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2022.02.19 9:00

【単独インタビュー】『オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-』ジョン・マッデン監督が惚れ込んだイアン・フレミング立案の奇策

  • Atsuko Tatsuta

MI5が実行した驚愕の作戦をコリン・ファース主演で描いた超頭脳派スパイサスペンス『オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-』が公開されました。

1943年、第二次世界大戦が激化する中、連合軍はイタリアのシチリア島から上陸し、ドイツ軍を攻撃する「ハスキー作戦」を計画した。だが、シチリアが上陸ポイントとしてベストであることは明白で、この作戦を成功させるためには、ドイツ軍を欺く必要があった。ロンドンでは、イギリス軍のゴドフリー提督(ジェイソン・アイザックス)の下、諜報機関20委員会の元弁護士の諜報部員ユーエン・モンタギュー少佐(コリン・ファース)とMI5所属のチャールズ・チャムリー空軍大尉(マシュー・マクファディン)が作戦室を立ち上げ、ヒトラーを欺く作戦練り始める。

辿り着いたのは、イアン・フレミング少佐(ジョニー・フリン)が考え出した“トロイの木馬作戦”。英国海兵隊ビル・マーティン少佐という架空の人物に仕立てた“死体”に、連合軍が上陸するのはギリシャであることを記した偽造文書を持たせ、海に流すというもの。この情報をドイツ軍が信じれば、シチリアの軍配備は手薄になるだろうという予測の元に立てたれた作戦だ。
チャムリーは密かに惹かれていた海軍省で働くジーン・レスリー(ケリー・マクドナルド)に声をかけ、作戦室へ迎え入れるとともに、マーティン少佐の恋人“パム”の写真としてジーンの写真を借用する。作戦は「ミンスミート作戦」という名称に変更され、準備が進められるが──。

ヒトラーを欺き、連合軍のシチリア上陸を勝利に導いたイギリス軍によ欺瞞作戦を題材にしたベン・マッキンタイアーのベストセラーノンフィクション「ナチを欺いた死体 – 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実」を原作に監督を務めたのは、アカデミー賞7部門を受賞した『恋におちたシェイクスピア』(98年)や『女神の見えざる手』(16年)で知られる英国の名匠ジョン・マッデン。荒唐無稽ともいえる作戦を立案した強烈な個性を持つ諜報員たちの群像劇は、新たなるスパイサスペンスの傑作です。

本国・イギリスに先行する日本公開に際して、ジョン・マッデン監督がオンラインインタビューに応じてくれました。

ジョン・マッデン監督

──イギリスのスパイ映画はバラエティに富んでいて傑作も数多く輩出していますね。特に第二次世界大戦は逸話の宝庫と言えるかもしれませんが、あなたがこの実話に興味をもった理由は ?
第二次世界大戦はまだそう昔ではなく、私たちに馴染みがあります。そこには様々なドラマがあるので、ストーリーテラーたちは物語を求めて、何度も第二次世界大戦に戻ります。前線だったり戦闘に関するストーリーが多いですが、今回の実話は、“人目に触れていないところでこんな凄いことが起こっていた”というところが、面白いと思いました。バリエーションが豊かな第二次世界大戦のストーリーの中でも、とりわけユニークだと思いました。脚本を手掛けたミシェル・アシュフォードと別の企画をやっている際に、「この原作が面白いから読んでみて」と言われ、ベン・マッキンタイアーが書いた本を読んだことから始まりました。「ミンスミート作戦」自体は、イギリス人ならなんとなく知っています。「死体の作戦」というと、“ああ、あれね”っていう感じですね。私が興味を惹かれたのは、秘密裏に、しかもわずかなミスも許されないような計画が綿密に練られて、実行されたこと。この事実が、この映画を作りたいとまず思わせてくれました。連合軍が攻撃してくるのはシチリアではないとヒトラーに思い込ませ、ギリシャに目を向けさせるという絶対に不可能だと思われるようなミッションを、彼らはやり遂げたのです。なので、数ある映画の中では珍しいケースだと思いますが、なによりも、この実話自体がスターなんです。

