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2019.03.23 12:00

『マックイーン:モードの反逆児』の魅力をファッションデザイナー中里唯馬氏が語る

  • Fan's Voice Staff

天才ファッションデザイナー、アレキサンダー・マックイーンのドラマチックな半生を描く『マックイーン:モードの反逆児』のFan’s Voice独占最速試写会が3月20日(水)に都内で開催され、ファッションデザイナーの中里唯馬氏が登壇しました。

ロンドンの労働者階級出身のマックイーンは、16歳からサヴィル・ロウでテイラーの修行を積んだ後、ロメオ・ジリのアシスタントを経て、名門セントラル・セント・マーチンズに入学。卒業コレクションが、ファッション界に影響力のある「ヴォーグ」誌のエディター、イザベラ・ブロウの目に止まり、デザイナーとしてデビュー。その才能はまたたく間に開花し、トップデザイナーに上り詰め、レディー・ガガ、リアーナ、ビョークなど多くのセレブリティも顧客に持ちながらも、40歳という若さで逝去しました。

その壮絶にしてドラマティックな半生を描いた本作は、英国アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー部門にノミネートされるなど高い評価を得ている話題作です。

上映後は、ファッションブランド「YUIMA NAKAZATO」のデザイナー、中里唯馬氏が登壇。

高校卒業後、単身でヨーロッパに渡り、ドリス・ヴァン・ノッテンやマルタン・マルジェラなど多くの有名デザイナーを輩出しているベルギー・アントワープ王立芸術アカデミーファッション科を、日本人最年少で卒業。日本人として史上2人目となる、パリ・オートクチュール・ファッション・ウィークの公式ゲストデザイナーとして挑戦を続けています。

そんな中里氏が、マックイーンにまつわる貴重なエピソードや、映画で描かれたファッション業界の背景などについて語りました。

──本日を含め、何度かすでに本作をご覧になったそうですが、どんな感想を持ちましたか。

「この映画をすでに3回観せていただいているのですが……観ていて正直辛いんですね。僕もファッションデザイナーとして活動しているので。マックイーンとは環境や活動は全然違いますが、やはり重ねて見てしまいます。デザインに対する葛藤や、色々な感情が込み上げてきて非常に辛いんですが、そういったことを多くの人に知っていただくことができる作品だなと。この映画は非常に丁寧に、非常に敬意を込められて作られていると思いました」

──ファッション業界というと、キラキラしている華やかなイメージをもたれている方も多いと思いますが、こんなに心にズシンとくるドキュメンタリーはなかなかないと思います。マックイーンは業界では知らない人がいないデザイナーですが、その位置付けというのは、中里さんから見るとどんなものですか?

「この映画でもショーのシーン沢山出てきましたが、マックイーンのショーは、もはやファッションという領域をはるかに超えて、総合芸術というか、舞台芸術というか。何を見ているか分からないような、いろんな分野を横断している、そうしたいろんな表現方法を持っている稀有なデザイナーではないかなと。そんな気持ちにさせられる凄まじいショーを作り上げている。そんな強さの根底に、あそこまで本人の生き様やパーソナルなものが滲み出ているショーは、後にも先にもないのではと思います。映画でも本人が”ショーはパーソナルなものだ”と言っているし”スピリットを引き継ぐことはできない”と言っていますが、ショーと本人があれだけ表裏一体で繋がっているのは稀なのではないかと思います」

──中里さんは、学生時代彼に憧れていて、マックイーンのロンドンのオフィスにまで行ったことがあるんですよね?

「高校生のときからマックイーンは非常に好きなデザイナーで、雑誌などでたくさんみていました。僕の通っていたベルギーの王立アカデミーからロンドンは2、3時間で行ける距離だったので、なんとか近づけないかと思って。寒い冬のロンドンで、アポもなくアトリエの前で出待ちをして、たまたまアシスタントがゴミ捨てに出てきたタイミングで、何を思ったかスっと入ってしまった。想いがあれば許されるかなと(笑)。そして、中にいた受付の方に”ここで働きたい”と拙い英語で伝えました。最終的に、人事部の方までは会うことができましたが、本人には会えなかったんです」

