【単独インタビュー】『ガンパウダー・ミルクシェイク』ナヴォット・パプジャド監督に刻まれたアジアのアクション映画
- Atsuko Tatsuta
イスラエルの鬼才ナヴォット・パプシャドの新作『ガンパウダー・ミルクシェイク』は、組織に立ち向かう女性たちの死闘を描いたハードボイルド・アクション映画です。
ネオン煌めくクライム・シティ。かつて母親に捨てられたトラウマを抱えた孤独な殺し屋サム(カレン・ギラン)は、ある夜、ターゲットの娘エミリー(クロエ・コールマン)を匿ったことから、組織から追われる身に。次々と襲ってくる刺客たちを躱しながら夜の街を疾走するふたりは、訳ありの女たちが仕切る図書館に逃げ込む──。
監督は、前作『オオカミは嘘をつく』がクエンティン・タランティーノ監督から「本年度の最高傑作」と絶賛され、脚光を浴びたナヴォット・パプシャド。その期待に応えるように、クラシック映画からアジア映画まで、さまざまなジャンル映画へのオマージュを散りばめたカラフルで痛快な新感覚アクション映画を誕生させました。
日本公開に際しインタビューに応じてくれたパプシャド監督が、アジア映画へのこだわりと撮影秘話を語ってくれました。
──男性のあなたが、シスターフッド映画を撮りたいと思った理由は?
この物語は女性の視点から語るのが良いと思ったからです。まず、主人公がひとりぼっちの少女を救うというシーンを思いついた時、この主人公は女性であるべきだ、と思いました。選択の余地がないというか、それが自然でした。そのイメージから始まり、主人公と母親の関係や、主人公の母親と図書館員たちの関係──これはまさにシスターフッド的な関係ですが──を掘り下げていくという感じで物語を展開していきました。この母娘のテーマはとても興味深いですからね。
おっしゃるように私は男なので、ある一定のところまでは脚本を作り上げることができましたが、そこからは、参加してくれた女優陣と一緒にキャラクター造形や物語を作り上げていきました。最終的にこのようなシスターフッドの物語に到達できたのも、彼女たちに負うところが大きく、一緒にこの映画を作り上げてくれた彼女たちを本当に誇りに思います。
──脚本も手掛けていらっしゃいますが、このストーリーを書き始めた起点は?
侍モノ、あるいは暗殺者モノと誘拐スリラーを合わせたらどうなるんだろう、というアイディアでした。暗殺者がもし誘拐事件に巻き込まれたら、きっと面白いジレンマが生まれると思いました。私が大きな影響を受けた黒澤明、セルジオ・レオーネの西部劇──つまりガンマン的な雰囲気のものや、ヒッチコックのノワール的な要素、つまりクラシック映画をオマージュしつつ、さらに私が育ってきた中で観てきたたくさんの映画、例えば80年代の作品だったり、カートゥーン的なテイストを盛り込んだ作品を作るチャンスになるのではないかと思いました。私は学生時代に日本映画、韓国映画、香港映画を発見したのですが、そうした作品からかなり影響を受けています。なので、『ガンパウダー・ミルクシェイク』はこうした要素をすべてミックスする“ミルクシェイク”のような映画にしたいと思いました。
──日本、韓国、香港映画では、例えばどんな作品ですか?
これは話し出したら何時間あっても足りませんね。黒澤明、鈴木清順、北野武、黒沢清、それからジョン・ウー……きりがありません。これらのアジアの巨匠たちの作品は、それまで私が観ていた映画と全く違いました。それがアジア映画に惹かれたいちばんの理由です。これらの映画では、ひとつのシーンに、あるいはひとつの瞬間に、いろんなことが起きます。それは私が知る限り、アメリカやヨーロッパの映画にはない表現でした。欧米の作品は、ドラマであればドラマ、アクションであればアクション、それぞれのジャンル映画であって、それ以上のものはなかった。でも、アジアの映画はとても複雑で、とても多層的。例えば、黒澤明の作品はドラマの部分ももちろん素晴らしいけれど、コメディ的な要素もあるし、人間愛も描かれるし、バイオレンスさえあります。同時に五感を刺激するような作品です。
私はアメリカ育ちではなく、ヨーロッパ人でもない。イスラエル出身ですが、自分のアイデンティティに悩んだこともありました。イスラエルはアジアの一部ではあるんですが、祖父母はドイツ、ルーマニア、スペインにルーツがあります。そんな私のバックグランドも関係しているのかもしれませんが、いろいろな要素を内包している複雑性、多相性にとても惹かれます。はっきりした理由はありませんが、映画を作り始めてからもずっとそれは感じています。もちろんアジアの映画も、西洋の映画に影響を受けている部分はありますが、でも決して欧米の映画のコピーにならず、オリジナルのアイデンティティを保っていますよね。そういったアジア映画が私にはとても魅力的だし、とても影響を受けています。
──これまでもホラー、スリラーといったジャンル映画を撮っていますね。『ガンパウダー・ミルクシェイク』も先ほどあなたがおっしゃったように、ノワール映画やアクション映画などさまざまなジャンル映画を絶妙にミックスしていますが、あなたにとって、ジャンル映画の魅力とはなんでしょうか?あるいは、ジャンル映画の持つパワーとは?
