので、これまでにはない”自分のもの”だという感覚がしました。

──最近では、ストレートの俳優がゲイの役を演じることに関して批判されることがあります。そのことについてどう思いますか?
これまで、アセクシュアル、バイセクシュアル、ストレート、ゲイと、いろいろな役を演じてきました。その経験や、私の周りにいる”ラベル”にこだわらない友だちを通じて、そうしたことへ理解を深めるのは皆が自由に出来ることだと学びました。だからもっと多くのLGBTQ映画が作られ、誰にとっても個人的な繋がりを感じられるような状態にすることが大事だと思います。それは俳優においても同じで、最終的な要になるのは、個人の性的指向よりも、その役を演じるのに最もふさわしい役者であるかということだと思います。

──ダイバーシティは映画界でも大きな問題で、LGBTQの映画も多く作られるようになってきました。この作品がLGBTQ映画の文脈で語られることについてはどのように感じていますか?
本作は確かにLGBTQの物語ですが、そうした”ラベル”以上に、二人の人間の深い関係を描いた、非常にヒューマニスティックな作品だと思っています。ただ、この映画を観たLGBTQ+コミュニティの人たちが、この映画が作られたことに興奮してくれるのならそれはとても嬉しいし、そうしたムーブメントの一部だと認めてもらえるのはとても光栄なことです。

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『アンモナイトの目覚め』(原題:Ammonite)

時は1840年代、舞台はイギリス南西部の海沿いの町ライム・レジス。主人公は、人間嫌いで、世間とのつながりを絶ち暮らす古生物学者メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)。かつて彼女の発掘した化石は大発見として一世を風靡し、大英博物館に展示されるに至ったが、女性であるメアリーの名はすぐに世の中から忘れ去られ、今は土産物用のアンモナイトを発掘しては細々と生計をたてている。そんな彼女は、ひょんなことから裕福な化石収集家の妻シャーロット(シアーシャ・ローナン)を数週間預かることとなる。美しく可憐、何もかもが正反対のシャーロットに苛立ち、冷たく突き放すメアリー。だが、次第にメアリーは自分とはあまりにかけ離れたシャーロットに惹かれていき──。

監督/フランシス・リー
出演/ケイト・ウィンスレット、シアーシャ・ローナン
R-15

日本公開/2021年4月9日(金)TOHO シネマズ シャンテ他 全国順次ロードショー
配給/ギャガ
© The British Film Institute, The British Broadcasting Corporation & Fossil Films Limited 2019