Column

2025.09.05 7:00

【単独インタビュー】三部作『LOVE』『DREAMS』『SEX』でダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督が解体した現代の愛とセクシュアリティ

  • Atsuko Tatsuta

第75回ベルリン国際映画祭でノルウェー映画初の最高賞〈金熊賞〉を受賞したダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督の『DREAMS』が、トリロジーとして制作された『LOVE』『SEX』と共に、特集上映「オスロ、3つの愛の風景」として9月5日(金) より全国順次ロードショーされます。

『DREAMS』

2024年のベルリン国際映画祭にてエキュメニカル賞を含む3部門を受賞し注目を浴びた『SEX』は、煙突掃除人として働く二人の男が、客の男性とも思いがけないセックスや、夢に出てきたデヴィッド・ボウイから女性に見られたという体験を語り合うことを通して、それぞれのアイデンティティと向き合う物語。

2025年の第75回ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞を受賞した『DREAMS』は、女性教師に恋をした17歳の高校生ヨハンネが主人公。自らの初恋体験を書いた手記が脚光を浴びたことで表現者となった彼女が、祖母や母を巻き込みながら自らの感情やセクシュアリティ、アイデンティと向き合う物語。

2024年のベネチア国際映画祭のコンペティション部門でワールドプレミアされた『LOVE』は、泌尿器科に勤める医師マリアンヌと男性看護師のトールがそれぞれの本音を語り合いながら、自らの恋愛の可能性を探ります。

監督を務めたダーグ・ヨハン・ハウゲルードは、図書館司書や小説家を経て映画監督デビューしたノルウェーの異才。長編デビュー作『アイ・ビロング』(12年)を始め、日常の会話と小さな出来事から人生の真実を掘り起こす手腕を高く評価されています。

当初はこの主題を4時間を超える長編として構想していたハウゲルード監督ですが。異なるキャラクターを主軸に据えた三部作へと発展、完成させました。日本では、この三部作は「オスロ、3つの愛の風景」と題した特集上映として劇場公開されます。

日本公開に際して、ハウゲルード監督がFan’s Voiceのオンラインインタビューに応じてくれました。

ダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督

──『SEX』『LOVE』『DREAMS』の3作は、約1年の間に国際映画祭でそれぞれ発表されました。最初から3作品をほぼ同時に発表する予定で構想していたのですか?
はい、制作時から決めていました。テーマについていえば、きっかけは、生徒がやっているラジオ番組のインタビューに出演した時に、「あなたの作品にはセックスが描かれていないのはなぜですか?」と聞かれたことです。「そういえば、そうかもしれない」と思い、確かに興味深い指摘だと感じました。それで、一つの挑戦として、セクシュアリティをテーマに脚本を書こうと考えました。私自身も世界中の人と同じように、セクシュアリティというものに強い興味があります。愛やセクシュアリティに、私たちがどう関わり、どう経験し、人生の中でどのように機能しているのか。それは人それぞれ異なりますので、1本の作品ではとても語りきれない。なので、異なる視点や経験を持つキャラクターを通して描こうと思いました。

また、多くの俳優と仕事をしたかったというのも理由の一つです。本当の初期段階では3〜4時間の長編映画として考えていましたが、三部作のほうが面白いだろうと思い、次々と脚本を書き進めました。

『SEX』

──エリック・ロメールからの影響も公言されていますね。軽やかな日常会話の中から人生の真実を探るスタイルや、三部作という形式もロメール的といえると思います。
おっしゃる通り、ロメールは大きなインスピレーションの源です。会話劇というスタイルだけでなく、“日常”というものの扱い方ですね。ごく普通の小さな出来事を描きながら、それが実は人生の核心にある問題を映し出す。ロメールの作品群はそのことを教えてくれました。人生の真実は、実は小さなことに反映されている。そんな実存主義的な視点を持っているところが好きです。

作品としては、『クレールの膝』(70年)、『飛行士の妻』(81年)、『緑の光線』(86年)あたりが特に好きです。今回の三部作に関しては、映画に限らずむしろ文学から影響を受けました。例えば、ドイツのオリヴァー・ラング。彼は映画も撮りますが、著書の方により強く惹かれました。哲学者ハンナ・アーレント、フランス語の小説「L’Esprit de famille」、そして作中にも登場する詩人たちからも影響を受けています。もし私の映画を観て興味を持ったなら、ぜひ彼らの作品を掘り下げて欲しいですね。

──『SEX』『DREAMS』『LOVE』はそれぞれLGBTQの要素を含んでいます。今日におけるジェンダーやセクシュアリティのボーダーをどう捉えていますか。
とても難しい問題で、人や文化的背景、育った環境によって考え方は異なると思います。世界を見渡すと、性的に解放されている地域もあれば、規制が厳しくなっている地域もある。性的解放に反対し、自由を狭めようとする人々が存在するのも事実です。

なぜ人は性的自由を与えたくないのかと考えると、そもそも性的自由とは何かを定義しなければなりません。私にとって重要なのは、自分が望む人生を生きられるかです。人の数だけ生き方があるので、完全な性的解放を享受するのは難しいでしょう。家族や友人、パートナーとの関係性も影響しますしね。性的な自由と同時に、他者への責任や思いやりを持たなければならない。そのバランスこそが難題なのだと思います。

