【単独インタビュー】『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』マルコ・ベロッキオ監督
- Atsuko Tatsuta
イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオ監督の新作『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』が8月9日(金)より全国順次公開されました。
1978年3月16日、キリスト教民主党党首で元首相のアルド・モーロ(ファブリツィオ・ジフーニ)を乗せた車が極左武装グループ「赤い旅団」によって襲撃され、5人のボディガードは射殺。モーロは誘拐された。冷戦下のイタリアで第二党へと躍進した共産党が入閣する連立政権樹立のためにモーロは奔走し、「歴史的妥協」による新しい内閣がその日に発足することになっていた。
イタリアの歴史の大きな転機となったこの事件を、モーロを救うため奔走する内務大臣コッシーガ(ファウスト・ルッソ・アレジ)、モーロと親交の深かったローマ教皇パウロ6世(トニ・セルヴィッロ)、モーロの妻エレオノーラ(マルゲリータ・ブイ)、「赤い旅団」の女性メンバーのアドリアーナ・ファランダ(ダニエーラ・マッラ)らの視点から描く。
26歳で『ポケットの中の握り拳』(65年)でデビューしたマルコ・ベロッキオ監督は、半世紀以上に渡ってイタリア映画界の最前線で活躍してきた生きる伝説。ムッソリーニの最初の妻イーダ・ダルセルの悲劇を描いた『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』(09年)や、ジャーナリストのマッシモ・グラメッリーニの自伝的映画『甘き人生』(16年)、高名なマフィアのトンマーゾ・ブシェッタの半生を描く『シチリアーノ 裏切りの美学』(19年)など実在の人物を主題とした作品により、イタリアの“顔”を多角的にあぶり出してきました。
アルド・モーロ事件を犯人である「赤い旅団」の視点から描き、絶賛された『夜よ、こんにちは』(03年)から約20年、ベロッキオは再びアルド・モーロ事件の主題に着手し、360分の巨編を完成させました。6章のミニTVシリーズとして製作された本作は、2022年のカンヌ国際映画祭カンヌプレミア部門で上映され、高い評価を獲得。日本では前編・後編の2部作として、待望の劇場公開されます。
日本公開に際して、マルコ・ベロッキオ監督がFan’s Voiceのオンラインインタビューに応じてくれました。
──『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』が日本では劇場公開されることになり喜ばしい限りです。
ドラマシリーズで配信されるのではなく、映画として公開されるのですね?イタリアと一緒ですね。良かったです。
──もともとこの作品はドラマとして製作されたと聞いていますが、最初から映画としても上映予定だったのでしょうか?
はい、最初は6話のRAI(イタリア放送協会)のTVシリーズとして製作されました。でも、カンヌ国際映画祭に選出されることになり、二部構成にして映画館でも上映しようと提案がありました。私としては、いつもの映画を撮る時と同様に撮りました。
──アルド・モーロ事件については2003年に『夜よ、こんにちは』ですでに取り上げたわけですが、20年経った今、この主題に立ち戻った理由は何でしょうか?
直接のきっかけは、アルド・モーロ誘拐殺害事件の40周年です。2018年頃に新聞やテレビなど多くのメディアでこの事件が再び取り上げられたことで、モーロとその死について再考するきっかけになりました。その時に、20年前に自分が描いた映画の“外側”を描いてみたいという興味が湧いてきました。20年前の作品では顔が見えなかった人物たちや登場しなかった人物たちを紹介していくことで、同じ事件をまた違う角度から見直すことができるのではないかと思ったからです。つまり、『夜よ、こんにちは』のリバースショットですね。例えば内務大臣のコッシーガとか、パウロ6世、モーロの家族、それからテロリストたち。そういった人物たちに光を当てたいと思い、この映画を作ろうと思い始めました。
──6話仕立てにすることは最初から決めていたのですか?
だいたい6話になると最初から考えていました。この悲劇の外側にいて、私が語りたい人物は、コッシーガ、教皇、家族、そして「赤い旅団」の若者でした。4つの視点です。一方、イタリアの独特のテレビ事情として、大体3話ずつ放映します。ということで、6話構成。映画になったときは3話ずつ前半と後半に分けられるところも良いですしね。
──モーロを取り巻く人物としては、当時の首相ジュリオ・アンドレオッティも重要だと思います。彼が率いる内閣が収監中の「赤い旅団」のメンバーの釈放を認めなかったため、モーロは殺害されました。実際に彼はあの事件の黒幕と言われたりもしていますが、彼は1話分の主人公にはなり得なかったのでしょうか?
アンドレオッティに関していえば、趣味の問題というか……もちろんインスピレーションの一つではあったのですが、実際に彼の歴史的な評価はすでに定まっていますし、散々メディアでも取り沙汰され、社会的批判も受けている。そういった人物よりももう少し、コッシーガのような今まであまり語られてこなかった人物に焦点を当てた方が面白いと思いました。コッシーガは神経症的で強迫観念を持っているような、ある意味、とても身近に感じる人物です。もちろんこの作品にもアンドレオッティはとても重要な人物として登場しますが、比重としては少なめです。
──ちなみにあなたは、アンドレオッティはモーロ誘拐事件に関わっていたと思われますか?
