【単独インタビュー】『午前4時にパリの夜は明ける』ミカエル・アース監督が捉えた80年代のパリの風景
- Atsuko Tatsuta
シャルロット・ゲンズブールを主演に迎えたミカエル・アース監督最新作『午前4時にパリの夜は明ける』が4月21日(金)に日本公開されました。
1981年、パリ。結婚生活が終わり、ひとりで子どもたちを養うことになったエリザベート(シャルロット・ゲンズブール)は、ヴァンダ(エマニュエル・ベアール)がパーソナリティを務める深夜放送のラジオ番組の仕事に就くことになった。そこで出会った家出少女のタルラ(ノエ・アビタ)を自宅に招き入れたエリザベートは、共に暮らすなかで、自身の境遇を悲観していたこれまでを見つめ直していく。同時に、息子マチアス(キト・レイヨン=リシュテル)もまた、タルラの登場に心が揺らぎ──。
監督は、『サマーフィーリング』(15年)や『アマンダと僕』(18年)で知られるフランスの気鋭ミカエル・アース。1975年、パリ生まれの彼は、名門Fémis(国立高等映像音響芸術学校)を卒業後、短編を経て、2010年にロカルノ国際映画祭で上映された『Memory Lane』で長編監督デビュー。その後、『アマンダと僕』がベネチア国際映画祭オリゾンティ部門でマジック・ランタン賞を受賞、東京国際映画祭ではグランプリ&脚本賞のW受賞を成し遂げた。長編4作目となる『午前4時にパリの夜は明ける』は、第72回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に選出され、高く評価されました。
コロナ禍を経て3年ぶりに来日ゲストを迎えて開催された「フランス映画祭2022 横浜」で3度目の来日を果たしたミカエル・アース監督が、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。
──『午前4時にパリの夜は明ける』は、あなたらしいとても心に響く作品で、大変感銘を受けました。舞台は1980年代に設定されておりますが、その時代だとあなたはまだ幼かったと思いますが、なぜ80年代だったのでしょうか?
この映画を撮ろうと思った一番の動機は、自分が子どもだった80年代に再び飛び込んでみたかったからです。抽象的に聞こえるかもしれませんが、フランスには「人は祖国によって形成されるのと同じように、子ども時代に形成される」という言葉があります。私自身も、子ども時代に人格が形成されたと思います。はっきりと手に触れられるようなものではないですが、感覚や質感、音楽、映像を通して、80年代が私の中に残っています。ノスタルジックな視点から見るものではなく、もっと違う、自分の中に残った80年代のイメージの中に飛び込みたいというのが、まずこの企画を進めるきっかけになりました。
──あなたが思う80年代とはどんな時代ですか?
子ども時代に結びついているので、私の思い出の中では学校生活、思春期、そして特に音楽を発見したということ。そしてラジオも!初めて自分でレコードを買ったのもその頃です。
──どんな音楽を聞いていたのですか?初めて買ったレコードは?
「フランスのトップ50」のような、流行っていたものをよく聴いていました。初めて買ったレコードは映画音楽で、『スター・ウォーズ』のサントラ。グループで言うと、当時人気のあったイギリスのデペッシュ・モードもよく聴いていました。レコードも買いましたよ。あの頃と比べると、今は音楽シーンもずいぶんと変わってしまいましたね。
──映画中には、パスカル・オジェ主演のエリック・ロメール監督作『満月の夜』(84年)やエリック・ロシャン監督の『愛さずにいられない』(89年)など、80年代の映画のシーンも登場します。こうした作品をあなたはリアルタイムで観ていないと思いますが、今作で登場させた理由は?
確かにこれらの映画をリアルタイムでは観ていません。思春期、あるいは成人してすぐの頃に観た作品です。『愛さずにいられない』を使ったのは、その映画が好きだからというよりは、タイトルですね。タルラがオーディションに行って、「私は選ばれなかった」と言いますが、そこでこの映画が出ます。(『愛さずにいられない』の)フランス語タイトルは『Un monde sans pitié』(“憐れみのない世界”の意)。“pitié”=ピチエには憐れみという意味があるので、タルラのエピソード的に面白いかなと思って使いました。好きな映画ということで引用したのは、『満月の夜』と『北の橋』の2作品です。出演しているパスカル・オジェという女優は、私にとって80年代の象徴的な存在です。彼女は若くして急死してしまうわけですが、タルラはまさにこのパスカル・オジェと呼応するところがあると思い、パスカル・オジェへのオマージュとしてこの2作品を登場させました。
──タルラとパルカル・オジェが呼応している部分とは?
