Column

2020.08.07 21:00

【単独インタビュー】『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』ダニエル・シャイナート監督が語る劇場の観客に向けた”最高の演出”とは

  • Mitsuo

『ムーンライト』や『ミッドサマー』などで映画ファン最注目のスタジオとなった「A24」と、ダニエル・クワンと共に監督した奇想天外なサバイバル・アドベンチャー『スイス・アーミー・マン』で長編デビューを飾った”ダニエルズ”のダニエル・シャイナートが再びタッグを組んだ新作『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』。アメリカの片田舎を舞台とした“とある事件”の顛末を描いた、ミステリー仕立てのダークコメディです。

夜更けにバカ騒ぎを始めるバンド仲間のジーク(マイケル・アボット・ジュニア)、アール(アンドレ・ハイランド)、ディック(ダニエル・シャイナート)。いつものように楽しい夜になるはずが、“ある事”が原因で、ディックが突然死んでしまいます。平穏な田舎町で噂は瞬く間に広がり、街の話題は“ディックの死”でもちきりに。唯一真相を知るジークとアールは、彼の死因をひた隠し、痕跡のもみ消しに必死になります──。

2014年にドキュメンタリーを共同監督したビリー・チューによる脚本を、自身の故郷であるアラバマ州を舞台に監督したシャイナート。ディック・ロング役も自ら演じ、俳優デビューを果たしました。

日本公開に先立ち、シャイナート監督がFan’s Voiceのオンラインインタビューに応じてくれました。

──まずは、この映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』を作ろうと思ったモチベーションについて、お話しいただけますか。『ハングオーバー!』といった大人が大騒ぎを起こす映画に対するあなたなりの反応だそうですね。
私はトラブルばかり起こすやんちゃな子どもだったので、そうした大人たちや、『ハングオーバー!』といった”野郎映画”、犯罪を犯した男たちが法律から逃げる映画に共感できるところもあります。でもこうした映画ではだいたい、登場人物に学びがある一方で、いろいろと犯してしまった悪事自体は、それほど大きな問題として扱われません。”野郎たち”のそんな行いを映画の作り手側も好んでいるのはないかとも思うし、またその結果、根底では観客に対してそういった悪い行いを助長している面もあると思います。それに比べ、ビリーの脚本はこうした野郎たちを描きながらも、彼らの行いから生じる悪影響を細かく追求していて、気に入りました。

──初めて脚本を読んだ時、ディックの死因について書かれた部分にどのような反応をしましたか?
彼の死因は先に知っていたのですが、初めてそのシーンを読んだ時はぎょっとしましたよ。映画の脚本に限らず、こんなにも気が狂いそうになる文章を読むのは初めてだと思いました。冒頭から70分ほど入ったところあたりは、これまで読んだものの中で最もぞっとするものでしたね。

アール(アンドレ・ハイランド)、ジーク(マイケル・アボット・ジュニア)

──アメリカの小さな田舎街の雰囲気が非常にリアルに描かれていますが、この国のこうした面を忠実に映し出すことは、あなたにとって大切だったのですか?
まず、私の出身のアラバマが多くのネタになっていて、アラバマのステレオタイプといえば、言い方は悪いですが、人々が本当にアホっぽいということ。そうした意味でこの映画はアラバマのステレオタイプを扱ったものでもあります。またアラバマに限らず、アメリカの小さな田舎街の人の多くは、大都市こそがカッコいい場所で、自分の出身が恥ずかしいと思っています。

それからアラバマを舞台に映画が作られる時は、実際には現地で撮影せず、他で撮影してアラバマで撮ったように見せかけることがほとんどです。だから『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』では、自分の故郷で撮るというモチベーションよりも、舞台となっている土地で実際に撮影することを大切にしたいという思いがありました。実際にその土地へ赴き、現地の人々をキャスティングし、とにかく細かいディテールまで正しく描きたかった。これを前提に、全体のプロダクションを設計しました。例えば、病院の中で撮影ができるようにクルーの規模は大きくなりすぎないようにしたし、そうやって映画を作るほうが断然楽しかったです。セットを立てて実際とは異なる場所にいると”見せかけること”が、私は好きではありません。

