【単独インタビュー】『アプレンティス』アリ・アッバシ監督がトランプ大統領の“人間性”の奥に見るもの
- Atsuko Tatsuta
ドナルド・トランプの若き日をセバスチャン・スタン主演で描いたアリ・アッバシ監督最新作『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』が1月17日(金)に全国公開されました。
1980年代、父の会社が政府に訴えられ破産寸前に追い込まれる中、20代のドナルド・トランプ(セバスチャン・スタン)が出会ったのは、悪名高き弁護士ロイ・コーン(ジェレミー・ストロング)。〈勝つための3つのルール〉をトランプに伝授し、次第に彼を一流の実業家へと成功に導くコーンでしたが、やがてトランプはコーンの想像を超える怪物へと変貌を遂げ──。
長年トランプ前大統領を取材してきた政治ジャーナリストでもあるガブリエル・シャーマンによる脚本を映像化したのは、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを受賞した『ボーダー ふたつの世界』(18年)や同映画祭でザーラ・アミール・エブラヒミが女優賞を受賞した『聖地には蜘蛛が巣を張る』(22年)など、様々な野心作で映画界を賑わせてきたアリ・アッバシ監督。本作も第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミアされ、高い評価を獲得しました。
ドナルド・トランプ役を演じるのは、『アベンジャーズ』シリーズのバッキー・バーンズ/ウィンター・ソルジャー役で知られるセバスチャン・スタン、トランプを一流の実業家へと育てた果てに、予想不可能な運命に巻き込まれる弁護士ロイ・コーン役には、舞台「民衆の敵」でトニー賞演劇主演男優賞に輝いたジェレミー・ストロングと、演技派が顔を揃えています。
日本公開に際し、イラン出身デンマーク在住の気鋭アリ・アッバシ監督が、Fan’s Voiceのオンラインインタビューに応じてくれました。
──政治ジャーナリストのガブリエル・シャーマン氏が書いた脚本をあなたが受け取り、監督を務めることになったと伺っています。アメリカから距離的にも、政治的にも、また文化圏も遠く離れているあなたが、なぜこの主題に興味を持ったのでしょうか?
私は、おっしゃるようにアメリカ生まれでもアメリカ育ちでもなく、イランで生まれ育ちました。けれど、アメリカとイランはとても関係が深い。1970年の革命前は、アメリカの植民地と言っていいような国でしたし、その革命後もイランは、アメリカから天敵とみられる状況が続いています。なので、国同士の関係の深さが実はあります。イランでは常にアメリカの次の大統領は誰になるのか、その動向に大変注目が集まります。イラン出身の人間として、アメリカという国に非常に関心があり、関係も深かったといえます。
ただ、このトランプの伝記映画は、アメリカの政治に言及しようとしたわけではもちろんありません。彼の人生の一部を描いているのです。ある時期の彼を通して、アメリカの社会的および政治的システムの基盤となっている哲学を掘り下げたいというのが、私のこの映画に対する思いでした。彼がどうやって大統領になったのかという話よりも、そこに興味がありました。
そして、以前からアメリカについての映画を作りたいという気持ちもありました。アメリカという国は、文化的な国である一方、同時に帝国とも呼べると思います。なので自分自身は、アメリカ帝国の崩壊と失墜を語るナレーター役のような気持ちです。アメリカの失墜と崩壊はトランプから始まる、あるいは加速するのではないでしょうか。
──本作冒頭でのトランプは、まだ若くてある意味純粋です。そしてこの映画は、“彼がモンスターになるまでの映画”という言われ方もします。ただ、この映画では、彼の人間的な面も描かれている。この作品を観ると、これほどまでに怪物視されているトランプが、なぜ絶大な人気を得て大統領選で2度目の当選を勝ち取ったのかも理解できる気がしました。つまり、彼の人間味を描くこともあなたにとっては重要だったのでしょうか?