──後にボンドシリーズで有名になるイアン・フレミングが諜報機関で働いていた頃に、この奇想天外な作戦を考え出したという事実も大変興味深いです。奇想天外な作戦を考えたのが、軍人でなく“作家”だということも面白く、しかもフレミング自身も、バシル・トムソンの小説からアイデアを得たそうで、この作戦自体が、フィクションの力を大いに感じさせます。フィクションの力は映画にも共通しますが、それを映画化するという入れ子状態の面白さがあると思いますが、いかがですか?
核心を突く質問ですね。まさに私がこの実話に興味深いと思ったのは、メタなレベルで、今あなたがおっしゃったようなフィクションのストーリーテリングについて語っているストーリーだからでした。諜報機関20委員会においてアイデアを考えるメンバー全員が作家だったというのは、本当に興味深いものです。彼らは、仕事の傍ら、探偵ものとかスパイものを書いていた作家たちでした。敵側も信じられないような作戦だからこそやってみようというアイデアは、彼らが作家だからこそ思いついたのだと思います。

実は、私は映画監督として彼らと同じようなことをしていると思っています。監督の仕事はまず、観客の方に信じてもらえるような、あるいは物語に入り込めるようなものを作ることですから。なので、今回もそういったストーリーテリングの力というものを意識しながら、脚本を開発していきました。スパイフィクションにおける最も有名な作家であるイアン・フレミングが登場し、まだボンドシリーズを書く以前でしたけれど、彼を中心に置いて、彼が私たちに物語を語るというスタイルにしたら面白いのではないかと考えました。

──映画中、ゴドフリー提督は、チャーチル首相にこの作戦を強く推していません。きっと失敗すると思っているからですね。でもチャーチルは、だからこそこの作戦を実行しようと言います。チャーチルも元々ジャーナリストで作家でもありましたが、そうした物書き的な資質がこの作戦を採用したことに影響していると思いますか?
はい、私はそう思います。チャーチルも作家なので、彼にはそういうウィットがあったと思います。ヒトラーを欺くのは非常に難しいミッションであって、正攻法の作戦であれば上手くいかない、簡単に信じられるような作戦なら逆に疑われるに違いない、と彼はわかっていたのだと思います。とんでもない奇想天外なものであった方が、むしろヒトラーが信じるのではないかと考えたのだと思います。ドイツ側も、絶対に騙されないように小さな情報でも逃すまいと目を光らせている状況の中で、作戦実行の鍵はチャーチルが握っていました。ゴドフリーは、大局的なものの見方をする人でしたから、上手くいかなかったら大変なことになると、失敗を気にかけていたんですね。この作戦ひとつに賭ける不安を感じていました。この映画でも、計画の準備が進むほどリスクはどんどん大きくなり、モンタギューたちは失敗は許されない状況に追い込まれていき、緊張感もどんどん増していきます。そういう部分も、この物語の面白いところだと思います。

──この作戦は、ゴドフリーの下で働いていたイアン・フレミングが51の作戦のアイデアをまとめた「トラウト・メモ」の中の、28番目のアイデアだそうですね、あなたは、その「トラウト・メモ」をお読みになったのですか?
「トラウト・メモ」は、すべて読みましたよ。ほとんどがジョークなのかと思うほど奇想天外なアイデアばかりでした。例えば、海に2D(平面)の船を浮かべて、大勢の艦隊が押し寄せているように見せようとか。本当にフィクションの世界のアイデアばかりで、実現不可能に思えました(笑)。この作戦は、その中のNo.28のアイデアでした。バジル・トムソンの小説「婦人帽子屋の帽子の謎」に出てくる死体にまつわるアイデアをベースにしたもので、遡れば、ギリシャ神話の「トロイの木馬作戦」に由来します。

──戦略室の人間関係は複雑で、その面白さは、群像劇の達人であるあなたらしいものでした。モンタギュー、チャムリー、ジーンの三角関係も史実なのですか?
三角形の“二つの辺”は、本当ですよ。モンタギューとジーンの関係は実際にあったのではないかと私は推測しています。フィクションについての映画だから、作り手である私たちの推測を入れ込んでも許されるのではないかと思い、三角関係にしたのですがね。

