【単独インタビュー】『大統領暗殺裁判 16日間の真実』チュ・チャンミン監督が光を当てた歴史に埋もれた人物の尊厳と信念
- Atsuko Tatsuta
『KCIA 南山の部長たち』から『ソウルの春』をつなぐ韓国史上最悪の政治裁判を描いた衝撃のサスペンス『大統領暗殺裁判 16日間の真実』が8月22日(金)に日本公開されました。
1979年10月26日、時の韓国大統領が暗殺された。辛辣な若き敏腕弁護士チョン・インフ(チョ・ジョンソク)は、暗殺に関わった中央情報部(KCIA)のパク・テジュ大佐(イ・ソンギュン)の弁護を担当することに。自らの命よりも国と上司への忠誠を重んじ軍人としての信念を貫こうとするパク大佐を救うため、インフは奔走するが、やがて裁判を裏で操る者の存在に気がつく──。
朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が大韓民国中央情報部(KCIA)部長の金載圭(キム・ジェギュ)によって射殺された事件の裁判を、一部フィクションを交えて「弁護する者」「裁かれる者」「裏で操る者」の3つの視点で描く『大統領暗殺裁判 16日間の真実』。事件に巻き込まれた軍人パク・テジュ役をイ・ソンギュン、彼を弁護する弁護士チョン・インフ役をチョ・ジョンソク、そして影で裁判を操る全斗煥をモデルにした合同捜査団長チョン・サンドゥ役をユ・ジェミョンという韓国映画界の実力派人気俳優が結集しました。
“韓国史上最悪の政治裁判”といわれた裁判の闇に光を当てたのは、大ヒット作『王になった男』(12年)のチュ・チャンミン監督。チョン・インフという架空の弁護士を主人公に据えることで、その公平性を巡って再び脚光を浴びている裁判に切り込み、精緻なストーリーテリングによって歴史の空白を再構築してみせました。
愚直なまでに真実を貫く軍人を演じた名優イ・ソンギュンの最期の出演作ともなった本作の日本公開に際して、チュ・チャンミン監督がFan’s Voiceのオンラインインタビューに応じてくれました。

チュ・チャンミン監督
──1979年の朴正熙大統領暗殺事件は、映画やドラマで度々取り上げられるインパクトの強い史実です。今回は、暗殺事件の犯人たちを巡る裁判を舞台にしていますが、実行犯ではなく実行犯の下で、軍人としての仕事を全うしようとした忠誠心の強い大佐に焦点を当てることによって、「国家と個人」というテーマをより明確に浮き彫りにしていると思います。イ・ソンギュン演じるパク・テジュのモデルとなったパク・フンジュ大佐の裁判に興味を持ったきっかけは何でしょうか?
おっしゃるように、韓国の歴史において朴正熙大統領暗殺事件は非常に重要な事件で、これまで多くのドラマや映画で取り上げられてきました。そんな中、私がまたこの題材を映画化しようと思った理由は、まさにパク・フンジュという人物の存在にあります。パク・フンジュ大佐は、当時は誰にも注目されず、歴史の中に埋もれてしまっていた。しかし、私からすると彼こそがこの事件の最大の犠牲者なのです。直接大統領に手を下したわけではなく、その周辺にいた人物ですが、どのようにして彼が犠牲になったのかを映画で描き、彼の存在を明るみに出したいと思いました。
──あなたはパク・フンジュ大佐の存在をどのようにして知ったのですか?
実行犯である金載圭の名前は知っていましたが、私も多くの韓国人と同様に、パク・フンジュという人物についてまったく知りませんでした。実は、この映画の脚本の初稿は、十数年前に他の方によって書かれたものでした。その方は、この事件に関する資料を見ていたときに、パク・フンジュ大佐のことを知り、非常に興味を持って脚本を書いたのです。私はその脚本を読んで初めて彼について知り、大いに興味を唆られました。
──本作では、被告の軍人、彼を担当する弁護士、裏で裁判を操っていた合同捜査団長という3人の関係によって立体的に裁判が描かれます。特に弁護士と被告の軍人の正義と真実、あるいは国家と個人という間で葛藤する姿は、今を生きる観客の感情を揺さぶり共感を呼ぶと思います。彼らのキャラクターをどのように作り上げたのでしょうか?
確かに、今日でも似たようなストーリーは存在しています。つまり、大きな権力によって犠牲になっている人たちは、いつの時代も存在します。私は約50年前の話をモチーフにしながらも、この映画を通して現代の問題を語ったつもりです。今、「立体的」とおっしゃってくださいましたが、歴史が作った事実を現代の視点で語ることによって、「立体的」だと感じてもらえたのかもしれません。歴史の中には、非常に興味深いストーリーがあります。韓国では、先日もクーデターのような事件がありました。そこには多くの人の葛藤もあったはずです。もっと言えば、韓国に限らず全世界で、今も同じようなことが起こっているのだと思います。
──この映画で主に描かれるのは、ちょうど映画『KCIA 南山の部長たち』と『ソウルの春』の間の時期にあたります。この時期の混乱は、現在の人々にどのように捉えられていると感じますか?
私自身は、子どもの頃に起こったこの大統領暗殺事件をおぼろげながらに覚えています。つまり、わずかながら見知っている最後の世代ともいえます。おそらく現在、40歳以下の人々は、まったく朴正煕の独裁政権を経験していません。私は朝鮮戦争の後に生まれた人間なので、朝鮮戦争と聞くと遠い話のように思えるように、若い世代の人々は、朴正煕の独裁政権や暗殺に関しては遠い昔の話と感じているでしょう。実体験のない史実を伝え、人々にそのことについて熟考する機会を与えるのが、メディアや小説、映画といった媒体の役目だと思います。少し前に(尹錫悦大統領による)“クーデター未遂”が起こった際には、『ソウルの春』で描かれた(全斗煥による)クーデターを思い出した人も多かったでしょう。映画を通して歴史を伝えることは、とても有意義なことだと思います。
──本作は史実を元にしていますが、映画化する上ではフィクションの部分もあると思います。実話と虚構をどのように融合したのでしょうか?あなたが考える映画における真実とは?
実話を映画にする場合、個人の名誉に関わる部分も多いことは確かです。登場人物にモデルがいる場合は、できる限り事実に基づいたアプローチをしているつもりです。この映画に登場するパク・テジュのモデルになっているパク・フンジュについてリサーチしてわかったのは、彼は軍人として人生を全うしたいという強い意志を持っていたことです。ところが彼は、この事件に巻き込まれてしまったことで個人の墓地に埋葬されており、未だに軍人墓地に埋葬されていません。墓碑には、「第6師団の大佐」と刻まれています。私はこの映画を通して、そんな彼の名誉を「回復する」とまではいかなくとも、その意思を伝えたいという思いはありました。なので、彼に関してはできる限り事実に基づいて作り上げていきました。
裁判での弁護士のやりとりについては、当時の裁判記録に残っているものに基づいてこの人物を作り上げて行きましたが、チョン・インフ弁護士というキャラクターには、特定のモデルがいるわけではありません。当時、この裁判には人権弁護士と呼ばれる人たちが、少なくとも31人は関わっていました。31人それぞれを映画中で描くことはできませんので、彼らを代表する形で、ひとりの弁護士にその姿を投影させました。つまりチョン・インフは、31人の弁護士の結晶体とも言える人物です。
合同捜査団長のチョン・サンドゥに関しては、全斗煥元大統領をモデルにしています。韓国では全斗煥大統領は知られている人物ですが、外見的な特徴というよりも、彼の心理がどうだったのかを探りながら、人物像を作り上げて行きました。今では悪人のイメージが強い全斗煥ですが、当時の彼は、「悪の仮面」をかぶっていたわけではなかった。一見すると非常に正当な、もっといえば、カッコいい素敵な姿で登場して人を惑わせていたと思います。私が最も怖いのは、怖い顔をして武器を振りかざす人ではなく、悪人面をしていないにもかかわらず悪事を働く人。そんな彼の軍人としての一面を描き出したいと思いました。
──全斗煥といえば、1979年12月に彼が起こしたクーデターの様子もこの作品では挿入されていますね。後に起こることとなるクーデターのシーンをあえて入れた意図は?
