【単独インタビュー】『生きててよかった』主演・木幡竜が譲れないアクションシーンの極意
- Atsuko Tatsuta
ボクシング一筋で生きてきた男のセカンドキャリアを描いたヒューマンドラマ『生きててよかった』が5月13日(金)に公開されました。
ファイター型のボクシングスタイルで人気を博したプロボクサー・楠木創太(木幡竜)は、肉体的に限界を迎えドクターストップによって引退を余儀なくされる。恋人の幸子(鎌滝恵利)と結婚し、新しい生活をスタートさせるが、社会人としてはほとんど役に立たず悶々とした日々を送っていた。そんなある日、創太のファンだという謎の男(栁俊太郎)から、大金を賭けた地下格闘技の誘いを受ける──。
『くそガキの告白』(12年)でゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞を受賞した鈴木太一が脚本・監督を手掛けた『生きててよかった』。主役の楠木創太を演じたのは、自らもプロボクサーの経歴のある木幡竜。ボクサー、サラリーマンを経て俳優となり、オーディションで出演を勝ち取った中国映画『南京!南京!』(09年)で高い評価を得た後、単身中国に渡り、アンドリュー・ラウ監督『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』(10年)でドニー・イェンと死闘を演じる悪玉のトップを演じて一躍注目を浴びた気鋭の俳優です。中国を拠点に活動を続け、最近では『サムライマラソン』(19年)やテレビドラマ『アバランチ』(20年)など話題作に出演してきた木幡にとって初の主演映画となった『生きててよかった』は、まさにこれまでのキャリアの集大成となる渾身の一作です。
過酷な減量とトレーニングで体脂肪率3%まで絞り上げた鋼のような肉体で挑んだ本作へのこだわりを、木幡竜に伺いました。
──『生きててよかった』は、木幡さんご自身のかつてボクサーだった経験が反映されているそうですね。このプロジェクトの発端とは?
(当時所属していた)ファントム・フィルムの小西啓介プロデューサーと映画を撮るとなったときに、僕が提案したのがボクサーのセカンドキャリアについての物語でした。脚本が書けてアクションにこだわりのある監督ということで白羽の矢が立ったのが、鈴木太一監督です。その後、鈴木監督が5、6年かけて今の脚本に仕上げてくださいました。脚本も、17稿、18稿と改稿され、スタッフも変わったり、本当に映画化できるのかという時期もありましたが、やっと完成にこぎつけました。
──主人公の創太に象徴されるように、ボクサーのセカンドキャリアはとても厳しいものですが、なぜこのテーマを映画化したいと思ったのでしょう?
僕自身がボクサーだったこともあり、周囲にボクサーが多くいますが、先輩でも後輩でもセカンドキャリアが上手くいかない人が多いことに疑問を感じていました。レスリングや柔道など他の格闘技の選手はそうでもないのに、ボクシングだけはなぜか社会に上手く適応できない人が多いような気がして、ずっと考えていました。統計をとったわけではないですが。でも、考えているうちに、ボクサーのそういう生き方は刹那的だけれど、だからこそできる試合があるのではないか、と。僕自身は少なからず、そういう試合を見て感動したり、影響を受けてきたところがあります。そんな試合をした人でも、引退してからの人生は上手くいかないことも多いけれど、どういう気持ちなんだろう、と。言葉にするのは難しいのですが、幸せだったのか、不幸せなのかといった、そうした人々の“幸福論”みたいなものを描きたいと思いました。
──ボクシングとはどういうスポーツだと思っていらっしゃいますか?
究極のコミュニケーションという気がしています。言葉ではなく、拳を使ったコミュニケーション。数分間殴り合うのには、おそらく一晩飲み明かしたくらいの情報量があります。その人の性格までわかってきて、(終了の)ゴングが鳴った瞬間には、裸で抱き合えるくらい身近に感じます。
──ボクサーの生き方はこれまでも度々描かれていて、最近の日本映画でも吉田恵輔監督の『BLUE/ブルー』(21年)や武正晴監督の『アンダードッグ』(21年)などがありましたね。
ボクシングは世界中でずっと撮り続けられている題材だと思いますが、その理由は、光と影がわかりやすく、映画として面白いからではないでしょうか。舞台に上った二人のどちらかが勝ち、どちらかが負ける。勝てれば良いけど、負ければゼロ。リングに上がる人のメンタリティを考えると、アドレナリン中毒のようなところがあって、その中毒から抜け出すのが難しい。1,000、2,000人の前で人を殴って倒して、“ワーッ”と称賛される感覚を味わった人が、リングを降りて普通の社会に入った時、どう自分を満たしていくのか。
──人と人とを闘わせる見世物は、ローマ時代から行われていましたが、近代のボクシングはスポーツです。この作品では、スポーツとしてのボクシングと見世物としての闘いの両面が描かれますが、闘う側からすると、両者の差はどこにあると思いますか。
僕は差がないと思っています。多分、創太も同じ感覚でリングに上がっていると思います。本能というか、自分の満足のために闘っている。実は、僕にとってはボクシングと芝居にあまり違いはありません。一見、全然違う世界だと思われると思いますが、とてもリンクしています。僕にとって、10代でボクシングをしていた時と今とでは、あまりやっていることが変わっていません。どちらも、何かを表現して人に何かを感じてもらうこと。アウトプットの仕方が違うだけな気がします。ボクシングの殴り合いで人に何を与えるのか、芝居で何を与えるのかの違いなだけ。
──それでも、ボクシングはある意味命がけですよね。リングからもう帰って来られないかもしれないというリスクが常にありますよね。
ボクシングが命がけというのはそうかもしれませんが、でも、死ぬと思ってリングに上っている人はいないと思います。芝居でも、死ぬと思いながら芝居する人はいないでしょうが、とはいえ、俳優の仕事をしていて、病んでしまい死ぬかもと思うことはあります。『生きててよかった』の役作りに関しては、創太は自分に近い役だったのでそうでもないですが、以前、戦争映画に出た時には、戦時中の心理に近づこうと思って役作りをしていたら、本当に自分がめちゃくちゃ嫌いになって、生きていること自体が間違っているのではないかと、死にたい衝動に駆られたことがありました。
そういうことを考えると、役者も命懸け。架空の存在を演じているわけですが、その世界に役者が入っていけばいくほど、観る人は感情移入をしてくれます。なので僕にとって、演じるということは自分自身を切り売りするというか、肉を剥いで投げつけているようなイメージがあります。ボクシングをやっているときも命がけでしたが、役者をしていても同じく、身を削られているような感覚があります。
──創太を演じていて、危機感を抱いたことはありましたか?
ボクシングのダウンするシーンで怖いと思ったことはありました。本当にダウンする男の目を映してほしくて、東洋太平洋の(フライ級)チャンピオンの松本亮というプロボクサーにピンポイントで顎を狙ってもらって、実際、ダウンしたシーンを撮りました。僕にとっては20年ぶりくらいのダウンなので、これで本当に立てなかったらどうしよう、と。
──実際にパンチが当たっているんですね?手加減なし?
はい、当たっています。手加減すると効かないので、僕の希望を押し通して本気で当ててもらっています。ダウンする人の目は、一瞬死んだようになるのですが、その顔は芝居ではなかなか難しい。ボクシングの試合を実際にご覧になったことはありますか?
──ありますよ。一番驚いたのは音でした。TVで見ているとあまりわかりませんが、シュッシュッと切るような音がしました。
そうなんです。僕はTVの中継ですら、本物のボクサー同士が殴り合う醍醐味を伝えられていないのではないかと思っています。だから、現場で初めてボクシングを見た人は、その迫力にびっくりしてしまうでしょう。僕はこのアクション映画の中で、その本物の醍醐味を伝えたかった。
──これまでのボクシング映画で、本当に戦っていないものもわかってしまったり?
本物のボクサーを使っている映画は少なくて、『ロッキー5/最後のドラマ』ではトミー・モリソンという(元WBO世界ヘビー級)チャンピオンを使ったり、最近だと『クリード チャンプを継ぐ男』でも本物のボクサーを使ったりしていて、面白いカットはたくさんあります。でも、“ボクシング風”というか、芝居だとすぐにわかってしまうシーンが多くあります。もちろん、大多数の人はその差がわからないですし、映画としての見せ方なので、いい悪いではなく、僕としては、本当に世界チャンピオンが見ても「おっ」となるようなシーンを撮りたく思ったんです。
──カメラワークについてもアドバイスされたのですか?
いいえ。カメラワークはアクション監督の領域なので、僕が口を出すことではないと思っています。でも、実際にパンチを食らうシーンは一回しか出来ないから絶対に失敗にしないでくれと言っていたのに、NGになってしまったことがありました。(2度パンチを受けるのは)キツかったですね。
──アクション監督をつけて欲しいと、木幡さんが最初にお願いされたそうですね。鈴木監督と園村健介アクション監督は、どのように役割を分担されたのですか?
この作品は低バジェットでとにかく時間がなかったので、Vコンを作って効率的に撮影をしようということになりました。Vコンというのは、“こういう風に動いて、こういう画角で撮ります”というのがわかるように、ビデオで撮った動画のコンテです。俳優の動きとカメラの動き、そしてどう編集するのかを全て想定して作っておいて、現場では俳優がそれをトレースすればいいように。アクションを効率的に撮る際に有効です。通常はスタントマン同士が演じてVコンを作り、それをカメラマンや監督、俳優が見るのですが、今回は僕自身が演じてVコンを作りました。なので、現場でもよりスムーズにアクションシーンが撮れたと思います。
──木幡さんは海外でドニー・イェンさんらと仕事をしてこられたわけですが、アクションシーンの撮影に関して彼から学んだことなどはありますか?