──脚本に書かれていた街から舞台を変更したそうですが、他に変更を加えたところはありますか?
エンディングを変えましたね。もともとの内容だと悲しすぎたので(笑)。複雑でビタースイートなものにしたかったのと、脚本でもいろいろなキャラクターのアンサンブルになっていたところが気に入っていたので、もう少し時間をかけてそれぞれを描くようにしました。

それから、女性キャラクターも増やしました。脚本で特に気に入ったキャラクターは、女性の登場人物たちで、自分の家族を強く想起させてくれたのですが、警察官を女性にすることで、キャラクターにより繋がりを感じられるようになりました。警察官の親戚はいませんが、あれこれ言う女性は何人も知っていたので。

──主演のマイケルとアンドレのケミストリーは素晴らしく、この映画の成功に欠かせない点だったと思いますが、どのようにして二人の絆を深めたのですか?
マイク(=マイケル)とアンドレが親友同士に見えることは、非常に大切でした。厳密には契約で、二人はホテルで別々の部屋に泊まることになっていたと思いますが、ぜひ家を借りて一緒に住んでほしいとお願いしました。そしてこの片田舎で見つけた変な邸宅に、二人で住んでもらいました。それぞれ自分の部屋はありましたがね。撮影がない日も二人はそこで時間を過ごし、朝食やランチを一緒にとっていました。彼らはこの館が幽霊屋敷だと確信していたようですがね。もともとは売春宿だった建物で、壁には女主人の絵画が飾ってあったりしましたから。お化けの音がしたとも言っていましたよ。撮影現場ではもう、二人にはお互いに通じる合図があったりと、本当の友達になっていました。キャスティングの段階でも、こうした事に前向きでフレンドリーな人を必ず選ぶよう気に留めていました。

──あなた自身がディック役を演じていますが、もともとその予定だったのですか?
演じたくはありませんでした。有名な人にお願いしようとしましたが、ジャスティン・ティンバーレイクの関係者はこの脚本を本人には見せられないと言っていたし、チャニング・テイタムからもノーと言われたと思います。彼らを責めるつもりはありません。非常に恥ずかしい役で、大部分は死体になっているだけです。

撮影の時に私はポイズンアイビー(つたうるし)に被れてしまい痒かったのですが、自分で演じることで予算も節約できましたね。私が演じればいいと発案したのはビリーでしたが、この映画の最も恥ずかしい役を私が自分で演じるのは、良いアイディアだと思いました。単にアラバマの人々を侮辱した映画だと思われてしまわないか心配だったのですが、私も物語に参加して恥ずかしい役を演じることで、その心配が軽減された気がしました。でも銃や花火を打っている時はもう夢中で楽しみすぎてしまい、時間を忘れていましたね(笑)。

──本作ではダークコメディの中に家族ドラマも大きく描かれていますが、どのような意図があったのですか?
この映画で私が特に気に入っているのは、妻も主人公のような存在になっている点です。多くの犯罪映画で、素晴らしい女優をキャスティングしておきながら、ひどい扱いをすることがよくあります。ジョニー・デップの妻として2つのシーンに登場して終わり、とかね。でも、ただの悪者に比べて、悪者の家族というのはとても興味深いキャラクターだとずっと思っていました。他の映画でも、銃を持って走り回る人たちよりも、そうしたキャラクターにもっと時間をかけてくれればいいなと思っています。この映画は秘密を隠すことと同時に、核家族の関係性が維持できず、崩壊していく映画でもあります。楽しくもあり、離婚や性的アイデンティティといったことも扱う、非常にドラマチックな映画なところが、とても気に入っています。