まったくその通りです。(トランプの)人間性について描くことは、この映画のミッションだと思っていました。私は人間というのは、共感力に関しては、誰もが無限の可能性や能力を持っていると思っています。しかも、エンターテインメント(作品)を作るなら、その力を発揮しなければいけない。特にキャラクターを追っていくような物語の場合は、主人公が例え嫌悪感を抱くような人物であったとしても、その人の視点から描くことによって、観客はその行動やマインドを理解ができるようになります。共感とまではいかなくても、気持ちを添わせることができるようになると思います。
ただ、あなたも示唆したように、イノセントだった彼が完全にモンスターになる、というような物語にはしたくなかった。そもそも私は、人間に対して白か黒かというジャッジをしたくないん。誰にも傾向というものがありますが、トランプの場合は、それが極端に強まっていったということなのだと思います。
また、アメリカ映画では、どうしてそういった人間になったのかと問う場合、親の責任であると結論づけたり、子どもの頃に何かがあったからだというような理由付けをしたがりますよね。でも実際のところ、その人をその人たらしめるのは、社会のシステムが大きいと思っています。例えば、日本でもしトランプが生まれ育ったら、日本の社会システムは彼が今のトランプのような人間を許容しなかったと思いますが、どうでしょう?私はこの映画の大きな主題が、アメリカ社会がいかに彼が今のトランプになることを許容してしまったかという問題だと考えています。
──アメリカのシステムについてのお話がありましたけれども、この作品はカナダで撮られたとも聞いています。そしてシャーマン氏は、この作品を撮るあなたがアメリカ人でないこともポイントだったとおっしゃっています。セバスチャン・スタンもニューヨーク育ちですが、元々はルーマニア出身ですね。つまり、アメリカ人ではない外側の視点を持つことは、この映画にとって重要だったのでしょうか?
確かに外側、アウトサイドから来ているスタッフ・キャストが多かった作品です。面白いですよね。カナダ、アイルランド、デンマークのキャストやスタッフが多く、アメリカ人といえば、ガブリエル(・シャーマン)やプロデューサーのエイミー(・ベア)と、本当に数えるくらいしかいなかった現場ではありました。だからこそ、トランプについても、政治的な価値観に囚われずに何が良い描き形で何が悪い描き方なのか、どういう風な描写にすべきなのかということを、自由に議論できたと思います。全員アメリカ人のスタッフでも映画は作ることはできたとは思いますけど、全く違う作品になっていたのではないでしょうか。
また、ニューヨークについての映画もたくさん作られていますよね。映像的にニューヨークという街は、ある種記号化されているところもある。私は、特に街自体がひとつのキャラクターだとは思っていなかったのですが、ハリウッドが例えば日本を描く時に、東京と京都の違いさえあまり分かっていないような作品があったりしますよね。全部がそうだと言っているわけではないですが。そのように、ハリウッドで作られる映画は、歴史的な時代考証をきちんとするよりもストーリーテリングに趣を置くケースが割と多い。私はこの作品には、そのアプローチが合っているのではないかと考えました。
なので、アウトサイダーである私たちが作ったことは、結果的に良かったと思います。特にセバスチャン(・スタン)や(イヴァナ・トランプ役の)マリア・バカローヴァに関しては、自身が外国からアメリカに来てスポットライトを浴びて成長していくという経験をしている。だから彼らの経験自体も、今回の映画を作るにあたって非常に価値がありました。
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『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(原題:The Apprentice)
20代のドナルド・トランプは危機に瀕していた。不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ、破産寸前まで追い込まれていたのだ。そんな中、トランプは政財界の実力者が集まる高級クラブで、悪名高き辣腕弁護士ロイ・コーンと出会う。大統領をはじめとする大物顧客を抱え、勝つためには人の道に外れた手段を平気で選び法さえ無視する冷酷な男だ。そんなコーンがまだ駆け出しでナイーブな“お坊ちゃん”だったトランプを気に入り、〈勝つための3つのルール〉を伝授し服装から生き方まで洗練された人物へと仕立てていく。やがてトランプはいくつもの大事業を成功させていくのだが、コーンさえ思いもよらない怪物へと変貌していく……。
監督:アリ・アッバシ
脚本:ガブリエル・シャーマン
出演:セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング、マリア・バカローヴァ、マーティン・ドノヴァン
2024年/アメリカ/英語/123分/カラー/ビスタ/字幕翻訳:橋本裕充
日本公開:2025年1月17日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
配給:キノフィルムズ
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