Column

2023.03.16 7:00

【単独インタビュー】『Winny』東出昌大

  • Mitsuo

日本のネット史上最大の事件ともいわれる“Winny事件”の経緯と裁判の行方を、東出昌大と三浦貴大のW主演で描いた実話に基づく物語『Winny』。

2002年、天才開発者・金子勇(東出昌大)は革新的なファイル共有ソフト「Winny」を作り、試用版を「2ちゃんねる」に公開。瞬く間にシェアを伸ばす一方で、大量の映画やゲーム、音楽などが違法アップロードされ、ダウンロードするユーザーが続出。社会問題へと発展し、金子は著作権法違反幇助の容疑で2004年に逮捕されてしまいます。弁護を引き受けることになったサイバー犯罪に詳しい弁護士・壇俊光(三浦貴大)は弁護団を結成し、逮捕の不当性を裁判で主張。金子らは開発者の権利と未来を守るために、国家権力やメディアと闘い続け──。

監督を務めた松本優作は、自主映画『Noise ノイズ』(19年)で海外映画祭から高い評価を受け、『ぜんぶ、ボクのせい』で商業映画デビューを果たした新鋭。

主人公・金子役を演じるにあたり、18キロの増量や、弁護士との模擬裁判による徹底した役作りで撮影に挑んだ東出昌大が、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

──今回の役は、オファーを受けて出演することになったのですか?もともとWinnyや金子さんのことはご存じでしたか?
はい。お話をいただいた後、台本の準備稿と、(実際に事件を担当した弁護士の)壇先生が書いた原作本を読んで、出演を決めました。

Winnyのことも金子さんのことも存じ上げなかったですが、最初は、逮捕されて一回は有罪になっているのだから怪しい人なのかなと、先入観を持ってしまいました。でもそれこそがこの物語を作る意義に立ち返るわけで、世の中には本質とは違うことがあふれている。金子さんを知れば知るほど、こんなにピュアできれいな方はなかなかいないし、この人物を演じられるというのはすごい恵まれた機会だと思い、取り掛かりました。

──役づくりにあたり、金子さんのお姉さまを始め関係者の方々とも話をされたそうですね。
みんな金子さんの話をする時は嬉々として喋るし、金子さんのことが好きなんです。金子さんを知る人に会えば会うほどそのことが伝わり、すごい魅力的な方だったのだなと思いました。

お姉さまと一緒に車に乗って、金子さんの生家跡に行きました。金子少年がマイコンを触りたくて通っていた電気屋さんまでの道を車で何の気なしに走りながら、「あっ、そう、ここの電器屋なんです」と言われた時には、その距離の遠さに驚愕しました。コンピューターを触りたいがためだけに、在りし日の金子少年が自転車をこんな距離を走らせていたんだ、と。雨の日も雪の日もあっただろうし。知れば知るほど、金子さんはその気持ちのままずっと来ていた方だとわかり、そういう気持ちを大事にしてこの役を演ろうと思いました。

金子さんは研究者であり、求道者であるというか、誰も行ったことのない地平に行きたかったのだと思います。なにせ、行けるだけの能力をお持ちだったので。だからひたすら部屋にこもり、電動ベッドの上でPCをずっと叩いて、動かずにオランジーナを飲み続けて、お菓子を食べ続けて(笑)。普通はできないことだと思いますが、金子さんにはできるんですよね。普通の人が3年かかって作るプログラムを金子さんは2週間で作ると、業界でも言われていたとか。天才ですね。

──そうした当時を知るご家族や関係者がいらっしゃる中で、役づくりのポイントにしたところは?
やはり仕草と、喋り方ですね。めちゃくちゃ身体を揺らしたり、頭を掻いたり、顔まわりを触ったり、腕を組んだりと、たくさんありました。ワードチョイスも独特で、表情にも結構出やすい方でした。裁判中に言われたことに対して、顔の前でこうやって大きく手を振ったり、(※“それは違う”という感じで腕を左右に振る素振り)、普通の人だったらここで怒るだろうというところで怒らなかったり、普通の人だったら困惑するだろうというところでケロッとしていたという話を伺って、現場では金子さんとして“いる”ことに重きを置いていました。重きを置いてというか、もう金子さんに“なる”、という。

