Review

2020.07.10 12:30

【ネタバレありレビュー】『WAVES/ウェイブス』が示す、ゼロ距離の「リアルタイム」性──映画表現をアップデートした実験作

  • SYO

映画がこの世に誕生して125年。これまで、数多くの傑作がこの表現方式の可能性を拡張してきた。映画史的に「外せない」と言われている名作もあれば、観客個々人の中で「この作品は歴史を変えた」と感じる、思い入れの深いものもあるだろう。

『イントレランス』や『ブレードランナー』、『1917 命をかけた伝令』──撮り方や様式の新しさもあれば、『ムーンライト』のようにテーマや描写で新しさを生み出してきたものもある。映画は「時間の芸術」とも呼ばれ、過去や未来を自由に描けるメディアだが、同時に“いま”をビビッドに映し出しもする。時代のうねりの中で、様々な“いま”の捉え方が、観る者に新鮮な驚きを与えてきた。

そしてここに、限りなく“いま”を盛り込んだ映画が誕生した。その名は、『WAVES/ウェイブス』。前出の『ムーンライト』から『ミッドサマー』に至るまで、観客に“新しさ”を与え続けているスタジオ「A24」の新作だ。

本作は、ある兄妹を中心にした青春ドラマ。レスリング部のエリート選手であるタイラー(ケルヴィン・ハリソン・ジュニア)は、予期せぬ肩の負傷によって選手生命の危機に直面し、さらに恋人の妊娠が発覚。追い詰められていく中で、自我が崩壊していく。その結果、タイラーはある事件を起こし、檻の中へ。彼の所業によって人生を崩壊させられた妹のエミリー(テイラー・ラッセル)は、癒えない傷を抱えたまま、どう生きていくのだろうか……。

今回は、『WAVES/ウェイブス』が提示した“いま”と“新しさ”に注目して、作品の魅力をご紹介していきたい。

鑑賞後の“居心地の悪さ”が、妹の心情とリンク

『WAVES/ウェイブス』において、まず押さえておきたいのは、この作品が31の楽曲によって構成されたものであるということ。すべての楽曲が劇中シーンと連動しており、状況の説明や登場人物の心情を代弁する役割を果たしている。

非常に興味深いのは、脚本の段階で楽曲への言及があったということ。まず、この作品の脚本はオンラインで読むものになっていて、各楽曲を聴きながら読めるようにリンクが貼られており、さらにセリフごとにフォントサイズや文字色が違っていて、各ページのデザインも異なるという凝りに凝ったものになっている。

もちろん脚本というのは一般人にとってはなかなか目に触れるものではないし、そのデザインなどは映画を観る分には関係ない・わからないものでもあるのだが、このアプローチからも、本作がオーソドックスな映画とは一線を画した作り方をされていることがわかるだろう。実際に劇中では全編にわたって楽曲が鳴り続けており、そういう意味でもかなり新しい。

また、前述のあらすじからもわかる通り、『WAVES/ウェイブス』は前半と後半で主人公が交代する構成になっている。兄が加害者になっていく“下降”の物語と、被害者になった妹が再生していく“上昇”の物語だ。血を分けた兄妹を分かつストーリー、さらに悲劇と再生を1人ずつに背負わせる構造も、なかなかに斬新だ。

一般的な映画では、1人の主人公の中に起こる事件と、その脱却を描くことでドラマを構築するパターンが多いが、本作においては兄が事件を起こした後に退場してしまい、彼の“復活”は直接的には描かれない。そこに救済は存在せず、妹の“再生”でもって、カタルシスを生み出そうとしていく。

ただ、これはかなり歪なつくりであって、観客の心の中には素直に祝福できない思いもあろう。前半の主人公が報われることがないからだ。このシビアな目線もまた、なかなか他の作品ではお目にかかれないものでもある。兄タイラーに一定の同情はするものの、憐憫や応援の感情まで持たせない切り捨て具合など、トレイ・エドワード・シュルツ監督の独自の感覚が、顕著に表れているようにも見える。

つまり本作で描かれる感動は、どこか片手落ちだ。しかしこの「再生ドラマの中に“汚れ”を作る」バランス感覚こそが、登場人物の感覚と観客の感覚をオーバーラップさせる演出なのかもしれない。いくらエミリーが喪失や苦難を乗り越えていこうとも、“痛み”はなくなることはない。身内に犯罪者が出た事実は消えないし、彼女自身は被害者なのに世間的には加害者の関係者にみられてしまう日々は、これからも続いていく。鑑賞後に生じるであろうこの独特の居心地の悪さは、かなり実験的でありつつ、実にリアルだ。

TikTokやYouTubeの“感覚”を映画に投入

脚本の「外見」の独自性と、「中身」の独創性。この2つの“新しさ”に、「映像」「演出」のオリジナリティが加わり、『WAVES/ウェイブス』はさらに発展していく。

まずは、車中のシーンについて。冒頭から、タイラーと仲間が音楽に乗りながらドライブを楽しむ姿が映し出されるのだが、このシーンで目を引くのは、車中に設置されたカメラが360度回転するということ。このドライブ感あふれるカメラワークは、ある種のミュージックビデオ的というか、もっと言うとTikTok風にも映る。映画的な文脈で見ると面食らうのだが、このように「日常風景を過度に演出する」流れは、SNSユーザーの観点から考えると非常に今風だ。

TikTokにせよInstagramにせよ、SNS世代の感覚からすると「盛って共有」は自然なものであり、その辺りを映画というフォーマットに乗せた『WAVES/ウェイブス』は、革命的ともいえる。これはなかなか、思いつきそうで追求されていない部分かもしれない。