ジャンル映画は大好きです。幅の広さも好きですし、表層的にこういう作品だと思っていても、それだけじゃ終わらないところが好きですね。ホラーだと思っても、コメディ的な部分があったり。まあ、私にとってはスピルバーグの『ジョーズ』もホラー映画なんですけどね。
ドラマ作品も好きですが、ドラマはそこで完結するでしょう。ジャンル映画は、サブテキストがとても潤沢にある映画です。それにジャンル映画は、まず娯楽性ありきなところが良いですね。ポップコーンを片手にコーラを飲みながら観るような、気楽なところが良くて、それでいて重層的でもあり得る。60年代なら人種問題だったり、70年代の作品ならベトナム戦争といったサブテキストがある。氷山のように一面が現れているだけだけれど、その下には多くのものが隠されている。なので、フィルムメーカーからすると、ジャンル映画ではいろいろなことに挑戦できるというメリットがあるんです。
『ガンパウダー・ミルクシェイク』を語る時に、ひとつのアクションシーンについて語ることもできるし、哲学についてや知識、本と武器というメタファーについて語ることもできますよね。暴力と子どもについての関係性について掘り下げることもできる。例えば、主人公のサムは、子どもに“目を閉じていろ”と言いますよね。最終的にこの映画の女性たちは暴力の連鎖を断ち切ろうとしますが、そういう深いテーマを取り込めることも、ジャンル映画の魅力ですね。
確かキム・ジウン監督が言っていたと思うのですが、「ブロックバスター映画はカロリーばかりがあって内容がないと思われるけれど、よく出来たジャンル映画は、カロリーもあるけれど内容もある」と。
──ジャンル映画の魅力は、そのスタイルとディテールにあると思います。最近、公開から50周年記念ということで『ゴッドファーザー』を観ました。『ゴッドファーザー』の魅力のひとつは殺し方のバリエーションです。正直、映画における“殺し方”はもう出尽くした感がありますが、『ガンパウダー・ミルクシェイク』では闘い方にさまざまな工夫が観られました。これらのアイディアはどのように見つけていったのでしょうか?
これも実は、アジアの映画の影響が大きいと思います。アジア映画のアクションは、あまり銃を使わないのが特徴ですよね。ジャッキー・チェンも銃は使わないし、韓国映画でも、あまりありません。日本では警官が銃を携帯できますが、アメリカ映画に比べるとほとんど使われませんよね。銃は引き金を引いてしまえば、勝負がすぐについてしまう。だから西部劇の決闘のシーンでさえも、面白いのは銃撃ではなくそこに至るまでの過程です。なので私も、その過程を上手く描きたいと考えていました。
私の場合は、キャラクターをあえて難しい局面において、そこからどうやって救い出せるか、抜け出すのかというところを、いろいろ試行錯誤しながらアイディアを出していきました。この作品の場合は、最初の4つのアクションシーンではまったく銃は出てきません。銃を使わない分工夫しなければならず、闘い方はその分クリエイティブになります。また、銃を使うシーンでも、ただ部屋に入ってきて撃つだけにならないように工夫しました。例えばサムは、クリニックのシーンで腕が麻痺してしまいますよね。そうすると、通常のように銃は撃てません。正直、私は銃はあまり好きではありません。なので図書館では銃も使いますが、他の武器…例えば大きな置物を使ったりもします。車を武器にしたりもしますね。
脚本を書く立場としては、銃を使わない場合、ファイトシーンで別の闘いを生み出さないといけないので苦労しますが、その分クリエイティブになれるのではないかと思います。いずれにせよ、コッポラと同じ文脈で私の名前を出してくれてありがとうございます。
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『ガンパウダー・ミルクシェイク』(原題:Gunpowder Milkshake)
ネオンきらめくクライム・シティ。サムはこの街の暗殺組織に属する腕利きの殺し屋。だがある夜、ターゲットの娘エミリーを匿ったことで組織を追われ、命を狙われるハメに。殺到する刺客たちを蹴散らし、夜の街を駆け抜ける2人は、かつて殺し屋だった3人の女たちが仕切る図書館に飛び込んだ。図書館秘蔵の銃火器の数々を手に、女たちの壮烈な反撃が今始まる!
監督・脚本/ナヴォット・パプシャド
出演/カレン・ギラン、レナ・ヘディ、カーラ・グギーノ、クロエ・コールマン、アダム・ナガイティス、ミシェル・ヨー、アンジェラ・バセット、ポール・ジアマッティ
2021年/フランス・ドイツ・アメリカ合作/英語/カラー/スコープサイズ/DCP/114分/PG12
日本公開/2022年3月18日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給/キノフィルムズ
提供/木下グループ
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