──役作りについては、監督とも話をしたのですか?
壇先生と監督と、脚本家の岸さんの4人でいっぱい話をしたように思います。現場でも、「このセリフって言わなくてもいいですかね?」とか、終わりの方で最終陳述要旨というのを喋るところも、台本では全然違うセリフだったのですが、裁判記録の中にその最終陳述要旨があったので、「これは実際に喋ったことだし、絶対こっちの方が良いです」と言い、そっちに切り替えて撮影させていただきました。

──身体面でも、この役のために18キロも増量されたそうですが、なぜ実際に体重を増やさければいけないと思ったのですか?
実際の金子さんの映像があるので、まずはビジュアルを寄せないとと思いました。一日6食食べて、整腸剤も飲んで。

──それだけ増量するとご自身でもだいぶ違う感じがすると思いますが、それによって新たに生まれてきたものはありますか?
無理して太るので、きつかったですね。『BLUE/ブルー』で減量は経験していますが、太るのは痩せることの4倍はきついです。痩せることで(精神的に)カリカリしたりすることはあるのですが、難しくはない。でも太ると血糖値がずっと上がったままで眠いこともあり、物が読めなかったり、集中力が持続しなかったり、落ち込んだり……あまりやらない方がいいと思いますよ(笑)。

左:金子勇氏(写真:Winny弁護団提供)、右:東出演じる金子氏

──プログラミング等についても学んだりしたのですか?
サーバークライアント方式とは何ぞや、ピアツーピアとは何ぞや、プログラミング言語とは何ぞやといったことは、ある程度セリフで喋るのであればやはり知っておくべきこと。ですが、全然知らない世界だったので、プログラマーの方に教えていただきながらやりました。

──壇先生からは、金子さんとの関係性や二人の間のやり取り、実際にあった会話などについてもお聞きになりましたか?
壇先生の本もみましたし、その周囲の方の話もお聞きしました。法廷での金子さんの居住まいなどは映像が残っていないので、「どんな感じでした?」とお話を伺ったりもしました。それから、壇先生はずっと(撮影)現場にいてくれて、夏の暑い時期に体育館で撮影していたのですが、自費で借りたハイエースでスポットクーラーを借りてきて、俳優部を冷やしてくれたりと、制作部さんのように動いてくださいました(笑)。四六時中一緒にいたので、壇先生と監督と一緒に作ったという感じがものすごくします。

それから、この作品に入る前に弁護士さんたちが模擬裁判をやってくれました。壇先生は“裁判中にはこういう振る舞いでものを言うんだ”と、実際に裁判記録をもとにやってくれて、(壇役の)三浦さんがそれを見て。その「『Winny』を届けたいんだ」という熱量を、僕ら弁護団チームがそのまま引き継ぎました。弁護士事務所ではキャッキャしながら和気あいあいとしているけれど、闘う時は闘う。そういう熱量はスクリーンにも映っているように思います。

──リハーサルにはどのくらい時間をかけたのですか?
ひと月ぐらいですね。リハーサルは1回だったのかな…。壇先生と食事したり、いろいろなところを回ったり、僕も(体重を)増量したり、台本の打合せをしたりしていました。

──定食屋さんなども出てきますが、どこまでが実際の場所なのですか?
実際の場所はほとんど使ってないですね。京都や大阪、東京といろいろ転々としましたが、コロナ禍もあり東京での撮影も難しく、ほとんど栃木(県)で撮っていました。

──体育館ではどのシーンを撮影したのですか?
裁判所ですね。体育館の中に建て込んだんです。暑かった〜(笑)

──撮影を行ったのは?
一昨年(2021年)の夏です。

──こうして受け答えされていても、生真面目なところが金子さんと似ているようにも感じられるのですが、ご自身として金子さんに親近感が湧いたところはありましたか?
金子さんは人の悪口も言わないし、不平不満も言わない方だったと伺い、見習いたいと思いました。僕は金子さんを演じることができたので、僕自身、少しずつ変わっていったところはあるかもしれません。

──この作品が今描かれることの意義についてはどう考えていますか?
僕は金子勇を演じるというだけだったので、僕にはわからない部分にはなりますが、企画段階でプロデューサーさんたちがお考えになった上で今制作したいと思ったのだと思います。

