【単独インタビュー】『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』監督がアニメで蘇らせたサンペとゴシニの人生
- ISO | Atsuko Tatsuta
第75回カンヌ国際映画祭スペシャル部門で上映され話題となり、2022年アヌシー国際アニメーション映画祭にて〈最高賞〉クリスタル賞を受賞した『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』が6月9日(金)に日本公開されました。
パリの街並みを望む小さなアトリエで、いたずら好きの男の子のキャラクター“ニコラ”に命を吹き込んでいるのは、イラストレーターのジャン=ジャック・サンペと作家のルネ・ゴシニ。大好きなママのおやつ、校庭での仲間達との喧嘩、先生お手上げの臨海学校の大騒ぎ──ニコラを描きながら、望んでも得られなかった幸せな子ども時代を追体験していくサンペ。一方で、ある悲劇を胸に秘めるゴシニは、物語に最高の楽しさを与えていきます。児童書「プチ・ニコラ」の心躍らせる世界を創造しながら、激動の人生を思う二人。ニコラの存在は、そんな彼らの友情を永遠のものにしていき──。
監督は、TVアニメシリーズのディレクターとして活躍してきたアマンディーヌ・フルドンと、アカデミー賞長編アニメ映画賞ノミネート作品『失くした体』(19年)を含む数々の映画賞受賞作品に編集として携わり、本作で監督デビューを飾ったバンジャマン・マスブル。脚本にはルネ・ゴシニの娘アンヌ・ゴシニも参加しています。
原作は、フランスで50年以上愛され続け、世界30カ国で翻訳されているロング・セラー「プチ・ニコラ」。本作を初めてアニメーション作品として映画化するにあたり、原作のイラストレーターであるジャン=ジャック・サンペがグラフィッククリエーターとして参加しました。ドローイングを確認するなど制作過程を見守り、カンヌでのワールドプレミアやアヌシーでの最高賞受賞を見届けて、2022年8月に89歳で逝去しました。
3月に開催された新潟国際アニメーション映画祭にあわせて来日した監督のアマンディーヌ・フルドンとバンジャマン・マスブルが、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。
──まずは本作のアイデアが生まれるまでの道のりを教えていただけますでしょうか。
アマンディーヌ・フルドン 実はルネ・ゴシニさんのお嬢さんのアンヌ・ゴシニさん発案で、二人の作家(ゴシニとサンペ)のアーカイブ映像と、「プチ・ニコラ」をアニメーション化したものを融合させたものを作ろうとしていました。ところが、アーカイブ映像のクオリティが非常に悪く、また、私たちが試しにアニメーション化したものがすごく良いということで、すべてを「プチ・ニコラ」のデッサンを基にアニメーション化したもので描くのが、作家二人への一番素晴らしいオマージュではないかとプロデューサーが提案し、このプロジェクトが始まりました。
バンジャマン・マスブル 作者の人生と「プチ・ニコラ」の物語という二つの世界観を合わせることで、子どもの頃に苦しい体験をした二人が、そのトラウマを乗り越えて、コミカルで詩情豊かな作品である「プチ・ニコラ」を通して本当に過ごしたかった幼少時代を追体験する姿を見せられるのではないかと考えました。
──フランスの国民的児童文学であり世界的なロングセラーの初のアニメ映画化ということで、プレッシャーがあったのではないでしょうか。公開後の賞賛を受けて、心境はいかがですか?
マスブル 本当に誇らしく思います。やはり「プチ・ニコラ」はフランス児童文学の代表格ですし、ゴシニとサンペは大衆文学のアイコンのような二人です。確かにプレッシャーはありましたが、でもそこは努力しかないと思い、博士論文の準備をする学生のように徹底的にリサーチを行いました。彼らの作品、彼らの映像、インタビューや伝記など、あらゆるアーカイブ全てに目を通しました。その中で、二人の人生の共通項として、苦しい過去を乗り越える力というものを見出し、それに真摯に語る物語を作り上げました。
アヌシー映画祭で最高賞のクリスタル賞を獲得する結果となりましたが、全く想像もしていませんでした。これは子どもから大人まで家族で楽しめる作品ですが、アヌシーが普段クリスタル賞に選んでいるのは、もっと政治的だったり、大人向けの作品。私たちはスタッフと一緒に上映会に参加して、“まあ楽しかったから良いか”くらいに思っていたら、クリスタル賞を受賞したものだから、皆でびっくり仰天しました。素晴らしい体験でした。
──1950年代のパリが舞台となっていますが、強い女性を登場させたりと、現代性を感じました。ダイバーシティ的な要素も意識されたのでしょうか?
フルドン 原作に忠実であることは本当に大切にしていました。でも同時に、少し現代性を持たせることも目指しました。さすがに、ニコラが携帯電話で話しているといったことはあり得ませんがね(笑)。当時は男女共学でもなく、ニコラが通っていたのは男子校だから、友だちも皆男の子。今では考えられない学校観なので、全エピソードの中から女の子が出てくるものはないかと探して、ルイゼットとマリ・エドウィッジという全く異なるキャラクターの女の子を登場させました。
マスブル 当時の男の子たちの女性観というのは現代と全然違うので、原作に忠実にしつつも、時代錯誤すぎると感じたところはカットしました。最初はニコラも女の子に対して批判的な態度をとっていますが、その考え方は徐々に変化していきます。女の子の良い面を知っていくという流れになるよう、ストーリーを工夫しました。2023年に観られるような作品にするために、女の子を登場させることは必要不可欠だと思いました。
さらに、制作現場においては、スタッフの男女比を同率にすることを意識し、実践しました。アニメーション監督も女性(ジュリエット・ローラン)です。男女のバランスが取れた制作現場で、作品にも女性を登場させることを選択したわけですね。
──本作は二人で一つの作品を手がける共同制作についての物語でもありますね。この映画もお二人で監督をされましたが、それぞれどのような役割を担ったのでしょうか?
