Column

2022.02.27 9:00

【単独インタビュー】『ちょっと思い出しただけ』伊藤沙莉&尾崎世界観が作る、“言葉ですべてを説明できないもの”

  • Atsuko Tatsuta

『くれなずめ』の松居大悟監督が、池松壮亮と伊藤沙莉を主演に迎えて描くオリジナルラブストーリー『ちょっと思い出しただけ』が2月11日(金)に公開されました。

2021年7月26日、34回目の誕生日を迎えた佐伯照生(池松壮亮)は、怪我でダンサーを引退し、ステージ照明の仕事で生計を立てています。一方、タクシー運転手の野原葉(伊藤沙莉)は、いつものように東京の夜の街を走っていました。とある街角で、どこからか聴こえてくる足音に吸い込まれるように歩いて行くと、視線の先にはステージで踊る照生の姿がありました。時は遡り、照生と葉の出会いの瞬間から恋の行方まで、不器用なふたりの二度と戻らない愛しい日々を、カメラは“ちょっとだけ”映し出す──。

『ちょっと思い出しただけ』は、ロックバンド・クリープハイプの尾崎世界観が自身のオールタイムベストに挙げるジム・ジャームッシュ監督の映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』(91年)にインスパイアされて書き上げた新曲「ナイトオンザプラネット」を基に、松居監督が脚本を執筆したオリジナル作品です。

照生を演じるのは、クリープハイプ「憂、燦々」のミュージックビデオなどで松居監督、尾崎とタッグを組んできた池松壮亮。松居監督と尾崎に熱望され、照生の恋人・葉を演じたのは、『ボクたちはみんな大人になれなかった』(21年)やドラマ『ミステリと言う勿れ』(22年1月〜)など話題作への出演が後を絶たない伊藤沙莉。さらに、『ミステリー・トレイン』や『パターソン』などジム・ジャームッシュ監督の作品に出演している名優・永瀬正敏が“公園で妻を待ち続ける男”として、尾崎がミュージシャンの男役として出演しています。

第34回東京国際映画祭で観客賞とスペシャルメンションをダブル受賞した話題作の公開に際し、尾崎と伊藤がインタビューに応じてくれました。

──この企画は、尾崎さんが映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』をオールタイムベストに挙げるほどお好きで、そこから派生した曲を基に始まったと聞いています。この映画のどこに魅了されたのでしょうか?
尾崎 会話をしているときの空気感や、喋っているところよりも喋っていないところに魅力があるところですね。俳優が黙っている瞬間にも意味があって、そういう間をきちんと捉えた映画だと思いました。僕は普段歌詞を書いているのですが、(歌詞を書く時は)限られた言葉数の中で完成させなければならず、言えたことよりも、言えなかったことの方が大事だと思っています。そういったところで大きな影響を受けていますね。

──映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』は1991年の作品ですが、初めてご覧になったのはいつですか?
尾崎 高校生の時ですね。実は、(『ナイト・オン・ザ・プラネット』は)その時1回しか観ておらず、それ以降はもう観ないと決めています。最初に観た時のあの感覚が変わるのが嫌で。でも今、この映画(『ちょっと思い出しただけ』)がきっかけで『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観る人が周囲で増えていて、その感想を聞く度に観たくてしょうがなくて……我慢しています。

伊藤 私はこの作品に出演することが決まってから(『ナイト・オン・ザ・プラネット』を)観ました。テーマ的にも映画的な観せ方もこの作品では引用していると思いますし、私の役も、タクシードライバーでしたので。葉のセリフも、『ナイト・オン・ザ・プラネット』の中でウィノナ・ライダーが話している言葉だったりします。観たものや聞いたものによってひとりの人間が形成されると思いますが、刺激を受けるという意味では、とても素晴らしい作品だと思います。ジャームッシュ監督は、人間の芯を突いているのにビジュアルはアート的で、とても稀有だと思います。

──尾崎さんは、松居監督とはMVなどを通じて10年以上の長いお付き合いがありますが、「ナイトオンザプラネット」の曲を松居監督に託した時はもう、長編映画にすることを考えていたのですか?
尾崎 まったく考えていなかったですね。なので、長編にすると聞いた時は、大丈夫なのかと不安な部分もありました。曲も短いので、どう膨らませていくのか。松居君とは普段、作品について細かく話すことはないので、とても気になりました。

──伊藤さんは、脚本を受け取ったときの感想は?
伊藤 私は細かく説明をされたくない方なので、説明が少なめでとても良いなという印象を受けました。丁寧に説明している脚本は“親切”かもしれないけれど、“優しくないなぁ”と思うんです。

尾崎 脚本の段階で、もっと説明している脚本もあるんですか?