個人的には、この件に関してアンドレオッティは無実なのではないかと思っています。アンドレオッティはキリスト教民主党の中でも極右の立場でしたが、モーロ自身が、アンドレオッティを次期首相に指名したのです。一方、「歴史的妥協」と言われているモーロの選択に対して、アメリカを始めとする西側は警戒していました。それをなだめる役割を果たしたのがアンドレオッティだったわけです。アンドレオッティはキリスト教民主党に忠実な人物であり、北大西洋条約機構にも忠実な人物であるということで、モーロは彼を首相に据えたと思います。
また、事件に関しては、アンドレオッティ以外の政治家たちも、テロに屈することによって国家権力が揺るがされることを良しとせず、最終的にモーロを見放したのです。彼らは、収監されている「赤い旅団」のメンバーと引き換えにモーロを解放するという交渉を実際に行わず、それによってモーロは戻らなかった。その選択は、アンドレオッティ以外の政治家の選択でもあるのです。
──事件から40年以上が経ち、歴史的に重要な事件であるアルド・モーロ事件のことも「赤い旅団」のことも知らない若い世代が増えました。製作にあたって、そうした観客のことを意識しましたか?
若者にアピールしようと思ってこの作品を作ったわけではありませんが、事件を知らない世代も観る作品であることは常に頭にはありました。私自身はこの事件をリアルタイムで知っている世代ですがね。ということで、特に脚本家たちとは、この事件を知らない人にも理解できるように配慮して脚本を書きました。誰にでも訴求力のある物語ということです。日本の配給会社もマゾヒストではないと思うので、この事件を知らない日本の観客に観て欲しいと思い、この長い長い映画を配給してくださるのだと思いますから。
さらに、私はあの事件のある意味小説的な側面に惹かれています。アルド・モーロは政治的なリーダーですが、あの事件においては悲劇の主人公という側面もあります。例えばシェイクスピアの悲劇の主人公が、英国史というコンテクストを離れて悲劇のヒーローとして語られるような二次創作があるのと同じように。そういった意味で、アルド・モーロという人物を興味深く思っています。
基本的にこの映画は史実に忠実に作られていますが、こと人物像に関しては、私の想像力を駆使して自由に作り上げています。例えば、コッシーガはとてもハムレット的です。不幸で、コンプレックスを抱えていて、ちょっとパラノイア的な人物に描かれていることはおわかりになると思います。政治家としての彼よりも、人間としての彼に焦点を当ててみたかったのです。
──自由に人物像を構築するにあたって、どのような形でリサーチされたのですか?
まず、この企画はリサーチから始めました。アルド・モーロ事件に関しては、イタリアでは100冊以上本が書かれていますし、資料もたくさんあり、研究も進んでいます。そういったものをつぶさに読んで、調べました。ある時点で、ミゲル・ゴトールという歴史学者で、半世紀以上モーロ事件を研究している識者の協力を仰いで、緻密に史実を網羅しました。事実が物語となる時、どんなに調べ尽くされた史実であったとしても、必ず暗がりがあると思います。例えば二人の人物の会話や対話などのディテールだったり。そこに私たち映画作家のファンタジーというか、史実に忠実でないことが介入する余地があります。でも、史実とファンタジーをどのように融合させたかという点に関しては、何よりもまず事実ありきと言えると思います。アルド・モーロが拉致されてから殺害されるまでの真相を知りたいということが、根底にありますからね。もちろん、人物像を作り上げるという意味では、俳優の貢献があります。彼らなりのキャラクターの解釈と表現が、この作品を豊かなものにしています。
──『夜よ、こんにちは』では、アンナ・ラウラ・ブラゲッティの回想録を原作に、監禁されたモーロの世話をしたキアラという「赤い旅団」のメンバーの視点から描きました。本作ではファランダという「赤い旅団」の中でも援助部隊というか、直接的には誘拐・監禁に関わらず、事件の中心から少し距離を置いていたメンバーに焦点を当てたのはなぜでしょうか?
事件を“外側”から描くという映画のスタイルとしての首尾一貫性からですね。彼女は拉致事件が起こった時には家にいたわけで、実際に手を下していません。実際にモーロを殺害したのは、マリオ・モレッティです。実際ファランダも後に逮捕されますが、やはり直接的に関わっていないという意味では、“外側”にいた人物なわけです。コッシーガ、教皇、モーロの家族だけでなく、「赤い旅団」の一員であったとしても、アジトの外側からあの事件を見つめていたといえるでしょう。ファランダは、モーロの手紙を外側に持ち出すというミッションを背負っていました。その時、彼はまだ生きていたのです。
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『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』(英題:Exterior, Night)
1978年3月のある朝、戦後30年間にわたってイタリアの政権を握ってきたキリスト教民主党の党首であり、5度の首相経験のあるアルド・モーロが、極左武装グループ「赤い旅団」に襲撃、誘拐されてしまう。世界が注目し、イタリア中が恐怖に包まれたその日から55日間の事件の真相を、アルド・モーロ自身、救出の陣頭指揮を執った内務大臣フランチェスコ・コッシーガ、モーロと旧知の仲である教皇パウロ6世、赤い旅団のメンバーであるアドリアーナ・ファランダ、そして妻であるエレオノーラ・モーロの視点から描く。
監督・原案・脚本:マルコ・ベロッキオ
原案:ジョヴァンニ・ビアンコーニ、ニコラ・ルズアルディ
原案・脚本:ステファノ・ビセス
脚本:ルドヴィカ・ランポルディ、ダヴィデ・セリーノ
出演:ファブリツィオ・ジフーニ、マルゲリータ・ブイ、トニ・セルヴィッロ、ファウスト・ルッソ・アレジ、ダニエーラ・マッラ
2022年/イタリア/イタリア語・英語/340分/カラー/1.85:1/5.1ch/原題:Esterno notte/字幕翻訳:岡本太郎/G
日本公開:2024年8月9日(金)、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次ロードショー!
配給:ザジフィルムズ
ザジフィルムズ35周年記念作品
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