Column

2024.01.09 21:00

【単独インタビュー】『コンクリート・ユートピア』オム・テファ監督が焦点を当てた韓国のマンション神話

  • Atsuko Tatsuta

第96回アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表に選出された、イ・ビョンホン × パク・ソジュン共演のパニックスリラー『コンクリート・ユートピア』が1月5日(金)に日本公開されました。

世界各地で起こった地盤隆起による大災害で壊滅したソウル。唯一崩落を逃れたマンション「ファングン・アパート」には、居住者以外の生存者たちが押し寄せ、不法滞在や放火、殺傷事件が相次いだ。危機感を抱いた住人たちは、勇敢な行為によって注目を集めた902号室のヨンタク(イ・ビョンホン)を臨時代表に選出し、一致団結することで安全で平和な“ユートピア”を築こうとするが、防衛隊長に指名された602号室のミンソン(パク・ソジュン)の妻ミョンファ(パク・ボヨン)は、そんなヨンタクに疑いの目を向ける──。

未曾有の天災に見舞われ、極限状態に陥った人々の壮絶な人間模様を描いた『コンクリート・ユートピア』。『G.I.ジョー』などハリウッドでも活躍する韓国を代表する演技派スター、イ・ビョンホン、Netflixで配信され世界中でヒットしたドラマ『梨泰院クラス』に主演し、『マーベルズ』(23年)でハリウッドデビューしたパク・ソジュン、『過速スキャンダル』(08年)や『私のオオカミ少年』(12年)などのヒット映画、大ヒットドラマ『力の強い女 ト・ボンスン』(17年)などで知られるパク・ボヨンといった人気俳優の共演で、制作中から注目を集めていました。

第48回トロント国際映画祭でワールドプレミアされ高い評価を受けた本作は、2023年8月に韓国で公開され大ヒット。韓国の権威ある二大映画賞である第59回大鐘映画賞で作品賞、主演男優賞(イ・ビョンホン)、助演女優賞(キム・ソニョン)など6部門で受賞、第44回青龍映画賞では監督賞(オム・テファ)、主演男優賞を獲得し、パク・ボヨンが人気スター賞に輝きました。

監督のオム・テファは1981年生まれ。パク・チャヌクの助監督などを経て、カン・ドンウォン主演の『隠された時間』(16年)で長編デビューを飾りました。

本作の国際的な成功によって脚光を浴びている新進気鋭のオム・テファ監督が、日本公開に際し、Fan’s Voiceのオンラインインタビューに応じてくれました。

──ウェブトゥーン漫画「愉快なイジメ」の第2部「愉快な隣人」が原作と伺っていますが、映画化にあたって、どのような映画ならではの表現や要素を加えたのでしょうか?脚色のポイントを教えてください。
ウェブトゥーンを読んで興味深かったのは、大災害ですべてが瓦礫となった街で、マンション1棟だけが残っているという設定でした。私自身、常日頃から「マンション」に興味を抱いていたので、このストーリーの舞台が、マンションであることが面白いと思いました。

私は、韓国人はなぜ「マンション」に執着するのだろうかと普段から疑問を持っています。韓国人の60%は、一戸建てではない集合住宅、つまりマンションに住んでいます。本来は住居なのですが、韓国社会では奇妙なことに、自分の財産を表象する象徴的な空間になっています。

このウェブトゥーンを読んだ時、映画化することによって、スクリーンで韓国社会の縮図を描けるのではないかと思いました。映像化の最大のポイントは、リアリティでした。我々がよく知っているマンションをリアルに表現しないと、観客は感情移入できないでしょうから。

──冒頭、韓国人にとってのマンションの意味について、ニュース風の映像を用いて語られていますね。あれはウェブトゥーンからの引用ではなく、今おっしゃったような監督の社会への視点を明確にするものなのですね。
原作のウェブトゥーンは、マンションが背景にはなっていますが、マンションが主題ではありません。マンションに集まった人たちが、ある意味で一つの国を作っていくストーリーです。私は、どちらかというとマンションを中心にした話を作りたかった。そのマンションに集まった住民たちが、その空間を守るために、システムを作っていく話。これはウェブトゥーンにはないので、私たちが作り上げた話です。

作品のマンションに対する世界観を作るにあたって、韓国におけるマンションの発展をニュース風の映像で見せるという冒頭は、私のアイディアです。韓国でマンションはこのような歴史を持っていたんだと受け取る観客もいるでしょうし、韓国と限らずとも、社会の中におけるマンションに関して、アナロジー的な見方ができるかもしれないと思いました。