あります。僕がドニーと出会ったのは、初めて僕がアクション映画に参加した時でした。アクションシーンの撮り方にまず驚きました。アクション映画では、俳優が実際に動けることが大切なのではなくて、どうすれば本物に見えるかという演出こそが大事なのだとわかりました。本当に緻密に計算されているからこそ、スクリーンに現れた時に本物に見える。それにかける時間とお金が莫大だったので、なるほどだからこれは、日本ではなかなか出来ないんだなと納得してしまいました。『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』の最後で僕とドニーが闘う5分か6分のシーンは、2週間の予定で撮影されました。
──時間をかけてじっくりと撮るように最初から計画されている?
そうです。結局は11日間で撮り終えて、3日間短縮できましたが。監督のアンドリュー・ラウは、(アクション監督でもあった)ドニーに任せて、現場にも来ませんでした。アクションシーンでは監督権がアクション監督に移るというか。芝居のシーンとアクションシーンの演出方法が全然違うので、完全に区別されていました。「るろ剣」(『るろうに剣心』シリーズ)ではその方法を取り入れて、(アクション監督の)谷垣健治さんに任せていたので、あのような素晴らしいアクションが出来たのだと思いますが、なかなか日本の現場では、アクション監督に一任することがないのではと思います。『生きててよかった』は低バジェットなので時間とお金をかけられたわけでもありませんが、園村さんというアクション監督にお願いできて、事前に鈴木監督ともしっかりと打合せをして撮影に臨んでいます。
──ドニーさんは、俳優とアクション監督をよく兼任されますが、木幡さんもアクション監督をしようとは思わないのですか?
アクション監督はピースを組み合わせるような作業なので、数学が出来る人でないと(笑)。すごく面白そうだし、簡単なことはできると思いますが、園村さんがやるようないろんな伏線を張ったりはできません。シンプルに見えて、実は大変高度なことですからね。動きも1センチ単位で決められていて、だからこそ、アドリブにしか見えない自然な動きになります。園村さんはそういうことが得意です。僕のような俳優がやると、結局自分が動きたいように監督してしまうと思います。
──ドニーさんとは今も交流があるのですか?
ドニーに関しては、恨みしかないですね(笑)。『レジェンド・オブ・フィスト』を撮った時に、「これからはお前の時代だ」と言ってくれました。「俺はもう年だから、引退する」と。僕は、「よし、これからドニーをまくってやる」と一生懸命頑張ったのですが、その2年後に(谷垣)健治さんから「ドニーの誕生日だから、竜さん、ハッピーバースデーのビデオを撮って送って」って連絡が来ました。僕はビデオを送って、「ところで、ドニーは今何しているんですか?」と聞いたら、引退どころか「スター・ウォーズ」を撮っていたんですよ!背中を追いかけるどころか、もう遥か彼方に行ってしまって背中も見えない。早く後進に道を譲っていただきたいですね(笑)。
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『生きててよかった』
長年の闘いが体を蝕みドクターストップによって強制的に引退を迫られたボクサー・楠木創太(木幡竜)は、闘いへの未練と執着を捨てきれぬ中、恋人との結婚を機に新しい生活を築くため仕事に就くも、人生の大半をボクシングに捧げてきた創太は何をやってもうまくいかない上、社会にも馴染めず苦しい日々を過ごす。そんなある日、創太のファンだと名乗る謎の男から大金を賭けて戦う欲望うずめく地下格闘技へのオファーを受ける。一度だけの思いで誘いに乗った創太だったが、忘れかけていた興奮が蘇り、再び闘いの世界にのめり込む。彼にとってその高揚感は何物にも代えがたいものだった。闘うことに取り憑かれた男の狂気と愚直なまでの生き様は果たして喜劇となるか悲劇となるか?今、再び闘いのゴングが鳴る──。
主演/木幡竜、鎌滝恵利、今野浩喜、栁俊太郎、長井短、黒田大輔、渡辺紘文、永井マリア、木村知貴、松本亮、三元雅芸、銀粉蝶、火野正平
監督・脚本/鈴木太一
アクション監督/園村健介
エンディングテーマ/betcover!! 『NOBORU』(cutting edge)
特別協力/大橋ボクシングジム
制作プロダクション/オフィスアッシュ、ハピネットファントム・スタジオ
日本公開/2022年5月13日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
企画製作・配給/ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
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