『LOVE』

──#MeToo運動以降、ハラスメントなどの問題が是正される一方で、親密さやセクシュアリティをめぐって、以前はなかった「見えない規制」に戸惑う人も増えています。『DREAMS』でも、教師と生徒の関係に対する社会的な厳しさが描かれます。現代人が直面するこうした“新たな規制”についてはどう思われますか。
今の時代に「見えない規制」があるという感覚には、私も強く同意します。白黒だけでは語れない、グレーな領域が多く存在します。ただ、教師と生徒という関係に関しては、社会が厳しくあることは良いことです。子どもは守られなければならない。大人は責任を持って行動すべきです。それは生きることすべてに通じますし、セクシュアリティに関しても同じです。もちろん、人と人が惹かれ合うこと自体はコントロールできないものです。この物語でも初期の段階から、親密さが性的な領域に近づく可能性が存在します。教師も生徒も、そのことをどこかで意識している。頭にセックスのことがよぎるのは自然なことです。しかし、人の思考を完全に禁じることはできないが故に、むしろ「では、どうするべきか」を考えることが大切だと思います。

──『DREAMS』は愛の物語であると同時に、“書くこと”についての物語でもあります。映画中でヨハンネが書いた手記の内容は本当に真実なのか、グレーな部分が示唆されますが、監督にとって、創作と真実の関係はどのようなものでしょうか。
フィクションは常にフィクションだと考えています。真実を曲げ、別の真実を構築するものです。自分の人生について書く時も、「何を書くか、何を書かないか」という選択を常にしている。つまり、真実を書こうとしているのではなく、構築しながら書いているのです。実際の人生はもっとカオスで、感情的な矛盾に満ちています。

物語に落とし込むと、その混沌は整理され、整った形になってしまう。そこから「真実ではない部分」が生まれるのです。人生をそのまま再現しようとすると、映画や小説として機能しなくなります。だから私は、フィクションが人生の鏡になり得るとは考えていません。

『DREAMS』

──三部作を通して、精神分析的な視点も感じます。特に『DREAMS』では、ヨハンネがセラピストと対峙する場面があります。監督にとって、映画を撮ることはセラピーになりますか?
映画作りは私にとってセラピー的というより、自分や他者、人生について学ぶ行為です。脚本を書く時はキャラクターの脳の中に入り込み、可能な限り複雑に描こうとします。その過程で、矛盾や理解し難い部分も含めて、多くの学びがあります。もちろん、時間が経ってから、あれはセラピーだったと感じることはあるかもしれません。

現代では、自分の心理や思考が理解できなくなると医師にかかるように、専門家に助けを求める人が多い。でも、専門家は特殊な言語を使い、それが必ずしも万人に当てはまるとは限りません。それでも人々は、その専門用語を使って自分を説明しようとします。だからこそ、ヨハンネにはセラピストに向かって「あなたの言葉は響かない」と言わせました。若い女性が自分の思考や感情をしっかり把握し、コントロールできている姿を描くことが重要だと考えたのです。

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『DREAMS』(原題:Drømmer)

監督・脚本:ダーグ・ヨハン・ハウゲルード
撮影:セシリエ・セメク
出演:エラ・オーヴァービー 、セロメ・エムネトゥ、アネ・ダール・トルプ、アンネ・マリット・ヤコブセン
2024年/ノルウェー/ノルウェー語/DCP/5.1ch/110分/ビスタ

『LOVE』(原題:Kjærlighet)

泌尿器科に勤める医師のマリアンヌと看護師のトール。共に独身でありステレオタイプな恋愛を避けている。マリアンヌはある晩、友人から紹介された男性と対面するが、子どもがいる彼との恋愛に前向きになれない。その後乗ったフェリーで偶然トールに遭遇すると、彼はマッチングアプリなどから始まるカジュアルな恋愛の親密性を語り、マリアンヌに勧める。興味を持ったマリアンヌは自らの恋愛の方法の可能性を探る。一方トールはフェリーで知り合った精神科医のビョルンを偶然勤務先の病院で見かけ──。

監督・脚本:ダーグ・ヨハン・ハウゲルード
撮影:セシリエ・セメク
出演:アンドレア・ブレイン・ホヴィグ 、タヨ・チッタデッラ・ヤコブセン、マルテ・エンゲブリクセン、トーマス・グレスタッド、ラース・ヤコブ・ホルム
2024年/ノルウェー/ノルウェー語/DCP/5.1ch/120分/ビスタ

『SEX』(原題:Sex)

煙突掃除を営む妻子持ちの二人の男。ひとりは客先の男性との思いもよらない一度きりのセックスを通じて新しい刺激を覚えるが、悪びれることなく妻にこの体験を話してしまったことで夫婦間にひずみが生じてしまう。もうひとりはデヴィッド・ボウイに女として意識される夢を見て、自分の人格が他人の視線によってどう形成されていているのか気になり始める。良き父、良き夫として過ごしてきた2人は、衝撃的な出来事がきっかけで自らの“男らしさ”を見つめ直すようになる──。

監督・脚本:ダーグ・ヨハン・ハウゲルード
撮影:セシリエ・セメク
出演:トルビョルン・ハール、ヤン・グンナー・ロイゼ、シリ・フォルバーグ、ビルギッテ・ラーセン
2024年/ノルウェー/ノルウェー語/DCP/5.1ch/118分/シネスコ

日本公開:2025年9月5日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
配給:ビターズ・エンド
後援:ノルウェー大使館
公式サイト
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