Column

2020.02.21 23:00

【単独インタビュー】『ミッドサマー』アリ・アスター監督〈一部ネタバレ〉

  • Mitsuo

※本記事の末尾には、映画『ミッドサマー』のネタバレが含まれます。

注目スタジオA24が贈るフェスティバル・スリラー『ミッドサマー』が2020年2月21日(金)に日本公開されました。

家族を失った大学生のダニー(フローレンス・ピュー)は、大学で民俗学を研究する恋人クリスチャン(ジャック・レイナー)や友人の5人で、スウェーデンの奥地の村で開かれる“90年に一度の祝祭”を訪れます。北欧は白夜の時期、美しい花々が咲き乱れるその村は、優しい住人が陽気に歌い踊る楽園のように思えましたが、次第に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていきます。妄想、トラウマ、不安、恐怖……それは想像を絶する悪夢の始まりでした──。

長編デビュー作 『へレディタリー/継承』が世界中で成功を収め、いまハリウッドの製作陣が”最も組みたいクリエイター”として注目を集めている1986年生まれのアリ・アスター監督。長編2作目の『ミッドサマー』は、恐怖の歴史を覆す、暗闇とは真逆の明るい“北欧の祝祭”を舞台にしたフェスティバル・スリラーです。天才的な発想と演出、全シーンが伏線となる緻密な脚本、観る者を魅惑する極彩色の映像美が一体となり、永遠に忘れられないラストに到達する、前代未聞の作品を創り上げました。

『ミッドサマー』は昨年6月より北米ほか各国で公開されるや否や、有力映画サイトやジャーナリストから高評価を受けると同時に、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督、『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロ監督らの年間ベスト作品の一つに挙げられました。

日本公開に先立ち来日したアリ・アスター監督が、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

──アメリカ人のグループがスウェーデンに行って……というストーリーはどこから生まれたのですか?この映画の発端を教えてください。
5年ほど前にB-Reelというスウェーデンの制作会社からアプローチを受けました。まだ監督する前の『へレディタリー/継承』の脚本を読んでもらうと、若者が夏至にスウェーデンに行き、生贄になるというフォークホラー映画を書くよう頼まれました。でもはじめは特に興味が湧きませんでした。フォークホラーはジャンルとして良いものだとずっと思っていましたが、熱中するほどではなかったのでね。でもその時はちょうど彼女と別れたばかりで、よりパーソナルな物語を投影するのに面白い枠組みになるのではと思いました。それからは、セラピーの機会のようなものになっていきましたね。自分には今体験したばかりの失恋という”ネタ”があって、それを何で表現していくのか具体化していなかったところ、この映画のまさに犠牲を払うという面が、私にとっては彼女との関係や破局のドラマを表現するのに、実りのあるメタファーとなりました。

──ダニーというキャラクターは、あなた自身と重なるところが多いのですね?
はい、ダニーには私自身がたくさん込められています。まさに私の代わりですね。

──スウェーデンの伝統や伝承についても、リサーチを重ねたそうですね。
はい。リサーチは非常に大切で、非常に多岐にわたる内容でした。スウェーデンだけでなく、英国やドイツの夏至の伝統も調べましたし、たくさんのスピリチュアル運動やコミュニティについても調べました。どのように言葉にしようか非常に悩みますが……(30秒ほど考え込む)、こうしたリサーチはとても参考になりましたが、(映画では)好き勝手に手を加えたので、しばらく経った頃からは本当にごちゃ混ぜになっていきました。でも映画で起きることの多くは、なにかしらの実際の伝統に基づいたものですよ。

──前作の『へレディタリー/継承』にも通じますが、神話や習わしといったものに対するあなたの興味はどこから来るのですか?
伝承や儀式、宗教といったものから多くのインスピレーションを得るのですが、本作ももちろんそうです。それぞれの社会が持つ特徴や、広く浸透して当たり前となったために意識が及ばなくなってしまったものの中には、初めて目の当たりにしたら、ためらってしまうようなものがあります。私が神話から随分とインスピレーションを受けるのは、神話は非常に豊富なアーカイブがあるため、古い神話をベースに新しい物語を重ねる方法を探ることが、ストーリーテラーとしての義務だと感じているからだと思います。それに対する自分の感覚を磨いていくことに、常にモチベーションを感じています。

