Column

2019.08.04 18:00

【単独インタビュー】キウェテル・イジョフォー、初監督作『風をつかまえた少年』に込めた思いとは?

  • Fan's Voice Staff

電気で家族を助けたい。そのまっすぐな思いで、14歳の少年が風車による風力発電を作ってしまった感動の実話を映画化した『風をつかまえた少年』は、奇跡の物語に心を動かされた名優キウェテル・イジョフォーが、初めてメガホンをとった監督デビュー作です。

2001年、干ばつに襲われたアフリカの最貧国マラウイ共和国。貧困のため中学を退学した少年ウィリアム・カムクワンバは、図書館で本を読み漁り、独学で廃品を利用して風力発電装置を作り上げます。マラウイの電気の世帯普及率が2%台のなか、自宅に明かりを灯し、家族と村の人々、そして自身の未来を切り開いた奇跡の実話です。

第86回アカデミー賞作品賞受賞『それでも夜は明ける』に主演した、イギリスの演技派俳優キウェテル・イジョフォーは、2010年の出版当時に原作を読み、驚くべき意思の強さにより行く手を阻むあらゆる困難を乗り越えていく主人公の物語に心を打たれ、脚本を執筆、長編デビュー作となる今作を完成させました。

『ドクター・ストレンジ』のモルド役、『ライオン・キング』のスカー役、さらには10月公開の『マレフィセント2』にも出演するなど、注目作が目白押しのキウェテルは、主人公ウィリアムの父トライウェル役として出演。生死を左右する極限状態の中、息子に希望を託した父の姿を熱演しています。

公開に先立ち、Fan’s Voiceではキウェテルに電話インタビューを行い、本作にかける思いを伺いました。

──初めてウィリアムと会ったときの印象は?会ってみて新たにわかったことはありますか?
ウィリアムは素晴らしい人物です。最初に彼に会いに行った時、私にとって初めてのマラウイだったのですが、なにもわからない私に対して彼は非常に寛容で、まず(首都の)リロングウェに会いに来てくれました。そこから車でウィンベ村へ行き、彼は私に家族を紹介してくれて、初期段階のインタビューをすることができました。その後、村の学校やメインストリート沿いのマーケットを歩いてまわり、ほかの物語に登場する場所へも足を運びました。村を巡る中で、ここでこの物語の出来事が起きたんだという実感が湧いてきて、なるべくリアルな映画にするためには、実際にここで撮影するのが良いと思い始めました。そこから、(撮影の)計画を練り始めました。画的にもとても良いところで、特にウィリアムの家で撮影したかったのですが、その後大幅なリフォームがされてしまっていて、もはや2001年当時の家とは異なった姿をしていました。そのため撮影には、近所の家を利用しました。

日本公開に先立ち来日したウィリアム・カムクワンバ本人

──マラウイでの撮影で、大変だったことは何ですか?
主に機材やクルーの調達の面ですね。マラウイでこの規模の映画が撮影されたことがなかったので、機材や一部クルーを工面するのが大変でした。幸いにもマラウイからも多数の方が参加できたのですが、やはりそれでも、国外のキャスト・クルーも連れて来なければなりませんでした。ケニアや南アフリカ、ブラジル、イギリスなどですね。

一方で、マラウイで撮影したことの素晴らしい点は、マラウイの人たちにとってウィリアムの話は身近でよく知っていたことです。彼の成し遂げたことを嬉しく思っていました。それにマラウイには豊かな文化もあって、人々も楽天的で親切で、とても良いところなんですよ。そういった意味で、マラウイの現地で撮影したことで非常に楽になった面もあります。機材や人材を調達しやすい国で撮ろうとした場合、実際に携わる人にウィリアムの物語をよく理解し、気持ちを込めてもらうのが、もっと大変になったと思います。

──多国籍なクルーだったようですが、現場ではどのような言語が飛び交ったのですか?
私が流暢に話せるのは英語だったので、残念ながらそれが基本となりました。でもみんな英語が話せたし、マラウイでは英語も公用語ですからね。映画でも英語とチェワ語が半々で登場するので、チュワ語を学ぶのには時間がかかりました。マラウイ出身のキャストも何人もいて、例えばウィリアムの親友ギルバートを演じるフィルベールや、ウィリアムの姉アニー役のリリー・バンダ。それから、他から来ていながらもチュワ語が少しわかる人もいました。私を含めの残りは、やりながらチュワ語を学びました。

──キャストの話がでましたが、ウィリアムを演じたマックスウェル・シンバの演技は素晴らしかったですね。どうやって探し出したのですか?
キャスティング・ディレクターのアレクサ・フォーゲルと一緒に探しました。彼女は本当に優秀です。ウィリアム役の俳優については早い段階から、とにかく広い範囲から探し出さなければと話していて、ニューヨーク在住のアレクサが、ケニアやマラウイの知り合いに連絡を取り始めました。学校を巡ってオーディションを行い、その様子がテープやEメールでイギリスにいる私に届きました。その素材を確認して、時々私もマラウイやケニアに行って、学校で直接候補者と会いました。こうしたなか、マックスウェルを見つけたのですが、彼の映像素材を見た瞬間に、彼が非常に才能のある俳優であるとわかりました。映画俳優としても素晴らしくて、私が何年もかかってやっと理解できた、カメラを通してコミュニケーションする上でのミニマリズム的な資質を、ごく自然に持ち合わせていました。でもイギリスで画面越しに見ていただけでは自信が持てなかったので、ケニアのナイロビに出向いて、一緒にいくつかの場面を演じてもらったり、即興でも演じてもらいました。そうすることで、彼がいろいろな状況でどんな反応をしたり、対処していくかを見ることができました。彼はとにかく凄くて、俳優として素晴らしく洗練された判断をしていきました。非常に良い共演相手でしたね。

