Review

2020.09.02 8:00

【IMAX試写レビュー】『TENET テネット』SF映画はついにハードSF小説の世界に追いついた

  • Joshua

未来の脅威から人類を救う任務を負ったCIAエージェントの“主人公”(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、ニール(ロバート・パティンソン)という相棒とともに世界を巡る──。

クリストファー・ノーラン監督による新作『TENET テネット』は、コロナ禍の下で多大なる期待を一身に背負った作品だ。『ダンケルク』(17年)や『インターステラー』(14年)と同じくIMAX 70mmフィルムも用いて撮影されたその映像を、特大のIMAXスクリーンで観たいがために、昨今の状況を問わず国内外に遠征するファンも散見されるほどに、その期待は大きい。

『TENET テネット』は9月3日の全米公開に先立ち、英国などの複数の国で既に8月26日にリリースされているため、基本的にはもう海外でのレビューもチェックすることが出来る。国内では8月26日(水)に都内でIMAX完成披露試写会が実施され、一足先に鑑賞する機会が得られた。

知っての通り、ノーランは自身の作品の主要なテーマとして、「時間」という自然界の普遍的な対象を選択してきた監督であり、理論物理学的見地や脚本レベルのメタ的視点から、「時間」を表現してきた。

例えば『インターステラー』や『インセプション』(10年)では、場所あるいは”階層”ごとの時間の相対性が描かれた。『インターステラー』では、アインシュタインの重力理論を土台として、重力の影響下の物理的な時間の遅れが重要なファクターとして機能した物語が描かれ、『インセプション』では夢の世界における独特な「階層性」の概念が展開され、重力による時間の遅延現象にも似た階層性由来の時間の圧縮現象が描かれていた。実際『インセプション』では、「落ちる」という重力に従う動作が物語における支配的な役割を担っており、その意味においてこの2作品は、時間の遅延性・相対性を現実的または仮想的な重力によって分断された階層に紐付ける形で表現して見せた。

一方で、本作『TENET テネット』は予告編からも見て取れる通り、「時間反転(逆行)」をテーマにした作品である。これまでのノーランの作品で、現実世界における実際的な「時間反転」を別の観点から達成されていた作品といえば、『メメント』(00年)が思い出される。前向性健忘症を患っている主人公の視点に合わせる目論見で、脚本レベルのメタ的視点から時系列を巧妙に再構成することで、逆行した時間を描いてみせた作品である。

『TENET テネット』もやはり、『インターステラー』の科学構想を担ったアメリカの理論物理学者キップ・ソーンが参加しただけあり、観客に期待される科学知識と理解力のレベルには相変わらずやや高いものがある。例えば時間反転の説明の際に「エントロピー」や「反粒子」といった言葉が用いられるが、それがそもそも何なのかという部分については、セリフによる簡潔な説明があるだけだ。

しかし、ソーンの名がクレジットでは”Special Thanks”としか出ていなかったこと、またアクションシーンに時間が十分に割かれていたことに由来してか、背景に存在する科学理論の難解さは、『インターステラー』ほどは見られなかったのもまた事実である。

『インターステラー』では、ワームホールやブラックホールといった現代物理学の研究対象が登場するたびに、その時間旅行の科学的整合性は現実の重力理論に求められていた。それに対して『TENET テネット』はむしろ、「時間はなぜ一方向に流れ続けるのか?」という、現代では既に”古典的”とも言える程に科学者が考え尽くしてきた問いにインスピレーションを得た作品である。「時間逆行(反転)」に関するちょっとした知識があると、そうしたノーランのインスピレーションの端緒を垣間見る楽しさが増えるが、それでも劇中で説明される「科学」を飲み込む形で受け入れてしまえば、少なくともノーランの「授業」に置いていかれることはないだろう。

しかしそれでも、有無を言わさぬスピードで「時間逆行」の理屈を説明してくる『TENET テネット』のあの感じは、まるでハードSF小説でも読んでいるかのような気分である。すこぶる頭が良く、理解力がズバ抜けた登場人物たちに、こちら側も脳をフル回転させてついていく必要がある。