──この作品は、パニックスリラーやディザスタームービーと言われるジャンルの作品ともいえると思います。韓国映画の場合、こうしたジャンル映画においても、単なるエンタメとして終わらせずに、格差社会や競争社会など、韓国が直面している社会問題が背景に描かれることが多いという印象です。この作品も、韓国社会の厳しい側面が反映されていますが、特にイ・ビョンホン演じるヨンタクは、そうした社会的なジレンマを体現しています。彼は犯罪者ですが、一方で彼も社会の犠牲者だとも捉えることもできる。こうした複雑なキャラクターを作り上げた意図とは?
この作品を、理想的な人生を描く、あるいは答えを明示するような映画にするつもりはありませんでした。問いを投げかけ、観客がそれを自ら考えられるような作品にしたかった。そのためには、登場人物たちが絶対的な善、もしくは悪として対峙するのではなく、観客が感情移入できる普通の人々を描くことが大事でした。彼らが何を「選択」するのかを見せ、その「選択」がもたらすものを見せたかった。

ヨンタクという男も、私たちの身近にいるような普通の人として描きたいと思いました。そのことについて、イ・ビョンホンさんとは撮影に入る前にたくさん議論しました。彼はヨンタクというキャラクターを、素晴らしい演技で輝かせてくれたと思います。

──ヨンタクは実際に、とても複雑で難しいキャラクターです。最初からイ・ビョンホンさんを想定していたのでしょうか?
ヨンタクという人物は、この映画の中で小市民から独裁者へと大きな変貌を遂げます。まず、2時間という短い時間の中でこうして変化していくキャラクターを演じてくれる方は誰がいるだろう、と考えました。さらに、大きいバジェットの作品なので、チケットパワーがある、つまり観客を呼べる俳優の中でヨンタクを演じてくれるのは誰かと考えた時に、イ・ビョンホンさんしか浮かんできませんでした。なので、この企画をイ・ビョンホンさんに話し、出演を承諾していただいたことは、この作品にとって最も大事な瞬間でした。素晴らしい映画になるという自信になりました。

──バジェットに関していえば、日本円だと20億から25億円くらいの製作費だと思いますが、あなたのような若い監督にとっては大きなチャンスであり、チャレンジでもありますね。
大作を手掛けたいと思って始まったというより、原作のウェブトゥーンを映画化したいと思って始まったプロジェクトです。映画化するにあたって、リアル感を出そうと思っていたら、製作費が他の作品よりも必要になった、という感じです。なので、商業映画として成立させるためには、チケットパワーのある俳優たちをキャスティングしなければならなくなり、どんどん大作と呼ばれる規模に膨らんでいきました。

──ポン・ジュノ監督は、日本の漫画に非常に影響を受けて育った世代だとおっしゃっていたのですが、あなたも漫画世代だと言えるのでしょうか?
私も普段からすごく漫画が好きで、よく読んでいます。日本の漫画もすごく好きで、たくさん読んでいますが、パッと思い出てくるのは「ドラゴンヘッド」や「スラムダンク」、「ドラゴンボール」。本当にたくさん読んでいるので、おそらく無意識的に自分が好きな漫画の影響を受けてきたと思います。

──パク・チャヌク監督の助監督をされた経験がありますね。この作品のラッシュも、パク・チャヌクさんに見せたと聞いています。どのようなアドバイスをいただいたのですか?
『コンクリート・ユートピア』は、コロナ禍により公開が1年くらい遅れました。パク・チャヌク監督もちょうど、『別れる決心』の編集といったポストプロダクションのスケジュールが延びていて、その時間を利用してパク監督は、1フレーム1フレームを入れたり抜いたりという作業を反復しながら、推敲していました。パク・チャヌク監督は、「私もこういう風に粘りに粘ってやっているので、あなたも諦めず、満足がいくよう最後まで食い下がりなさい」とアドバイスしてくれました。おかげで、私は仕上げチームを苦しめることになったかもしれません(笑)。

──作品に関する感想もいただきましたか?
いろいろ言われたかもしれませんが、今、思い出せるのは、ヨンタクのキャラクターに関して。ヨンタクというあまりにも酷いキャラクターを、イ・ビョンホンさんが完璧に演じていることに対してです。「ここまでやらなくてもいいんじゃないの?」と冗談っぽく話されていました。最高の褒め言葉だと思いました。

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『コンクリート・ユートピア』(英題:Concrete Utopia)

監督:オム・テファ
出演:イ・ビョンホン、パク・ソジュン、パク・ボヨン、キム・ソニョン、パク・ジフ、キム・ドユン
2023/韓国/130分/ビスタ/5.1ch/字幕翻訳:根本理恵/G

日本公開:2024年1月5日(金)全国公開
配給:クロックワークス
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