第79回ベネチア国際映画祭が見い出した6つの新たな才能
- Yuko Tanaka
映画祭では有名監督の新作のプレミアに立ち合えるだけではなく、新たな才能を発見できるのも醍醐味のひとつだ。新人監督の作品は、長年温めてきたオリジナリティに富んだアイディアや自身にとって親密な物語を、時には丁寧に時には大胆に描いており、作品に対する真摯な誠実さが感動を引き起こす。
ベネチア国際映画祭では、メインとなるコンペティション部門以外に、新たな才能の発掘に着目した複数のセクションが設けられている。公式部門では、1988年に「オリゾンティ」(英語で「ホライゾン」を意味する)という非コンペティション部門が設けられた。2004年には、映画祭の新ディレクターにマルコ・ミュラーが就任。オリゾンティ部門もコンペティションのスタイルをとるようになり、新しい映画表現の潮流を感じさせる作品の選出に特化するようになった。現在では、「オリゾンティ・エクストラ」というジャンル映画や実験映画、アート系映画など紹介する非コンペティション部門も追加されている。
一昨年のオリゾンティ部門で上映されたクリストス・ニク監督の『林檎とポラロイド』はケイト・ブランシェットが惚れ込んでプロデューサーとなったことで脚光を浴びた。ニク監督の次回作『Fingernails』の主演はジェシー・バックリーとリズ・アーメッドだという。その軌跡はまさに新しい才能を持ったまさにゴールデンボーイ。ベネチアが発掘した象徴的な成功例と言えるだろう。
併設部門(サイドバー)では、イタリア映画批評家連盟が主催する「ベネチア国際批評家週間」が1984年にスタート。さらに、カンヌ国際映画祭の併設部門である「監督週間」に習って、イタリア映画監督と作家が所属する2つの団体が運営する「ベニス・デイズ」が2004年に発足。「革新性と探究心、独創性、独自性に特に優れた質の高い作品を、あらゆる制約を受けずに紹介する」ことを目的としている。ちなみにこの部門は現在では「監督週間」と改称されているが、馴染みのある「ベニス・デイズ」という名の方が未だに通りが良い。
以下、今年のベネチア国際映画祭のオリゾンティ部門や監督週間で受賞した作品の中から、若手監督の印象深いものを紹介しよう。
『Autobiography』
マクバル・ムバラク監督
インドネシア、フランス、ドイツ、ポーランド、シンガポール、フィリピン、カタール/115分/オリゾンティ・コンペティション部門
インドネシアの地方都市。父親が刑務所に入り、兄は外国で働いているラキブは、地元の有力者である退役将軍プルナの家で身の回りの世話をすることになる。市長選に立候補しているプルナは厳しい人物だが、時には優しさを見せ、ラキブは彼を父親のように慕い始める。ある日、プルナの選挙ポスターが破られているのが発見され、ラキブは自ら進んで犯人を探し出すが、それはプルナが本性を現すきっかけとなってしまう──。
インドネシアの独裁政権下で公務員として働いていた父親の姿からムバラク監督が着想を得たという今作は、疑似的な父子関係が権力による支配関係に移行していく過程を様々なエピソードを積み上げながら丁寧に描いている。台詞に頼ることなく、不穏な空気を映像に浸らせながら、権力者に対する忠誠心から盲目的な行動を起こしてしまう恐ろしさを描き、今作のタイトルの通り、これが誰にでも起こりうる普遍的なことだと示唆している。
短編映画で頭角を表したムバラク監督の初長編作品となるが、多くの国際映画祭の企画マーケットに出品され、新人監督としては異例の7ヶ国合作となった。今回のベネチア映画祭ではオリゾンティ部門と批評家週間から選ばれる国際批評家連盟賞を獲得し、第23回東京フィルメックスではタイトルを『自叙伝』として上映され、最優秀作品賞を受賞。トロントやニューヨーク映画祭でも上映されている。
『Jang-e jahani sevom(World War III)』
ホウマン・セイエディ監督
イラン/107分/オリゾンティ・コンペティション部門
地震で家族を亡くしたシャキブはホームレスとなり、日雇い労働で生き延びている。ある日、建設現場の仕事を得た彼は、そこが第二次世界大戦のナチスの残虐行為に関する映画の撮影現場で、エキストラも兼ねなければならない事を知る。ところがヒトラー役の俳優が倒れ無理やり代役にされてしまったシャキブは、セットに使っている家に寝泊まりし始めるが、そこで旧知の耳の不自由な女性ラダンを匿うことになる──。
イラン映画界からは新しい才能が続々と登場しており、コンペティション部門で上映されたヴァヒド・ジャリルヴァンド監督の『Beyond the Wall』も野心的なスタイルで注目を集めた。オリゾンティ部門で作品賞を獲得した今作は、コメディタッチのドラマとしてスタートするが、次第にスリラー色が強くなり、イラン社会の問題を反映した悲劇として終わる。小説の映画化が多い昨今の商業映画界において、巧みに構成されたオリジナルストーリーは目には見張るものがあり、俳優出身のホウマン・セイエディ監督は、これからの活躍が期待できる才能と言えよう。