それから、私がトライウェル役を演じることで、マックスウェルとの関係性が非常に明確で、シンプルなものになりました。彼にとって私は父親で、監督だったわけですから、やり取りは直接のコミュニケーションのみ。別の俳優あるいは監督がいたら、二人の関係はもう少し複雑なものになっていたと思います。自分がトライウェル役を演じることは、映画を作り始めてから決めたことのなのですが、監督しながらトライウェルを演じるという複雑さとストレスがありながらも、私とマックスウェルの関係の舵取りが一気に楽になったので、やはり正しい判断だったと思います。

イジョフォー(左)と、マックスウェル・シンバ演じるウィリアム

──今作があなたにとって初の長編監督作で、しかも出演もしたわけですが、どのようなことを学びましたか?
本当に多くのことを、一気に学びました。実際の撮影やプリプロダクションよりも、自分にとってはポストプロダクションが最も好きな時間だったと思います。編集して映画を組み立てていく作業ですね。全体のプロセスの中で、一番学びのあった部分だと思います。

基本的に俳優は編集作業に参加しないので、普段は撮影が終わって数ヶ月が経った後に、完成した映画を観るだけです。そして、自分の期待通りの仕上がりだったり、そうでなかったことがわかるわけです。今回、俳優が普段知ることのないポストプロダクションの世界に入ったことでわかったのは、”撮影終了”が意味するのは実は最初のフェーズが終わっただけ、というか、撮影はプロローグでしかなく、映画作りの本当の肝となるのは、素材が揃った後で、そこから映画を生み出す部分だということです。編集では、ストーリーを書き直したり、新たに書いたりすることだってあります。この部分が本当に素晴らしくて、本当にたくさんのことを学びました。俳優としての学びもありました。編集作業では俳優のとるひとつひとつの行動や判断を目にするわけで、それぞれの違いや細かいニュアンスがわかります。ただ演技しただけではわからない、”演じる”ことのプロセス全体がよく見えました。

──アフリカでは今でも貧困や内戦が続いていますが、アフリカにルーツを持つあなたが、この映画を通じてどのように貢献したいと思っていますか?
この映画はまず、マラウイの当時の状況と、ウィリアム・カムクワンバの物語を詳細に正確に捉えたものです。さらに、実際の場所で撮影されたことで、真実味を与えるものになったのが良かったと思います。特にマスメディアは、アフリカで実際に起きていることを正確に伝えることが少なく、ネガティブな面を強めてセンセーショナルにしたり、複雑なことを簡略化しすぎたりします。西側メディア視線で様々な解釈を行い、世界中で消費される情報として発信しがちだと思います。こうした情報は必ずしも正確ではなく、公正なものでもありません。

そのためこの映画では、ウィリアムや彼の家族が置かれた状況と実際に起きた出来事をベースに、マラウイが困難を迎えた時期に起きた物語、ウィリアム・カムクワンバの物語を、映画というフォーマットの範囲で、完全な正確性をもってなるべく事実に忠実に、観客が共感し惹きつけられる形で語る努力をしています。戦争や飢餓、エイズといった大きなテーマにおいて、精一杯立ち向かおうとする家族やその中で起きる複雑な問題の具体的な詳細抜きで語るよりも、実際に起きている苦難やその乗り越え方を提示し理解してもらう方が、マラウイやこの国の人たち、さらにはアフリカ全体により強い共感を覚えてもらえるのではと思いました。ですので本作は、なるべく当時の出来事を正確に描こうとしています。

アフリカで起きていることを、過度にネガティブあるいはポジティブに捉えがちなレンズを通じて伝えるのではなく、もっと事実通りに伝えていくことで、世界の人々は実在する他人の状況をより正確に受け止め、共感しやすくなるのでは感じています。

──(ウィリアムが風車を作った年齢である)14歳の時のあなたは、どのような少年でしたか?ウィリアムと共通すると思うところはありましたか?
ウィリアムが13、14歳だった頃、こっそりと学校の授業に忍び込もうとしていたことについて、いつも考えていました。自分がその年頃だった時、学校へ忍び込もうとするなんて全く想像のつかないことで、当時の自分といえば、学校にうんざりして、なんとしてでも理科のクラスをダブルで履修するのを避けようとしていました。一方で世界の反対側では、生と死を分けるもになりうるという教育の価値を、若い時からよく理解した少年がいたわけで、自分が置かれていた環境がいかに特別なものであったかというこの差は、いつ想像しても驚かされてます。ウィリアムの本の中での、学校へ忍び込もうとするところの描写に私は非常に強い衝撃を受けましたし、この物語を映画化するインスピレーションのひとつとなりました。自分の経験と、本当に異なっていたので。

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『風をつかまえた少年』(原題:The Boy Who Harnessed the Wind)

監督・脚本・出演/キウェテル・イジョフォー
出演/マックスウェル・シンバ、アイサ・マイガ
原作/「風をつかまえた少年」ウィリアム・カムクワンバ、ブライアン・ミーラー著(文藝春秋刊) 

日本公開/2019年8月2日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館 他全国順次公開
提供/アスミック・エース、ロングライド
配給/ロングライド
公式サイト
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