二人が似ているというわけではありませんが、タルラ役のノエ・アビタがおそらくパスカル・オジェの出演作を観て、話し方や声質などを取り入れているところがあります。パスカル・オジェは当時、いろいろな人に影響を及ぼす強いイメージのある女性でした。タルラはいわゆる異端というか、フランス社会の外側で生きている人ですから、そういう意味では二人は大きく異なります。二人とも大きな目をしているなど、あくまで外見やイメージ、話し方が独特であるといったことが共通しているかもしれません。
──シャルロット・ゲンズブールとエマニュエル・ベアール。この二人も、80年代に大人気となったスター俳優です。今でももちろん素晴らしい俳優ですが、80年代と結び付けてキャスティングされたのでしょうか?
それは大変興味深い見方ですね。フランス人はみんな、シャルロット・ゲンズブールとエマニュエル・ベアールが80年代にデビューしてスターになったことを覚えています。ですから二人を観た観客は、彼女らが80年代にこの映画の中のタルラの年齢だったということを思い出すでしょう。ただそれは全く偶然で、私自身がこの二人のキャラクターに合った50代の俳優を探していて、たまたまあの二人になったというのが本当のところです。
──前作『アマンダと僕』(18年)でもパリの街の切り取り方が独特で美しいものでした。この映画でも、主人公たちが住んでいる高層アパートが目を惹きました。フランスの映画でもあまり見かけることが多くないあのような建物を住居に設定した理由は?
15区にあるボーグルネル(Beaugrenelle)という地区です。パリのちょうど南西に位置しますが、さまざまな性質を持ったエリアがごちゃまぜになっているようなユニークな街です。エリザベートが家族と住んでいる高層ビルは1970年代に突如として出現したものなのですが、そうした高層ビル街が存在する一方で少し先には高級住宅街もあり、そして眼下にはセーヌ川が流れています。その対岸にはエマニュエル・ベアールが演じているヴァンダがパーソナリティとして働いているラジオ・フランスがあり、エリザベートもそこで仕事をすることになります。
パリは、例えば16区だったらブルジョアが住んでいるエリア、6区だったら学生街、13区だったら中華街という風にキャラクター付けができますが、このボーグルネルはそういう風に一言でまとめることができず、そこが面白い。それと私は、映画の中で風景を見せるのが好きなのですが、こうしたビルの中から見える郊外の眺望を撮ることにも興味がありました。
──エリザベートたちが行く、街が見渡せる公園のような場所はどこなのでしょうか?
パリ西側の郊外にあるセーブルという街の、サン=クルー公園です。私が生まれ育った街です。緑が多く公園もありますが、繁華街もあります。こうした自然と街が一体なったような80年代の景観にとても愛着があります。
──街の雰囲気、時代の雰囲気、そして人々が暮らしている雰囲気というものをフィルムに表現するのに、あなたのカメラは街の中を移動します。『アマンダと僕』でも主人公が自転車で街を駆け抜けることによって、街の風景をスクリーンに映し出します。今回も自転車、バイク、列車を使って主人公たちが街を横断し、その風景を映し出していますね。
人が動くところを見せることによって、その場所から逃げ出すことができます。そして同時に、音楽性を付けることができます。私自身、ひとつのものに執着して動きがない、固定したような映画があまり好きではないので、映画の中ではところどころに、そうした“隙間”を入れたいのです。野外ロケで撮ることが好きなので、車や自転車など乗り物で移動することによって、ひとつのカットの中にいろいろな景色、いろいろなものを見せることができます。
そういうシーンは、映画音楽にとっても重要です。ドラマの展開があるわけでなく、シナリオにすると1行にもならないようなシーンですが、私の映画にとっては重要です。私の映画のアイデンティティでもあり、そしてメロディが入る余地を与えてくれるからです。
──80年代のある家族のポートレートを描くにあたり、主人公の女性を、仕事をしたことがなく、そして男の人に捨てられたという設定にした理由は?
この物語を今の時代で語っても面白くないのではないかと思いました。この女性の話を80年代で語りたかった。具体的には、先ほど言ったような僕がよく知っている界隈にいた女性。そして深夜ラジオの番組で仕事するといったような具体性を持たせて物語を語りたいと思いました。なぜなのかと聞かれるととても難しいのですが、直感的な感覚でそれを選びました。よく言うのですが、私がそれを選んだというよりは、映画が私を選んで、この物語を語ったというような感覚です。
──主人公のエリザベートは経済的に逼迫しているにも関わらず、困っているタルラを助けて家に泊めて面倒をみる。そしてある意味での疑似家族が出来上がってきます。この疑似家族というテーマはとても今日的だと思いますが、このアイディアはどこから来たのでしょうか?
タルラは、小説的というか少し暗い存在として、映画の中ではある種の触媒の役割を果たしています。例えば息子のマチアスは彼女と出会うことで、恋愛に目覚めます。そしてエリザベートもタルラにより、これまで見えなかったことに気づきます。私と共同脚本家たち(モード・アメリーヌ、マリエット・デゼール)は脚本を執筆中に、タルラはこの物語の暗部の中心になっているという風に言っていました。この映画には2つの次元の物語が存在し、1つの次元では日常生活をしている家族があり、もう1つの次元では、タルラのような小説的な存在がいるわけです。
──主演のシャルロット・ゲンズブールを主演にキャスティングした理由は?また、どのように演じて欲しいと話をされたのでしょうか?
エリザベートは二面性のある人物です。時に傷つきやすく、ある時には断固として力強く、ナイーブでありながら洞察力もある。そして内気でありながら、とても勇気のある行動もできる。私は常日頃からそういう人が好きで、二面性を持っている人物を描きたかったのです。
シャルロット・ゲンズブールと面識はありませんでしたが、彼女がこれまでに受けたインタビューを見たりして、彼女が持つ繊細さに惹かれたし、とても力強い面を持つ人だとわかり、エリザベートという役に合っているのではないかと思い、お願いしました。どうして彼女がこの役を受け入れたかをはっきりとは聞いていませんが、おそらくこのプロジェクトをただ気に入ってくれたのかもしれません。皆さんご存知のように、彼女はセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの娘ですから、平凡な人生、平凡な生活をまったく送っていませんし、経験したこともないはずです。ただ、母親、家族、育っていく子どもたちというエリザベートが直面する問題に何か感じるものがおそらくあったのではないかと思います。大変素晴らしい演技でした。彼女はこの役に100%身を投じてくれました。おそらく直感的に、このキャラクターの持つニュアンスや両面性を理解して、演じていたのだと思います。この役を演じてもらうにあたって、エリザベートの心理状態など詳細を私たちから説明するようなことは一切していません。彼女が自然に演じてくれました。
──まったく違うタイプの大物女優であるエマニュエル・ベアールとシャルロット・ゲンズブールがひとつの画面の中に存在するという感動的なシーンがありました。それは映画ファンにとっても大きなことだと思いますが、二人のケミストリーについて何か感じるところはありましたか?
特別な何かを感じたかと言われると、感じたとも言えるし、感じなかったとも言えます。もちろん私もあの二人を映画で観て育ったので、特別な思いはありました。ただ、二人ともとても寛容で、良い意味でのプロ意識を持っています。プロ意識というとちょっとネガティブな意味に聞こえるかもしれませんが、とても崇高な意味でのプロ意識を持っています。ですから私は撮影をしていて、二人が偉大な女優だということを忘れていました。まったく他の俳優たちと同じように彼女たちを撮影していました。そして私自身驚いたのは、普段はもっと大きな役を演じているエマニュエル・ベアールが、この映画では小さな役にも関わらず、本当に上手く演じられるかという不安を抱えていたということです。まるでデビューしたての女優のようで、その姿を見て私は驚きました。あんなに才能も経験もある女優が、とね。この役を引き受けてくださったことは、本当に幸運だったと思います。
──映画の中で、深夜のラジオ番組で人々が告白するように、真夜中はたいへん親密な雰囲気を醸し出す時間帯でもあります。そしてフランス映画には、“真夜中”に展開される美しいシーンがたくさんあります。あなたはこの映画の中で“パリの夜明け”を大変美しく撮っていますが、あなたにとって“夜明け”という時間帯はどういう意味を持つのでしょうか?
私自身、夜明けに興味があるのは、その時間帯の光のせいですね。真っ暗になる前の夕暮れ時、朝の燦々と光が入る前の時間帯、そういったものに感動します。先ほど申しあげた、例えばちょうど街と自然が共存しているエリアとか、実際にどこかに行くちょっと手前とか、そうしたものに私が惹かれることにも関係していると思います。でも、この時間帯の光で撮ろうと思うと、実際には数分間くらいしか撮影することができないのですが、特にフィルムで撮ったときの美しい光を捉えたかった。
──その数分間しかないものをフィルムに収めるのは大変だったのでは?
かなり難しかったです。そのワンショットだけを撮れば良いのではなく、いくつかのショットの中でそのシーンを入れたり、“つなぎ”のことも考えなければいけません。その光は長く続かないわけですから、のんびりとしていられないし、スタッフとの連帯感も強くなりますが、難しいことには変わりません。
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『午前4時にパリの夜は明ける』(原題:Les Passagers de la nuit)
監督・脚本:ミカエル・アース
共同脚本:モード・アメリーヌ、マリエット・デゼール
プロデューサー:ピエール・ギュイヤール
撮影:セバスティアン・ビュシュマン
編集:マリオン・モニエ
音楽:アントン・サンコー
出演:シャルロット・ゲンズブール、キト・レイヨン=リシュテル、ノエ・アビタ、メーガン・ノーサム、ティボー・ヴァンソン、エマニュエル・ベアール、ロラン・ポワトルノー、ディディエ・サンドル
2022年/フランス/カラー/111分/ビスタ/R15+/英題:The Passengers of the Night
日本公開:2023年4月21日(金)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国公開
配給:ビターズ・エンド
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