──本作は宣伝上はホラー映画とジャンル分けされていますが、もちろん単なるホラー映画を作ろうとしたわけではありませんよね。ストーリーテリングにおいて最も大切にしたのはどんなところでしょうか?
そうですね、ホラー映画と呼ばれる資格が本作にあるのか、わかりません。私はどちらかと言えば「おとぎ話」として捉えています。『へレディタリー/継承』はホラー映画ですがね。

私は脚本を書き出して制作が始まると、ジャンルというものは忘れてしまい、登場するキャラクターにできるだけ忠実な物語を語ることに専念します。建前上はジャンル映画の作り手となっていますが、私にとって最も大切なのは、キャラクターが経験する出来事が、映画の核となる部分で最大限に物語に繋がっていることですね。『へレディタリー/継承』では、キャラクターの置かれた状況や関係性から恐怖が生まれてきたということが非常に大切でした。恐がらせるためとか、ジャンルに合わせるためにその関係性を作り出すのではなく、物語に合わせてジャンルが折れ曲がっていくわけです。本作でも同様のことが大切になりました。

私は究極的には、これらの映画を表現的な人物スタディと捉えています。例えば『ミッドサマー』は他の何よりも、恋人との別れを描いたブレイクアップムービーとして見ています。別れというものは、実際に経験している最中は、悲惨で壊滅的な気持ちになります。まさに”死”が起きているような。周りの知人から見れば大したことでもなく、気を取り直して次へ進めばいいだけのことなのでしょうが、私は、自分が感じた別れのインパクトに合ったスケールの映画を作りたく思いました。そのため本作は大惨事の失恋映画となりましたし、それは”中身”に合わせて”外身”が出来上がったから。ダニーというキャラクターが経験している激的な大変動に、映画の方が合わせたわけです。

──そのダニー役にフローレンス・ピューを起用したのは、なぜですか?
彼女の演技は『Lady Macbeth』(17年、日本未公開)で観ました。そして彼女と会ったわけですが……、キャスティングを言葉で表現するのは難しいですね。結局のところ、その俳優を主役として映画を始めから終わりまで頭の中で”再生”してみるのです。ほとんどの俳優で、「うーん、どうしようかな」と引っかかるシーンが出てきて、さらにまた引っかかる場面が出てきて……。特にダニーのような激的な展開を経るキャラクターだと、最後まで頭の中で俳優を演じさせるのは本当に難しかったです。

フローレンスに関して私が言えるのは、映画の始まりでも終わりでも、頭の中で彼女を思い描くことができました。フローレンスは自信満々な性格で、当時実際に観たことがあったのは、力強くたくましい、自信のある役のみだったのですが、彼女なら傷ついて崩壊してしまった人物も演じられると思っていました。見たことがないながらも、彼女ならそんな演技を出来るだろうと信用し、実際に彼女はやり遂げてくれたことには、非常に興奮しました。

──本作のクルーには、比較的若手だったり初めて映画を手掛けるメンバーもいますよね。撮影監督のパヴェウ・ポゴジェルスキや美術のヘンリック・スヴェンソンやとはどのように出会ったのですか?
パヴェウとは一緒にAFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)に通いました。ベストフレンドの一人で、お互いがわかる省略表現もあるし、彼は私のテイストだったりやり方を理解しているので、彼にとってもやりやすかったと思います。とにかく素晴らしい関係ですね。

ヘンリックはB-Reelのプロデューサーを通じて出会いました。本作が彼にとって初めての長編映画だったのですが、とにかく素晴らしいし、彼の仕事を誇りに思います。建物の壁画はラグナール・ペルソン、オープニングの絵はム・パンが手掛けました。大好きなアーティストを見つけてきて、本作の特徴的なところを拡張してもらうのは、本作を作る上で大きな楽しみでしたね。

──『へレディタリー/継承』と『ミッドサマー』は間髪入れずに制作したそうですが、いかがでしたか?この2本を作ってみて、学んだことは?
とてもとても大変でしたし、楽しむことができなかったので、もうやらないと思います(笑)。『へレディタリー/継承』のポストプロダクションの最中から、『ミッドサマー』のプリプロダクションが始まっていたので、時期的に完全に重なった部分があります。米国で『へレディタリー/継承』は6月8日に公開されたのですが、8月1日には『ミッドサマー』の撮影が始まっていました。本当に過密でした。『ミッドサマー』の撮影に入る頃には疲れきってしまっていて、どれほど疲れていたのか自分でも気づいていませんでした。非常に大変でしたが、でも振り返ってみて、やってよかったとは思います。この2作の間にほとんど休みがなかったので、1本の映画のようにも感じられますし、この2本を作る過程を自分の中で切り分けるのも、非常に難しいものです。

