第78回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門 受賞結果
- Atsuko Tatsuta
第78回カンヌ国際映画祭のクロージングセレモニーと授賞式がフランス現地時間5月24日(土)夜に開催され、22作品が上映されたコンペティション部門の審査結果が発表されました。

ジャファール・パナヒ監督『It Was Just an Accident』
最高賞パルムドールはイランの名匠ジャファール・パナヒ監督『It Was Just an Accident』が獲得。テヘラン郊外で自動車修理工を営む主人公が、義足をつけた男を見かけ、自身を拷問した元看守ではないかと疑うところから始まり、かつての獄中仲間たちと共に復讐すべきか葛藤することに──。パナヒ作品に通底する政治的主題、国家の圧力や暴力に対する鋭い批評性は健在です。
イランニューウェーブのひとりとして、カンヌではデビュー作『白い風船』(95年)でカメラドール(新人監督賞)、『ある女優の不在』(18年)で脚本賞を受賞したパナヒ。2000年には『チャドルと生きる』でベネチア国際映画祭金獅子賞、2015年には『人生タクシー』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞しており、今回の受賞で世界三大映画祭の最高賞を制覇する快挙を成し遂げました。

ヨアキム・トリアー監督『Sentimental Value』
次点となるグランプリは、母の死により疎遠となっていた映画監督の父との葛藤に直面する姉妹をめぐる人間ドラマ『Sentimental Value』が受賞。『わたしは最悪。』のヒットで日本でも注目を浴びたヨアキム・トリアー監督がレナーテ・レインスヴェと再タッグ。“元名監督”の父役にステラン・スカルスガルド、彼の新作の主演に決定したハリウッド女優役にエル・ファニングといった魅力的なキャストも参戦しています。

オリヴァー・ラクセ監督『Sirât』
審査員賞は2作品に授与。ひとつは、モロッコのレイヴイベントで失踪した娘を探す父親(セルジ・ロペス)の過酷な旅路を描き、映画祭序盤で人気の高かった『Sirât』。監督は、前作『ファイアー・ウィル・カム』(19年)が「ある視点」部門で審査員賞を受賞した、フランス生まれ、スペイン育ちのオリヴァー・ラクセ。プロデューサーにはスペインの巨匠ペドロ・アルモドバルも名を連ねています。

マシャ・シリンスキー監督『Sound of Falling』
もうひとつの審査員賞受賞作は、第一次大戦期から現代まで、100年にわたって4人の女たちの人生を詩的に交差させながら描いた野心作『Sound of Falling』。フランス系ドイツ人監督・脚本家のマシャ・シリンスキーは、初長編映画『Dark Blue Girl』(17年)がベルリン国際映画祭に選出された新進気鋭。長編第2作目でのカンヌ受賞は、まさに大器の証明といえるでしょう。

クレベール・メンドンサ・フィリオ監督『The Secret Agent』
監督賞は、1977年軍事政権下のブラジルで、体制に抗った男の逃亡を描くクライムスリラー『The Secret Agent』のクレベール・メンドンサ・フィリオが受賞。『バクラウ 地図から消された村』(19年)でカンヌの審査員賞を受賞したブラジルの気鋭が、2作品連続での受賞となりました。さらに、主演のヴァグネル・モウラは男優賞を受賞。1976年、ブラジル生まれのモウラは2000年代より活躍。南米を舞台にした麻薬戦争を描いたNetflixオリジナルシリーズ『ナルコス』でゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネート、またアレックス・ガーランド監督の映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(24年)など、近年では国際的な活躍が目立っていました。カンヌでの受賞により、キャリアはさらに輝かしいものになるでしょう。

アフシア・エルジ監督『The Little Sister』
女優賞は、フランスのアフシア・エルジ監督『The Little Sister』の主演を務めたナディア・メリッティが受賞。セクシュアリティもアイデンティティも模索中の、思春期のアルジェリア系女性の揺れ動く内面を見事に表現しました。本作はクィアパルム賞も受賞しており、監督のエルジはベネチア国際映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)の受賞歴を持つ実力派の俳優ですが、監督としての今後も楽しみです。

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督『Young Mothers』
脚本賞を受賞したのは、『Young Mothers』のベルギーの名匠ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ。『ロゼッタ』(99年)、『ある子供』(05年)で2度のパルムドール、『少年と自転車』(11年)でグランプリ、『ロルナの祈り』(08年)で脚本賞、『その手に触れるまで』(19年)で監督賞、『トリとロキタ』(22年)第75回記念賞と、カンヌで錚々たる受賞歴を誇る兄弟が、本作で2度目の脚本賞に輝きました。
パナヒやダルデンヌ兄弟といったベテラン勢だけでなく、ヨアキム・トリアー、クレベール・メンドンサ・フィリオやオリヴァー・ラクセといった中堅の実力派が受賞するなど、バランスを配慮した受賞結果ですが、政治的メッセージの強い作品がより選出されたのは、審査員長のジュリエット・ビノシュの好みが反映されたともいえるでしょう。
フランスを代表する俳優のひとりであるビノシュは、もともとゴダールやカラックス作品で有名になった俳優ですが、成功後はハリウッド作品にも出演する一方で、作品の大小に関わらず作家性の高い世界的な監督と積極的に仕事をすることでも知られています。これまでもオーストリアのミヒャエル・ハネケ、イランのアッバス・キアロスタミ、イスラエルのアモス・ギタイ、台湾のホウ・シャオシェン、日本の是枝裕和といった名匠たちの作品に出演してきました。
また、パナヒとビノシュは過去に縁もあります。2010年のカンヌ国際映画祭の審査員に選ばれていたパナヒは、イラン大統領選挙後の抗議活動を支持したことなどを理由に逮捕され、出席が不可能に。同じくイランのキアロスタミによる『トスカーナの贋作』(10年)に主演していたビノシュは、パナヒ監督の不当な拘束に抗議する会見に参加、また、クロージングセレモニーで女優賞を受賞した際にもパナヒの置かれている状況に言及するなど、映画人として支援する立場を貫いてきました。
なお、パナヒの『It Was Just an Accident』 の北米配給権はNEONが獲得し、同社は、『パラサイト 半地下の家族』(19年)、『TITANE/チタン』(21年)、『逆転のトライアングル』(22年)、『落下の解剖学』(23年)、『ANORA アノーラ』(24年)に続き6年連続でパルムドール作品を手掛けることに。特に『パラサイト 半地下の家族』と『ANORA アノーラ』はその後アカデミー賞作品賞を受賞しており、カンヌでの買い付けや賞レース展開を積極的に行うことで、NEONはアート系映画界で存在感を高めています。
受賞結果は以下の通りです。
パルムドール(最高賞)
『It Was Just an Accident』ジャファール・パナヒ監督
グランプリ
『Sentimental Value』ヨアキム・トリアー
審査員賞
『Sirât』オリヴァー・ラクセ
『Sound of Falling』マシャ・シリンスキー
監督賞
クレベール・メンドンサ・フィリオ『The Secret Agent』
脚本賞
ダルデンヌ兄弟『Young Mothers』
女優賞
ナディア・メリッティ『The Little Sister』(アフシア・エルジ監督)
男優賞
ヴァグネル・モウラ『The Secret Agent』(クレベール・メンドンサ・フィリオ監督)
特別賞
『Résurrection』ビー・ガン