【単独インタビュー】『枯れ葉』主演アルマ・ポウスティが見たアキ・カウリスマキのミニマリズム
- Atsuko Tatsuta
第76回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞したフィンランドの巨匠アキ・カウリスマキの最新作『枯れ葉』が12月15日(金)に日本公開されました。
フィンランドの首都ヘルシンキ。理不尽な理由で仕事を失ったアンサ(アルマ・ポウスティ)は、カラオケバーで酒浸りのホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)と知り合う。名前も知らず惹かれ合った二人だが、現実の過酷さは、彼らをささやかな幸せから遠ざける──。
カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『過去のない男』(02年)などで知られるアキ・カウリスマキは、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞した『希望のかなた』(17年)後に引退宣言をしてから6年、『枯れ葉』でスクリーンにカムバック。街の片隅で孤独を抱えながら生きる男と女のラブストーリーは、『パラダイスの夕暮れ』(86年)、『真夜中の虹』(88年)、『マッチ工場の少女』(90年)からなる「労働者3部作」に通じる、労働者階級に生きる人々を見つめたキャリア最高峰の傑作です。
主人公のアンサ役に抜擢されたのは、本作でカウリスマキ映画初登場となるアルマ・ポウスティ。「ムーミン」の原作者として知られる作家トーベ・ヤンソンの半生を描いた『TOVE/トーベ』(20年)で脚光を浴び、フィンランドのアカデミー賞にあたるユッシ賞で主演女優賞を受賞した、今をときめく俳優です。『枯れ葉』の演技でも高い評価を受け、ヨーロッパ映画賞やゴールデングローブ賞などの映画賞でも主演女優賞にノミネートされるなど、今シーズンの映画賞を席巻しています。
多忙なスケジュールの合間を縫って来日したアルマ・ポウスティが、インタビューに応じてくれました。
──今年のカンヌ国際映画祭以来、映画祭や映画賞に作品ともどもあなたの名前が上がっていますね。今回は、米国でのプロモーションを経て日本にいらしたのですね?
はい。この映画はたいへん高い評価をいただいていて、映画賞でも話題にしていただき、本当に嬉しいです。とても素晴らしい秋を過ごしています。
──アキ・カウリスマキ作品は私も大ファンですので、嬉しい限りです。あなたは、カウリスマキ監督と初めてお仕事をされたわけですが、どのような経緯で出演することになったのですか?
その経緯自体がミステリーと言えるものです。あるとき電話がかかってきて、「アキ・カウリスマキ監督があなたに会いたいと言っている」と言われ、「えっ、なぜ?」と本当に驚きました。まったく予期していなかったことでした。ランチにお誘いいただき、伺ったら、一緒に共演することになったユッシ・ヴァタネンさんもいらしていました。彼のことはもちろん知っていましたが、一緒に共演したこともなかったので、きちんとお会いしたのは初めてでした。
そして、カウリスマキ監督もいらしたのですが、その時の感想といえば、ちょっとおかしいかもしれませんが、「あっ、アキ・カウリスマキって本当にいるんだ」というものでした(笑)。私はフィンランドに住んでいて、アキが経営しているバーや映画館にもよく行っていました。つまり、常に私の日常の中にアキがいました。なので、本物のアキが目の前にいるのは、なんだか不思議な気持ちで、ランチをしながらいろいろと、世界情勢の話やフィンランドの森の話、犬の話、アスパラガスの話──本当にいろいろな話をしました。
ランチの最後に、「実は今、こういう映画を作ろうと考えているのだけど、ユッシと一緒に出てくれないか。やる?」とオファーされました。それが「えっ、本当ですか?」という、その日2番目の驚きでした。現実だとは信じられないようなことが起こった、という感覚でしたね。その1年後に脚本ができ上がりました。
──最初に3人でお会いした時は、まだ脚本はなかったのですね?
はい、アイディアだけでした。
──役柄や設定はありましたか?
いいえ。彼の頭の中にどの程度プロットがあったかもわかりませんが、後から聞いたところによると、アキは集中してほぼ1週間で脚本を書き上げたそうです。書き始めたら、指がどんどん勝手に動き始めて、終わってみたら、当初思っていたのと違うストーリーになっていた、と。彼なりのユーモアもあるのだとは思いますが、結果的に、労働者3部作に続く労働者シリーズの4作目になってしまって、自分自身驚いたと言っていました。
──出来上がった脚本を読んだとき、どのような感想を持たれましたか?
まず、本当に美しい文章だと思いました。本当に素晴らしかった。私がこれまでの人生で読んだ、一番短い脚本でした。でも、本当に詩的で、詩を読むような感じで、もう何も足さなくていいという感じでした。すべてそこには書かれていました。人物像、状況、どんな会話がされるかなどが、短いながらも詳細に書かれていました。しかも、感動的でありながら、楽しかった。私は読みながら、声に出して笑ってしまいました。俳優としては、これは何も足す必要がないと感じました。アンサという役を演じるために、自分で何かを足して膨らませる必要もないという意味です。役を演じる上で、必要な手がかりもすべて書かれていました。なので、ピュアな気持ちですっと撮影に臨むことができました。
──これまでのアキ・カウリスマキの作品に登場した女性像あるいは俳優から、インスパイアされた部分はありますか?