原作であるベン・マッキンタイアーの本は、どのレベルにおいても本当に本当に本当にしっかりとしたリサーチを踏まえて書かれています。読んでいる時に、脚本家のミシェルと私が面白いと思ったのは、モンタギューたちが架空の兵士であるビル・マーティン少佐に関するフィクションの物語を作り上げていく過程で、その中にすっかりハマり込んでしまって、自分たちも現実とフィクションの境目が段々なくなってしまうところです。つまり、モンタギューと
ジーンは、ビル・マーティンと恋人のパムの関係を作ることにはまり込んでいって、二人の間には強い絆が生まれてしまったのです。

一方、チャムリーに関しては、実在の人物に近い描写になっていますね。秘密主義者で独身。そんな彼を二人に絡ませたら面白いのではないかと思い、三角関係のように描いています。もともとチャムリーとモンタギューの間には、ある緊張感がありました。モンタギューは元法廷弁護士で、人前で何かすることに慣れているショーマン的なところのある人物です。それに対してチャムリーは真逆の性格の人物だったので、その辺りを掘り下げたら面白いと思いました。

映画監督としては、観客により感情的にも没入してもらわなければ楽しんでもらえないのではないかと思いました。物語が深まっていくと同時に三人の関係性も深まっていき、それを観ている観客も、感情移入をしたりエモーションナルな側面からもストーリーに没入していく。それがストーリーテリングの醍醐味だと思うし、それを活かした物語を作りたいと思いました。

──モンタギューを演じたコリン・ファースは、ジェイン・オースティンの小説をベースにしたBBCドラマ『高慢と偏見』のダーシー役で人気となり、「高慢と偏見」の現代版である映画『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズでもダーシー役を演じ、スター俳優となりました。チャムリーを演じたマシュー・マクファディンも、キーラ・ナイトレイが主演したジョー・ライト監督『プライドと偏見』(05年)でダーシーを演じています。二人のダーシーが友情を育み、同時にちょっとした恋敵になるところを観るのも楽しかったのですが、このキャスティングは意図的だったのですか?
偶然です。現場でもダーシーが二人いることを、みんなに指摘されましたよ。二人のキャスティングは別のタイミングで行いました。コリンとは『恋におちたシェイクスピア』以来の友人で、この20年ずっと、いろいろな企画で一緒にやろうと話していたのですが、タイミングなどが理由で実現しませんでした。今回のモンタギューは、まさにハマり役だったと思います。また、チャムリー役にはこの人しかいないと思ったのが、マシューでした。実は、TVシリーズ『サクセッション』の撮影と時期が重なってしまい、参加できないということに一旦はなってしまったのですが、『サクセッション』の脚本の完成が遅れて、撮影時期が延期されたことで、出演してもらうことができました。この二人の共演は楽しいですが、意図的なものではなかったんです。

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『オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-』(原題:Operation Mincemeat)

第二次世界大戦時、1943年、イギリスはナチスを倒すため、イタリア・シチリアを攻略する計画を立てていた。だが敵の目にも明らかな戦略目標であるシチリア沿岸はドイツ軍の防備に固められている。状況を打開するため、英国諜報部のモンタギュー少佐(コリン・ファース)、チャムリー大尉(マシュー・マクファディン)、イアン・フレミング少佐(ジョニー・フリン)らが練り上げたのが、欺瞞作戦“オペレーション・ミンスミート”だ。“イギリス軍がギリシャ上陸を計画している”という偽造文書を持たせた死体を地中海に流し、ヒトラーをだまし討ちにするという奇策だ。彼らは秘かに手に入れた死体をビル・マーティン少佐と名付け、100%嘘のプロフィールをでっち上げていく。こうしてヨーロッパ各国の二重三重スパイたちを巻き込む、一大騙し合い作戦が始まるが──。
第二次世界大戦の行方を変える決定的な分岐点で秘密裏に実行され、戦後長らく極秘扱いされてきた驚くべき欺瞞作戦の全容がいま明らかになる──。

監督/ジョン・マッデン
出演/コリン・ファース、マシュー・マクファディン、ケリー・マクドナルド、ペネロープ・ウィルトン、ジョニー・フリン、ジェイソン・アイザックス
原作/「ナチを欺いた死体:英国の奇策・ミンスミート作戦の真実」ベン・マッキンタイアー著(中央公論新社刊)
128分/イギリス/2022年/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:栗原とみ子

日本公開/2022年2月18日(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
配給/ギャガ
公式サイト
© Haversack Films Limited 2021