【単独インタビュー】『ザ・ホエール』ブレンダン・フレイザー
- Mitsuo
A24が製作・配給を手掛けた鬼才ダーレン・アロノフスキー監督の新作『ザ・ホエール』が4月7日(金)に日本公開されました。
『π(パイ)』で鮮烈なデビューを果たしたダーレン・アロノフスキー監督の、『マザー!』(17年)以来5年ぶりとなる新作は、劇作家サミュエル・D・ハンターによる舞台劇の映画化。初めて舞台を観た日から長らく構想を温め続けていた企画を、10年余りの時を経て完成させました。
『レスラー』ではミッキー・ロークの驚くべき復活を、『ブラック・スワン』ではナタリー・ポートマンにオスカー像の栄冠をもたらすなど、幾度となく主演俳優をオスカーノミネートの場に引き上げてきたアロノフスキー監督ですが、今回は『ハムナプトラ』シリーズのブレンダン・フレイザーを抜擢。フレイザーは毎日4時間かけた特殊メイクと45キロのファットスーツを着用し、体重272キロの孤独な男を熱演しました。
共演には、『ストレンジャー・シングス』シリーズで注目された新進俳優セイディー・シンク、『ザ・メニュー』など話題作への出演が相次ぐホン・チャウらが名を連ねています。
第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門でプレミア上映され、絶賛の声が続出。北米では昨年12月9日に6館で限定公開され、2022年最高のスクリーンアベレージ、さらにはアロノフスキー監督作品としては『ブラック・スワン』以来最高のオープニング成績を達成しました。本年度アカデミー賞ではフレイザーの主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞をW受賞しています
日本公開に際し来日を果たしたフレイザーが、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。
──15年ぶりの来日とのことですが、いかがですか?
日本は来る度に、前回よりも好きになっています。今回が3度目ですね。15年前に『ハムナプトラ3』(08年)で来日しました。その前は『ジャングル・ジョージ』(97年)で来たのですが、もうはるか前世紀の、石器時代ほど昔のような感じがします(笑)。
──改めまして、アカデミー主演男優賞の受賞おめでとうございます。授賞式の後は、どなたと喜びを分かち合ったのですか?
友人たち、それから家族と祝いました。授賞式の夜はみんなが電話をかけてきて、電話から煙が出ていましたね(笑)。僕から電話で誰かに連絡をしたのは、2日くらい経った後でしたね。うーん……でも考えてみれば、確かにあの日以降はかなり静かにしていますね。今でも「あれは本当にあったことなの?ビックリ」という感じです。
──メディアなどで「大復活」という表現が多用されていますが、あなた自身もそのような認識ですか?今回の作品で「復活」を遂げたことに対しては、どのように思っていらっしゃいますか?
私はそれほどこの仕事から“離れて”いたわけではありません。皆さんと同じように、人生で起こる問題を対処するためにちょっと離れていたかもしれませんが、僕には家族がいるし、そうした事をきちんと対処することも重要です。そうすることで、僕自身が心を開いた状態で、新たな気持ちで仕事に戻ることができるのですから。この映画が皆さんの心を揺さぶり、自身について新しい発見があったり刺激を受けるようなものであったのならば、それは僕にとって最大のご褒美であり、嬉しいことです。
──今作のベースとなった舞台はご覧になっていますか?
僕自身は舞台を観ていませんが、ダーレン(・アロノフスキー監督)が2012年に、オフ・ブロードウェイの公演を観ています。本当にたまたま、衝動的に観たそうなのですが、これほどまでに登場人物たちに共感を覚え心を動かされるとは思ってもみなかったと、驚いたそうです。僕は、舞台の戯曲は読みました。また、(戯曲を書いた)サム・ハンターの他の作品の公演を観ています。
──戯曲を書いたサミュエル・D・ハンターはこの映画の脚本も手掛けていますが、彼とはどんな話をされたのですか?
本当に、ありとあらゆることを話しました。例えば、彼のアイダホでの生い立ちについても。「体重の問題を抱えたゲイの少年で、学校でとても残酷な形でアウティングされた。家族はキリスト教の原理主義者で、彼が賛同しないような信念を厳格に持っていた。それにより、彼の中では大きな葛藤が生まれた」と。彼がそうしたことを自身の作品や芸術に反映しているのは、本当に勇敢なことだと思います。この物語では、これまでの映画で描かれていなかったことを描いているように思います。肥満症の問題を取り上げた物語といえば、1980年代初頭に公開されたドム・デルイーズ主演の『愛と食欲の日々』(80年)という作品が最も近いかもしれませんが、あれはコメディとして描こうとしながらも、ユーモアやジョークはすべて実に意地悪で面白くもなく、的外れな仕上がりとなっていました。この問題をこれほど誠実な形で描くことは、サムの作品が初めてだと思います。
──撮影に入る前には「恐怖があった」という話をされていますが、その恐怖は撮影が始まっても続いていたのですか?
ダーレン・アロノフスキーは求める基準が本当に高い、厳しい映画監督です。『π』、『レスラー』、『ブラック・スワン』、『マザー!』など彼の作品は観ていますが、どれも観るのが辛い作品ばかりです。つまり、人間というものの厳しい真実と向き合い、決して簡単な答えが提示されないことを目を逸らさずに直視できるかを試すような映画。ある意味それがダーレンという人物であり、彼の作品なのです。でも実際に会うと彼は紳士で、親しくなるにつれ、僕が抱いていた恐怖はすべて消え去りました。
──過食により自分の力で立って歩くことができないまでの肥満状態となってしまったチャーリーですが、恋人のアレンを失ったチャーリーの精神的なダメージ、喪失感をどのように解釈しましたか?