そのほか、本作の中ではカメラが「うねる」動きを頻繁に行うのだが、これらの映像もGoPro的であり、YouTubeで世界中の動画を観ている層からすると、親和性が高いのではないか。ガイ・リッチー監督などはアクションシーンでウェアラブルカメラを活用していたが、日常のシーンでも投入したのは、かなり新鮮だ。ここも、映画文脈だと「おおっ」と驚かされるのだが、より広い「我々が日常的に触れている映像表現」で考えると、“いまの感覚”が反映されている。

SNSが、劇中でキーアイテムと化している部分も、他の作品以上に踏み込んで描かれる。スマートフォンの画面から日常にすっと引いていく動きは、現代人の視線の動きを見事に可視化したものだし、タイラーが恋人と仲たがいするシーンのmessengerの描写など、かなり生々しい。また、Instagramでタイラー宛に罵詈雑言のコメントが多数書き込まれるシーンも、我々が生きる日常そのものだ。

Apple TV+のオリジナルドラマ『ジェイコブを守るため』などでは、故人のInstagramに追悼コメントをするシーンが生々しさを醸し出していたが、本作はその先取りともいえよう。逮捕されたり亡くなったりした後も、SNSはネット上に残り続ける。そのおぞましさは、タレントの自殺などここ数ヶ月の内に起こった数々の痛ましい事件をも想起させ、映画というフィクションの枠を飛び越えて、観る者の心にどろりとした感覚を呼び起こすのではないだろうか。

『WAVES/ウェイブス』の骨格は、寓話的、ともすれば神話的ともいえる悲劇であり、作劇の歴史の中で鍛え上げられてきた要素がしっかりと注入されてはいるのだが、テクニックの部分においては、映画以外の表現から多数引用が行われている。

総じていえば、『WAVES/ウェイブス』には「若さ」が詰まっている。ここでいう若さとは、いまのトレンドにリーチした感性だ。もはや、映像とはテレビやスクリーンだけのものではない。インターネット上で無数に広がり続ける映像の「テンポ」や「画作り」を大胆に導入し、映像的な新しさをもたらすとともに、この現代を生きる若者のドラマとして、実に鋭利に、最先端に作りこんできた本作。

『WAVES/ウェイブス』が見せる悲劇を他人事として切り離せないのは、こういった部分にもあるのかもしれない。私たちの「いま」の延長線上に、ピンで留めるように的確に打ち込まれたこの映画。次世代の映画づくりは、ここから加速していくのかもしれない。

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『WAVES/ウェイブス』(原題:Waves)

傷ついた今日も、癒えない傷も、愛の波が洗い流す──
高校生タイラーは、成績優秀なレスリング部のエリート選手。美しい恋人アレクシスもいる。厳格な父親ロナルドとの間に距離を感じながらも、恵まれた家庭に育ち、何不自由のない生活を送っていた。そんなある日、不運にも肩の負傷が発覚し、医師から選手生命の危機を告げられる。そして追い打ちをかけるかのように、恋人の妊娠が判明。徐々に狂い始めた人生の歯車に翻弄され、自分を見失っていく。そしてある夜、タイラーと家族の運命を変える決定的な悲劇が起こる。
一年後、心を閉ざして過ごす妹エミリーの前に、すべての事情を知りつつ好意を寄せるルークが現れる。ルークの不器用な優しさに触れ、次第に心を開くエミリー。やがて二人は恋に落ちるが、ルークも同じように心に大きな傷を抱えていた。そして二人はお互いの未来のためにある行動に出る…。

楽曲一覧(31曲)
「FLORIDADA」「LOCH RAVEN (LIVE)」「BLUISH」アニマル・コレクティヴ
「BE ABOVE IT」 「BE ABOVE IT -EROL ALKAN REWORK」「BE ABOVE IT – LIVE」テーム・インパラ
「MITSUBISHI SONY」「SIDEWAYS」 「FLORIDA」「RUSHES」「RUSHES (BASS GUITAR LAYER)」「SEIGFRIED」 フランク・オーシャン
「WHAT A DIFFERENCE A DAY MAKES」ダイナ・ワシントン
「UNKNOWN」 ケルヴィン・ハリソン・Jr
「LVL」 エイサップ・ロッキー
「AMERICA」 ザ・シューズ
「BACKSEAT FREESTYLE」 ケンドリック・ラマー
「IFHY」 タイラー・ザ・クリエイター feat. ファレル・ウィリアムス
「FOCUS」 H.E.R.
「LOVE IS A LOSING GAME」 エイミー・ワインハウス
「SURF SOLAR」 ファック・ボタンズ
「U RITE」「U-RITE (LOUIS FUTON REMIX)」 THEY.
「I AM A GOD」 カニエ・ウェスト
「GHOST!」 キッド・カディ
「MOONLIGHT SERENADE」 グレン・ミラー・オーケストラ
「THE STARS IN HIS HEAD(DARK LIGHTS REMIX)」 コリン・ステットソン
「HOW GREAT」 チャンス・ザ・ラッパー
「PRETTY LITTLE BIRDS」 SZA feat. アイザイア・ラシャド
「TRUE LOVE WAITS」 レディオヘッド
「SOUND & COLOR」 アラバマ・シェイクス

監督・脚本/トレイ・エドワード・シュルツ
出演/ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー
作曲/トレント・レズナー&アッティカス・ロス
2019年/アメリカ/英語/ビスタサイズ/135分/PG12

日本公開/2020年7月10日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給/ファントム・フィルム
公式サイト
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