伊藤 ありますね。言わなくても感じることができるよね、というところまで書いてある脚本もあったり。「考えて、感じる」という機会を与えてくれる脚本は、演じる側にとっても優しいと思います。

──松居監督は、いつか伊藤さんと一緒に仕事をしてみたかったところ、今回その念願が叶ったとのことでした。最初にお会いした時は、どんな話をされたのですか?
伊藤 松居監督は、実は以前にラジオで一度お会いしていました。J-WAVEの生番組の、イベントのようなコーナーで。でも今回お会いした時の印象は、ラジオの時とはかなり違っていました。前の時の方が取り繕っていたのかもしれませんが(笑)、フェアな方だというのは作品からも感じていました。今回お会いした時は、最初おどおどしていて……(笑)。おそらくいろいろな迷いがあった頃だったのかなと思います。でも、迷ってくれている方が信頼できるし、一緒に作っていこうという気持ちになります。

──監督がおどおどしていると、俳優は不安になるものでは?
伊藤 ずっと答えが出ないままだとちょっと不安になるかもしれませんが、一緒に考えたり答えを導き出すというのが、もの作りをする上では必要だと思うので。もし仮に答えが出ていなかったとしても、それは観客が感じとれば良いと思うので、監督に迷いがあるとむしろ安心感がありますね。

──葉というキャラクターに関しては、どのようなオファーがあったのですか?
伊藤 今までの役の中で、葉は一番何も考えずにフラットに演じられた役かもしれません。「何でそうなるの?」という疑問が、葉というキャラクターには一つもありませんでした。「わかる」とか「あるある!」という感じで、すべてが納得できました。というのも、松居監督が台本を作るにあたって、事前にインタビューしてくださって。

尾崎 その時もおどおどしていました?

伊藤 おどおどしていましたね(笑)。私の恋愛観や、こういう時だったらどうするとか、いろいろ質問されて。それが葉のキャラクターに反映されているのが大きかったと思います。

──松居監督はこの作品をリアルなものにしたいとおっしゃっていましたが、伊藤さんのリアルを持ち込んだとも言えるわけですね。
伊藤 そうですね。そうした要素も入っていると思います。

──タクシードライバーという役に関しては、どのように役作りされたのですか?
伊藤 もともとは私の役がダンサーだったんです。この作品の撮影に入る前は舞台公演中でしたが、深夜でもいいからダンスのレッスンを入れて欲しいとお願いしていました。ちゃんと踊れるように見せたいし、この企画には絶対に参加したかったので。でもよく考えると、ダンサーにはダンサーを目指している人の体型がありますよね。甘いものを我慢したりとか、その人の人生が体型にも現れていると思うんです。それなのに、ダンスをある程度習ったからといって、私が演じて良いのかと思ってしまって。撮影までの時間もそれほどなかったし、その体型にもっていくのは難しいのではないかと相談したところ、じゃあ逆にしようということで、私がタクシードライバーの役になりました。(松居監督が)諦めないでいてくれたことも、嬉しかったです。

それにタクシードライバーは、『ナイト・オン・ザ・プラネット』でウィノナ・ライダーが演じていた職業なので、バトンを受け継ぐようで、とても栄誉なことだと思いました。その感動が大きかったですね。

──尾崎さんは、ご自身の曲「ナイトオンザプラネット」からこのストーリーが生まれたわけですが、映画との距離感をどのように受け止めていますか?
尾崎 曲の世界と松居君の映画の世界はそれほど近くなくても良いと、最初から思っていました。松居君には彼の世界で好きに作ってもらいたかったし、その距離感が最後まで保てていたので、すごく良い方向に行ったと思います。

先ほど「リアルなもの」という話が出ましたが、リアルなものを目指しながらも、この作品はフィクションであることも大事だと思います。作っているスタッフも演じている俳優も、フィクションであることを意識しながらリアルを目指す。本当にリアルだったら不安になる部分もあるし、フィクションというところが担保されていると、見る側も安心して身を委ねられるので、それは良いバランスで成り立った作品だと思います。

──尾崎さんは、脚本を読んだ時に驚きました?それとも想定内でしたか?
尾崎 松居君から何となくストーリーは聞いていたのですが、脚本を読んだ段階では、映像までイメージしきれていませんでした。それから、誰が演じるかがとても大事だと思いました。