アキのこれまでの作品はすでに観ていましたが、撮影に入る前に、もう一度観直しました。もしかしたらアンサという役柄は、彼の以前の作品と何らかの繋がりがあるかもしれないと考えたからです。もちろん、過去の登場人物や俳優たちの演技の真似をすることは絶対にできませんし、自分なりのやり方を見つける必要があります。アキは、とにかく俳優を絶対的に信頼してくれる監督なので、与えられた自由の中で、自分らしさを出す必要があると強く感じました。
──カウリスマキ監督から、出演オファーの理由はお聞きになりましたか?
監督に直接聞いたことはありません。だって、恋愛しているときに、「あなたは、どうして私のことを好きなの?」なんて聞いたら野暮だし、すべてが台無しになってしまうかもしれない。そんなことはしたくありませんでした。
噂というか、後から人から聞いた話によると、『TOVE/トーベ』を観てくれていたそうです。ユッシ・ヴァタネンの過去作品を観ていて、「この二人を組み合わせたら良いのではないかと思った」と言っていたそうです。
──あなた自身はヴァタネンさんとの相性の良さを感じましたか?
はい。アキは本当に素晴らしい魔法使いのようなマッチメーカーです。シネマティックなマッチメーカー。ユッシは本当に素晴らしい才能を持つ俳優です。最初から自然な形でスタートできたし、「どうかな?」と疑問に思うようなことは全くありませんでした。ユッシとは本当に馬が合ったと思います。彼のこれまでの作品も観ていますが、役柄も幅広く、穏やかな役もキリッとした役も演じられる、とても多面的で才能のある俳優だと思います。実際に息も合って、撮影もスムーズでした。
──撮影期間も短く済んだのですね?
はい、20日くらいでしたね。フィンランドの普通のプロダクションから比べたら、かなり短いです。アキは本当に無駄なことしない人です。おそらく編集も、撮影の前に彼の頭の中で既に終わっているのでは。撮影はほぼすべてワンテイク。画面構成やセッティングには時間をかけますが、実際にカメラが回るとワンテイクで終わりでした。
通常は、何台ものカメラでいくつかのバージョンを撮ったりするし、ワンシーンを何テイクもバージョンを変えて撮ることも珍しくありません。(フィルムではなく)デジタルカメラの時代だから、コストを考えずに何テイクも撮れてしまう。でもアキは昔ながらのやり方で、フィルム撮影なので、今日的な撮影方法とはかなり違います。けれど、計画的に効率良く撮るので、本当にビシッと一回で画も決まります。
──脚本も簡潔で、撮影もたいへん効率的、しかも出来上がった映画は高く評価される。カウリスマキ監督と仕事をすることは、俳優にとって夢のようなことだと思いますが、このプロジェクトで最もチャレンジングだったことは何ですか?
すべてが順調といっても、やはり良い映画を作るのは難しく、簡単にはいきません。俳優としてのチャレンジといえば、余計なものを削ぎ落とした演技にする必要があったこと。この作品は、純粋さが重要でした。わずかでもベールがかかっているというか、余計なものがあると、上手くいかないのはわかっていました。なのでとにかく、集中力がいつも以上に求められました。演技は失敗して良くなっていくからとにかくやってみようと言われることもありますが、今回はそんなアプローチは通用しない。一回で成功させるために、集中することが重要でした。
実は脚本でも演技でも、“足す”のは結構楽です。でも、この作品のように余計なものをそぎ落としてできる限りシンプルにし、深いものを作っていくのは、大変なことです。能力や才能、経験も必要です。アキの場合は、特別な能力がある上に、40年間培った経験値もある。なので、こんなことが実現できるのです。
──カウリスマキ監督は、撮影現場ではどうのような演技指導をされるのですか?
間や、リズムを大切にしていますね。とてもシンプルなものです。もちろん、カメラが回る前には視線をどちらに向けるとか、どういう位置にタッチして、どういうタイミングで動くかについて、きちんとリハーサルがあります。
アキも自分自身で動いて、構図や、どこに何が映って、いつどんな風に動いて、きちんと時間をかけて構成していきます。特に撮影監督のティモ・サルミネンとは何十年もずっと一緒に仕事をしているので、お互い言葉はいらない。アキが口笛を吹いて指をさっと動かすと、カメラがササッと動き、照明がセッティングされたりというような信じられないような阿吽の呼吸も、ときどき目の前で繰り広げられました。それだけでなく、スタッフも俳優もみんなが、他の人のことを気にかけていて、撮影現場の雰囲気はとても温かく、ハートフルでした。
──クルーは何人ぐらいですか?
必要最小限でしたね。20人くらいでしたか、とにかく少人数でした。彼はプロデューサーでもあるので、余計なものは要らない、と(笑)。俊英ばかりを集めるのです。
──以前、とある映画でヘルシンキに取材に行ったことがあるのですが、アキ・カウリスマキの作品が好きだと現地の方に話したら、アキ・カウリスマキの風景を探してもフィンランドにはないよ、と言われました。つまり、カウリスマキの映画のルックは彼のスタイルであって、フィンランド的ではない、と。どう思われますか?
