【ネタバレレビュー】『ワンダーウーマン 1984』でダイアナが戦う「欲望」という名の世界
- Joshua
※本記事には映画『ワンダーウーマン 1984』のネタバレが含まれます。
ガル・ガドット主演×パティ・ジェンキンス監督のタッグで映画界に“革命”をもたらした『ワンダーウーマン』(17年)から3年。待望の新作『ワンダーウーマン 1984』がついに公開される。
映画は、幼いダイアナがセミッシラ島の”アマゾン・オリンピック”に出場するシーンから始まる。スタートから首位に躍り出たダイアナは、屈強な体躯の選手たちに勝るとも劣らない戦いを繰り広げる。ところが、勝利のために手段を選ばないダイアナは、アマゾン戦士の将軍アンティオペ(ロビン・ライト)によって掣肘を受ける。アンティオペはダイアナに真の勝利の如何を説き、「真実に向き合う」ことこそが大切であり、それを実行出来た者こそが誠の勇者と呼ばれるのだ、と強調する。
時は流れ、舞台は1984年。第一次世界大戦を背景としていた前作から66年後である。アメリカの首都・ワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館で、ダイアナ(ガル・ガドット)は考古学者として働いている。
そんなダイアナの前に現れるのが、ブラック・ゴールド社の代表マックス・ロード(ペドロ・パスカル)だ。マックスは「なんでも願いが叶う」魔法の石に向かって、石自身になることを願い、その力を手にする。人々の願いを叶える代わりの、”猿の手”的な等価交換により、マックスは様々な力を自らのものとする。「どんな望みでも、どんな夢でも叶います」と喧伝を繰り返しながら着々とパワーを増し、人類滅亡へ向かって暴走する空虚なマックスという人物は、まるで背後にある80年代のアメリカが投影されたような存在だ。
70年代のアメリカ経済が残したスタグフレーションという負の遺産を精算するために、81年に大統領に就任したロナルド・レーガンは、財政支出削減・規制撤廃・大幅減税などを実行。同時に軍事支出を大幅に増やし、”マッチョで強いアメリカ”を演出したが、蓋を開けてみれば巨額の財政・貿易赤字を生むばかりだった。
「もし、続編を撮る機会があったら、そのときはダイアナをまったく違う局面に置こうと話し合っていた」というジェンキンスは、そんなアンビバレントな時代にダイアナを放り込んだのだ。
前作『ワンダーウーマン』の最後、モノローグ部分でダイアナは「かつて私は世界を救おうとした。そしてどんな人間にも光と影が同居していると知った。人々の中で善と悪の戦いは続いている。でも愛があれば、その戦いに勝てる。だからわたしは戦い続ける」と語った。今回ダイアナが相対する敵は前作のそれとは異なり、より構造的でより掴み所のない「世界」そのものである。人間の欲望が暴れ狂う世界で、ダイアナは「愛をもって、真実に向き合う」ことで、再び世界を救うのである。
先述の冒頭のシーンは、まさしくこの作品の「教訓」として機能している。「真実に向き合うこと」は前作から一貫した哲学であるが、外界時間から隔絶されたセミッシラ島を舞台にもう一度この「教訓」をあえて明示することは、それが時代に依存しない不変な教えであることを象徴している。第一次世界大戦中だろうが、経済成長の真っ只中だろうが、愛をもってして真実を受け入れることさえ出来れば、それが前進に繋がるのだ、と。時代に依らない価値の存在を疑わないアマゾネス達のその姿は、ある意味で信仰的だ。彼らもまた人類と同様に、まだ未熟なのだ。急速に発展していく人間社会の中に浮かぶ老い知らずのダイアナは、外界との時間観念から隔絶されたセミッシラ島をひとりで体現しているようだ。
ただし、ダイアナにとっては、その愛こそが弱みにもなった。最愛のスティーブ(クリス・パイン)を喪ったことで、その眼差しは過去しか見つめられなくなった。帰る家の本棚に置かれるのは、半世紀以上前の写真や止まった腕時計。ダイアナが周囲と溶け込まずに一匹狼として暮らしていたのは、ヒーローとして姿を隠す必要があったからという理由以上に、先の大戦で「スティーブは亡き者となった」という真実に未だに向き合うことが出来ていなかったからなのだ。
ダイアナにとってもう一人の脅威となるのは、新たな同僚のバーバラ(クリステン・ウィグ)だ。ダイアナに憧れを持つひとりの女性に過ぎなかった彼女は、魔法の石によってダイアナに匹敵する力を手に入れ、スティーブの代償として力を失いつつあるダイアナに襲いかかる。
現実を改変する魔法の石は、まさしく自然の摂理に反した存在だが、その存在の前提には、運命論が見え隠れしている。欲望に従って己の未来を改変しようとも、結局は最も大切なものを失うことに繋がってしまう。究極の二律背反を提示する欲望の石は、非現実的でありながらも、決して一筋縄ではいかないこの世界を投影している点において、同時に極めて現実的でもある。
一方その現実では、80年代の新自由主義的なレーガノミクスは貧富の差を拡大させ、数え上げればキリがない戦争で人々は殺し合いを続けている。ワンダーウーマンのようなスーパーヒーローではない私たちにとって、一人で世界を相手取るのは心許ないかもしれない。家族、友達、同僚、恋人、誰だって良い。隣人と過ごす時間を少しでも大切にすることで広がる愛情の連鎖は、大きな真実の輪となり人々を繋いでくれるだろう。『ワンダーウーマン 1984』は、劇場を後にした私たちが向き合わなければならない「真実」が、この「世界」そのものであることを、提示しているのである。
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『ワンダーウーマン 1984』(原題:Wonder Woman 1984)
スピード・力・戦術すべてを備えたヒーロー界最強の戦士<ワンダーウーマン>を襲う、全人類滅亡の脅威とは。世界中の誰もが自分の欲望を叶えられてしまったら──禁断の力を手にした、かつてない敵マックスの巨大な陰謀、そして正体不明の敵チーターの登場。崩壊目前の世界を救うため、最強の戦士が払う失うものとは何か?
監督/パティ・ジェンキンス
キャスト/ガル・ガドット、クリス・パイン、クリステン・ウィグ、ペドロ・パスカル、ロビン・ライト
全米公開:2020年12月25日
日本公開/2020年12月18日(金)全国ロードショー
配給/ワーナー・ブラザース映画
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