【最速試写レポート】『顔を捨てた男』川村元気×森直人が読み解く多層の不条理劇
- Fan's Voice Staff
第74回ベルリン国際映画祭主演俳優賞(銀熊賞)、第82回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞したセバスチャン・スタン主演のA24新作『顔を捨てた男』の日本最速試写会が6月25日(水)に東京・渋谷のユーロライブで開催され、上映後トークに映画プロデューサー・映画監督・⼩説家の川村元気と、映画評論家の森直人が登壇しました。
顔に極端な変形を持つ俳優志望のエドワード(セバスチャン・スタン)が外見を劇的に変える過激な治療を受けると、かつての自分の「顔」にそっくりな男オズワルド(アダム・ピアソン)と出会い、想像もつかない方向へと運命が逆転していくという不条理劇。
上映後、作品の余韻に浸る観客の前に、進行の立田敦子(映画ジャーナリスト)の呼び込みで登場した川村と森。川村は「(本作は)面白いだけでなく、監督の頭の中の迷宮を覗き見たような感覚になる映画。今日はそういった話を出来れば」と、深堀トークがスタート。
川村は、本作の原題が『A Different Man』であることに触れ、「真っ先に思い浮かべたのは『エレファント・マン』。デヴィッド・リンチ監督に対するリスペクトや愛を感じました。時代設定は明言されてないですが、セットデザインや16ミリフィルムでの撮影も含めて1980年ぐらい雰囲気がでていて、監督は好きな映画を再投射しているようにも感じた。僕もそういう時代の映画を観て育ったので」とコメント。今年1月に逝去したリンチを思い出し、「もういないんだという悲しさも感じた」と感慨深げに語りました。
対して森は「やっぱりルッキズムとアイデンティティという主題が共通している『サブスタンス』と比べたくなる作品。『サブスタンス』は、それらをかなりストレートに扱ったパワータイプの作品である一方、『顔を捨てた男』は、自己肯定感と他者評価、あるいは当事者性と演技、倫理と道徳、ポリコレと現実など、周りに渦巻いてる多様な問題もすごく丁寧に扱っている。しかもそれが単純な二元論とか肯定否定ではなくて、皮肉な反転とか意外な衝突を繰り返すという、見事だなと思いました」と絶賛。
立田からクリエイター目線での本作のテーマについて問われ、「まず着想がすごい!」と答えた川村。「本作は、『ワンダー 君は太陽』でモデルとなった男の子が『自分が描かれている作品を劇場で観たらどう思うか?』というところから着想を得たらしい」と背景を明かしつつ、「自分の映画がどう観られるか、演出家としてなにをやっているのか、役者になにをやらせているのか、みたいな監督の考えがこの映画の中にも全部入っていて。それは、作り手ならではの着眼点。いろんな角度から監督の自伝をやっているように思いました」と分析。
森は「主演のセバスチャン・スタンという俳優は『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』でもトランプにそっくりですごかったですが、聞くところによるとスタンが本作で演じているエドワードは、シンバーグ監督にそっくりらしい。エドワードは監督の自画像なんでしょう」
劇中でキーパーソンとなるオズワルド役を演じたアダム・ピアソンに話が及ぶと、立田は「アーロン・シンバーグ監督は(口唇口蓋裂の治療を受けた)経験があり内気な性格だったが、アダム・ピアソンという当事者でありながら前向きな、いわゆる“陽キャ”な人と出会い、外見のコンプレックスが影響して“陰キャ”になったと思っていたそれまでの自分は一体何なんだ?とアイデンティティが崩壊したと言っていたようです」と監督の言葉を明かし、実体験が登場人物の設定に大きな影響を与えていると解説。
本作のひとつのテーマでもある「ルッキズム」に話題が移ると、川村は「昔から『美醜』を扱った作品はありましたが、最近はインスタグラムのフィルターを使って見え方を変える、誰もが“簡易的な整形体験”をしているような時代。価値観は時代でかなり変わってきていて、『エレファント・マン』だったり、かつての映画で描かれてきた登場人物は、今や特別な人の話ではなくなって、むしろ現代的なのかもしれない」と考察。
森は「この映画の主人公エドワードは自分の外見がコンプレックスだった一方、それが個性でもあった。外見が変わったことで、その特殊な個性を捨ててしまった事実に気づくんですよね。しかも、それがオーディションになると強烈な個性として捉えられて上位にくることもある。この映画は、どんどんぐるぐる価値観の順位が変わっていくような面白さがある。これはクリエーションの世界の話になるのでかなり面白い」と、役者志望の主人公がオフブロードウェイでオーディションを受ける描写とあわせて紹介。
続けて川村は、「俳優という商売は、オーディションで取りに行くプロセスもありますが、その役に選ばれないと仕事がもらえない。そのしんどさというのが、実は映画の冒頭から溢れているわけですけど、まさにおっしゃったように、イケメンだったら役にありつけるわけではなく個性が大事で。監督も俳優をやろうとしたことがあるのか?と感じるくらい、俳優の個性についても考えさせられましたね」
「迫真の演技派(セバスチャン・スタン)と、当事者(アダム・ピアソン)という対極のアプローチの俳優をキャスティングした点も良い」と森。このキャスティングについて、監督でありプロデューサーの視点でどう思うかを聞かれた川村は「自分の中に確信がないと出来ないキャスティング」とコメント。
「ある種、1段目はルッキズムの話、2段目はクリエイターの話かもしれない」という森に、立田は「すごくレイヤーがある作品」と続け、映画の構造についての話題へ。川村は「一人の人間にはいくつも人格があって、監督が自分という人格をいくつかのキャラクターに振っている。マトリョーシカのように自分を分裂させる、実はそれ自体は結構やるやり方ではあるが、監督は、この映画を通して自分は一体何になりたくて、どういう人間なのか、自分の正体を知りたかったんじゃないかと思いました。今後の作品をどういう風に生み出すのかに興味があります」
一方、森は『ジョーカー』を引き合いに出し、「作品の雰囲気もちょっと近くて、アーサー・フレックともどこか精神的には共鳴するようなところもあるような気がします。内面の闇を掘っていく映画という構造で。単純化せずに完成度が高いのですごい」とコメント。川村は「不条理劇特有の“一体自分は今、何を見させられてるんだろう”と混乱する時間って、豊かだと思っていて。映画館でしか味わえない。それは、デヴィット・リンチの映画を観ていても思うことなんですけど。それを、この映画を観ている時にずっと味わい続けていました」
立田から「エドワードに共感しますか?」と問われた森は、自身はあまり競争社会に乗らないタイプと前置きしつつ、「美醜、才能、個性など敗北感は誰しも感じるものだと思います。その中で、自分の自己肯定感とか尊厳を、どう見つけていくか。この作品は、そうした本当に普遍的なものを描いている。『これは答えのない問いである、だからこそ考え続けましょう』そういうことを言っているラストだとも思った」と締めくくりました。
==
『顔を捨てた男』(原題:A Different Man)
監督・脚本:アーロン・シンバーグ
出演:セバスチャン・スタン レナーテ・レインスヴェ アダム・ピアソン
撮影:ワイアット・ガーフィールド
編集:テイラー・レヴィ
音楽:ウンベルト・スメリッリ
製作:クリスティーン・ヴェイコン、ヴァネッサ・マクドネル、ガブリエル・メイヤーズ
2023年/アメリカ/英語/カラー/ 1.85:1 /5.1ch /112分/PG12
日本公開:2025年7月11日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
© 2023 FACES OFF RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.