“まるでハードSF小説”と言ったが、私は可能な限り科学的に厳密に描かれたSF小説を好んで読んできた人間だ。一方で、映画に関しては、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)のようなライトなSFアドベンチャーも決して嫌いなわけではなく、むしろ好物なのだが、あれは作中のタイムトラベルに現実の物理理論が緻密に反映されたものではないし、むしろ、観ている時のワクワク感は、少年ジャンプなどの王道漫画を読んでいるときのそれに近いだろう。当たり前だが、ハードSFとしての鑑賞に耐え得るものではなく、そのように作られたものでもない。

一般相対性理論や量子情報理論などの物理学の基礎理論を既に常識として知っているような未来人が出てきて、さながら大学の専門書に書かれているような口調で会話が繰り広げられるという、読む人にとってはそれだけで異常で苦行な世界とも思える状況が前提となっているハードSFの方が個人的により好みであるというだけの話なのだが、このハードSFというジャンルは、これまで小説のフィールドばかりで実現されてきた。グレッグ・イーガンやテッド・チャンの世界観を実際に映像として起こすには、卓越された映像技術が必要不可欠であることは言うまでもない。実際、映像技術の進歩が仮にもっと早いものであったならば、スタンリー・キューブリックは『2001年宇宙の旅』(68年)に地球外生命体を映像として登場させていたことだろう。

『TENET テネット』を、異常なほど劇的で音の振動が腹にまで直接伝わってくるほどのIMAXスクリーンで観終わったとき(人間の固有振動数は約8Hzであるから、振動が身体全体を伝わるのはこの振動数の何倍かに近い相当な低音が出ている証拠である)、「SF映画はSF小説に追いついたのかもしれない」という思いに集約される。もちろん、映画と小説を比べること自体野暮なことなど分かっているが、そう思わずにはいられなかったのだ。映像の現実世界との接続性は極めて連続的、いやむしろ、それ以上のものであったことは言うまでもない。映像化が追いついていない部分を、観客自らの小説風の想像で補完する必要はもう無くなったのだ。『TENET テネット』で描かれる時間反転したあの美しい世界は、映像史に残る価値を持ったものであると断言できるし、これから先、私たちはSF映画に重厚な映像かつハードさを期待して良いのである。  

IMAX試写会の直後、様々な感想がネット上に流れたが、「繰り返し観ないと全貌が掴めない」という感想が目立っていた。繰り返し観ないといけないことは何らネガティブなことではない。それだけ、緻密でハードで理解しがいのある物語であることの証左である。私たちは難解な小説を一度読んで理解できなかったからといって、放り投げることはしないだろう。腑に落ちて、その美しい世界を理解できるまで踠くように文章を読み返すだろう。まずは9月18日(金)の公開時、その美しい反転世界に身を任せてみて欲しい。劇場でこの作品を観れた世代であれたことに幸運を感じずにはいられないはずだ。

また、本記事に加え、『TENET テネット』を初見で十分に理解するための事前予習記事も執筆予定なので、そちらの方もご一読を。

==

『TENET テネット』(原題:TENET)

ミッション:〈時間〉から脱出して、世界を救え──。名もなき男は、突然あるミッションを命じられた。それは、時間のルールから脱出し、第三次世界大戦から人類を救えというもの。キーワードは〈TENET テネット〉。任務を遂行し、大いなる謎を解き明かす事が出来るのか!?

監督・脚本・製作/クリストファー・ノーラン
製作/エマ・トーマス
製作総指揮/トーマス・ヘイスリップ
出演/ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ディンプル・カパディア、アーロン・テイラー=ジョンソン、クレマンス・ポエジー、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナー

日本公開/2020年9月18日(金)全国ロードショー!
配給/ワーナー・ブラザース映画
公式サイト
© 2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation.