【単独インタビュー】『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』ジェームズ・ホーズ監督が実話を通して描く“自分ごと”としての難民問題
- Atsuko Tatsuta
アンソニー・ホプキンス主演最新作『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』が6月21日(金)に公開されました。
第二次世界大戦前夜の1938年、プラハでナチスの迫害から逃れてきた難民たちの境遇を知ったイギリス人のニコラス・ウィントンは、子どもたちをイギリスに避難させるために奔走する。資金集め、列車の手配、里親探し……支援者たちの協力のもと子どもたちの移送は順調に進み始めたかに見えた矢先、ついに開戦の日が訪れてしまう。49年後、救出できなかった子どもたちのことが頭から離れないニコラスのもとに、BBCのリアリティ番組『ザッツ・ライフ!』への出演依頼が届き──。
669人の子どもたちをナチスから救ったイギリス人の青年ニコラス・ウィントンは50年後、思いがけずその子どもたちに再会することに。イギリスのリアリティ番組で取り上げられ大きな反響を得た実話が、名優アンソニー・ホプキンスを主演に映画化。
アカデミー賞受賞作『英国王のスピーチ』のプロデューサーのエミール・シャーマンとイアン・カニングは15年前に企画を立ち上げ、テレビシリーズ『スノー・ピアサー』の製作総指揮などを手掛けたジェームズ・ホーズに監督を依頼。ホーズは、ニコラスの娘バーバラの著書「If It’s Not Impossible…」と綿密なリサーチのもと、『リリーのすべて』の脚本家ルシンダ・コクソンやニック・ドレイクと脚本を練り上げ、この奇跡の物語をスクリーンに映し出しました。
日本公開にあたり、本作で長編映画デビューを飾ったジェームズ・ホーズ監督がFan’s Voiceの
オンラインインタビューに応じてくれました。
──『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』に大変感銘を受けました。この物語は15年前からプロデューサーのエミール・シャーマンとイアン・カニングが企画を開発していたそうですが、どのような経緯であなたのもとに監督の依頼が来たのでしょうか?
私はもともとドキュメンタリーを制作したり、実在の事件などの実話モノを手掛けてきました。なので、その二人の「See Saw Films」とも仕事をしたいと以前から思っていて、実現はしませんでしたがいくつか企画がありました。それで、彼らが製作、私が監督(シーズン1)を手掛けた『窓際のスパイ』というテレビシリーズの評判が結構良く、ちょうどその後、私のスケジュールも空いていたので、本格的にこの作品に取り組むことになりました。
──とても魅力的な題材にも関わらず、映画化まで15年かかった理由は?
条件がなかなか揃わなかったということなのだと思います。脚本、監督、役者が全て揃わないとスタートできませんからね。もともとプロデューサーらが生前のニコラスに会ったときは、映画化に対して少し躊躇しているところもあったようなのですが、ニコラスの娘のバーバラさんが伝記を持ってきて、これを基に映画化すべきではないかと提案したところから動き出しました。ただし、その時の条件がひとつあり、アンソニー・ホプキンスを(晩年の)ニコラス役にして欲しい、と。ホプキンスは有名な俳優ですから、プロデューサーたちにとっては大変な条件だったのですけれどね。でも正直なところ、この作品が公開された時の世界情勢を考えると、このタイミングで作られるべき映画だったのだと感じました。
──アンソニー・ホプキンスをどのように獲得したのでしょうか?
彼がこの物語に関心を持っていると耳にしたので、脚本とYouTubeに上がっていたBBCの『ザッツ・ライフ!』のリンクを送りました。初めてお会いした時、当初は1時間半の予定だったのですが、結局4時間後もまだ話し続けているくらい通じるものがありました。また、ニコラス・ウィントンという人物やストーリーに関する解釈、どういう風にこの物語を映像化したらいいのかということに関しても、同じような考え方をしていました。やはり映画作りにおいて、人と人との関係は大事ですから。
──映画中にも登場しますが、BBCのリアリティ番組『ザッツ・ライフ!』でニコラスは約50年前に自分が助けた子どもたちと再会します。ということはイギリスでは、この物語自体は今では多くの方が知っているのでしょうか?
『ザッツ・ライフ!』は日曜夜の人気番組でした。当時は国民の3分の1、つまり2千万人くらいが観ていると言われていた生番組でした。今考えると、ものすごいことですね。なので、インパクトも大きかった。ニコラスと子どもたちとの再会は、その中でも最も有名なシーンだったかもしれません。それまで、彼の物語を知っている人はほとんどいなかったとは思いますが、本当に有名になりました。ちなみに、その時の番組はYouTubeにアップされていて、未だに1年に2、3回はバズります。私が最後に確認した時は、4千万回くらい再生されていましたね。
──多くの人が知る実話を映画化する上で、ポイントとなったことは何でしょうか?映画でなければ描けないこの物語の魅力はどこにあると思いますか?
テレビ局のスタジオでの再会は、ものすごくエモーショナルなシーンであることは間違いありません。しかも、多くの人がそれを観ているので、きちんと再現する必要があるという意識はありました。なので、ニコラスの視点からその経験を撮りました。スタジオに入ってくるときは、カメラは彼の膝くらいの位置にあって、つまりニコラスが経験していることを観客も経験するわけですね。彼の目に映るライトやカメラ、そして大人になった子どもたち。みんなテレビで観たシーンであっても、ニコラスの視点で観ることで、これまでとは違う体験ができるのではないかと思いました。
物語全体でいうと、彼の後悔の念を描くことでした。映画冒頭で観客は、ニコラスが“もっと多くの子どもの命を救えたのではないか”という自責の念に囚われていることを知ります。そして物語が進むうちに、彼が素晴らしい事を成し遂げたことを知るわけです。テレビでは映されなかった、その彼の物語を描きたいと思いました。
──娘のバーバラさんが持ち込んだ原作を読んだ印象はどのようなものでしたか?
フィルムメーカーとして、本当に代えがたい価値のあるものでした。彼の生活がどんなものであったかというより、ニコラス・ウィントンという人物がどう形成されていったかを知るために、特に。子ども時代、青年時代、そして家族。どういうバックグラウンドがありプラハに行ったのか、そしてあのような勇気ある行動をとるに至ったのか。その人間性を理解する上で、とても助けになりました。
また、イギリス難民委員会児童課のドリーン・ワリナー(映画中ではロモーラ・ガライが演じている)の「プラハの冬」という出版されていない体験記も参考にしています。また、やはりイギリス難民委員会児童課のトレヴァー・チャドウィック(演:アレックス・シャープ)のご家族が、彼に関する伝記を書いています。そうした入手できる伝記や資料をすべて読みました。彼らの体験は、あの時期の、そして子どもたちを助けたコミュニティについての豊かなタペストリーです。
──プラハで難民が置かれた厳しい状況を知ったニコラスは心を動かされ、あのような勇敢な行動に出たわけですが、この映画を観た観客たちもニコラスと同様に、難民の苦境を知り、心を痛めると思います。あなたは他にも多くのリサーチをしたと思いますが、その中でどのような事実を発見したのでしょうか?
あなたに、この映画における難民たちの描写をそう感じていただけたことがとても嬉しいですね。実際に我々は、難民のコミュニティが当時のものがどんなものであったかに関して、膨大なリサーチをしています。難民と聞くと、例えば貧困生活を送っているというような単純化されたイメージを持っている人もいますが、実際のところ、一口に難民といっても多様です。ウィーンから来た裕福な方もいれば、ユダヤ人ではないけれども迫害されていたり、そういったいろんな方々により難民のエリアは出来上がっていました。そうした当時の難民の実情をリアルに描く必要がありました。中でもそのカギとなったのが、胸が突き動かされるような子どもたちの光景です。例えば赤ちゃんを抱いている少女が登場しますが、彼女はたいへん地に足のついた人でもあります。
ひとつ言えば、気候については考慮しました。プラハの冬は雪が降っていてもおかしくないくらいの寒さなのですが、雪に覆われると、それは画的に美しくなってしまう。我々は難民キャンプを美化して描きたくなかったので、泥混じりの寒風に凍えるような風景を作りました。なので、歴史的な史実、それからクリエイティブな選択から、難民コミュニティのシークエンスは作られたといえます。
──冒頭でおっしゃったように、この作品が今映画化されることの意味が大きいと思います。こうした迫害および難民問題は過去のものではなく、世界中で現在進行系で起こっています。
まさにあなたが今、おっしゃった通りです。私が考えていることを代弁してくださっている。私は、この作品はウクライナやガザを始め、紛争地域の人々や難民の問題を改めて思い出すきっかけになっているのではないかと思います。ニコラスが助けた669人の子どもたちの中で、政治家、科学者、ジャーナリストになって社会に大きく貢献している人たちもいます。彼らの活躍は“難民”というイメージを大きく覆すでしょう。また反対に、いつ自分が難民になるかもしれないということを考えれば、この映画で起こっていることは決して他人事ではないのです。
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『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』(原題:One Life)
監督:ジェームズ・ホーズ
脚本:ルシンダ・コクソン ニック・ドレイク
出演:アンソニー・ホプキンス、ジョニー・フリン、レナ・オリン、ロモーラ・ガライ、アレックス・シャープ、マルト・ケラー、ジョナサン・プライス、ヘレナ・ボナム=カーター
2023年/イギリス/英語/109分/カラー/ビスタ/字幕翻訳:岩辺いずみ/G
日本公開:2024年6月21日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国ロードショー
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
公式サイト
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