今作は第35回東京国際映画祭コンペティション部門にも『第三次世界大戦』のタイトルで選出され、審査員特別賞を受賞した。
『Blue Jean』
ジョージア・オークリー監督
イギリス/97分/監督週間
保守党のサッチャーが政権を握り、議会でゲイとレズビアンを差別する法律を可決しようとしていた1988年のイギリス。高校で体育教師をしているジーンは、仕事仲間や家族に同性愛者であることを隠しているが、長年の恋人がおり、夜はレズビアン・バーに通う二重の生活を送っていた。ところが問題を抱えた転入生ロイスが同じバーに通っていることを知り、自分の本当の姿が知られてしまうのではという恐怖心から、精神のバランスを崩していく──。
今作では、LGTBの人たちが抑圧されていた80年代を、当時のカルチャー事情を織り込みながら描くことによって、自分自身を解放していく主人公とLGTBの歴史が二重に浮かび上がる。16mmフィルムで撮影されたブルーを主体とした色調は、主人公の辛い心情を表しているようだ。これが初長編となるジョージア・オークリー監督は、これまでに短編作品がニューヨーク映画祭やSXSW映画祭などで評価されていたが、今作で監督週間のピープルズ・チョイス賞(観客賞)を獲得した。
『The Maiden』
グラハム・フォイ監督
カナダ/117分/監督週間
高校生のコルトンとカイルは何をするのも一緒の親友だ。ところがある夏の夜、渓谷にある線路で、カイルは電車に轢かれて亡くなってしまう。一人ぼっちになってしまったコルトンは、他のクラスメイトといてもやるせなさを感じるが、やがて新たに心を許せる友人に出会い、少しずつ心の痛みを癒していく。その頃、同じ高校に通うホイットニーは友人たちとの関係に亀裂が入り、突然姿を消してしまう。カイルが亡くなった渓谷に向かった彼女は、ある出会いをする──。
1987年生まれのカナダ人監督グラハム・フォイが生まれ育ったカルガリー郊外の街を舞台に、ティーンエイジャーの友情の大切さと喪失の痛みを繊細かつ詩的に描いた珠玉の作品。ミュージックビデオも手がけるフォイ監督は2011年から短編作品を発表し、2020年に制作した『August 22, This Year』が第73回カンヌ国際映画祭の批評家週間に選出されている。やはりミュージックビデオ界で活躍する撮影監督ケリー・ジェフリーの美しい映像が心に残る今作は、監督週間で未来の映画賞を受賞した。
『Eismayer』
デヴィッド・ワグナー監督
オーストリア/87分/批評家週間
軍隊の鬼教官と知られるアイスマイヤーは、実は同性愛者であることを隠し、妻を持ち、子どもを可愛がっていた。ある日、反抗的でゲイを公言しているファラクが入隊してくる。最初は対立し合う二人だったが、訓練を通してファラクが優秀な兵士だと分かり、二人は少しずつ距離を縮めていく──。
実話を元にした今作は、男性らしさのある種の象徴と言える軍隊の中で、その権化のような主人公が運命の人と出会い、本来の自分の姿を認め、変化していく過程が丁寧に描かれている。助監督や撮影、脚本など映画制作の様々なポジションで経験を積んできたデヴィッド・ワグナーの初長編監督作品となる今作は、批評家週間でグランプリを手にした。
『Aus meiner Haut (Skin Deep)』
アレックス・シャード監督
ドイツ/103分/批評家週間
レイラはパートナーのトリスタンを伴い、大学時代の友人ステラがいる孤島を訪れる。そこではある儀式によって、心はそのままに互いの身体を入れ替えることができるのだった。実はうつ病を患っていたレイラは、くじ引きで偶然選ばれたカップルの女性と身体を入れ替え、新しい自分に喜びを感じるが──。
性別や年齢に関係なく、いかに自分自身が居心地良くいられるかという自己肯定をテーマとしている今作。同じ身体の中に異なる人格が入るという設定だけに、俳優たちが様々な人格を見事に演じ分けているのも特筆すべきであろう。1990年にカザフスタンで生まれ、1993年に家族とともにドイツに移住したアレックス・シャード監督は、ミュンヘンテレビ・映画大学在学時から短編作品がドイツ国内外で賞を獲得。今作は批評家週間で上映され、クィア・ライオン賞を受賞した。
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第79回ベネチア国際映画祭
会期:2022年8月31日(水)〜9月10日(土)
開催地:イタリア・ヴェネチア
フェスティバル・ディレクター:アルベルト・バルベラ
© Asac – La Biennale di Venezia.