【最速試写レポート】『フォーチュンクッキー』森直人×立田敦子が紐解く“技の鋭い映画”
- Fan's Voice Staff
第39回インディペンデント・スピリット賞でジョン・カサヴェテス賞を受賞した映画『フォーチュンクッキー』の最速試写会が6月18日(水)に東京・渋谷のユーロライブで開催され、上映後のトークイベントに映画評論家の森直人と映画ジャーナリストの立田敦子が登壇しました。
カリフォルニア州フリーモントにあるフォーチュンクッキー工場で働くドニヤ(アナイタ・ワリ・ザダ)。アパートと工場を往復する単調な生活を送るも、母国アフガニスタンの米軍基地で働いた経験から慢性的な不眠症を抱えるドニアは、ある日、クッキーのメッセージを書く仕事を任されることに。新たな出会いを求めて、自分の電話番号を書いたものをこっそり紛れ込ませると、間もなく1人の男性から会いたいとメッセージが届き──。
トークイベント冒頭、まず立田は「こういう映画が観たかった。ジャンル映画が多い中で、こういう小さくてウェルメイドで、心も温まる作品は意外と少ない。誰にでもお勧めできるし、しかも今までありそうでなかったインディーズのかなり尖った作品」と太鼓判。
森は、原題にもなっている移民の街フリーモントと、移民の女性が主人公であること、そしてイラン出身でイギリスで育ったババク・ジャラリ監督について解説し、「いろんな地政学が交錯している。それが映画の豊かな奥行きになっていると思います。体裁はアメリカのインディーズだけど、言語は英語・ダリー語・広東語が行き交う。さらにカリフォルニア・フリーモントが舞台だけど、作品の作りとしては、ニューヨーク派っぽい。ジャラリ監督の作品は初めて観ましたが、こんなに面白い監督がいたんだなと思いました」と絶賛。
立田も「私はジム・ジャームッシュとアキ・カウリスマキと一緒に歳を重ねてきた世代ですが、その後進がきちんと育っているんだなと感じました」と話し、それを受け森は「印象として近いのはカウリスマキかもしれないですよね。冒頭の工場のシーンから、『マッチ工場の少女』や『枯れ葉』を思わせる労働者の映画。小さい町工場が舞台だけど、画面構成がスタイリッシュなので、制服のワークシャツとか、なぜかおしゃれに見えてくる。あの感じはジャームッシュに通じると思います」と、ジャームッシュとカウリスマキに通じる魅力を掘り下げました。
森は「移民というモチーフもカウリスマキ寄りですよね。『ル・アーヴルの靴みがき』『希望のかなた』などは移民・難民の話ですが、『フォーチュンクッキー』では中東情勢という非常に難しい題材の反映がある」と本作が描く社会的な背景を解説。「タッチが違えば社会派の題材ですが、それをモノクロームの映像で、小粋な映画という風に仕立て上げているのがすごく面白いなと思います。アメリカンインディーズということで言うと、ジャームッシュはもちろん、アレクサンダー・ロックウェルの『イン・ザ・スープ』など、下町の人情劇の感じもありますよね」
さらに、2021年のタリバン復権を機にアフガニスタンからアメリカへ亡命した主人公ドニヤのキャラクター造形について解説。「濃厚な政治性を後景に忍ばせておいて、小さな市井の人々の話に仕上げているのが、技の鋭い映画だと思います」という森に、立田も「ドキュメンタリーは、真実を必ずしも描かないと思います。むしろフィクション映画だからこそ描ける真実があると思います。この映画はまさにそうですよね。寓話的な話にしていますが、心情としては真実に近いものに寄り添っています。このルックを監督が選んだことの素晴らしさを感じます」
話題はモノクローム映画の魅力に。森は「モノクロームってそれだけでまず映画的なルックになりますよね。光と影という最小限のエレメントで構成する画面はシネマティックな美しさがある。ジャームッシュが小津安二郎の影響なども受けつつ、そもそも80年代にわざとモノクロで撮ってます。低予算でも洗練されたルックになるし、あとは生々しい題材を扱っても、どこか抽象性や寓話性を帯びますよね。『フォーチュンクッキー』もほぼ社会派的な内容なのに寓話的な、メルヘン調な印象がある。ドキュメンタリーは被写体への加害性があるから映せるものと映せないものが明確に出てきますが、フィクションはそれを補完できる。この映画はまさにそういうことをやっていて、世界の縮図のようにも見える」
立田は「劇中にチャイナタウンが出てくるけど、チャイナタウンって色が煌びやかですよね。面白いなと思ったのは、その色を見せないことで、人間や感情にフォーカスしている。監督はクラシックなモノクロではなく、カラーがある時代のモノクロにしたかったと言ってます。マイク・ミルズが『カモン カモン』で『都市によって異なるカラーを消したかった』と言っていたのですが、カラーで撮ったものをモノクロに変換するということは色の厚みを大事にしたいからで、それがカラー時代におけるモノクロの表現ですよね。そのニュアンスを汲み取ることが、この作品ではよくできているなと思います」
森も「『カモン カモン』のモノクロームのヒントは、ヴェンダースの『都会のアリス』なんですよね。ヴェンダースとかジャームッシュとか、あの辺からわざとモノクロでやる源流があります。その系譜で言うと『フランシス・ハ』がエポックだった気がします。この10年ちょっとくらいで、ジャームッシュが80年代に『ストレンジャー・ザン・パラダイス』や『ダウン・バイ・ロー』を撮っていた頃のインディペンデント美学を回復させた気がします」
森は「ひとつはチャイナタウンという地理性を込めたかったんだと思います。あとは偶然性ですよね。そのおかげでボーイ・ミーツ・ガールの物語になる。カウリスマキもじれったい恋の物語を描きますよね」とコメントすると、立田も「その慎ましさがこの作品のキーワードですよね。工場長がフォーチュンクッキーの占いメッセージを書くコツを『美徳は中庸にあり』と言いますが、そのセリフが心に響きました。地道に生きている人たちのラブストーリーに、監督が込めた真髄があると思いました」と続け、森も「市井の人々の日常の物語のなかに、濃厚な政治性が詰まっている。それを中庸ということで、軽やかにまとめています。アンチアメリカンドリームですよね」
最後に、人気ドラマシリーズ『一流シェフのファミリーレストラン』で一躍有名になり、若き日のブルース・スプリングスティーンを演じることでも話題のジェレミー・アレン・ホワイトや、劇中歌「Diamond Day」の伝説的なシンガーソングライター、ヴァシュティ・バニヤン、そしてジャック・ロンドンの「白い牙」など、本作に散りばめられた小ネタについても「掘っていくといろいろな文脈が見えてくる。掘りがいがある作品なので、細かいところもチェックしてほしい」と紹介し、トークを締めくくりました。
==
『フォーチュンクッキー』 (原題:Fremont)
監督:ババク・ジャラリ
脚本:カロリーナ・カヴァリ、ババク・ジャラリ
出演:アナイタ・ワリ・ザダ、グレッグ・ターキントン、ジェレミー・アレン・ホワイト
2023年/アメリカ/英語、ダリー語、広東語/91分/モノクロ/1.37:1/5.1ch/字幕:大西公子
日本公開:2025年6月27日(金)よりシネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、ホワイトシネクイント、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
配給:ミモザフィルムズ
公式サイト
© 2023 Fremont The Movie LLC