──(イギリスで)働くには、ビザなどの問題もありますしね。

「ええ。非常にハードルが高かったです。また、ロンドンといえば、もうひとつ、個人的なマックイーンに関する思い出があります。尊敬するケイカガミさんというロンドンで活躍するデザイナーさんとは、学生時代から親しくさせていただいているのですが、ケイさんはセント・マーチンズ時代にマックイーンとクラスメートでした。一緒に勉強していたため、その時の話をよく聞かせてくれました。セント・マーチンズは、どちらかといえば裕福な出の生徒が多く、階級がはっきりある英国のそうした世界で、マックイーンは生い立ちや言葉遣いなどで差別され、露骨にいじめられていたそうです。ケイさんはマックイーンと食事に行ったり仲良くしていたら、クラスメイトから”なぜケイはマックイーンなんかと仲良くするんだ、あんなやつと話しちゃダメだ”と言われたそうです。でも、(マックイーンは)才能と技術で他を圧倒し、有無を言わせなかっただそうで、常に成績はトップクラス。ショーをする際もいつもケイさんとトリを争う良きライバルで、最後の卒業ショーのときに”最後のショーはお前がトリだ”とマックイーンから電話があった、というエピソードを聞きました。それくらい切磋琢磨して学びあった仲だったそうです」

──中里さんはマックイーンのショーも実際に見に行ったそうですね。

「知り合いのバイヤーに連れて行ってもらいました。会場の真ん中に、怒りを表す黒いゴミの山があったショーです。総合芸術でした。ファッションショーを見ている感覚ではもはやなく、美術館に行って、とてつもない彫刻や絵画を見たかのように、打ちのめされました。ショーを見て、マックイーンの何かを欲しくなったり持って帰りたくなったりする気持ちになるのがもう、他のデザイナーと比べて異質ですよね」

──映画の副題に「モードの反逆児」と使われていますが、マックイーンは実際非常にパンクな精神を持っていたと思います。16歳で『キングスマン』にも登場するサヴィル・ロウ──上流階級の方が背広を作るような場所ですね。そのテーラーで働き基礎を固めて、イタリアでロメオ・ジリというデザイナーのアシスタントになり、ロンドンで自分のクリエーションを開花させる。そのユニークなキャリアもクリエーションの面白さにつながったのでしょうか。

「サヴィル・ロウでテーラーリング技術は培ったとは思いますが、それだけではないと思います。技術のあと、クリエーションの起爆剤となったのは、ロンドンのセント・マーチンズで学んだことじゃないか、と。私は学校は違いますが、アントワープとセント・マーチンズは”自分にしかない感覚”を発展させていくというスタイルは似ていますし、非常にここで吸収しまくったんじゃないかな、と。自由なクリエーションと確かな技術が融合して、今のマックイーンの世界観が出来上がったのではと思います」

──マックイーンは経済的に自分のクリエーションを追求していくのは非常に大変でした。ジバンシィにデザイナーとして雇われたお金を自分のコレクションにまわし、食べ物にも困って、マクドナルドではトレーを落としても拾って食べたというくらい困窮していたという話も出てきますが、デザイナーとして自分の表現を突き詰めることはそれくらい大変なことなんでしょうね。

「デザイナーにもいろんなタイプがいるのだとは思いますが、特にマックイーンはキワのキワを攻めまくる、取れるだけのリスクを取ってそれでも美しさを突き詰めるというイバラのコースを選びました。ビジネスと両立していくのが一番困難な道であると思います。映画にも出てきますが、マックイーンは、いろいろなものを取り込んでいきますよね。プレッシャーとか緊迫感とかいろんなものを取り込んで、すさまじいエネルギーが入ったもの。楽な道を追っていたら、あれだけの表現は無理だったんじゃないかと思いますね」

──2010年に彼が亡くなったとき、自殺ということもあり、大変ドラマティックに報道されましたが、その死は、どのように知りましたか?

「ちょうど私はデザイナーとして駆け出しの頃で、これからどうやってキャリアを歩んで行こうか、先輩デザイナーたちがいる中、どういう立ち位置で歩んで行こうかと思っていたら、まさに2月10日に彼の死のニュースが流れて本当にびっくりしました。高校生の時から影響を受けてきましたし。デザイナーとして、どういう風にここから歩いて行ったらいいのか、あれくらいインパクトのある世界観を自分だけの方法でどうやったらできるんだろうか、全く同じものはできないにしろ、匹敵するものが自分にあるだろうかなど、考えました。若いデザイナーたちに非常に大きな影響を残していったのではないかなと思います」