あのクーデターはパク・フンジュ大佐とも関わる事件であることも一つの理由ですが、もう一つは、大きな権力と戦う時の個人が、いかに無力なのかを見せたかったから。今も同様に、大きな権力と戦う、あるいは抗うためには、多くの人たちが力を合わせる必要があります。本作は、大きな権力に負けてしまった人の話です。権力の前で個人という存在はとても弱いものですから。しかし、大きな権力の前で戦う人たちが力を合わせなければいけないということを逆説的に伝えるために、軍事クーデターの映像を入れようと思いました。
──最後にキャスティングについてお伺いしたいと思います。チョン・インフ弁護士役に『賢い医師生活』のチョ・ジョンソク、パク・テジュ大佐役は『パラサイト 半地下の家族』のイ・ソンギュン、チョン・サンドゥ役に『梨泰院クラス』のユ・ジェミョンと、人気俳優が揃いましたね。
まず、チョ・ジョンソクさんは演技の幅が広い俳優です。チョン・インフ弁護士役を演じられるこのぐらいの年代の俳優は、それほど多くいません。まず最初に名前が挙がったのがチョ・ジョンソクさんでした。通常、第1候補の方はオファーしても断られることが多いですが、彼はすぐに関心を示してくれました。その後何度か会って、最終的に決まりました。
チョン・サンドゥのモデルとなっているのは全斗煥元大統領ですが、全斗煥を演じることにプレッシャーを感じない俳優はいません。この役には、認知度が高く演技の上手い俳優をキャスティングしたいと思っていましたが、簡単な役ではないので、首を縦に振ってくださる方はなかなかいないかもしれない。キャスティングは難航するだろうと思っていました。ユ・ジェミョンさんが演じてくれたら良いなという希望的な気持ちでオファーすると、案の定、断られてしまいました。ただ、噂で聞いたところによると、ユ・ジェミョンさんは断りはしたもののこの作品と役柄には関心は持っているということだったので、それならば粘ってみようと、制作会社のプロデューサーと共に何度か懇願し、その結果、出演を決めてくださいました。
ユ・ジェミョンさんはもともと髪の量が多い方ですが、この役を演じるにあたって、あのように髪を剃ってくださいました。普通だったらウィッグをつけたり、一部だけ髪を剃って特殊メイクをすることが多いのですが、出演が決まった後は、全てにおいてこの役に集中してくださいました。
今回のキャストの中で最後に決まったのが、イ・ソンギュンさんです。彼の出演の決め手となったのは、チョ・ジョンソクさんです。イ・ソンギュンさんは韓国で最も名の知れた売れっ子の俳優ですが、チョ・ジョンソクさんの出演が決まった後、イ・ソンギュンさんが自ら会いに来てくださった。「チョ・ジョンソクさんが出るのであれば、自分も一緒に出演して、チョ・ジョンソクさんから学びたい」とおっしゃいました。私からすると、イ・ソンギュンさんは既にトップスターですし、海外で賞も獲っている俳優なのに、後輩から学びたいという言葉を聞いて本当に驚きました。私の中で彼は、俳優として学び続けたい、成長したいという思いを持つ素晴らしい俳優として、永遠に記憶されています。
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『大統領暗殺裁判 16日間の真実』(英題:Land of Happiness)
厄介な事件の裁判を多く担当する弁護士会のエースである主人公チョン・インフ(チョ・ジョンソク)は、大統領暗殺事件に巻き込まれた中央部情報(KCIA)部長の随行秘書官であるパク・テジュ(イ・ソンギュン)の弁護を引き受ける。軍人であるがためにただ一人軍法裁判にかけられ、たった一度の判決で刑が確定する彼のために、公正な裁判を求めて戦うチョン・インフだったが、のちに軍事反乱を起こす巨大権力の中心である合同捜査団長チョン・サンドゥ(ユ・ジェミョン)によって裁判は不正に操られていた──。
キャスト:チョ・ジョンソク、イ・ソンギュン、ユ・ジェミョン
監督・脚本:チュ・チャンミン
2024/韓国/124分/カラー/スコープ/5.1ch/字幕翻訳:福留友子
日本公開:2025年8月22日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA他にて全国公開!
配給:ショウゲート
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