──事件を基にしたダークコメディとミステリーという点でコーエン兄弟を想起させますが、彼らからの影響は大きいのですか?
はい、もう大ファンです。確実に影響を受けていますし、『ファーゴ』は私のベストムービーの一つです。それから彼のように、単に見た目が良い人だけを起用せずに、世界中の僻地に行って、その場所を実感できるような映画を作るフィルムメーカーは大勢いて、そうした作品が大きなインスピレーションとなりました。あと私は、笑わせてくれるドラマが好きで、ユーモアが欠如しているドラマは好みではありません。

──影響を受けた監督や映画をいくつか挙げてもらえますか。
『George Washington』(00年・未)や『All the Real Girls』(03年・未)のデヴィッド・ゴードン・グリーンは大好きです。彼はダニー・マクブライドとジョディ・ヒルと組んで、ノースカロライナ州で映画を撮っていますが、南部の感じがよく出ていて、これを忠実にできるのは稀なことです。それから、一つの場所を舞台に、その土地が強く感じられる映画が好きです。『ムーンライト』(16年)はとてもマイアミな感じがするし、『ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜』(12年)は、ニューオーリンズの風変わりな人々のコミュニティが一緒に映画を作った、という感じがします。『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』もそんな映画にしたいと思っていました。

──あなたはこれまでたくさんのミュージックビデオも手がけてきていますが、ステインドやクリード、ニッケルバックといった本作でのロックバンドの選曲について話していただけますか。
こうしたクラシックロックの多くは、ビリーが脚本に書いていたものです。我々はあまり好きじゃない音楽ですね(笑)。でも登場人物の性格を表すヒントに音楽を使うのは面白いと思いました。”彼らはこんな音楽を聴くんだ”という感じでね。他人のFacebookを見て、”この人はこういうテレビを見るんだ…”と察するようなものです。そしてこの映画では、このような音楽を聴く人に対して、観客に共感してもらわなければなりません。「ステインドが大好きな人を、好きになってもらおう」といった具合です。正直なところ、こうした曲のいくつかに対しては、本当にリスペクトを持つようになりました。どのバンドも非常にエモーショナルだし。それから男たちが音楽を通して心をさらけ出している一方で、ひどい旦那で人生が崩壊しないように苦労している対比には、ある種の面白さも感じました。音楽は本作の作り上げていく上で非常に大事だったし、『スイス・アーミー・マン』と同じ作曲家に参加してもらいました。今回は登場人物がロックミュージシャンということを踏まえ、曲にギターを使ってもらったりできました。『スイス・アーミー・マン』では、比較的歌のあるものが中心でしたからね。

──完成した映画に対して、ビリーはどんな反応でしたか?
彼も訳がわからない状態だったというか、とても神経質になっていて、良いのか悪いのかわかりかねる様子でした。彼もこの映画に大きく関わっていて、撮影現場にも毎日足を運んでいて、そうした意味で彼は距離が近すぎてよくわからなかったというか。でも彼にとっては、自分の脚本から制作された初めての長編映画で夢が叶ったようなものだったし、脚本に俳優たちが息を吹き込むことにとても興奮していました。支援も惜しまず、俳優たちとも人物像について長い時間をかけて話をしていました。そうした意味でも、とても楽しいコラボレーションでしたね。

ダニエル・シャイナート監督、ビリー・チュー(脚本)

──『スイス・アーミー・マン』の成功は、あなたの監督としてのキャリアにインパクトありましたか?
はい、そのおかげで次の映画が作れました(笑)。でも特に今回は、ちょっと角に入って、これまでずっとダン(=ダニエル・クワン)とやってきたことから休みを取るようなものでした。もちろん今後も、彼と一緒にVFXを使った現実離れしたような映画を作ることにワクワクしていますがね。A24には、『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』はそうした作品とは大きく異なったものになると伝えてありましたが、それでもA24が応援してくれたことは嬉しいし、また再びシュールな映画を作れることも嬉しく思います。