学んだことと言えば、私は極度に何でもコントロールしたがる性格なのでこれは良かったことなのですが、そんなスピードで制作を進めていると、妥協しなければならない場面がたくさん出てきます。そのため、一部のコントロールを手放すことを学ばなければなりません。コントロールを手放すのはひどく痛みを伴いますが、成り行きや自然と起きることに身を任せることを私に強制してくれたことにもなったので、この学びは次作で活かせられればと思っています。

振り返ってみれば、なにを学んだか考えて言葉にする努力は出来ますが、実際に映画を作っている間は熱中していて本当に耐久戦のようなものなので、目の前にあるものをしっかりと捉えるのが、本当に難しいです。その瞬間に起きている、経験していることをしっかりと自覚するのが本当に難しいことに、とにかく驚かされました。私は昔から映画を作りたかったので、初めて作るこの2本で夢が叶ったようなものですが、実際にその夢が叶っている瞬間は本当に大変過ぎて、罰を受けているような感じがしました。振り返ってみれば、「ああ、それこそまさに自分がやりたかったことだ」と気がつくのですが、でももう少しその瞬間を楽しむことができていたらと思いました。なので次作では、映画を作っている瞬間をもっと楽しみたく思っています。

──その次作はどんなジャンルになるのですか?
今のまま進んでいくと、ナイトメアコメディ(悪夢コメディ)ですね。とてもとてもとてもダークで、不合理なコメディ。来年撮影できればと思っていますが、まず脚本を書き上げなければなりません。

──以降、『ミッドサマー』のストーリーに関する重大なネタバレが含まれます──

──訪れた外者6人のうち、コミュニティに受け入れられるのは2人だけです。共に白人なのは、偶然ですか?
いいえ、偶然ではありません。結局のところ、このコミュニティは優生的であるように描きました。非常に大事な点だったので、気づいてもらえて嬉しいです。でもそれを私から強く指摘することはしたくなく……、もしこの映画に論争を巻き起こすようなところがあったとしても、それは脇に見られるくらいで、ノイズにならないようなものであってほしいと思っていますので。

──映画の終わりで熊が”登場”しますが、あれも何かしらの伝承に基づいたものなのですか?
いいえ、あの熊は違いますね。熊の重要性という点ではノルウェーの神話から着想を得ていますが、人を詰めて火を放つのは私の”発明”ですね。

──映画で登場する絵をよく見ると、物語のヒントが多く描かれていますが、なぜ”ネタバレ”することにしたのですか?
本作のようなフォークホラー映画では、主人公たちに不幸が訪れるのは明らかで、もはや疑う余地のないことです。彼らの運命に観客がまったく気づいていないというフリをするよりも、それが避けられない宿命であることを指摘し、示してしまう方が小生意気で楽しく思えました。私にとっての面白味とは、観客の期待や予想を覆すのではなく、そうしたものに感情的な驚きと共に応えることです。初めから約束され、さらにヒントまで与えられていたエンディングへたどり着くまでに、当初期待したのとは異なった感情を抱いてもらうのが、私の狙いです。

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『ミッドサマー』(原題:Midsommar)

家族を不慮の事故で失ったダニー(フローレンス・ピュー)は、大学で民俗学を研究する恋人や友人と5人でスウェーデンの奥地で開かれる“90年に一度の祝祭”を訪れる。美しい花々が咲き乱れ、太陽が沈まないその村は、優しい住人が陽気に歌い踊る楽園のように思えた。しかし、次第に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていく。妄想、トラウマ、不安、恐怖……それは想像を絶する悪夢の始まりだった。

脚本・監督/アリ・アスター
出演/フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィル・ポールター、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、ウィルヘルム・ブロングレン、アーチー・マデクウィ、エローラ・トルキア
製作/パトリック・アンディション、ラース・クヌードセン
撮影監督/パヴェウ・ポゴジェルスキ プロダクション・デザイン:ヘンリック・スヴェンソン
編集/ルシアン・ジョンストン
衣裳デザイン/アンドレア・フレッシュ
音楽/ボビー・クルリック
2019年/アメリカ映画/ビスタサイズ/上映時間:147分

日本公開/2020年2月 TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給/ファントム・フィルム
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