【単独インタビュー】『ただ悪より救いたまえ』ホン・ウォンチャン監督がフィルムノワールに心酔する理由
- Atsuko Tatsuta
韓国ノワールの傑作『新しき世界』のファン・ジョンミンとイ・ジョンジェが7年ぶりの共演を果たしたバイオレンスアクション『ただ悪より救いたまえ』が12月24日(金)より全国公開されました。
韓国の国家情報院の元工作員で、今は暗殺者として生きるインナム(ファン・ジョンミン)は、東京でヤクザのコレエダ(豊原功補)を暗殺するミッションを最後に引退するはずだった。ところが、かつての恋人がタイで殺害され、彼女が秘密裏に産んでいた娘が行方不明になっていることを知らされ、バンコクに飛ぶ。関係者を手当り次第捕まえては拷問し、手がかりを掴もうと奔走するインナムだが、その後をコレエダの義弟である冷酷で凶暴な殺し屋・レイ(イ・ジョンジェ)が追いかける。レイは、復讐を果たす為には手段を選ばない。タイの裏組織も巻き込み、やがてふたりの暴走は手がつけられないほど過激化していく──。
監督を務めたのは、ナ・ホンジン監督の『チェイサー』(08年)や『哀しき獣』(10年)、日本で『22年目の告白―私が殺人犯ですー』(17年)としてリメイクされたチョン・ビョンギル監督の『殺人の告白』(12年)などの共同脚本などで活躍してきたホン・ウォンチャン。監督デビュー作の『オフィス 檻の中の群狼』(15年)がいきなりカンヌ国際映画祭に招待された注目株です。
監督・脚本を手掛けた長編第2作目にして、韓国ノワール界のストーリーテラーとしての実力をいかんなく発揮したホン・ウォンチャン監督が、インタビューに応じてくれました。
──あなたはもともと韓国ノワールの名監督であるナ・ホンジンの『チェイサー』や『哀しき獣』といった傑作の共同脚本を手掛け、本作は監督2作目となりますが、このジャンルに惹かれる理由は?
映画制作の勉強を始めた頃は、さまざまなジャンルの映画を観ていました。アクションだけでなく、メロドラマ、コメディなど幅広くね。それで、歳を重ねていくうちにフィルムノワールに惹かれていきました。フィルムノワールが持つ独特の世界観や、人間の内面や人間が抱えている闇を描くところが好きです。映画に限らず、ノワール小説も好きなので、自然とノワール系の脚本を書くようになりました。学生時代は映画の演出を学んでいて、つまり映画監督になりたかったということで、若い頃は短編も制作していましたよ。でも映画は簡単に撮らせてもらえるわけではないので、脚本を書いたり脚色したりするライターとしてキャリアをスタートさせました。いつかは自分の脚本を監督するという夢は常に持っていました。
──『ただ悪より救いたまえ』のプロジェクトはどのように始まったのですか?
実はこのシナリオは、かなり前に書いていたものでした。『作戦 The Scam』(09年)という映画の後、『哀しき獣』を撮る前あたりですね。そもそもこのシナリオを書いたのは、制作会社からこのようなアイデアで脚本を書いて欲しいという依頼を受けたことがきっかけでした。当時は脚本家として活動していたので、自分が監督するとはまったく想定していませんでしたし、この脚本を仕上げた後には、『哀しき獣』の脚本にとりかかりました。本作の脚本はその後ずっと制作会社の手元にあったのですが、私が『オフィス 檻の中の群狼』という作品で監督デビューした後くらいに制作会社から連絡があり、この脚本の監督をして欲しいと声がかかりました。ということで、最初にこの脚本を書いた時から公開までは、10年くらいかかっていることになりますね。
──本作は韓国ですでに大ヒットしていますが、ファン・ジョンミンとイ・ジョンジェの『新しき世界』以来7年ぶりの共演ということで、日本でも話題です。このキャスティングはやはり『新しき世界』を意識したのでしょうか?
『新しき世界』は面白く、私も大好きな作品ですよ。でも今回はそれを意識したわけではありませんでした。まず、インナム役のキャスティングを考えていた時に、制作会社の代表からファン・ジョンミンを提案されました。とても良いと思ったので、彼に脚本を渡して、結構すんなりと出演が決まりました。レイ役についてはかなり悩みました。日本に住んでいるという設定でしたので、日本の俳優にお願いしようかという案も出たりしました。でも、いろいろな俳優を検討した結果、イ・ジョンジェにお願いすることになりました。キャラクターに合った俳優を探していたら、結果的に今回の二人に行き着いたということですね。
でも撮影が始まる頃になると、『新しき世界』はファンが多い作品なので、二人の共演が話題になりましたし、公開時のプロモーションでも二人の共演が注目を浴びました。私が思っていたより、ずっと大きな反響があって驚きました。喜ばしいことでもあったのですが、一方でその話題性に見合ったものを作らなければならないと、私にとってはプレッシャーになりましたけどね。
──イ・ジョンジェはNetflixシリーズ『イカゲーム』で世界的に大ブレイク中です。韓国では『ただ悪より救いたまえ』の後の配信されたものですが、このニュースには驚かれましたか?