そんなことないと思いますよ。街をよくよく見れば、きっと見つかると思います。少なくとも私はそう思います。例えば、建物に入って突き当たりのドアを開けてみたら、「うわっ、これはアキの世界だ」と思ったりします。確かにヘルシンキは相当な勢いで変化していて、モダンな街になりましたけど。
──ではカウリスマキの世界は、古き良きヘルシンキ、あるいはフィンランドの具現化といえるのでしょうか?
風刺っぽいというか、シニカルな、独自のカルカチュアされたおとぎ話の世界。そんな感じです。本当に彼独自の世界を作り上げていることは確かですからね。それと、いろいろな時代の感覚をミックスしているのも彼の特徴だと思います。レトロな雰囲気でありながら、モダンな要素も入ってきたり。今回、二人の女の子(アンナ・カルヤライネンとカイサ・カルヤライネンの姉妹からなるポップデュオ「Maustetytöt(マウステテュトット)」)が曲を歌うシーンがありますが、二人はフィンランドで今一番売れているバンドです。そういうシーンががフッと入ってきたりします。
それからアキの作品の中で、ヘルシンキという街はずっとひとつの重要なキャラクターであると言えるとも思います。それぞれの作品に、変わりゆくヘルシンキの姿が映し出されていると言えます。
──カウリスマキ監督の音楽のセンスはとても好きです。これは無粋な質問かもしれませんが、カウリスマキ監督作品の中で一番お好きなのは?
良い質問ですが、答えるのは難しいですね。今日の答えとしては、『ル・アーヴルの靴磨き』(11年)と、『希望のかなた』(17年)とします。どちらも移民が登場する物語です。さまざまな理由によってヨーロッパに来た移民の人々が、どのように社会と関わりを持っていくのか。彼らから見える世界は、白人中年男性のアキが見るものとは異なるかもしれませんが、彼らの世界に眼差しを向け、アキなりの切り口で描いた作品であるという意味で、この2作品は特別だと思うし、私はとても好きです。カウリスマキ監督の作品は、それぞれテーマも違いますが、ヒューマニティという共通点が常にあります。
──移民問題、ダイバーシティ、ジェンダー平等といった時事的な社会問題にカウリスマキ監督が意識的であることは、作品からも感じられますね。
アキの映画には、社会や政治に対するある視点があります。資本主義における行き過ぎた消費社会にも。特に、社会における理不尽な不公平さや権力の乱用といったことに対する強い反発は、作品に込められていますね。また多くの作品で、強い女性や芯の通った女性が登場しますし、フェミニスト的と言えると思います。
──フェミニスト的といえば、映画界における女性を巡る環境は大きく変わりつつあります。ベルリン映画祭では、女優賞と男優賞という性別で分ける演技賞はなくなり、主演俳優賞と助演俳優賞が設けられましたね。
女性の地位や賃金の格差など、さまざまなことが変わりつつありますね。まだゴールにたどり着いていない道半ばですが、良い方向に向かっていると思います。これまでも素晴らしい才能のある女性たちが大勢いたと思いますが、機会が与えられていなかったというのは確かですから。まだまだやらなければいけないことはたくさんあると思いますが、女性スタッフも増えています。去年公開されたフィンランド映画の半分くらいが、女性監督の作品だそうです。例えば『TOVE/トーベ』は、監督のザイダ・バリルートも、撮影監督のリンダ・バッスベリも、女性でした。Netflixで配信されている『1日半』(23年)という私の出演作があるのですが、その撮影監督も、ノルウェーのマリアンヌ・バッケという女性です。このように才能ある女性スタッフたちと働く機会が増えてきていることは本当に嬉しいです。
俳優賞の性別を撤廃することに関しては、いろいろな意見があると思いますが、私は現代的で、かつ平等という意味でも、賛成です。例えば、女性監督賞とか、男性脚本賞がないのと同じですから。演技をすることに性別は関係ありません。とても良い方向に向かっていると思います。
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『枯れ葉』(英題:Fallen Leaves)
北欧の街ヘルシンキ。アンサは理不尽な理由から仕事を失い、ホラッパは酒に溺れながらもどうにか工事現場で働いている。ある夜、ふたりはカラオケバーで出会い、互いの名前も知らないまま惹かれ合う。だが、不運な偶然と現実の過酷さが、彼らをささやかな幸福から遠ざける。果たしてふたりは、無事に再会を果たし想いを通じ合わせることができるのだろうか…?
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
出演:アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ
2023年/フィンランド・ドイツ/81分/1.85:1/ドルビー・デジタル5.1ch/DCP/フィンランド語/原題:Kuolleet lehdet
日本公開:2023年12月15日(金)よりユーロスペースほか全国ロードショー
配給:ユーロスペース
提供:ユーロスペース、キングレコード
公式サイト
© Sputnik
Photo: Malla Hukkanen