フルドン バンジャマンは映画編集と脚本を得意としている一方、私はイラストレーターの学校を出ているので、互いに補完的な役割を持っていました。今回のプロジェクトが立ち上がったときに、二人がそうした関係であることはメリットだと感じました。シナリオを書き、それをアニメとしてビジュアル化するのは大変なことですからね。かと言って、二人で役割を分担したというわけでもなく、全て一緒に、本当にたくさんの仕事を互いに確かめ合いながら作り上げていきました。
──ジャン=ジャック・サンペさんは残念なことに2022年に逝去されました。生前、実際にお会いしてどのような話をされたのでしょうか?
マスブル ジャン=ジャックとは、どちらかというとプロダクションが始まる前の準備段階でかなり交流がありました。私たちはパソコンでイラストを描いてアニメにしていきますが、サンぺさんは一度もパソコンを触ったことがないアナログな方でした。私たちは彼の羽ペンで描いたインク画、水彩画のタッチを出来るだけパソコンで再現し、プリントしたものを彼に見せて、コメントをもらい、修正するというやり取りを繰り返しました。
「プチ・ニコラ」という作品にある太陽のような明るさは、絶対に踏襲しようと決めていました。伝記を読んでも、サンぺさんは父親の関係が原因で非常に辛い幼少時代を過ごした方であることがわかり、それにも関わらず、今では世界的なイラストレーターとなっています。社会環境で言えば、底辺からからトップに上り詰めたわけで、その素晴らしい回復力=“レジリエンス”の力に非常に感動しました。その彼が体現した力というのは、今回の作品のテーマでもあります。
──1977年に亡くなられたゴシニさんについて、サンぺさんはどのように語っていましたか?
フルドン 残念なことにサンぺさんは高齢のため身体が弱っており、色々と会話ができる体調ではありませんでした。そのためゴシニさんについても直接お聞きしていないのですが、二人の関係をこのように描きたいという我々の案は全て確認いただいています。インタビューや映像を見て、彼らの関係を出来る限り忠実に再現していましたからね。
マスブル 実は二人がやり取りしていた書簡が残っていました。特に、ゴシニさんが亡くなった際に、サンぺさんがゴシニさんの妻(ジルベルト)に送った手紙を、娘のアンヌ・ゴシニさんが見せてくれました。3、4ページのその手紙には、どんな風にルネのことを友だちとして考えてきたか、どんなに大切な友だちであったか、そして「プチ・ニコラ」の話もたくさん記されていました。二人の最後のディナーについても書かれていて、私たちはその内容をラストのディナーシーンで再現しました。この映画の中でも大きな感動をもたらしてくる場面だと思います。
──本作の原題のサブタイトル(Qu’est-ce qu’on attend pour être heureux?=幸せになるのに何を待つの?)は、劇中にも登場するアーティストのレイ・ヴェンチュラが披露する楽曲からの引用かと思いますが、そこにはどのような意味を込めたのでしょうか?
フルドン 私たちは、観終わった後に幸せな気持ちになるような作品にしたいと思っていました。この作者二人を、幸せになるためのお手本のように感じて欲しかった。二人はすごく辛い過去を体験しましたが、見事にそれを克服して、「プチ・ニコラ」を生み出しました。才能豊かであると同時に、ずっと努力を続けてきた二人でした。悲しいトラウマをバネに、ポジティブな活力にしていったというのが、彼らの強みです。だから彼らのように、「チャンスは待っていては駄目だ。チャンスとは自分で作り出すもの。不可能なことは何もない」というメッセージがこのタイトルに込められています。
──「プチ・ニコラ」は日本でも2020年に新装版が発売されたりと、とてもファンの多い作品です。誕生から50年以上経った今でも、「プチ・ニコラ」が世界中でこれほど愛される理由は何だと思いますか?
マスブル 長い人気の理由は二つあると思います。まず一つは、無邪気な幼少時代を描くあのサンぺのアイコニックなイラスト。もう一つが、語り口の面白さ。「プチ・ニコラ」は1950年代フランスの様々な出来事を、第一人称の視点から自分で語っていて、だからこそ、愉快で感動的な作品になっています。テクノロジーという面では現代と全く異なりますが、家族や友人の人間関係、学校をサボりたくなる気持ち、男の子の目線で見る女の子のことなど、そこには普遍的なものが多くあります。だからこそ、時代や国を超えて愛されるのではないかと思います。
フルドン 「プチ・ニコラ」は継承されている作品といえます。大人たちは幼い頃に「プチ・ニコラ」の本を読んでいて、大人になってから子どもを連れて「プチ・ニコラ」の映画を観にいく。それを機に子どもたちは「プチ・ニコラ」の本を読む。この作品が生む感動の連鎖が、世代を越えてあるのではないかと思います。
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『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』(原題:Le Petit Nicolas – Qu’est-ce qu’on attend pour être heureux?)
原作:ルネ・ゴシニ、ジャン=ジャック・サンペ「プチ・ニコラ」(世界文化社刊)
監督:アマンディーヌ・フルドン、バンジャマン・マスブル
脚本:アンヌ・ゴシニ、ミシェル・フェスレー
音楽:ルドヴィック・ブールス
出演:アラン・シャバ、ローラン・ラフィット、シモン・ファリ 他
フランス/2022/仏語/ビスタ/5.1ch/86分/字幕翻訳:古田由紀子/G /
日本公開:2023年6月9日(金)新宿武蔵野館、ユーロスペース他全国順次公開
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、ユニフランス
配給:オープンセサミ、フルモテルモ
公式サイト
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