──素人目にみて、マックイーンが死んだ時、最後までやりつくして燃え尽きたんじゃないか、という印象を受けたのですが、プロの目から見てどうなんでしょう。

「こう言っては何ですが、非常に潔いというか、最初からゴールを見据えて走っていたんじゃないかと思いました。華麗というか、花火のようにふわっと咲いてサーっと消えて、去っていくような。どこまで意図していたかわかりませんが、その引き際が非常に美しく見えてしまいました」

──映画を観ると、彼個人の才能だけでなく、支えてくれた仲間のチームワークも素晴らしかったですよね。“タダでマックイーンと働かせていただく”という表現もあったりして、みんな彼と働きたがっていた。

「ファッションは1人ではどうしてもできないですよね。少なくとも洋服を作る人と着る人で2人は絶対に必要ですし、あれだけのショーをするには、大勢のスタッフの力が必要です。非常に優秀なスタッフに恵まれていたこと、皆を惹きつけたこと、それがマックイーンの魅力で才能の一つですね。やはり僕が映画を見ていて気になったのは、パワーのあるファッションショーを、誰がどうやって作り上げていたのかということ。マックイーンはどこまでショーに口を出していたのか、映画を観てもっともっと深いところまで見たくなってしまいました。特にロボットアームが動いて色を吹き付けていくショーは印象的だったなと、昔から思っていました。あれがどういうプロセスでできたんだろうか、ということが気になります。ファッションショーをやるとき、演出家の方と話しながら、”いつかあのショーを超えたい”というのをモチベーションとして盛り上がるのですが、”マックイーンのあのショーをいつか超える”という業界の基準がすでに出来上がっているのではないかと思います」

──この作品は映画としての評価も高いのですが、マイケル・ナイマンの音楽が本当に素晴らしく機能しています。映画界では『ピアノ・レッスン』やピーター・グリーナウェイ監督の作品で有名な作曲家ですが、マックイーンのショーの音楽も担当していました。映画の中では、「マイケル・ナイマンもチームに加わった」と驚くほどさらっと紹介されてましたが。あの経済状態で、大物作曲家に十分なギャラが払っていたかどうかわかりませんが、それでも彼のショーの音楽を担当したいとナイマンに思わせる、パワーと魅力がマックイーンにあったのではないかと。

「ああいうショーを見てしまうと、なんとかして自分も加わりたい、と思ってしまいますよね。もちろん表現する人だけではなく、色々なかたちで加わりたい気持ちというのは、マックイーンの生み出すパワーだと思いますし、本人にとってもショーが原動力になっていたんじゃないかと。あれがあることによってみんなが勇気付けられて、あれを完成させるためにやっていこうと、どんなに苦しくてもスタッフが頑張って機能していたのではないでしょうか」

──中里さんは、もともとマックイーンについてお詳しいと思いますが、この映画を見て新たに発見はありましたか?

「この映画で印象的なのは、本人や友達のカメラなどでプライベートで撮っていたインタビュー映像ですね。インタビューというと、かしこまってしまってどうしても硬くなりますが、あそこに映っている素の状態の若い頃のマックイーンの姿を観れてよかったと思います。あれだけ無邪気で少年のようだったマックイーンが、最終的に変化していくところが正直辛いところもあるんですけど、非常に見れてよかったシーンでした」

──最後に自身のブランドである「YUIMA NAKAZATO」の今後の活動についてお聞かせ下さい。

「マックイーンは独自の方法であれだけの世界観を作っていました。同じことをやるわけではありませんが、自分にしかできない世界感、自分にできることって何だろう、それを突き詰めていきたいと思います。2010年にマックイーンが亡くなって、来年で10年目ですが、その中で自分の中で積み重なって、ようやくこれだったらマックイーンを超えられるのではないかという部分が、朧げに見えてきたところです。7月にパリでまた(コレクションを)発表する予定なので、どこかで見ていただけたらと思います」

(聞き手:立田敦子/映画ジャーナリスト)

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『マックイーン:モードの反逆児』(原題:McQueen)

監督/イアン・ボノート、ピーター・エテッドギー
脚本/ピーター・エテッドギー
音楽/マイケル・ナイマン
出演/リー・アレキサンダー・マックイーン、イザベラ・ブロウ、トム・フォード、ほか
2018年/上映時間:111分

日本公開/2019年4月5日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給/キノフィルムズ
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