──キャスティングに関して相談はあったのですか?
尾崎 はい。伊藤さんに演じて欲しいと、自分が伝えました。松居君は「俺が伊藤さんにしたいと言った」と言っているんですけど(笑)。松居君とは2011年頃からずっと一緒にMVなどを作っていて、その度に、“こういう人に出てもらえたら良いな”と、夢のキャスティング話をしていました。出演して欲しいと思う憧れの役者さんがそれぞれにその時々でいて、今回は両方にとってのそれが伊藤さんでした。(実現できて)とても嬉しいですね。

──ご本人がいらっしゃる前では話しづらいかもしれませんが、伊藤さんの俳優としての魅力とは?葉役に合うと思った理由は?
尾崎 (魅力を)言葉で言い表せないところですね。自分たちが作っているものは、言葉ですべてを説明できないものだと思うし、むしろ言葉にならない部分がちゃんとあって欲しい。伊藤さんはそういう部分を持っている方です。

──伊藤さんは、本作で初めて尾崎さんにお会いしたのですか?
伊藤 クリープハイプのファンなので、この企画に参加することができて本当に嬉しかったんです。(クリープハイプの)曲もずっと聞いていましたが、今回の撮影の時は、行きも帰りもずっと「ナイトオンザプラネット」を聞いていました。

でも、尾崎さんが目の前に現れてしまうと……なんと言うか、よく「タモリさんってこの世に存在するんだ!」と言われるような、そんな感じです。同じ世界に生きていたんだ、という。歌はすごく人間臭くて好きなのに、なぜか現実感のない存在だったという矛盾が、やっと整った感じです。色々な角度から詞を書かれる方なので、今もお会いすると緊張します。

尾崎 こっちも伊藤さんの前では緊張します。世代は違うけれど、憧れの対象でした。だから、まともに目も合わせられません。

──伊藤さんは今回、タクシードライバーという職業を疑似体験されたわけですが……
伊藤 タクシーの運転手さんが話しかけてくる気持ちが、ちょっとわかりました。結構孤独な時間ですし、誰かの話を聞いたり自分の話をしたりと、コミュニケーションをとりたくなるよなと、演じていて思いました。人を乗せるのは、その人の人生の一部を乗せる、という感覚もありました。魅力的な職業だなと、葉を通じて思いました。

──『ナイト・オン・ザ・プラネット』でも、ウィノナ・ライダーはキャスティングディレクターからオーディションに誘われたにも関わらず、「この仕事(タクシー・ドライバー)が好きだから」と断っていましたね。そのウィノナ・ライダーがタバコを吸いながら車を走らせるシーンが印象的でしたが、尾崎さんはそれを歌詞にも入れていますね。
尾崎 印象的なシーンですよね。ポスターでもよく見ていたし、あの部分はあえてなんとなく見たままを歌っていますね。でも、“ウィノナ・ライダー”は本当に言いづらくて、ライブで毎回噛みそうになるんです。“伊藤沙莉”だと噛まないから、ライブバージョンで歌詞を変えようかな(笑)。映画が公開されたら、みんな分かってくれると思うので。

伊藤 ナ行が続くのは言いずらいですよね。

尾崎 ナ行、特に苦手なんです(笑)。

──東京オリンピックの最中に撮影をしていたと伺っていますが、規制などはありましたか?
尾崎 特に影響はなかったと思います。オリンピックといえば一箇所、“オリンピック、やるとは思わなかったですね”と言うシーンがあるくらいですよね。

伊藤 “やると思っていなかった”というセリフ、心から言えましたね。

尾崎 あそこはリアルなんだ(笑)。

伊藤 冒頭の葉が支度をしているシーンの撮影が開会式の日で、家に帰ってすぐにテレビをつけました。正直、それまでの人生の中でオリンピックは大して意識していなかったのですが、みんなオリンピックに夢中だったので、むしろ撮影はしやすかったような気がします。

──尾崎さんは撮影現場にはよくいらしていたんですか?
尾崎 自分が出演する時だけ、4日間ですね。

──初号をご覧になった感想は?
尾崎 本当に良かったです。今までの松居君の作品とは違って、“我慢”できていると思いました。これまでの松居君の作品には、純粋な気持ちを爆発させる瞬間があって、それが良い部分でもあるんですけど、今回はそれを最後まで我慢していました。“我慢しろ、我慢しろ”と思いながら観ていて、それで(観終わって)“よしっ!”と思いました。

