【単独インタビュー】『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』グイ・ルンメイが体現した抑圧された現代女性の痛み
- Fan's Voice Staff
※本記事には映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』のネタバレが含まれます。
全編ニューヨークで撮影した真利子哲也のオリジナル脚本・監督作『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』が全国公開中です。
ニューヨークで暮らす大学の助教授・賢治(西島秀俊)と、台湾からの移民で人形劇団のアートディレクターの妻ジェーン(グイ・ルンメイ)は、仕事や育児、親の介護に追われるあわただしい日々を送っていた。そんなある日、幼い息子が誘拐され、二人は精神的にも追い詰められていく。非常事態に翻弄される中で、お互いの本音や秘密が露呈し、夫婦間の溝も深まっていくが──。
『ディストラクション・ベイビーズ』(16年)や『宮本から君へ』(19年)などで注目された気鋭・真利子哲也監督が新作で描いたのは、息子の誘拐事件をきっかけに由来していく夫婦の機微を繊細に描き出すヒューマンミステリーです。
「廃墟」を専門とする大学の助教授・賢治役を演じたのは、『ドライブ・マイ・カー』(21年)での繊細な演技が評価された西島秀俊。海外の作品にも早くから進出し、国内外で活躍の場を拡げている彼が、台詞の90%以上が英語という新たな挑戦の中で、情感あふれる新境地を見せています。
ジェーン役を演じるのは、第64回ベルリン国際映画祭で金熊賞などを受賞したディアオ・イーナンの『薄氷の殺人』(14年)や『鵞鳥湖の夜』(19年)で一躍世界の注目を集めた台湾出身の俳優グイ・ルンメイ。日常生活と自己表現の間で板挟みになるジェーンの内面を見事に体現しました。
日本・台湾・アメリカの国際共同制作としても注目を浴びる本作の日本公開に際し、妻ジェーン役を演じたグイ・ルンメイが来日。Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。
──ディアオ・イーナン監督の作品など力強い傑作に出演されていますが、本作に出演をすることになった決め手は何でしょうか?
真利子監督から出演オファーがあって脚本を読み、魅力的だと思い、出演を決めました。真利子監督の作品を観たことがなかったので、オファーを受けた後、可能な限りの監督の作品を観ました。そこで気づいたのは、今回の新作と今までの作品との違いです。これまでの監督の作品はどちらかというと登場人物の身体や暴力を用いて人間性を探求しようとしていたように思います。けれど、今回の作品は精神面というか、いわゆる人間の感情や内面性を軸に人間関係を描こうとしているように思いました。この点が私が本作に最も興味を抱いた部分です。
──ジェーンというキャラクターのどこに魅力を感じましたか?
ジェーンは基本的には、伝統的な東洋女性という印象を受けましたが、台湾からアメリカに移住した、移民家族というバックグラウンドもあります。異国で暮らしているとどこか抑圧されている部分があり、なかなか心の本音を話すことができない。他人と揉めたり喧嘩することも、できるだけ避けたい。そういう気持ちが非常に強くなるのではないかと思います。一方、彼女は現代的な女性として、家庭と仕事、自己実現などをどう両立させるのかという大きな問題に直面しているわけです。私自身もそうですが、この役には現代を生きる女性が何らかの形で共感する部分があるのではないかと思いました。
──真利子監督とは、ジェーンという女性についてどのようなディスカッションをしたのですか?