──吉岡秀隆さんが演じる仙波さんのストーリーでは、悪事を隠蔽し続けようとする警察内部の構造も描かれますが、その点については?
そのストーリーラインには金子さん自身は絡んでいないので、正直、僕の立場としては一般のお客様と変わらない目線で観ました。

──それでは、完成した映画を観た時はいかがでしたか?
色々な映画がある中で、『新聞記者』のような社会性を伴った映画が僕は好きなんです。『Winny』は社会性がありながら、観やすい作品になっていると思うので、そういう意味でも良い映画だと思います。だから仙波さんのストーリーも、あのように皆が知らないことを明るみに出していくというのは良いと思いますね。

──警察やメディアを含む社会システムが金子さんの才能と将来を潰してしまったと捉えることもできると思いますが、そのことに憤りを覚えたりしましたか?
憤ってしまうと、人はおそらく誰かに対して攻撃性を持ってしまったり、集団化してしまうと思います。金子さんは憤ったり、誰かに怒りをぶつけなかった。その感覚はすごいと思います。でも、難しいですよね。憤りは“抱く”“抱かない”ではなく、湧き起こってしまう感情。それはしょうがない。僕は、金子さんはやっぱり悔しかっただろうと思います。不平不満を言わない金子さんだから余計に痛ましいのですが、相当悔しかったと思います。

──ということは、東出さんはこの事件に対して憤るというより、金子さんのようにありたい?
うーん、そうですね。それは金子さんに学ばせてもらった……金子さんは「教えちゃいないよ」と言うと思いますが(笑)、撮り終わって壇さんとまたお墓参りに行った時にはやはり感謝の念が大きかったし、「ちゃんとやり切りましたよ」と自慢しました。

──社会システムといえば、金子さんは悪者であるという像をメディアが作り上げていった面もあると思いますが、そうした報道機関の姿勢について、感じることはありますか?
やっぱり寂しいなとは思います。金子さんの場合も、部屋にポルノビデオあったというのは警察が印象操作のために流さないと出てこない情報だったりするのに、そうした情報を警察が出しているということを、多くの人は知らないんです。どういう人が何の意図を持ってリークしているのか。金子さんの本質は、ポルノビデオを持っていたことではありません。全く違うので、それは寂しいと思います。だから僕は、『Winny』というのは本質を捉えにいっている映画だとは思います。

──東出さんは俳優デビューから10年余りとなりましたが、以前と比べて考え方や捉え方が変わったところはありますか?
いや、あんまり変わっていないです(笑)。ずっと良いお芝居したいと思っているだけです。

──これからも俳優を続けていきたい?
オファーがあれば(笑)。

──先ほど金子さんに学ばせていただいたという話がありましたが、毎回キャラクターを演じ切ることで学んでいくというところはありますか?
あると思います……というぐらい、もとの自分が無いのだと思います。別の役になる時には、東出という入れ物を一回空っぽにしてから、また何かを入れたいと思うので。でもこの空っぽというのは人間的に凄く怖いので、役者というのはちょっと怖いな、と思います。

──演じていない時に怖さはありますか?
演じていない時は、最近はもう生きているだけで十分だと思うようにしています。動物がそうです。でも、人間は暗闇の中にいもしない鬼を見てしまったりする。本当は生きてるだけで御の字なのだから…と思うようにしようと。

実は今年、書き初めをしたのですが、「泰然」という言葉を書きました。なんでしょうね…、ゆったり、あまり動じない、という。

──誰かから聞いたり調べた言葉ではなく、自分で考えた言葉ですか?
はい。年末年始に友人たちが家に来て書き初めをし出して、「やります?」と言われた時にふっと出てきた言葉です。

──今回は書き初めということでしたが、ご自分の中で何かモットーのようなものを持つようにしているのですか?
いいえ、あまりないです(笑)。モットーは「自主自立」かな。