ちょうど『ただ悪より救いたまえ』のポストプロダクションをしているときに、イ・ジョンジェが『イカゲーム』の撮影をしていました。その撮影の合間にお会いしたことがあり、現場の雰囲気なども聞いていました。『イカゲーム』のソン・ギフンは、『ただ悪より救いたまえ』のレイとは正反対のキャラクターですね。まったく新しい、斬新な役を演じたと思います。『ただ悪より救いたまえ』のレイ役でも高い評価を得ていたのですが、作品ごとにカラーを変えても、本人のトーンはしっかりと守りながら演じている。素晴らしい俳優だなと改めて感嘆しました。そういう俳優と一緒に仕事をしていたのだと思うと、とても感慨深かったです。イ・ジョンジェは大好きな業界の大先輩でもあるので、おめでとうございますとお伝えしたかったのですが、その後、まだ直接お会いできていません。この場を借りて、彼におめでとうとお伝えしたいです。
──冷酷な殺し屋であるレイも、以前のイ・ジョンジェのイメージとはかなり異なるキャラクターだった思いますが、それはあなたの狙いだったのですか?
はい。レイは、これまでのイ・ジョンジェのイメージとは異なる、かなり型破りなものにしたいと思っていました。彼は様々な役を演じてきた、技術的にも優れた俳優ですので、彼をキャスティングする時には、ひとつのイメージに囚われたくはありませんでしたし、彼もそれを望んでいませんでした。彼はひとつのイメージに囚われず、いろいろな役を演じたがっています。彼がレイ役を演じたいと言ってくれたのも、過去にやったことがない役だったからですね。
実際にイ・ジョンジェは、カリスマ性のあるスタイリッシュで冷徹な殺し屋を見事に演じてくれたと思います。『イカゲーム』で彼が演じた役も、ギャンブルで借金まみれの中年男というこれまでとはまったく違う役です。私は最初、彼のようなイケメンがちょっと落ちぶれた役を演じるのは異質に見えるのではないか、ぎこちないものになるのではないかと内心思っていたのですが、彼はあの世界に自然に溶け込んで、ハマっていましたね。私たちの身近にいるような人物ともいえますが、彼が演じるとまた違う味が出てきます。
──本作は、韓国、日本、タイを舞台にしていますが、インナムがレイに追われるきっかけとなったのは、日本のヤクザであるコレエダの暗殺でした。日本のパートを作った理由は?
この映画にはインナムやレイといった殺し屋が出てきますが、観客は、こういった仕事をする人たちと日常の中で接することはありません。なので、韓国だけで描いてしまうと、観た人(韓国の観客)にとってあまりに真実味がないように感じられてしまうのではないかと思いました。登場人物たちにしてもアクションにしても、作為的すぎるのではないか、と。なので、設定から未知の空間が必要だと思いました。(観客が)知らない土地で展開するほうがある意味でリアルに感じられるのではないかと思いました。
レイは、観客にとって得体の知れない人物です。韓国人の血も流れているだろうけど、国籍も定かではない。そういう設定が必要だと思いました。インナムに関しても、まず日本のシーンで初登場させたいと思いました。そして、子どもを探して第三国のタイをさまよう…という姿を描いたほうがリアリティがあると思いました。
──コレエダ・ダイスケ役を演じた豊原功補、“先生”役を演じた白竜などの日本人キャストはどのように選んだのですか?
まずは演出部のスタッフに、この二人の役柄に合う日本人俳優をリストアップしてもらいました。そこから私が、出演されている作品を観たりリサーチをして、お二人にオファーしました。白竜さんに関しては、似たようなジャンルの映画──北野武監督の『アウトレイジ』を観て、豊原さんに関しては『新宿スワンII』を観てお会いしたのですが、実際に撮影しても、期待通りでした。現場でも上手く行き、とても良い経験が出来ました。日本で活動している二人の俳優と仕事が出来たことはとても貴重でしたし、機会があればまたぜひ日本の俳優さんと仕事をしてみたいです。
──ちなみに、豊原さんが演じたコレエダという名前は是枝裕和監督から来ているのですか?
そうです。実は私たち韓国人にとって、日本人の名前は覚えるのも聞きとるのも結構難しいんです。このコレエダというキャラクターは、物語的にもとても重要な人物です。レイはコレエダの義弟という設定ですからね。コレエダという名前を観客にしっかりと認識してもらわなければならない。なので韓国人がしっかりと聞き取れるけれど、ありふれたものではない名前にしたいと思っていました。是枝監督のお名前は韓国でもみんな聞き慣れているし、私自身も好きな監督なので、使わせていただきました。
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『ただ悪より救いたまえ』(英題:Deliver Us from Evil)
腕利きの暗殺者インナム(ファン・ジョンミン)は、引退前の最後のミッションで日本のヤクザ、コレエダ(豊原功補)を殺す。コレエダは冷酷無比な殺し屋レイ(イ・ジョンジェ)の義兄弟だった。レイは復讐のため、どこまでもインナムを追いかけ、関わった人間を次々と手にかけていく。一方、インナムの元恋人はインナムと別れた後ひそかに娘を生み、タイで暮らしていたが、娘が誘拐され元恋人も殺されてしまう。インナムは、初めてその存在を知った娘を救うためタイに向かい、誘拐に関わったもの達を拷問し居場所を探す。レイもまたインナムを追ってタイにやってくる。そして二人の通った後には死体の山が出来上がる…。タイの犯罪組織や警察まで巻き込み壮大な抗争へと発展する。果たして、暴走する暗殺者と狂暴な殺し屋の運命の対決の結末は一体!
監督・脚本/ホン・ウォンチャン
出演/ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、パク・ジョンミン
2020年/韓国/韓国語、英語他/シネスコ/カラー/108分/PG-12
日本公開/2021年12月24日(金)よりシネマート新宿ほか全国公開
配給/ツイン
提供/ツイン、Hulu
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