どうやって理解したのですかね…。そもそも彼が肥満症になった原因が、アレンだったのかどうかもわかりません。「僕は昔から大柄」とチャーリー自身が言っていますしね。でも、娘のエリーに「私も将来 太るわけ?」と非常に失礼な問いをかけられて、チャーリーは、「手に負えなくなった」「親しい人が亡くなり、影響を受けた」としか返せません。彼が質問にしっかりと答えることが出来ないのは、彼にも答えがわからないから。体重の変化は食べ過ぎだけが原因とは限らず、心理的な状態と関係があります。摂食障害は実際にあることですし、肥満症は病気のひとつです。演じるにあたり、チャーリーは常に人々からの共感に値する人物であり、彼の感情面での真実を出来る限り誠実に表現したいという思いでアプローチしました。そして、コスチュームやメイク、衣装に、そんな彼を体現する身体を創り出すという仕事をしてもらいました。
──今作において「鯨」は何を象徴しているのでしょうか?
人は皆それぞれの“白い大きな鯨”を追いかけているというハーマン・メルヴィルの「白鯨」から導き出した幻想なわけですが、チャーリーにとっての白鯨とは、彼の贖罪、あるいは贖罪への願望です。実際に達成できたのかは物語の最後までわかりませんし、観る人によっては、実際には達成できなかったのではと解釈するかもしれません。あの結末から生まれるある種の“手紙”のような答えは、さまざまな捉え方ができますよね。
──終盤の話が出たのでお聞きしたいのが、エリーが自身のエッセイを音読しながら、最後に「and then it made me feel glad for my…」と言い顔を上げる部分について、“for my…”の後に続く言葉は敢えて出てきませんが、そこでは何に対して“よかった”と言っているのだとお考えでしたか?(※日本語字幕では「よかったと思う…」となっている)
彼女の最後のセリフですよね…良い質問ですね…考えさせてください。憶測で答えたくないし、気をつけて答えないと…いや〜、良い質問ですね。サム・ハンターに聞いてみます。ワオ、もう6ヶ月もこの映画の話をしてきましたが…(その質問をしたのは)あなたが初めてです。ハイタッチしよう!
彼女はその前に「パパ お願い」と言いますが、その言葉でチャーリーの呪縛は解けたような気がします。「彼女は私を愛してくれている。彼女の心に通じた。これでもう行っていいんだ」と……。
サムに聞いてみます。もしかすると…彼女が次に何を話したとしても…。何でしょうね…しばらく悩むことになりそうです。
本当に興味深い質問ですね。すばらしい。
──セイディー・シンクを始め、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートンとのアンサンブルキャストが素晴らしかったと思います。こうした室内劇ではキャスト間のケミストリーが大切だと思いますが、今回のチームの素晴らしさは何でしょうか?
今回はリハーサルの期間が3週間あり、これが本当に大切でした。映画制作では稀なのですが、A24はこの“仕事を覚えるための時間”を与えてくれました。変に聞こえるかもしれませんが、映画作りでは、皆が撮影にやって来て、「ここはこうすると良いよね」「こうした方が面白くなるんじゃ」と頭を掻きながら相談するというようなことがよくあります。一方で、今作はご存知のように舞台劇をベースにした作品で、サムが脚色した脚本には、舞台劇の特徴的なところがたくさん詰まっています。1つの部屋で、主な登場人物は4人。彼らは贖罪を求めている。僕ら俳優は、リハーサルで一緒に間違えたりもしながら絆を深め、新たな発見もしたりした上で、実際の撮影に入ることができました。
セットとして造られたベッドルームが2つあるアパートは、天井も含め何から何まで全てが精巧に作り込まれていました。置いてある本も、実際の英語教師や文学者が読んだり教えたりするようなものばかりでした。そして細かいところまでよく見ると、実は“航海”がテーマになっています。チャーリーが寝室に行き(エリーの)エッセイを暗唱する場面で、ベッドの上で身体を動かそうと天井から下がったハンドルに手を伸ばし、その横でランプが(振り子のように)揺れますが、これはダーレンとマティ(撮影監督のマシュー・リバティーク)が相談して生まれた表現です。19世紀、甲板の下ではオイルランプの光が揺れたので、その光の感じを部屋の照明で再現し、航海に見立てたわけですね。このようなディテールが、この映画がいかに精巧にデザインされているかを物語っていると思います。ちなみに、天井からハンドルが下がっているというのは、重度の肥満症の方へのリサーチに基づくものです。彼らはこのような補助具が必要で、多くの場合は自家製だったりもします。
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『ザ・ホエール』(原題:The Whale)
ボーイフレンドのアランを亡くして以来、現実逃避から過食状態になり健康を害してしまった40代の男チャーリー。アランの妹・看護師のリズの助けを受けながら、オンライン授業でエッセイを教える講師として生計を立てているが心不全の症状が悪化し、命の危険が及んでも病院に行くことを拒否し続けている。しかし、自分の死期がまもなくだと悟った彼は、8年前、アランと暮らすため家庭を捨てて以来別れたままだった娘エリーに再び会おうと決意。彼女との絆を取り戻そうと試みるが、エリーは学校生活や家庭に多くの問題を抱えていた…。
監督:ダーレン・アロノフスキー
原案・脚本:サミュエル・D・ハンター
キャスト:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートン
2022年/アメリカ/英語/117分/カラー/5.1ch/スタンダード/字幕翻訳:松浦美奈/PG12
日本公開:2023年4月7日(金)、全国ロードショー
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
公式サイト
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