──次回作もA24とのことですが、他の会社と比べてA24はどんなところが魅力的なのでしょうか?
そうですね……まず私のことはとても気にいってくれているので、最高ですね(笑)。A24がなぜすごいかという点では、私なりの考えがあります。彼らは自分たちの好きなフィルムメーカーを見つけて支援しますが、一方で、彼ら自身は最高に有能なマーケティング集団でもあります。彼らは映画の中身に関して反対することはありませんが、どんな観客にリーチすべきか、またそのやり方に関しては、とても強い意見を持っています。この分業的なやり方は、非常に良いと思います。ハーヴェイ・ワインスタインが、映画をカットしたり修正したりするのとは真逆ですね。性的暴行もありませんし。とにかくA24は、アート映画をまったくアート映画っぽくないように見せるのが非常に得意だと思います。それに彼らは趣味も良いですしね。私が好きな映画の多くはA24が配給しているもので、昨年のベスト10のうち5本はA24でした。

──『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』というタイトルはキャッチーですが、場合によっては不適切とされかねない表現ですよね。A24からは何か言われましたか?
はい、言われました(笑)。このタイトルで良いのかA24もはっきりとわからず、変更すべきか一緒に検討した時もありました。紹介文に「ポルノではないダークコメディ」と書いて、大きなペニスの映画でないことを伝えればいいと思っていました。このタイトルに込められたジョークをビリーと私はとても気に入っていたし、ディック・ロングの死は、物語で実際に起きる出来事でもありますからね。映画のタイトルと劇中の出来事がリンクしていない映画はたくさんありますが、この映画では、タイトルが映る瞬間こそディックが死ぬ時だし、彼のふざけた名前も、この映画では大きな意味があります。マスキュリニティもこの映画のテーマであり、そうした意味でも、”ディックの死”はこの映画を表現しています。年配の方からは敬遠されそうなタイトルですが、結局このままでいくことになりました。

──ディックの死因に対しては様々なリアクションやコメントがあったと思いますが、特に印象的だったものはありますか?
はい、コレクションしています(笑)。観客と一緒にこの映画を観た時は、ほぼ毎回その様子を録音しているのですが、ディックの死因が明らかになった時の観客の反応は、本当に面白いです。突然話し始める人、ただ笑う人、笑う人に”静かに!”と言う人、”やめて!やめて!”と言い出す人。あらゆる感情が渦巻いています。私としては、劇場の観客に対して行った、これまで最高の”演出”かもしれません。録音は10本ほどありますが、特に気に入っているのはアトランタ・フィルム・フェスティバルでの上映です。地理的にもアラバマに近いわけですが、その夜の観客はなぜか非常に賑やかで、数人の男性がとにかく笑いこけていて、その横で妻らしき人らがイライラした様子をみせていました。

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『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』(原題:The Death of Dick Long)

ヤバい、大変なことになった!ディックが死んでしまった。
舞台はアメリカ南部の片田舎。この事件の真相、深堀り厳禁──。
ジーク、アール、ディックの3人は売れないバンド仲間。ある晩、練習と称しガレージに集まりバカ騒ぎをしていたが、あることが原因でディックが突然死んでしまう。やがて殺人事件として警察の捜査が進む中、唯一真相を知っているジークとアールは彼の死因をひた隠しにし、自分たちの痕跡を揉み消そうとする。誰もが知り合いの小さな田舎町で、徐々に明らかになる驚きの“ディックの死の真相”とは…?

監督/ダニエル・シャイナート
脚本/ビリー・チュー
出演者/マイケル・アボット・ジュニア、ヴァージニア・ニューコム、アンドレ・ハイランド、サラ・ベイカー、ジェス・ワイクスラー、ロイ・ウッド・ジュニア、スニータ・マニ
2019年/アメリカ/ビスタサイズ/上映時間:100分/映倫区分:PG12/字幕翻訳:佐藤恵子

日本公開/2020年8月7日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
提供/ファントム・フィルム、TCエンタテインメント
配給/ファントム・フィルム
公式サイト
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