伊藤 自分が出演している作品でこう言うのもなんですが、この作品がすごく好きです。自分が関わった作品すべてをすごく好きになれるかというと、正直そんなことはなく、映画は最終的には監督が作るものなので、俳優が尽くしても、(完成した作品を観て)“こうなるんだ…”と思うことももちろんあります。そう思うと、この作品はとても幸福な結果になりました。良い作品だと思えたし、それはとても贅沢なことだと思いました。この企画自体、私にとってはとても贅沢なものなので、ひとつ宝物をいただいたような気がしています。

──松居監督のラブストーリーの傑作になったと思いますが、お二人は本作をどう見ていますか?
伊藤 結末を知った上で(恋愛の過程を)観ているのが、新しいですよね。別れてしまっている現在から、幸せだった頃を振り返っているわけですが、過去を“ちょっと思い出す”時って、たいていは悪かった時より良かった時を思い出しているんですよね。でもこの作品は、恋愛映画でもあるかもしれませんが、それ以上に、それぞれの人生を描くことで普遍的な物語になっていて、だからこそ観る人に届くのかなと思います。

尾崎 ラブストーリーという以前に、人が繋がることを描いていると思います。取材で聞かれることが何度かあり、「ああ、これってラブストーリーなのか」と思ったくらいです。映画を観て、登場人物と出会い、映画の中でも人と人との出会いがあります。自分は松居君と池松君とずっと一緒にやってきて、久々に3人で再会できたし、伊藤さんとも初めて会えました。久々に再会したスタッフの方もいたし、初めて出会った方もいました。この作品で初めて映画に深く関わらせていただいて、改めて人と人の繋がりを感じましたね。

──松居監督、池松さん、尾崎さんはとても仲の良い友人とお聞きしています。池松さんの出演も最初から決まっていたのですか?
尾崎 松居君の中では考えていたみたいですね。だいぶ後になってから相談がありました。池松君にもそうだったようで、「尾崎さんが良いんだったら良いよ」と答えたらしいです。昔は一番末っ子として接していたけれど、すごく大人になったと思いました。先ほどジャームッシュ監督の作品で、登場人物が喋っている時よりも、喋っていない時間の方が好きだという話をしましたが、それに近いものがありました。(頻繁に)会っていた時よりも、“あの時どうしていたのか?”というところに今回改めて意味を見い出せて、すごく嬉しかったですね。

メイキング写真より

──ジャームッシュ監督はこだわりが強く、使用許可などもそう簡単には出さない監督です。今回許可が出たことは、尾崎さんの歌もこの脚本も気に入った証ですね。
尾崎 かねてからジャームッシュ監督が好きだと公言していたのですが、2020年の2月にロングライドという配給会社の方から、『デッド・ドント・ダイ』の公開があるので、ラジオ番組で対談をしませんかというお話をいただいて、ニューヨークと電話を繋いでジャームッシュ監督とお話をさせていただきました。その時に、新曲を作っているという話や、『ナイト・オン・ザ・プラネット』のセリフをバンド名にしたという話もさせていただきました。その時はまだ「ナイトオンザプラネット」を作っている途中だったのですが、話ができたことで、もっと一生懸命作ろうと思えました。そういった繋がりもあったので、実際に許可が下りたと聞いた時はすごく嬉しかったです。それと同時に、条件が整った中で、どういう作品になるのかと不安にもなりました。

──ジャームッシュ監督との対話で印象に残ったことは?
尾崎 通訳の方を通してなので100%監督が言っていることなのかどうかがわからず、とにかく監督の声だけを聞いていましたね。音で捉えようと思って。すごく良い声で、今すぐ言葉に出来ないのですが、とにかく音だけは覚えておこうと思った記憶があります。

──そのエピソードはとてもジム・ジャームッシュ的ですね!
尾崎 とにかく音で覚えていたいと思ったんです。

──ジャームッシュはこの作品を観てくれたのですか?
尾崎 どうでしょう?観て欲しいですね。

Photography by Takahiro Idenoshita

==

『ちょっと思い出しただけ』

怪我でダンサーの道を諦めた照生(てるお)とタクシードライバーの彼女・葉(よう)。
めまぐるしく変わっていく東京の中心で流れる、何気ない7月26日。
特別な日だったり、そうではなかったり…でも決して同じ日は来ない。

世界がコロナ以前に戻れないように、二度と戻れない愛しい日々を、
“ちょっと思い出しただけ”。

監督・脚本/松居大悟
出演/池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、尾崎世界観、成田凌、菅田俊、神野三鈴、篠原篤、國村隼、永瀬正敏
主題歌/クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」(ユニバーサル シグマ)

日本公開/2022年2月11日(金・祝)全国公開
配給/東京テアトル 
公式サイト
©2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
Photo by E-WAX