映画では、ジェーンという人物の人生の一部分が描かれています。ですから、ジェーンの映画に描かれていないバックグラウンドに関して、長い時間をかけて監督と議論しました。例えば、彼女はいつ頃アメリカにやって来たのか。彼女の家族関係はどうなっているのか。そして、どうしてジェーンが賢治という建築、それも廃墟を研究する学者をパートナーに選んだのか。ジェーンはおそらく人形劇の演出をずっと手掛けてきたと思われますが、それを結婚のために中断したことはあったのか、あるいはなかったのか。こういったことは役作りする上で絶対に必要なものだと思ったので、監督とはかなり丁寧にディテールについて話し合いをしました。
──細かく設定を確認したのですね。
はい。ただ、監督といろいろな議論をしたので、どんな風に話し合いをしていったのかはもう定かではありません。映画ではかなり抑圧された状態にあったジェーンが、ついに爆発してしまう過程が描かれています。彼女には実はもう一人の男性との関係がありますが、過去にそれが何らかの形で中断された。この部分の描写は、ジェーンが安定した生活、あるいは自分の求めている幸せな生活に憧れて、今の生活に切り替えたのだろうという部分も少し描いています。
ジェーンのキャラクターや彼女の過去・現在などはセリフを通じても表現されますが、さらに人形劇を用いて、彼女の本当の人となりを表現していると思います。人形劇の部分は、ジェーンというキャラクターを立体的に構築する上でとても重要でした。彼女が人生において情熱を注ぐことができるひとつの象徴が、人形劇なのですから。
また、ジェーンの英語のレベルについても議論しました。完璧な英語を話すのか、もっと拙い英語なのか。英語の話し方やレベルによって、アメリカ生まれではなく、移住してきた人物であることを間接的に伝えられると思いました。
──実際、この人形劇というモチーフが映画の中で活きていますね。人形はまさに人間の形状をしているわけで、それを人形師が操ることで命を吹き込む。そのあたりのメタファーも興味深いですね。
そうですね。興味深いところだと思います。ジェーンは移民であり、“よそ者”としてアメリカで暮らしていく上で様々な苦労があります。でも、誰にも助けてもらえない。その困難に自分一人で立ち向かっていかなければならず、問題をどんどん自分の中に抱え込むようになってしまった。先ほども少し話したように、こういう環境のもとで、彼女は非常に内向きな人物になってしまいました。そんな彼女にとって、人形とはある種の分身です。彼女が言えないこと、あるいは表現したいことを、人形劇を通して語ることができる。映画の中で、人形を使ってジェーンの人間性や人生を語るというスタイルは、とても良いアイディアだと思います。
私が演じるにあたって、人形劇の役者や先生といろいろな話をしました。彼らは「人形というものはまさに我々役者のもう一つのキャラクター」だと言っていました。また「もう一つの魂」でもあると。実際に私が人形師を演じたとき、先生は私に何度も何度も「想像しなさい。あなたの手で人形を操っているけれど、あなたの想いによって、この人形には魂、あるいは命を吹き込まれる」とも言っていました。私の手で人形を用いて、ジェーンが本当に心の中に何を考えているのか、何を言いたいのかを表現していることを意識するよう、繰り返し言われました。言葉には曖昧さ、あるいは限界があって表現しきれないものです。その不足している部分を、人形を用いて表現したかったのです。
──ジェーンが夜中に抜け出してアトリエに行って、等身大に近い大きな人形を操るシーンは、この映画でも印象的で重要なシーンだと思いますが、あのシーンはどのような気持ちで演じたのでしょうか?
その場面は、彼女が母親と喧嘩して飛び出し、家に帰ったら今度は夫ともモメてつい爆発して家を飛び出たという設定です。自分だけの空間にいたいという気持ち、あるいは自分にしかわからない楽しさを求めようと、あのアトリエに行きます。あの場面を演じた時、私はあの人形が自分の息子のような存在だと感じていました。ジェーンはいっそのこと死んでしまえばいいというくらいの気持ちになりますが、でも、愛しい子どもが自分の帰りを待っているという複雑な気持ちも湧き上がってくる。そして、一旦は壊れてしまった子ども(人形)を修復して、また新たに一緒に進んでいこうという前向きな気持ちになれるという切実な気持ちを込めました。
──この作品は全編ニューヨークロケで撮影されたと聞いています。新たなチャレンジだったと思いますが、苦労された点は?
アメリカで映画を撮るには、いろいろな意味で制限があり、最初は慣れませんでした。アメリカの労働法では、いわゆる現場のスタッフや役者の働く時間が決まっているので、全員が時間内で仕事をきちっと終わらせなければならない。そうすることで、全員が休みの時間を確保できる。しっかり休んで、また現場に臨む時には準備万端で仕事に専念することができると作業効率も良い、というわけです。私は、これはとても良いシステムだと思います。
Photography by Takahiro Idenoshita
Wardrobe by CHANEL
Hair by Nelson Kuo
Makeup by Yao Chun-Mei
Styling by Fang Chi Lun, Quenti Lu
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『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』 (英題:Dear Stranger)
出演: 西島秀俊、グイ・ルンメイ
監督・脚本:真利子哲也
日本公開:2025年9月12日(金)TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー
配給:東映
公式サイト
©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.