──すぐ出てくるところがすごいですね(笑)。そうした考え方はどんなところから育まれたと思いますか?
本はたくさん読みますね。最近は「死してなお踊れ」という一遍上人のアナキストの気とかを書いた栗原(康)さんの本や、「エピクロス」というギリシャ哲学の……快楽主義と言われたりしますが、エピクロスは清貧の人で、その中にもやっぱり「自己充足に勝る富はない」と書いてあったりします。昔の人たちはすごいことをいっぱい言うので。芥川龍之介の「地獄変」とか、いっぱい良い言葉があるから、いっぱい読んでいます。そうなりたいなって。

──そうすると、清貧ではないですが、本質的な暮らしや生き方になってきていますよね?若くして達観しているというか。
達観というのか…なんかそうですね。いろいろあっても…いろいろあった中でも、本質とは違ういろいろもいろいろあったので、その中で本質とは何だろう、と。今は身の丈にあった生活をしているように思います。

──欲は持たない主義ということで?
例えば食欲とか性欲とか排泄欲とかは沸き起こってくるものだと思いますが、ただ、物欲は元々あまりないんです。名誉欲とかもないし。

──お仕事に対する欲はどうですか?
良い芝居はしたいです(笑)。それは多分登山家が山に登りたいという気持ち、冒険家が誰も行ったことない地平に行ってみたいという気持ちと同じで、自分はお芝居の世界においてどれだけできるのだろうという気持ちはあるので、それをやりたいです。

──というと、終わった後にこうすれば良かったとか悔しさとかはありますか?
あります。『Winny』でも、やっぱりあのシーンは前日に呑んで盛り上がってしまったから……あのハイボール1本を飲まないで寝ればもっと良かったのかな、と思ったりしますね(笑)。本当にみみっちいことなのですが、でもそれがでかいんです(笑)。

──そういうのを何日も考えてしまう?
やっぱり今も悔しいというか、「バカだな〜〜」と思ったりすることはあります。もしかしたらもっと良い芝居ができたかも…と思ってもしょうがないんですけどね。

──お芝居は採点されるものでもなくある程度は自己評価で、出来上がって作品として評価されることはあるにしても、その評価も絶対的なものかはわからない。東出さんとしては、自身の演技の評価をどんな風に考えていますか?
もうそれは、監督がOKを出してくれたら。そこで僕の仕事が終わっているので、それだけです。

──それでも後悔することがある、ということですね。
なんというか、役が憑依するみたいな瞬間があるんです。でも、変に気負ったりすると憑依できなくて、逆に自分寄りのカットが終わって僕の芝居を受ける人たちにカメラが据えられているときに、逆に気負いがなくて良い芝居になったりするんです。ずっと悔しいですよね。良い芝居をしたいというだけなのに──そう願ってはいるのだけど、この気負いだったりとか精神的なコントロールが、まだまだ駄目なんですね〜。

──この作品の中で、憑依したなと思う瞬間はありますか?
結構多かったと思います(笑)。でも、金子さんがお姉さんに電話するところとか、確か台本ではもっと長かったのですが、「僕は喋らない方向でもいいですか?お任せしてもらってもいいですか?」と言って任せてもらって、ああいうお芝居になりました。

──監督にそういう風に言えるということは、ご自身の中での演技法はかなり確立されているのですね?
どうなんでしょう。その時の監督によって撮りたいものが全然違うと思うんです。黒沢清監督と瀬々監督と松本監督とでは、撮るものも撮り方も全然違うと思うので、その監督に合った居住まいややり方というのは、やはり変わると思います。今回は松本監督と二人三脚になって、「僕は準備するので、ある程度好き勝手やらせてください」という感じでした。

Photography by Takahiro Idenoshita

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『Winny』

企画/古橋智史 and pictures
原案/朝日新聞 2020年3月8日記事(記者:渡辺淳基)
プロデューサー/伊藤主税、藤井宏二、金山
監督・脚本/松本優作
撮影・脚本/岸建太朗
制作プロダクション/Libertas
制作協力/and pictures
出演/東出昌大、三浦貴大、皆川猿時、和田正人、木竜麻生、池田大、金子大地、阿部進之介、渋川清彦、田村泰二郎、渡辺いっけい、吉田羊、吹越満、吉岡秀隆
2023/127分/カラー/シネマスコープ/5.1ch

日本公開/2023年3月10日(金) TOHOシネマズ ほか全国公開
配給/KDDI、ナカチカ
公式サイト
©2023 映画「Winny」製作委員会